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第二章 夢の生活

2 だあいきらい

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 腐れ縁の仲間たちが、きょうは遠くに感じられた。

「ぱたぱたとスリッパの音聞きながら、ドアのこっちでオナニーするって、なんかよくない?」と吉田が言って、

「いやいや、やっぱ、鼻歌でしょ。入浴中の鼻歌聞きながら脱衣所でランジェに顔うずめて射精ってのが、気持ちよさそうかも」と斉藤が笑う。

 いままでは、すかさず乗れたのにな。

 今朝のこともあって、義母さんネタはさすがにつらい。

 結局、ふたりは特になにも聞いてこなかった。口裏を合わせて、聞いちゃいけない、みたいな空気。それに放課後はさっさと帰っちゃうし。ちょっと疎外感。

「それは桜木くん、しかたないよ。男子校生だもの。諸々キャパオーバーなんじゃない?」

 きのうの放課後のデジャヴみたく笹田クンが大人びた顔で答えた。

「笹田クンは平気なの?」

「うーん、羨ましいけど、まあ平気」

 そのままベッドに寝っ転がった。

 笹田クンの部屋には、ベッド以外家具がほとんどなかった。机すらない。小さな本棚には教科書類と少しの参考書、そして写真の専門書が何冊かあるきりだ。ベッドサイドのティッシュケースとウエットティッシュの筒が、妙に生々しい。

「勉強はどこでしてるの?」

「ああ、それはホールかな。閉店後のレストランで済ませちゃう。週末はホール手伝ってるし、ここでは、まあ寝るだけ。…………どう、僕と一緒に、寝てみる?」

 天井目がけて息を吐くように、寝たままの笹田クンがそう言った。

「あ、ごめん。大丈夫」

「気にしないで。いちおう社交辞令。もしかしてやっぱりそっち?ってよく言われるんだ。でも、もしかしてはたいてい当たるよね。ふふ」

 そうだよね。仲間内でも聞いちゃいけないって、わざと蓋をしている物事って、あるよね。

「桜木ってさあ、あ、呼び捨てていい?」

「いいよ、じゃあ僕も笹田で」

「桜木ってさ、なんでもウエルカムって空気かもしてるよね。おおらかっていうのかな。こっち側の人間って感じ。わかる?」

「僕はゲイでもバイでもないけど、なんか、沙夜さんにもそんな風なこと言われた」

「じゃあ、沙夜さんもこっち側の人間ってことか。ふふ」

「笹田なんかうれしそうだね」

「やっぱり理想の大人だよ、沙夜さんって。ああ、早く唯さんに会いたいな」

 笹田は立ち上がり、壁に立てかけてあったタブレットを手に取った。

「見て。唯さんからのメール」

 短いメールの笹田が指し示す最後の部分を、僕は目で追った。


 ようやく扉を開く決心をしてくれたこと。
 うれしいわ。
 もう離さないわよ、げんくん。ずっと一緒!
 住むところの手配はわたしにまかせて!
 もちろん一緒に住んでもいい。
 一年後が、待ち遠しい。


「きのう、思いを伝えたらすぐに返事がきた。どう。こんなにも薄汚れちゃってる僕なのに。……もう何度も読み返しちゃうよ」

 潤んだ瞳を向けて笹田がにじり寄る。笹田の方もいろいろあったんだな。

 もう離さないわよ、玄くん、か。

 なんか肉食っていうか、ストレートっていうか。僕はきのう見せてもらった、カフェ店員風の唯さんの姿を思い起こした。

「桜木も、さっそく沙夜さんとうまくいったみたいだし」

 やっかみ顔で口を尖らせる笹田。

「感謝してるって」

「僕ね、実は小学生までサンフランシスコに住んでたから、英語にもまあ不自由しないんだ。だから、唯さんのことはひとまず父さんには内緒にして、シアトルのアートスクールに進ませてもらおうって考えてる。むこうで実践的に写真を勉強をして、しかも唯さんと一緒。今からわくわくしてる」

