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都心から遠く離れた地方都市。瀬戸内の海に面したこの町は、人口五万ほどの大きくも小さくもない場所。辺りは山と海の自然に囲まれながらも、学校機関、医療、スーパー、ショッピングモールなどが充実した住みよい田舎町である。
生まれてこの方この町から出た事がない山岸美奈穂は、今年二十九歳のアラサ―女子である。
実家もこの町で、ずっと実家暮らしをしていた美奈穂は、桜咲く手前の三月上旬、新生活を送ろうとする新社会人や学生に混じり、親元を離れ一人暮らしをする事を決意した。
「えっと…たしかこの辺りだよなぁ…」
住み慣れた町とはいえ、一歩込み入った地域に入れば見知らぬ土地だ。自分だけの新たな住居を探す為、インターネットで調べた物件を下見する為やってきた地域は、周りは古い古民家や少し年季の入った洋風の家が立ち並ぶ。辺りにはコンビニがなく、夜になると騒がしくもなく静か、そして何より家賃の安さに惹かれ、一度下見をして検討しようとしていた。
隣町や、会社からさほど遠くない場所での生活も考えたが、あまり実家から離れたくない事と、住み慣れた町が一番便利がいいという事で、今現在住む町にあるアパートを選んでいる。
「あ…あれ…?ここどこだ…?」
スマフォのアプリで場所の確認をしていたが、予想以上に入り組んだこの袋小路のような地域で美奈穂は迷ってしまった。人に聞くにも人らしき姿はどこにもない。
「どうしよ…」
このまま諦めて帰る。他の物件を探してみる。いろいろと選択事項が頭の中で検討を始めだした時だった。美奈穂の目に一軒の古民家が目に入った。しっかりとした木造平屋は、外観だけでも五部屋はあるのではないだろうか?そして立派な門と日本庭園を思わせる庭、庭には四季折々の花達が綺麗に選定されている。
「まさにお金持ちっぽい家だなぁ…」
食い入るようにして庭を除く美奈穂の姿は、傍から見たら変出者以外何者でもない。だが、ついつい見惚れてしまうほどの美しい庭だ。すると背後から声をかけられた。
「あの…家に何か用でしょうか?」
肩をビクッと震わせた美奈穂は振り返り「すみません!」と深々と頭を下げた。
「いえ…そんな謝らなくても結構ですよ」
声は男のものだ。低くも高くもなくそこら辺にいる普通の男性と同じだが、妙に落ち着いた声色の持ち主だ。しかも下を向いたままの美奈穂の視界に入ったのは、男の足元だが、どうやら和装みたいで、見るからに質の良さそうな藍色の着物に、草履という出で立ちだ。
恐る恐る顔を上げた美奈穂は、その男を見て「はぁ…」とつい、声を漏らしてしまった。男はまだどこかあどけない少年のような感じだが、少年にしては歳が上で、黒い髪と黒い瞳、長い睫に薄い唇、シャープな顎が特徴の、まさに美青年というに相応しい男が庭にも咲いてあるサクラソウの花を抱えていた。
「どうかしましたか?」
男はニコリと上品な笑みを美奈穂に向ける。
「い、いやぁ…素敵なお庭だと思いまして…」
「ありがとうございます。ここは祖父が隠居してこちらに移ってからいろいろな花を活けてまして…最近では西洋のものも育ててるんですよ」
「はぁ…」
正直花の事などわからないが、ここには春に相応しく淡く優しい色合いの花が沢山あった。
「よろしければ花をいくつか生けて差し上げましょうか?」
「えっ?で、でも…なんだか悪いです!」
「いいんですよ。枯れてしまってはもったいないですし。ちょっと待って下さい」
田舎独特の温かい人情をふと頭に浮かべてしまった。男は家に入ってしまったので、所在をなくした美奈穂は、門にある表札を見た。
「西園寺…いかにもお金持ちっぽい名前…」
男がこの西園寺という家の人物はわかったが、まさかこんな田舎町にあんな美青年がいるとは思わなかった。都会でモデル仕事や芸能人をやっていてもおかしくない面立ちだったからだが…
しばらくすると男が家から出てきた。紙に包まれた花は、先ほどのサクラソウの他にも数種類あり、綺麗にまとめられている。
