一輪の白百合をあなたへ

まぁ

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第四章

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 その名を聞いた瞬間、盈月は眉をしかめ、明らかに不機嫌な表情を浮かべた。なんだか不穏な感じはしつつも、話の引込みがつかないと思ったので、莉春は話を続ける事にした。
「なんか突然来て、突然帰って行った感じだけど……」
「あの人と何を話したのだ?」
「何をって言っても……ただの世間話?」
 さすがに盈月の事を話していたと言える雰囲気ではないので、何を話したのかは濁した。すると盈月は何も言わずその場を立ち去ろうとした。
「盈月?」
 呼び止めてみるが反応はない。そのまま立ち去った盈月が帰って行った弦丘城を見ながら、莉春は何か言ってはいけない事を言った。或は紀清について触れてはいけないのだと悟った。


「お帰りなさいませ」
 弦丘城に戻ると、傍使えの丞黄じょうきが会釈をする。
「父上がこの国に戻られている」
「はっ?」
 突然の事に丞黄自身も目を点にした。
「一体何をしに国に戻ってきたのか?」
「しかし主上。紀清様はこちらにお越しになられていませんが……」
「だが父上に会った者がいる。それに正面から入ってくるような人と思うか?」
「それは確かに……」
 この年老いた傍使えは前皇帝紀清の事をよく知っている。なにせ紀清統治時代の三師で、紀清が退位する際にその席を降り、冠燿の世話係となったのだ。
 もしまだ紀清がいたならば、丞黄は今も三師をやっていただろう。
「やはり父上が帰って来てくれた方がよいか?」
「何をおっしゃいますか。この国の主は貴方様なのです。そのような事軽々しく言ってはいけません」
「わかっておる。だがどうして父上は兄上達でなく、我を選んだのか?父上の名を聞く度に思う」
 自分は父親にも兄にも勝るものがなにもない。むしろ問題の火種でもあった母の子だ。一部退官した官吏達や女官達を除き、まだこの城に残る者は当時を知っているし、何故冠燿が主なのか疑問を持つ者も少なからずいる。
「時代は変わるものです。主上にしか出来ぬ国創りがあると見て、紀清様は主上に国を託したのでしょう」
「そうだと良いがな。仕事をする。下がれ」
「御意」
 言われた通り冠燿の元を後にした丞黄は、大きなため息を漏らした。
 春先は機嫌が良い日もあったが、ここ最近はめっきり機嫌が良くない。と言うよりは元気がない。今しがた聞いた紀清の出現がより一層その気分を落としたのだとわかった。
「私が退官を申し出たのは主上が創る国にこの老いぼれは必要ないと判断したから」
 きっと官吏でいれば誰もが自分を頼る。それでは冠燿の王としての立場はない。
「主上がもっと前向きになるにはどうしたらよいか」
 機嫌が良かった春先の事を思い出した。冠燿の事を知らなかった少女がいたといた。
「そうだ……」
 丞黄はある事を思いつき、足早にその場を後にした。
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