「そうなんだ。いいかもね」と、僕は手を上げる。

「あっ、そうだねっ。おたがいの未来に」と笹田がハイタッチ。

 心底祝福したい気持ちはやまやまだけど、どうもすっきりしない。異国の地で素性も定かでない肉食獣かもしれない女性に身をまかせるって、果たしてどうなんだろう? もしむこうでしゃぶり尽くされて捨てられでもしたらどうするんだ? この件、一度沙夜さんに相談してみようか。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 家に帰ると、親父の部屋が本や書類で足の踏み場のない状態。その狭間でミリタリージャケットを羽織った沙夜さんが、ばったんばったんと派手に音を立てて段ボール箱に本を詰め込んでいる。着古した無骨なジャケットから伸びた細い首とうしろでお団子にした髪の下の後れ毛が、ほんのりと色っぽい。

「な、なに? 今朝片づけたばっかりなのに。なんだよこれ?」

「ああ、光くんごめーん! わたしね、ちょっと家空けるわ。緊急事態なの。それからこれ手伝って! もうすぐタクシーきちゃう」

「この箱運べばいいの?」

「そう、それとこっちも」

「すごい量だよ。沙夜さんひとりで無理でしょ」

「念のため運ぶの。わかってるわよ。だから手伝ってって。これから実家に戻る」

「ええっ、いっちゃうのぉ?」

「そんな泣きそうな顔しないの。金曜日にはちゃんと戻ってくるわよ。それからお母さんでしょ!」

 トランクに段ボール箱を積んで、僕もタクシーに乗り込んだ。

 帰ってすぐに出てきたから、着替えず制服のままだ。

「バスで帰ってもらわなきゃいけないかも。お金ある? 家の鍵持った?」

「大丈夫だって。もう、マジお母さんって感じだね」

 タクシーは十五分ほどで目的地に着いた。

「あ、あや、開けてくれてた。……あのぉ、運転手さん。このまま入っていただいて、奥の屋根のある車止めに停めていただけますか。あとはそのまま進んでいただくと転回せずに帰っていただけますので」

 いつものことなのか、長い決まり文句のように、よどみなく沙夜さんが告げる。

 綾って誰?

 僕はタクシーの中から、通過する高い門柱と開かれた青く錆びた重厚な門を見上げた。

 昭和の作家さんが小説書くのに料亭に籠もったり、そんなこと? でも実家って言ってたような。そんなことを考えながら屋根つきの車止めでタクシーを降りると、二枚扉のこれもまた背の高い玄関扉の左側に『灰原』と刻まれた大理石の表札が目に入った。かなり古いけど映画に出てくるみたいな大豪邸だ。

「ここ? 沙夜さんの実家?」

「そうよ。もうおんぼろで。さあ、入って」

 中に入ると広い吹き抜けの玄関ホールがあり、三人並んで楽に昇れるほどの大きな大理石作りの螺旋階段が二階に伸びていた。大理石色に合わせたクリーム色の凝ったデザインの金属製の手摺りがとても素敵。このホールだけでもうちのリビングの三倍はある大きさだ。正面の開け放たれた扉の先に、暖炉のある広そうなリビングと、瀟洒な木製枠の大きな窓からは、こんもりと木の茂る洋風の庭園が見渡せる。

