一輪の白百合をあなたへ

まぁ

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第五章

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「あの人が……」
 つい声が漏れてしまった。
 今目の前を通り過ぎようとする鄭姫は、その表情からはどのような人物なのか読み取れないが、とても美しく凛とした顔をしている。
「あんな綺麗な人を奥さんにしてるなんて、盈月も贅沢ね」
「そうだね。まぁ、そもそも後宮に入るには美貌は元より、知性や品性、何よりも後ろ盾が必要だよ」
「そうなのね……」
 現在妃としては鄭姫と、偉蓮華いれんかだけだが、それ以外にも妃として召されたいと思う才人達も多く、美しい女子がここには何人もいる。
「皇帝って言うのは贅沢なものね」
「でも選ばれなければ意味がない。ここにいる女の子達はみんな冠燿からの寵愛を欲してる。だから必死に自分自身を磨くんだよ」
 当の本人にその気は全くなさそうなのを見ると、ここにいる女子もまた可愛そうだなと思った。
「ここは普通とは違うからね。愛憎と憎悪が隣り合わせの場所。どう?莉春ちゃんも興味ある?」
「ないわよ。むしろ変な事に巻き込まれるのはごめんよ」
「そうだね。ここにいれば自ずと賢くなれるよ。まず寵愛の為の暗躍と、他の女の子達から狙われない様、先手先手で動かないと。特に食事は気をつける」
 一番狙われやすいものでもあり、それこそ鄭姫は自分で作るという徹底した対策をしているそうだ。
「て、そこまで把握してるなら、どうして後宮のいざこざに何も言わないの?」
「うーん……女の子達のいざこざに男は口を挟まない方が身の為なのさ。もちろん殺しや暗殺なんかの物騒な事は口を挟むけど、基本は皇后を主軸にお任せだよ」
 確かに紀清の言わんとする事も理解できる。いざこざの渦中の者が仲裁に入れば、「どちらの味方なのか」でさらに揉めるだろう。
「なーんか皇帝職も変な所で大変なのね」
「まぁ、それも冠燿の心一つで変わると思うけどね。正直冠燿には野心はない。他の兄弟は野心の塊だった。冠燿は優しすぎるんだ。時として冷酷なくらいがいいんだけどね」
「そうなれないのが盈月なんでしょ?それをわかった上で皇帝にしたんじゃないの?」
「そうだね。っと、こんなとこで長話ばっかもつまらないから、どんどん先に進もうよ」
 連れて行かれるがまま、莉春はさらに中央の部分へと連れて行かれる。
「そういえば紫水殿も一応はこの城の一部だって知ってた?」
「知ってるわよ。まぁ、知ったのは最近だけど……」
 紫水殿は九卿と呼ばれる祭事、儀式等を行う場所の一つで、礼楽・祭祀を行う太常寺卿の一部を担っている。
「まさか自分が知らず知らずのうちにお城に関わってたなんて知りもしなかったわ」
 だから弦丘城と紫水殿は林一つで繋がっていたのだと後々になって理解した。
「ほら、あそこが香露殿。ここで朝義がある。その隣の盧眞房ろしんぼうで日中は政務を行ってる」
 弦丘城の観光をしているかのような気分にはなるが、目の前にある建物に盈月がいるのだと思うと、会いたいような会いたくないような複雑な気持ちに莉春はかられた。
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