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終章
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その日はとても晴れた日だった。莉春の入った棺を前に、盈月は最期の化粧を莉春に施した。その眉に筆を落としながら、莉春が最期に言った言葉を思い出した。
「貴方に逢えて、貴方の妻となり、炎珠を授かった事。全てが私の喜びよ。だから哀しまないで……貴方にはこれからこの国の繁栄が待っているのだから。それから……貴方の事を愛しているわ。これから先、黄泉の国へ行っても……」
それが最期の言葉だった。
莉春の棺には彼女の遺言通り、白百合が入っている。そして二月の旅で大事に持っていたという盈月の玉佩も入れた。
「莉春……私はそなたの為に何が出来ただろう。良き夫ではなかったかもしれない。だが、私は莉春を誰よりも愛している」
眠る莉春に盈月はそっと口づけた。
その年の桜は例年になく満開だった。言葉を少しずつ覚え始めた莉春は、母親の死がまだ理解出来ていないようだったが、最近はもう母に会えないのだと理解したようで、夜泣く事が多かった。
「これで主上の寵愛は他に向けられるのね」
そんな風に他の妃嬪が言う中、王梁寿は皇帝冠燿の深い哀しみを理解していた。
「莉春さん……」
咲き誇り舞い散る桜の花は何を意味するのだろう。そんな事を考えたところで、答えなど出なかった。
「主上……こちらにいらしたのですか」
主を失った旭庄宮で一人呆然としながら酒を呑んでいたのは冠燿だ。
「ここは閉めますので主上は外へ……」
そう星永に言われ冠燿は「わかっている」と一言言う。
もう二度と会う事が叶わぬ相手。忘れる事など絶対に有り得ない。愛しい相手だ。ここにはもうその面影は一つもないのだ。
「我は莉春を守り、幸せに出来たのだろうか?」
「そんな事、出来ているに決まっています。楊夫人は道中肌身離さず主上の玉佩を持っていました。それに公主様の未来と、主上の繁栄を願い、自らの危険を顧みず旅をしたのです」
莉春が冠燿に残してくれたものは多い。その一つ一つが開花するよう、冠燿は皇帝としての責務を果たさなくてはいけない。
「それと……公主様の事。良いのですか?」
「あぁ。莉春の願いだ。だが我とて近くにいないのは辛いものがある」
もう一つの遺言に残した炎珠の事。冠燿は炎珠を紫水殿の神官として籍を置く事にした。そうした理由は、冠燿の目のあるところにいて欲しいからだ。
「あの子にとってもこの先辛い事が待つかもしれない。それはここでも紫水殿でもどこでもそうだ。ならば我が会いに行ける範囲に置きたい」
「それが親心からなのですね」
「あぁ。それとそなたにはこれからも炎珠を守ってほしい。もちろん本職はこちらだが、困っていたら助けてやってほしい」
「もちろんです」
誰もが安定した日々を過ごせるわけでない。多少なりと不便はつきものだ。だが莉春の残したもの。それをこれからも違う形ではあるが、大切に育てていきたいと思った。
「貴方に逢えて、貴方の妻となり、炎珠を授かった事。全てが私の喜びよ。だから哀しまないで……貴方にはこれからこの国の繁栄が待っているのだから。それから……貴方の事を愛しているわ。これから先、黄泉の国へ行っても……」
それが最期の言葉だった。
莉春の棺には彼女の遺言通り、白百合が入っている。そして二月の旅で大事に持っていたという盈月の玉佩も入れた。
「莉春……私はそなたの為に何が出来ただろう。良き夫ではなかったかもしれない。だが、私は莉春を誰よりも愛している」
眠る莉春に盈月はそっと口づけた。
その年の桜は例年になく満開だった。言葉を少しずつ覚え始めた莉春は、母親の死がまだ理解出来ていないようだったが、最近はもう母に会えないのだと理解したようで、夜泣く事が多かった。
「これで主上の寵愛は他に向けられるのね」
そんな風に他の妃嬪が言う中、王梁寿は皇帝冠燿の深い哀しみを理解していた。
「莉春さん……」
咲き誇り舞い散る桜の花は何を意味するのだろう。そんな事を考えたところで、答えなど出なかった。
「主上……こちらにいらしたのですか」
主を失った旭庄宮で一人呆然としながら酒を呑んでいたのは冠燿だ。
「ここは閉めますので主上は外へ……」
そう星永に言われ冠燿は「わかっている」と一言言う。
もう二度と会う事が叶わぬ相手。忘れる事など絶対に有り得ない。愛しい相手だ。ここにはもうその面影は一つもないのだ。
「我は莉春を守り、幸せに出来たのだろうか?」
「そんな事、出来ているに決まっています。楊夫人は道中肌身離さず主上の玉佩を持っていました。それに公主様の未来と、主上の繁栄を願い、自らの危険を顧みず旅をしたのです」
莉春が冠燿に残してくれたものは多い。その一つ一つが開花するよう、冠燿は皇帝としての責務を果たさなくてはいけない。
「それと……公主様の事。良いのですか?」
「あぁ。莉春の願いだ。だが我とて近くにいないのは辛いものがある」
もう一つの遺言に残した炎珠の事。冠燿は炎珠を紫水殿の神官として籍を置く事にした。そうした理由は、冠燿の目のあるところにいて欲しいからだ。
「あの子にとってもこの先辛い事が待つかもしれない。それはここでも紫水殿でもどこでもそうだ。ならば我が会いに行ける範囲に置きたい」
「それが親心からなのですね」
「あぁ。それとそなたにはこれからも炎珠を守ってほしい。もちろん本職はこちらだが、困っていたら助けてやってほしい」
「もちろんです」
誰もが安定した日々を過ごせるわけでない。多少なりと不便はつきものだ。だが莉春の残したもの。それをこれからも違う形ではあるが、大切に育てていきたいと思った。
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