「綾、戻ったよ。いるんでしょ」

 沙夜さんの声が二階にまでこだまする。

「はい! ただいま」と二階から声がして、カツカツと、白衣の女性が降りてきた。

 階段を鳴らしていたワインレッドのハード目なヒールブーツに目がいく。

 見ると沙夜さんも靴を履いたままだし、そもそも靴箱が見当たらない。

「ここ土足でいいんだね」

「ああ、大丈夫。脱いでも脱がなくてもね。元々洋館だからね。……なんか疲れちゃった。とりあえずお茶しようよ、綾ぁ」

「じゃあ、用意してまいりますね」そう言ってホールのむこうの細い廊下の先に、その女性は消えた。

「沙夜さんさあ、あのひとお手伝いさんかなんか?」

「やだ、違うよ。うちの学生。ここに下宿してるのよ。家って誰も住まないと荒れるって言うじゃない。だから助かってる」

 沙夜さんがうしろから僕の腕をつかんで、わざと胸を押し当てるように密着する。

「なあに、急によそよそしい空気醸しちゃって。沙夜さんじゃないでしょ。お母さんよね。それに今、綾に色目使ったわよね」と耳元で囁きながらリビングに僕を促す。

 猫足つきのクラシカルなソファにふたりで腰かけると間もなく、女性が銀のトレイに三人分の紅茶セットを載せて戻ってきた。

「こちらは坂木さかき綾さん。そして桜木光くん。綾は光とは三つ違いのお姉さんね」

 僕が頭を下げると、綾さんもコクリと頭を下げた。

 薄ピンクのセルフレーム眼鏡をかけて、白衣の中には体にフィットした白のワイシャツに、膝上ちょっと短めの黒のタイトスカートと黒ストッキング、そこにロンドンっぽいヒールブーツが少しミスマッチで、ほんのりフェチな雰囲気を醸し出している。センター分けの長い黒髪は、胸の下までありそうなのに髪質が細いのか重くは感じられない。鶴みたいに首が長くて、ボタン三つ目まで開けたシャツから覗くしっかりとした鎖骨の出っ張りがちょっとそそる。脚も長いし、長身スレンダー美人研究員って感じもしなくはないが、少しコスプレ入ってるのか?

「光、観察モードだね。さっきからジロジロ見ちゃって。わたしの時もすごく見てたものねー」

「そんなことないって。もう、母さんたら」

 ふだんと違って僕の名前呼び捨ててるし。見栄張ってる感じ。僕も母さんなんて、言っちゃってるしちょっと赤面。

「ずいぶんとかび臭いでしょ。だからたいていは二階の作業部屋にいるの。ここって昔は家政婦さんが家事を全部やってたから、母屋にはキッチンもないのよ」

 古色なリビングを見渡せばたしかに生活感は希薄だ。ソファセット脇の大きな螺鈿細工のキャビネットの上に、外国の家みたいに飾られたいくつかの額に僕は目を向けた。

「あ、これね。灰原家かつての繁栄、なんてね。写真館で撮った左端の古い写真、これがわたしのひいお祖父ちゃんとひいおばあちゃんよ。ひいおじいちゃんはドイツからやってきたお医者さまでね、灰原って姓はこのひいお祖父ちゃんが永住を決心した時に考えたの。ひいお祖父ちゃんのドイツでの姓はアッシェンバッハ。ドイツ語で灰色の小川って意味らしい。そこにひいおばあちゃんの旧姓の小原を合わせて、灰原」

 写真に写る厳格そうな髭の白人男性とすらりとした小柄な着物の女性。沙夜さんにはドイツ人の血が流れてるんだ。

「ひいおばあちゃんはひいおじいちゃんの助手だったひとなのよ。ちょっとわたしみたいでしょ。ふふっ。それからこっちが、おじいちゃんとおばあちゃんで、……この端のが両親とわたしと、それから弟の浩輝ひろきよ」

 色褪せたカラー写真。やさしそうな両親と車椅子で微笑む小さな少年、そしてその隣、細くてちょっとガリ勉そうな白衣の女の子が車椅子を支えてる。これ沙夜さん?

「恥ずかしいわ。これ、高校一年くらいかな。家にいる時も絵を描いてたからそんな格好なのよ。でも白衣は学校じゃ今でも着てるの。トレードマークみたいな。そのうち誰かさんに取られちゃうかもしれないけどねぇ」

 と、白衣姿で所在なげにミルクティーを啜る綾さんの方を横目で窺う。

「いやだ先生。これって、服が汚れないし、便利だから着てるだけですぅ」

 ずっと無表情だった綾さんが初めて笑った。よく見ると第一印象よりあどけない感じ。眼鏡の奥の涼しげな瞳と、肉厚の唇の対比がほのかにエロチックかも。

「先生。そろそろ……」

 会話が途切れたのを見計らって綾さんが膝を叩いて立ち上がった。

 帰りは綾さんが家まで車で送ってくれるという。

 いつの間にか日が落ちて、玄関も敷地内も真っ暗だ。車止めで待っていると、敷地の奥から初心者マークのついたぼろい四駆の軽自動車がやってきて、いったん降りた綾さんが助手席のドアを開いた。

「ごめん。せっつくみたいになって。沙夜ねえ、今のブームは光さんみたい。きょうも学校であなたの話ばっかり。さ、乗って! この家に似合わない車ですけど」

 ふだんは沙夜ねえ、って呼んでんのか。

「いえいえ」と助手席に乗り込むと、いっせーの、と綾さんが運転席に飛び乗った。白衣はすでに脱いでいて、まくれ上がったタイトスカートの下から黒いガーターベルトがちらりと覗いた。

