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第八章
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思いもよらない言葉に盈月は莉春の顔を見つめた。このままでは不安に思っていた事が全て口にしてしまいそうで怖い。だが溢れそうな想いを塞き止める術を莉春は知らなかった。
「私は何の為にここへ来たのですか?あなたに望まれ私はここにいる。けどいつになってもあなたは私を呼んではくれなかった。わかってます。後宮の者や老臣や官吏達の顔を伺っていたのは……けど、いつまで待てばいいのですか?」
「莉春……」
「今宵ここに召して頂いたのはその奏上についてですよね?ならそれがなければ私はいつまでこの後宮であなたに呼ばれるのを待てばいいのですか?」
溢れ出た想いと共に涙を流した莉春を盈月はきつく抱きしめた。その腕に縋る様に莉春はその背に腕を回す。
「毎夜毎夜、私ではない誰かが召される度、私はとても辛かった。望まれてここに来たはずなのに、一番望まれていない」
「そんな事ない!私はずっと莉春だけが欲しかった。ずっとこの腕に抱きしめていたかった。ようやくその機が満たしたのだ」
盈月の言葉に莉春はまたも涙が溢れる。腕を緩めた盈月は、涙で濡れた頬に手で触れ、涙を拭った。
「私は随分とそなたに寂しい思いをさせていたようだな。だが私が求めるのはそなただけだ。今宵それが叶うのだと思って胸が高鳴ったのは私だけだったのか?」
「いえ……私も。嬉しかったです」
「なぁ、莉春。私と二人だけの時は本当の名で呼んでくれないか?」
「盈月……」
その名を口にした莉春は、そっと盈月の唇に手を触れた。これから自分はこの人に抱かれるのだと思うと、緊張もするが、それ以上に喜びが増した。
だが寵愛を得てもそれは自分一人に向けさせてはいけない。その教えも頭にありはしたが、今だけは自分は盈月のもので、盈月も自分だけのものだと信じたかった。
朝になり、莉春が目覚めた時には盈月の姿はなかった。
「お目覚めですか?」
絹の垂れ幕向こうでは数人の女宮が待っていた。
「あの……主上は?」
「主上は朝議に出られました」
「そう……」
「起きられますか?」
「はい」
起き上がった莉春に女宮達が着替えから化粧までしてくれ、朝食も用意されたので食べてから葉旬宮に戻った。
「お帰りなさい莉春」
莉春を迎えてくれたのは徳華だった。
「どうやら想いは遂げられたようね」
「えぇ……」
若干の体の怠さはあるものの、徳華に支えられて中に入ってお茶を飲んだ。いつもと変わらない風の徳華に莉春はなんて声をかければいいのかわからなかった。
「あの、徳華……」
「後宮にいれば当たり前の事。誰を選ぶかは主上次第。それをとやかく言っても仕方ないわよ。私だっていつか呼ばれるようにしないといけないわ」
そう言ってのけた徳華は凄いと思った。もし今の莉春と徳華が逆の立場なら莉春は嫉妬にかられていたのかもしれない。否。口にも態度にも出さないだけで、実際徳華も嫉妬にかられているかもしれない。だがここは本来そういう場所だ。徳華や自分だけでなく、他の才人だって嫉妬で毎夜枕を濡らすのだ。
「私は何の為にここへ来たのですか?あなたに望まれ私はここにいる。けどいつになってもあなたは私を呼んではくれなかった。わかってます。後宮の者や老臣や官吏達の顔を伺っていたのは……けど、いつまで待てばいいのですか?」
「莉春……」
「今宵ここに召して頂いたのはその奏上についてですよね?ならそれがなければ私はいつまでこの後宮であなたに呼ばれるのを待てばいいのですか?」
溢れ出た想いと共に涙を流した莉春を盈月はきつく抱きしめた。その腕に縋る様に莉春はその背に腕を回す。
「毎夜毎夜、私ではない誰かが召される度、私はとても辛かった。望まれてここに来たはずなのに、一番望まれていない」
「そんな事ない!私はずっと莉春だけが欲しかった。ずっとこの腕に抱きしめていたかった。ようやくその機が満たしたのだ」
盈月の言葉に莉春はまたも涙が溢れる。腕を緩めた盈月は、涙で濡れた頬に手で触れ、涙を拭った。
「私は随分とそなたに寂しい思いをさせていたようだな。だが私が求めるのはそなただけだ。今宵それが叶うのだと思って胸が高鳴ったのは私だけだったのか?」
「いえ……私も。嬉しかったです」
「なぁ、莉春。私と二人だけの時は本当の名で呼んでくれないか?」
「盈月……」
その名を口にした莉春は、そっと盈月の唇に手を触れた。これから自分はこの人に抱かれるのだと思うと、緊張もするが、それ以上に喜びが増した。
だが寵愛を得てもそれは自分一人に向けさせてはいけない。その教えも頭にありはしたが、今だけは自分は盈月のもので、盈月も自分だけのものだと信じたかった。
朝になり、莉春が目覚めた時には盈月の姿はなかった。
「お目覚めですか?」
絹の垂れ幕向こうでは数人の女宮が待っていた。
「あの……主上は?」
「主上は朝議に出られました」
「そう……」
「起きられますか?」
「はい」
起き上がった莉春に女宮達が着替えから化粧までしてくれ、朝食も用意されたので食べてから葉旬宮に戻った。
「お帰りなさい莉春」
莉春を迎えてくれたのは徳華だった。
「どうやら想いは遂げられたようね」
「えぇ……」
若干の体の怠さはあるものの、徳華に支えられて中に入ってお茶を飲んだ。いつもと変わらない風の徳華に莉春はなんて声をかければいいのかわからなかった。
「あの、徳華……」
「後宮にいれば当たり前の事。誰を選ぶかは主上次第。それをとやかく言っても仕方ないわよ。私だっていつか呼ばれるようにしないといけないわ」
そう言ってのけた徳華は凄いと思った。もし今の莉春と徳華が逆の立場なら莉春は嫉妬にかられていたのかもしれない。否。口にも態度にも出さないだけで、実際徳華も嫉妬にかられているかもしれない。だがここは本来そういう場所だ。徳華や自分だけでなく、他の才人だって嫉妬で毎夜枕を濡らすのだ。
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