「どうぞ」
「ありがとうございます…えっと…」
「慶です…西園寺慶…ここで華道をやっています」
生まれてこの方この町から出た事がない山岸美奈穂は、今年二十九歳のアラサ―女子である。
実家もこの町で、ずっと実家暮らしをしていた美奈穂は、桜咲く手前の三月上旬、新生活を送ろうとする新社会人や学生に混じり、親元を離れ一人暮らしをする事を決意した。
「えっと…たしかこの辺りだよなぁ…」
住み慣れた町とはいえ、一歩込み入った地域に入れば見知らぬ土地だ。自分だけの新たな住居を探す為、インターネットで調べた物件を下見する為やってきた地域は、周りは古い古民家や少し年季の入った洋風の家が立ち並ぶ。辺りにはコンビニがなく、夜になると騒がしくもなく静か、そして何より家賃の安さに惹かれ、一度下見をして検討しようとしていた。
隣町や、会社からさほど遠くない場所での生活も考えたが、あまり実家から離れたくない事と、住み慣れた町が一番便利がいいという事で、今現在住む町にあるアパートを選んでいる。
「あ…あれ…?ここどこだ…?」
スマフォのアプリで場所の確認をしていたが、予想以上に入り組んだこの袋小路のような地域で美奈穂は迷ってしまった。人に聞くにも人らしき姿はどこにもない。
「どうしよ…」
このまま諦めて帰る。他の物件を探してみる。いろいろと選択事項が頭の中で検討を始めだした時だった。美奈穂の目に一軒の古民家が目に入った。しっかりとした木造平屋は、外観だけでも五部屋はあるのではないだろうか?そして立派な門と日本庭園を思わせる庭、庭には四季折々の花達が綺麗に選定されている。
「まさにお金持ちっぽい家だなぁ…」
食い入るようにして庭を除く美奈穂の姿は、傍から見たら変出者以外何者でもない。だが、ついつい見惚れてしまうほどの美しい庭だ。すると背後から声をかけられた。
「あの…家に何か用でしょうか?」
肩をビクッと震わせた美奈穂は振り返り「すみません!」と深々と頭を下げた。
「いえ…そんな謝らなくても結構ですよ」
声は男のものだ。低くも高くもなくそこら辺にいる普通の男性と同じだが、妙に落ち着いた声色の持ち主だ。しかも下を向いたままの美奈穂の視界に入ったのは、男の足元だが、どうやら和装みたいで、見るからに質の良さそうな藍色の着物に、草履という出で立ちだ。
恐る恐る顔を上げた美奈穂は、その男を見て「はぁ…」とつい、声を漏らしてしまった。男はまだどこかあどけない少年のような感じだが、少年にしては歳が上で、黒い髪と黒い瞳、長い睫に薄い唇、シャープな顎が特徴の、まさに美青年というに相応しい男が庭にも咲いてあるサクラソウの花を抱えていた。
「どうかしましたか?」
男はニコリと上品な笑みを美奈穂に向ける。
「い、いやぁ…素敵なお庭だと思いまして…」
「ありがとうございます。ここは祖父が隠居してこちらに移ってからいろいろな花を活けてまして…最近では西洋のものも育ててるんですよ」
「はぁ…」
正直花の事などわからないが、ここには春に相応しく淡く優しい色合いの花が沢山あった。
「よろしければ花をいくつか生けて差し上げましょうか?」
「えっ?で、でも…なんだか悪いです!」
「いいんですよ。枯れてしまってはもったいないですし。ちょっと待って下さい」
田舎独特の温かい人情をふと頭に浮かべてしまった。男は家に入ってしまったので、所在をなくした美奈穂は、門にある表札を見た。
「西園寺…いかにもお金持ちっぽい名前…」
男がこの西園寺という家の人物はわかったが、まさかこんな田舎町にあんな美青年がいるとは思わなかった。都会でモデル仕事や芸能人をやっていてもおかしくない面立ちだったからだが…
しばらくすると男が家から出てきた。紙に包まれた花は、先ほどのサクラソウの他にも数種類あり、綺麗にまとめられている。
「どうぞ」
「ありがとうございます…えっと…」
「慶です…西園寺慶…ここで華道をやっています」
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