 やっぱこの人、ちょいエロ系? それともオタク系? うーん読めない。

「春休みにやっと免許が取れたから、きょうは練習。怖いかもだけど……」

 急発進に急停車、なんとも心許ない運転で僕たちを乗せた車は走る。

「あそこに夜ひとりって怖くないですか?」

「桜木教授が手配してくれた警備会社と契約しててかなり厳重。沙夜ねえも毎日のようにきてくれるのよ。……しても、ね、すごいでしょ。あそこ。五百坪はあるよ。億単位の資産。それに、相続の時ひとつ売っちゃったらしいけど、まだ駅前に管理会社に任せてる賃貸マンションが二棟。沙夜ねえは、ほんとは働かなくても食べていけるひと。深窓の令嬢。……だから甘くみられる」

 余裕なさげにぴたりと前方を向いてハンドルを握りしめたまま、悔しそうにふっくらとした唇を噛む綾さん。

「緊急事態って言ってましたけどなにか……」

「それな。くそじじい舐めやがって! グラントだよ。ああ、研究補助金のことね。インドでの共同研究の話があってさ。日本の有名な博物館から募集がきてたの。沙夜ねえの研究とぴったり符合する打ってつけなやつ。学部長には先月にはもう申請の知らせがきてたのに、きょうやっと沙夜ねえの耳に入った。しかも申請の締め切りは今週金曜日。それまでに、作文いっぱいの煩雑な申請書を完成させて、学部長に印鑑もらわないといけない。それに加えていろいろ根回しの電話も必要で……。なのに、あたしが手伝えることはほとんどない。悔しい。沙夜ねえ、百万くらいならポンと出せるお金持ちなのにね。それとこれとは別って律儀に分けて考えて、意地悪な学部長にもニコニコ頭下げて。でも、そんなところが沙夜ねえのいいところ、……なのかなぁ」

「いいひとですよね。受験のこととかいろいろ相談に乗ってくれるし、今朝なんて料理作ってくれたし……」

「はあ、料理? まさか。沙夜ねえインスタントラーメンも作れないひとだよ」

 そんな衝撃の新事実を口にしたきり、綾さんはしばらく運転に専念した。

 家の近くまでやってきた。

「この公園の隣の、あそこなんで、車の転回難しいでしょ。だからこのあたりでいいですよ」

「敬語はいいよ。名前も呼び捨てでいい。だからわたしも呼び捨てちゃっていい? 桜木教授の息子さんなんだろうけど。お互い、沙夜チルドレン……だもの」

 公園の脇で車は停まったが、綾さん、いや綾はなぜか押しだまったまま。僕がじれるぎりぎりのところでようやく口を開いた。

「光さ? ひとつ聞いていい?」

「なに? いいけど、なに?」

「沙夜ねえと……寝た?」

「…………」

「やっぱ、寝たんだ。わたしもそうかなぁって思っていろいろ攻めてみたけど、白状しないの。……そうかあ、やっぱ寝たんだぁ」

 世を拗ねた子供みたいに顔を歪めて、綾はハンドルに顎を預けた。

 こいつ興味本位で踏み込んできやがる。なんだ?

「これであたしもひとり、か。……うっ」

 そして綾が突然泣き出した。おい、僕が泣かしたのか?

「おい、泣くなよこんなとこで。寝てないって、寝てませんから」

「……じゃあ、……じゃあ、先にあたしと寝て!」

 少し斜めにずれた眼鏡の奥の、泣き濡れた瞳がじっと僕を見る。

「あたしと寝て!」

 もう一回言った。おい、急展開!

「とりあえず家、くる?」

「ここでいい!」

 そう言って、綾が助手席の僕の上に勢いよく飛び乗ってきた。その時、真ん中のレバーで膝頭をしたたかに打ったみたいで、僕の頭を抱え込んだまま痛みに耐えている。

「大丈夫? 無理すんなよ」

 ……焦んなよ。きのうの自分を思い出した。

「つぅー、でもちょうどいい。このままヤルよ。シート倒して」

「え、どれよ?」

「もういい!」

 綾がレバーを操作して、シートがガクンと倒れた。

 幸いこのあたりの交通量は少ないし、夕飯時だからウォーキングのひともまだいないはず。こっちは公園、向かいはまだ造成中、気をつければできなくはない。そんなことを瞬時に思い巡らせた。

