一輪の白百合をあなたへ

まぁ

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第十一章

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「呉太妃に拝謁……」
「挨拶は結構よ。こんな夜更けに何をしているの?」
「えっと……太妃様こそ一体?」
「私はただの散歩です。ですがあなたは違うようね。まるでどこかに行こうとしているかのよう」
 これは逃げきれないと観念した莉春は、旭庄宮に呉太妃を招きいれる事にした。お茶を出しながら自分がしようとした事を呉太妃に話した。呉太妃は大きなため息を一つ漏らす。
「そんな事をする為にここを出ようと?呆れた子ね」
「けど、私の力で何か出来るなら私はしたいです!」
「あなたはまだここにいる意味がわかっていないのね。まつりごとに後宮の者が関わる事は御法度なのですよ」
 それはわかっている。だがここでのんびりとしていたとしてもいずれ飢饉のしわ寄せは後宮にもやって来る。自分に出来る事があるならそれをしたい。ここでただ待つだけなのは嫌だと思った。
「ですが……その先を見据えて問題となるのはわかります。私の方でも何か手を講じましょう。とりあえず紫水殿の者には私から親書を送っておきます。その返答次第ですが、それでいいですね?」
「はい……ありがとうございます」
 何かしらの手がかりを得る為に、呉太妃が動いてくれた事は実に心強い。後は紫水殿からの報を待つだけだ。


 だがその矢先の出来事だった。
 その日は久々にしとしとと雨が降る日。侯鄭妃が住まう照景宮しょうけいきゅうには数人の侍医、そして側付きの侍女と冠耀がいた。
「鄭妃……」
 握ったその手はすっかりやせ細り、骨と皮だけと言ってもいい。静かに、そしてゆっくりと呼吸する肺は弱々しく、この後宮に来た時の面影はどこにもなかった。ゆっくりと瞼を開いた鄭妃は、口を動かした。
「主上……私の寿命はここで尽きるようです」
「そのような事を申すな」
「いえ、事実です。ですので主上もその事を受け入れて下さい」
 そう言われた冠耀は何も言えなくなる。鄭妃は笑う事も泣く事もしない。ただ一点、冠耀だけを見つめ続けた。
「鄭妃よ。最後に申したい事はあるか?」
さくの事を……お願いします」
「あぁわかった」
 最期の最期まで朔王の事を気にしていた鄭妃。偉蓮華亡き後、その地位を揺るがす者は他にいないが、やはり母は母だ。息子の将来が気になって仕方なかったのだ。
 そしてゆっくりと目を閉じると、一刻後に鄭妃は息を引き取った。


「莉春様!皇后が崩御されました」
 その報せは他の夫人や嬪妃達にも知らされた。風華から聞いた莉春も「そう……」と一言だけ言った。
「久しぶりの雨は、もしかしたら皇后様がもたらしたものなのかもね」
 雨は次第に強くなる。これが続きすぎるのも問題だが、今はこの乾いた国に潤いをもたらして欲しい。そんな願いでいっぱいだった。
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