一輪の白百合をあなたへ

まぁ

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第八章

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 昼を過ぎた頃、莉春は一人、呉太妃の住む栄寧殿えいねいでんへと向かった。
「楊莉春です。呉太妃に御目通りしたく参上しました」
 そう門にいる兵に告げると、中から呉太妃の侍女が現れた。歳は呉太妃と同じくらいで、髪には白いものがいくつか混じっていた。
「呉太妃より楊莉春を中に入れるようにと言われております。着いてらっしゃい」
 中に入ると、流石は太妃の住まいと言うには程遠く、作りが豪奢なだけの簡素な住まいたった。
「呉太妃様に拝謁致します」
 呉太妃のいる部屋に入り、膝を折って軽く頭を下げた。一段上座に座る呉太妃は「顔を上げなさい」と言った。
 そこに座る女性にはなんの憂いもなく、ただ無機質な表情だけを浮かべていた。
「用件を尋ねるより前に、こちらから先に聞きましょう。何が目的ですか?」
 まさかそんな切り返しが来るとは思わなかった莉春は驚いた。だが、呉太妃の目は嘘を許さないといった目をしていた。莉春は正直に話す事にした。
「私は農村の娘。この後宮に入宮したのも主上との巡り合わせあっての事。しかし私のように何の後ろ盾もない者がこの後宮で生きていくためにはそれなりの後ろ盾が必要なのです」
「成る程……それで私の名を?だが噂に聞けば、そなた承太師や上紀皇帝の後ろ盾があるではないか。それでは満足いかぬか?」
「私が欲しいのは、あくまでもここで生きていくに必要な後ろ盾です。私がこの後宮に入宮した時の噂をご存知でしょうか?このまま私が主上との子を身篭ったとしても、無事出産に至るかわかりません」
 安定した生活を送る為にも、どうしても呉太妃の後ろ盾は欲しい。
「候鄭妃と偉蓮華ね……あの者たちは入宮以来よくいがみ合っているけど、共に揺るぎない地位を得ている。それに私がいた頃に比べればはるかに平和的よ」
 そう言った呉太妃の眉間にしわが刻まれる。確かに現皇帝の盈月の母は、寵愛欲しさに我が子に手を加えようとしていた。
「誰かが誰かを狙うなんて当たり前。誰かが孕めば薬を混ぜられ、子を産めば不慮の事故もまた。現に私も何度か上紀皇帝の子を成しました。けど一度たりと無事出産までいかなかった」
 遠い過去の出来事。喜びは束の間だった。食事に毒を混ぜられる事は多々ある。気をつけたとしても身に付けるものにまで毒があるくらいだ。
 そうして流産を繰り返し、ついには子を産めぬ体になった。
「たとえ皇后であろうと関係ない。女である以上、愛を求める邪神となる。そなたはそんな場所にあってそれらと戦う覚悟あって入宮したのかえ?」
「はい。私は主上の側で主上を支える為。そして立ち塞がる困難と戦う覚悟あってここにいます」
 莉春の言葉を聞いて、呉太妃は一言「若いわね」と言った。
「そなたはまだ若い。若さ故に愛の駆け引きを知らぬ。もしも今ある寵愛が他に向いたとして、他が子を成し産んだとして、そなたは正気でいられるか?」
「ここはそういう場所です。寵愛は一人だけのものにあらずというのは覚悟しております」
「だが今は、今だけは、これからもと欲張っていき、やがて周りからの嫉妬を買う。その時そなたに降り注ぐは難である。そなただけでない。時としてそなたに出来た子に及ぶ事もあろう」
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