「あ、勃ってる」

 行動の激しさとは裏腹に、僕に触れる綾の手の動きは繊細でやさしいものだった。

 ズボンのジッパーがジーっと下ろされ、ペニスが引き出される。こいつ結構な玉だな。依然顔を歪ませたまま、追い詰められた犯罪者のような顔つきであたりを見回しながら、ペニスを股間にあてがう綾。

「なあ、キスしよ」

「ダメ! 挿れてから。……あっ」

 入った! しかも、突然ずんときた! なんか沙夜さんとは違う。筋肉の束でペニスを締めつけられてる、みたいな。

「うあぁ、締まる、すごい!」

「うるさいわね。大声出すな。あんた制服だし、バレたらマズいから」

「あ、ごめん。わかった。でも、ああっ」

「あ! バイクがきた!」

 綾が僕に被さるように身を伏せた。光の束が車内を駆け回り、バイクのエンジン音が真横をかすめて通り過ぎた。

 そして静寂。僕は被さった髪の中から、綾の顔を見つけ出し、キスをした。柔らかい唇。シャンプーじゃない髪の脂っぽい匂いが鼻をくすぐる。頬を舐めるとしょっぱい涙の味がした。

「……やぁだ。あたしもうムリ。まわり見てるから光、動いて」

 股間に目をやると、ペニスの茎が見える。なんだ、まだ全部入ってない。

 小刻みに腰を動かすと、茎が少しずつ入っていく。そして筋肉の束がねじれるように、カリの裏にまでまとわりついてきた。

 すご! 蛇たちが詰められて蠢くガラス瓶に無理矢理、チ×ポ沈めた! みたいな。ああ。

「大丈夫。大丈夫。誰もきてない。ああ、すごい。入ってる。光、入ってる!」

 M字に折れ曲がった脚、ざらりとしたストッキングのふとももをつかんで、さらに奥を目指す。

「なんだ綾さん、パンティーずらしただけで挿れた? ガーターベルトってエロいね」

「はぁん、つまらないこと言わないで、ばか。呼び捨てていいって言ったでしょ。だってだって、光のこと、狙ってたもの。うう、でもこんなに早く機会が巡ってくるなんて……あっ……あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ……」

 密やかに、小鳥のように鳴く女。あえぎ顔が少女みたいにあどけない。ふっくら唇と眼鏡越しの涼しい目。きれいな首のラインに筋が時折浮き上がる。顎の先端が薄明かりの下でみずみずしく光ってる。

 そうか、ガーターベルトだったら、いつでもどこでも、挿れられる。僕は空中で瞬時に済ませる蝶の交尾を思い浮かべた。

「こっち向いて、僕を見て」

「ええ、でもひとが」

「見渡してどう、誰もいない?」

「う、うん」

「じゃ、大丈夫! もう、すぐ、イクからね」

 綾が眼鏡を外して、こっちを見た。

 おっ、かわいいかも! それに、綾の背景には満開の桜。公園の桜の木が道にまで張り出し、街灯に照らされているんだ。気づけばフロントガラスやボンネットにいくつもの花びらが落ちている。

「……きれいだよ」

 そう告げるやいなや、ペニスにまとわりつく蛇たちが一斉に胴をひくつかせて体をこわばらせ始めた。

「うああ、ちぎれそう、……ああ」

 その一瞬で僕は射精した。綾はしがみついたまま離れない。

 絞られたペニスが名残惜しくドクドク脈打っている。

 密着したさらさらの髪に鼻先で分け入り、綾のおでこに軽くキスをした。

「どう、気が済んだ?」

「もう……だあいきらい」と髪のむこうからくぐもった返事が返ってきた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 綾は急発進で去っていった。

 大丈夫かな。

 それにしても、どっと疲れた。沙夜さんの大邸宅が一気に霞んでしまった。戦場から戻った気分。これこそモテ期ってやつなのに、小躍りする元気すらない。あいつはひとの精気を吸う蛇女なのか。腹も減ったけど、とりあえずシャワーかな。

 洗面所で制服を脱いでいて気がついた。

 Yシャツの裾が真っ赤に染まってる。 

「えっ、処女だった?」と思わず叫んだ。

 突然やってきたバイク。戦争映画の機銃掃射のシーンみたいに身を寄せ抱き合って、ふたりで息を詰めた。あの状況が何度も頭の中で再生される。

 坂木綾か。変な女。電話番号もメアドも交換しなかったこともあって、再会を果たすのは、ずいぶん先のこととなった。
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