君に願う幸せ

まぁ

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Act.3日向

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 夕方になり大地が職場から帰宅してきた。
「ただいま」
 居間で祖父の残している本を読んでいる優に、大地はにこりとほほ笑んで言ったので、優は戸惑いながらも小声で「おかえり」と言う。すると満足したのか、大地は今以上の笑顔になった。
「あれ?それってじいちゃんの部屋にあった本?」
「あ、あぁ……暇だったし、スミレさんも読んでいいって……」
「そっか。僕はじいちゃんの本、難しすぎて読む気しないんだよね」
「あら大地お帰りなさい」
「ただいまばあちゃん」
 ひょこっと居間に顔を出したスミレにもただいまを言った大地は、着替える為に部屋へと向かい、着替え終わるとまた居間にやって来た。
「今日はカレー?」
「そうよ。昼間優君と一緒に買い物に行ったからね。重たい物持ってくれる人がいて助かったわ」
「そっかぁ。ありがとね優君」
 何故大地がお礼を言うのかわからず、優は首を傾げた。大地は気にすることもなく台所に向かい、スミレの手伝いをした。
 今日の夕飯はカレーに温野菜というシンプルなもので、それらが食卓に並ぶと、三人で「いただきます」を言って夕食になった。
「そうそう。優君、おじいさんの本に興味あったみたいだから、今読んでるのよね」
「え、えぇ……」
「大地も私も難しすぎて読みたいって思わないのに、優君ってすごいわね」
 スミレは優を褒めるのだが、何がすごいのかいまいちわからない。ただ文字の羅列を淡々と読んでいるだけだ。ただ、昔の小説なだけあって、文章表現が今時でない辺りは古風で、読んでいて面白いとは思う。難しい漢字もいっぱいで、これを普通に読んでいた大地の祖父の方がすごいと思う。
「優君くらいだと漫画とかの方が好きなんじゃないかな?」
「漫画は読まない。てか本自体あまり読んだ事ない」
「そっか。じゃあいきなり難易度の高い本だと辛いんじゃないかな?」
「別に……」
「今度僕と一緒に本買いに行く?」
「えっ?」
 大地との会話はいつも優の思っている斜め上をいく。だからこそ大地の行動や言動には反応が困ってしまうのだ。スミレの場合は相手を見て会話を挟んでくるくらいなので、さほど驚きはしないが、大地相手だといつも驚かされてばかりだ。
「隣町の本屋さん。けっこう大きいし、いろんなジャンルあるから、優君が気に入りそうなのもあると思うんだよね」
「でも俺、この家にあるので十分」
「そっか……」
 少し寂しそうな顔をした。なんだか悪い事をしたみたで「ごめん」と謝ると、「気にしないでいいよ」と言われ、大地の大きな手が優の頭を撫でた。こうして頭に触れられたのは二回目だ。一回目は昨日の風呂で頭を拭いてもらった時。
 よくよく考えると大地はかなりの過保護なのではないかと思った。
「まぁ優君が本屋さんに行かなくても、気晴らしにドライブでも行って来たら?」
「えっ?」
 スミレが出した提案に優は戸惑う。
 この家には車庫があり、そこには白のワンボックスカーが一台ある。普段大地は自転車での通勤なので、使うのは休日の買い物くらいなのだそうだ。
「そうだね。ここも海が見えていいかもしれないけど、景色いい場所あるから行ってみない?」
「でもいいのか?せっかくの休みを俺なんかに使って……」
「そういうのは気にしなくていいよ。僕だって優君が気分転換になったら嬉しいし、優君の事、もっと知りたいから」
 その言葉にドクンと胸が高鳴った。
 まただ……優はたまに発言する大地の言葉に胸が高鳴る。どうしてなのかわからない。けど、別に嫌ではなかった。
「じゃ、じゃあ行く……でも俺、いい所とかそういうの知らない……」
「大丈夫だよ。僕も調べておくし」
「うん……」
 ここはとても暖かい。陽だまりという言葉を呼んでいた小説で見つけた。きっとこの家も陽だまりのような家なのだろう。
 大地が過去に受けた傷も全てを癒すように、優の心もまた少しずつ、冷たい氷が溶け出していくような感覚がした。


 夕食を終え、風呂に入り、与えられた部屋でゆっくりしながら小説の続きを呼んでいると、「優君?」と襖の向こうから声が聞こえた。
「な、何……?」
「今入っても大丈夫?」
「あ、あぁ……」
 一体何の用だろうか?大地はスッと襖を開け中に入ってきた。
「今日はばあちゃんと一緒にいてくれてありがとね」
「別に……ここに住む条件にスミレさんの相手って、あんたが言ったんだろ?」
「そうだけど、ばあちゃんすごく喜んでたから」
「そ、そっか……」
 喜んでもらうような事はしてないような気がする。むしろスミレからは大地の事をいろいろと聞いてしまった。その時スミレは悲しい顔をしていた。だから楽しむような事は何もないのではないかと思った。
「それでその、優君はもしかして眠り浅い方?」
「なんだよ突然」
「うん。昨日うなされてたから……もし浅い方ならと思って、ホットミルク作ろうかと思ったんだけど」
「ホットミルク?」
「温めた牛乳に砂糖を少し入れたもの」
 飲んだ事はないと正直に答えると、「待ってて」と言って大地は部屋を後にした。
 しばらくすると湯気の立つマグカップを二つ手にしていた。それを手渡され、中を覗くと、甘ったるい匂いをさせた白い液体がそこにはあった。
「ホットミルク飲むと落ち着いて眠れるんだよ」
「あ、ありがとう……」
 熱いのでフーフーと覚ましながらホットミルクを少し口に含む。匂い同様に甘いミルクの味が口いっぱいに広がった。
「甘い……」
「苦手だった?」
「ううん。嫌いじゃない……」
 優は元々食に興味がないが、大体選んで食べるものや飲むものは甘いものが多い。だからこのくらいの甘さは丁度いい。
「もし眠れなかったら起こしていいからね」
「あっ、大丈夫。眠れなかったら本読むから……」
「わかった。あまり遅くならないうちに寝るんだよ」
「あぁ……」
「おやすみ」
「おやすみ」
 ホットミルクを飲み終えた大地はそのまま部屋を後にした。一人になった優は、どうにも落ち着かない気分だった。
 大地はお人よしの馬鹿だけど、とても優しい心の持ち主だ。自分がどんな態度や口を利こうとも怒らない。そんな大地の事だ。いつだっていいお嫁さんを貰えるだろうと考えていると、今度はズキリとした胸の痛みを覚えた。
「あいつに会ってから心臓がおかしい……不整脈なのか?」
 もし心臓病ならそれはそれでいいし、死んでも構わない。
 けれどそういう病気の類ではな事くらいわかる。ではこの胸の鼓動は一体何なのだろうか……
 考えてみたが、答えは見つからなかった。
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