一輪の白百合をあなたへ

まぁ

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第六章

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 所変わってここは仁夢殿じんむでん。皇帝劉冠燿が寝起きする場所。多くの女子おなごはここに呼ばれる事を夢見る場所でもある。
 莉春が入宮して早三日。ようやく一年ぶりに会った莉春は、出会った頃のあどけなさが抜け、だいぶ大人びていた。入宮した才人達の身体や出自記録などを記した冊子をめくりながら、冠燿は大きなため息を漏らす。
 莉春が入宮するまで会うなと言ったのは父紀清だが、その後、文で莉春にも会えないと書かれていたので会う事を我慢した。
 そして前よりも身近な場所にいながら、一番遠くにいる気もした。おそらく冠燿と莉春の間に何もなく、莉春の家柄も老臣達が納得出来たなら、昨日だろうと今日だろうとここへ呼ぶ事は可能だった。だがそれが出来ない。
 丞黄にも言われたのだ。
「最初に閨に呼ぶ者は決して楊才人だけはいけません。彼女は今やこの城内の知る人ぞ知る人。彼女の事を考えるならば、まず選んではいけません」
 莉春を選べば反発を生むし、角が立って逆に危険になる。それに今回は皇后鄭妃の姪、候徳華もいる。徳華を差し置き莉春を選べば候家が何か言うだろう。
 だが徳華を呼ぶ事も安易ではない。徳華を選べば候家は第三夫人へと押し上げるだろう。この城で候家が力を増す事はあまり得策ではない。
「莉春でなければ誰でもいい」
 そう言って冊子を閉じた。


 夜風に当たりたくなり外に出た冠燿は、この国の王は自分であり、自分が望めば何でも出来るとわかっている。だがそう簡単に出来ない。傍若無人に振る舞えば国は滅び、民は路頭に迷う。
 事実、この場所にあって自由などないのだ。
 明日も早い。もう就寝しようとした時だった。静まりかえった城内。盧眞房ろしんぼう周辺を歩く莉春を見つけた。


 その莉春は城内の散策をしていた。ちょうど盧眞房に来た時、紀清から盈月は日中ここで政務を行なっていると聞いた。
「空いてるかな?」
 黙って入ってはいけないと思いつつも、好奇心に負け中に足を踏み入れる。
 中は蝋燭の灯りがあるだけで薄暗かった。上段にある椅子と机。ここで盈月は政務をしているのだろうか。上段に昇り、机に置いてある筆や墨などに触れようとした時だった。
「莉春」
 突然名を呼ばれ心臓が飛び跳ねそうになったが、声の主は盈月で、とても懐かしい感じがした。
「盈月……いえ、主上に拝謁致します」
 軽く頭を下げた莉春だが、盈月は何も言わず莉春の腕を取りその胸に引き寄せた。
「ずっと会いたかった……」
「駄目です主上」
「もう盈月と呼んではくれないのか?」
「えっ?」
「そなたにはそう呼んでもらいたい。誰も知らぬそなただけが知る私の名だ」
 そう言われ、小さな声で「盈月」と呼ぶと、盈月の莉春を抱きしめる腕は更に強くなった。
「そなたを守ると言った。けど、そなたを先に選ぶ事は出来ない。許してほしい……」
「わかってるよ。その選択が私を守る事になってるから」
 円満の中、二人が結ばれる事はない。それは莉春も理解している。だが今この瞬間、二人しかいないこの時刻じかんだけは、誰にも邪魔される事はない。
「けど必ず莉春を呼ぶ」
「うん……私の全ては貴方のものです」
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