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29話 ボクはキミにっ――
しおりを挟むえ、なに……今、拓馬くんは、なんて言ったの……?
「っ、…ちゃんと、コウ兄のことがそういう意味で好きなんだって自分でもわかったのはあの春の日だけどさ……でも、ほんとのほんとにコウ兄にドキドキって最初にしたのは、おれが七歳…小学二年生の時なんだ」
「!? ……小学、二年生…って、」
……待って、それって。
「…うん、へへっ二年生。兄ちゃんは全然覚えてないかもだけど……おれ、二年生になったばっかりの時、家に同じクラスのさきちゃんが遊びにきて…それで帰りに母ちゃんが作ったクッキー渡したら、なんかお礼? だって言っていきなりそのっ、ほっぺにちゅ、ちゅうしてきてさ……それで、その後さきちゃんとバイバイしてすぐに、」
「…ボク、が…拓馬くんのことを、抱きしめた…」
「!! コウにぃ覚えてたのっ…!?」
「っ、うん」
「そ、そっか……それでさ、さきちゃんがいきなりほっぺにちゅうしてきたことについて聞いてきたコウ兄に、おれが説明して…びっくりしたけどドキドキはしなかったって、そう言ったら…コウ兄、急におれの名前呼びながらぎゅううっておれを抱きしめてきて……おれ、すっごくドキドキしたんだ」
「! …ドキドキ、したの…拓馬くん?」
「うん、おれの名前呼びながら強く抱きしめてくれたコウ兄の声がほっとした感じ…? っていうか、そんな声してて……顔あげたら、コウにぃほっぺた真っ赤にして、すごく嬉しそうに笑ってたんだぁ…その時のコウ兄の笑顔、おれっ今でもしっかり覚えてるよ」
「っ、」
「あの時はまだ小さかったから何でドキドキしたのかとか、全然わかんなかったけど……今ならちゃんとわかる。あの抱きしめられた時から、おれっコウ兄にずっとずっと恋してたんだって…!!」
「――…」
もう、どうしたらいいのかがわからない。
ボクが初めてお隣に住む、年下の幼なじみの日高拓馬くんに『恋』をしているのだと気づいた日、気づいた瞬間。
拓馬くんが、ボクに――伊波コウに『恋』をしただなんて、そんな。
これは、いまボクの目の前で起きたことは……本当に、すべて現実?
「た、拓馬く…」
震える声で、名を呼ぶと。
「…へへっ、コウ兄大好きっ!」
「っ――」
きゅっと、少し強めに握っていたボクの手を再び優しく包むように重ね。
拓馬くんはとびきりの笑顔と言葉を、ボクへと向けてくれた。
そうして、
……ああ、そうだったのか。
ボクはそんな彼の姿を目の当たりにして、ようやく気付いたのだ。
「……なさい」
「? コウに…」
「ごめんなさいっ、拓馬くん……」
「へ……えええっ!? なっなんで兄ちゃん泣いてるのさ!!?」
『――何てことだろう。つまりはボクの彼への『誘惑作戦』は、最初から成功していたのだ。』
違う、そうじゃない、そうではなかった。
ボクにとっての日高拓馬くんは、好きで好きで大好きで……世界で一番愛しい存在。
けれどもボクから見た彼は、ボクよりも五つも年下の勉強ちょっぴり…かなり苦手なスポーツ万能の元気なかっこよくてかわいい、そんな小学生な男の子でもあって。
恋する気持ちもまだまだわからない『子供』なんだって……そう、思ってた。
でも、全然違ったんだ。
やんちゃ盛りだから、クラスメイトの女の子からの告白を断ってたんじゃない。
ちっちゃい子が玩具を取られて焦る気持ちでも、最初に色々教えたことで反り込み的な感情をもったからでもない。
拓馬くんは、ちゃんとしっかりボクに対する気持ちを自覚していた――ただ、それだけだったんだ。
あの日、ボクのことを『好き』になってくれて、ボクに『恋』をしてくれて。
けれど、ボクが彼のことを弟的な存在としか見てないと……そう思って、
その芽生えた恋心を、成長するにつれて次第に伴うようになっていった性的な気持ちを、
拓馬くんは必死に隠し続ける努力をしてきていたのだ。
それなのに、
ボクはそんな拓馬くんの気持ちに気づくことなく、
ただただ自分の気持ちを満たしたいそれだけのために、
『誘惑作戦』だなんて言って、彼に色んなことを仕掛けて、翻弄させて、混乱させて、
拓馬くんの頑張って抑えていた気持ちを無理やり引きずりだすような真似をして。
何が恥ずかしい姿を見せるのはボクでいい、だ。キッカケを作るのもボクからしてあげなくちゃ、だ
勝手に優越感に浸って……こんなの、
ボクの方がよっぽど『子供』じゃないか。
「…っ、ごめんね…拓馬くん、ごめんなさいっ…」
「にっ兄ちゃん泣かないでっ、お、おれっなんかしちゃったのか…!?」
「ちがっ、違うのっ…! 拓馬くんはなんにもしてない、キミは何も悪くなんてないっ…ボクが、」
「…コウ兄が…?」
「ボクがっ、拓馬くんをずっと騙してて……だからっ…」
「!! え、コウ兄がおれをだましてたって…何言って、」
「騙してたのっ…ボク、ボクはキミにっ――」
だからボクは、ぽろぽろとたくさんの涙の粒をあふれさせながら、
拓馬くんに、今日までのボクの犯した罪のすべてを懺悔したのだった。
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