一輪の白百合をあなたへ

まぁ

文字の大きさ
上 下
102 / 105
第十三章

8

しおりを挟む
「ねぇ、盈月。ここに来てる間、眉間に皺を寄せるのはやめて」
「そんな顔をしているのか?」
 弱々しく「している」と言って、盈月の顔に手を添えた莉春。
 今日は体調が安定していたのもあり、起き上がって炎珠と三人親子水要らずで仁夢殿の庭にいた。
 この所の体調は悪化していくばかりで、吐血の回数も増えた。時には意識を失い三日三晩目を覚ます事がない日もあった。その度に盈月は肝が冷えている。
 食べる気力も徐々になくなり、ふっくらしていた頬は削げ落ちていた。そんな莉春を見るたび盈月の胸は締め付けられるような気持ちを味わっていた。
「莉春。何か私に願いたい事はないか?」
「願い?」
「あぁ。欲しい物でもやりたい事でもいい。何でも言ってくれ」
 突然そんな事を言われた莉春は、本当に自分が最期に向けているのだと悟る。だが盈月の好意を無駄にしたくもない。
「白百合……」
「白百合?」
「えぇ。初めて盈月から贈られたもの。私にとってはとても大切な想いでよ。だから私の棺には白百合を入れて。そうしたら無事黄泉よみの国に行けるわ」
「そ、そんな事させない!」
「聞いて。私自身が一番わかってるわ。もう最期なのは。だから聞いて欲しいの。最期の時、私の化粧は盈月にお願いしたいわ」
 愛する者から施される化粧。それは婚儀の時のみ行われる。最後の一つ、愛する者から施される化粧には永遠を意味する。
 莉春は盈月に永遠の愛を誓うと言うのだ。それは死してなおも続くのだと。
「それと炎珠を……この後宮から出して」
「炎珠を?何故だ」
「私がいなくなった後、炎珠は真っ先に狙われるはず」
「そんな事、絶対させない」
「でも逐一後宮内を見てるわけではないでしょ?盈月の寵愛を得ている私を恨む者は多いわ。それは誰であってもそう。後宮はそういう場所なの。だから炎珠を守る為にもここから出して」
 もし娘を傷つけるものがいるなら許さないと思ったが、莉春の言う事も一理ある。とは言え養女になど出すのは御免だ。炎珠は自分と莉春の子供だ。
「わかった。そなたも私も納得がいくようにしよう」
「ありがとう……こうしていられる時間がとても幸せ。でも哀しいのは、貴方を一人残す事と、炎珠の成長を見届けられない事かしら」
「大丈夫だ。莉春と私の子だ。莉春に似てしっかりした子に育つ。何も心配する事はない」
「そうね……」
 庭先で蝶を追いかける莉春を見つめながら、この時期がいつまでも続けばいいと思った。


 それから五日後。楊莉春は病により崩御する。享年二十二だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...