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海に還る【百合表現有り】
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美咲が死んだ。
私は突然の訃報を母から受けた。なんでも恋人と一緒に入水自殺したらしい。遺書も遺さず、ちょっと近所に遊びに行くようなまま死んだと聞いた。通夜は明日に行われるそうだ。私は何も考えられずただただ呆然と母の話を聞くことしか出来なかった。
美咲は私の幼なじみで初恋だった。明るく愛嬌がありみんなに好かれていた。昔からどうして地味で暗くて教室の端に居るような私に構ってくれるのか甚だ疑問だった。いつも絶えず笑顔を向けてくれる彼女。私が学校でいじめられ、全てが嫌になり、自暴自棄になった私を締め切った部屋から連れ出してくれた彼女を好きになるのに時間はかからなかった。
はっきりと芽生えた恋心に気がついたのは、一緒の女子校に進んだ時だった。しかしその心を持ったことが地獄の始まりだった。
最初は恋心の在り方に悩んだ。唯一無二の親友に邪な気持ちを向ける自分を嫌悪した。そして自分の抱くこの気持ちの異常性に吐き気がした。
次は己の在り方に悩んだ。どう足掻いても私は彼女の隣に立つことが出来ないと知った。白百合と雑草では釣り合わない。そう思うと同時に友達として隣に立つことすらつらくなった。
そしてとうとう私は彼女を自ら遠ざけるようになっていった。木の影からそっと見守ること位がちょうどいいと自分にいいきかせて、教室でも帰り道でもひっそりと息をするようになった。
2年生になった春。突然美咲が家にやってきた。しっかりと向き合うのは久しぶりすぎて自然と顔が赤くなった。そして諦めていた恋心が少しずつ顔を覗かせた。彼女も照れくさそうにはにかむと、相談したいことがあると言った。
なんだか照れくさそうに彼女はぽつりぽつりとつぶやくように話し始める。
「ねぇ、香織ちゃんあのね。」
久々に名前を呼ばれ私も胸が高鳴る。
彼女は一呼吸すると顔を赤くして言った。
「先輩に告白されたの。」
その言葉を聞いた瞬間、さっきまで浮ついた気分が急直下で落ちていく感覚に陥った。全身に冷水をかけられたように指先から冷たくなっていく…。目の前が真っ白になって音が遠くなっていく感覚がする。そこからの記憶はほとんどなかった。ただ彼女が恋する乙女のように頬を染め、幸せそうに話す姿を見つめることしか出来なかった。
それからほどなくして先輩と美咲は結ばれた。その出来事が原因か、クラスの空気が原因かははっきりしないが、私は学校を引きこもりがちになった。3年にあがる少し前には、もう美咲との交流はなかった。むしろそれに救われていたのかもしれない。少しずつ時間が経つにつれて自分の中で落とし所を見つけることが出来た。
そして3年の今。
「美咲が死んだ。」
口に出してみるも実感が湧かない。あまりにも急すぎて立ち尽くすことしか出来ないのだ。今すぐ彼女の家に行って呼び鈴を鳴らせば出てくるのではないかと思うくらいだ。通夜は明日に行われる。そんなことを言われても困る。そんな様子の私にお構い無しに母は「あんたも通夜には出るでしょ」と聞く。私は言葉も出ずに頷くことしか出来なかった。
今日は美咲の門出を祝うかのように晴天だ。海辺の式場には晴れやかな日には似合わない黒い塊がざわざわと蠢いている。すすり泣く声、ヒソヒソと囁く声、お経、声、声、声。悪意や好奇心、興味、落胆、悲しみの声が溢れていて聞くだけで嫌になってくる。
美咲はそんな子じゃない、きっといっぱい悩んだ末の決断なんだ。彼女の決意をそんな軽い言葉で片付けてくれるな。
その場にいることが出来ずに粛々と進む式の途中で椅子を倒す勢いで立ち上がり式場を走り抜ける。他の人の視線や咎める声も全部無視して砂浜まで走る。
空は青かった。潮の匂いがする。波の音を聞いてようやく涙が零れる。とめどなく溢れてくる。
ごめん、ごめんね無視してごめん。でも好きでした。愛してました。諦めないで言えば良かったね、どうしようもない自分を大切にしてくれてありがとう。嫉妬深くて醜い私は、あなたが与えてくれた優しさを返すことが出来なかった。あなたから貰った恩を仇で返してしまいました。許してくれなんて言いません。だけど一方的でもこれからも思い続けさせてください。
「愛してるよ、美咲。」
私は突然の訃報を母から受けた。なんでも恋人と一緒に入水自殺したらしい。遺書も遺さず、ちょっと近所に遊びに行くようなまま死んだと聞いた。通夜は明日に行われるそうだ。私は何も考えられずただただ呆然と母の話を聞くことしか出来なかった。
美咲は私の幼なじみで初恋だった。明るく愛嬌がありみんなに好かれていた。昔からどうして地味で暗くて教室の端に居るような私に構ってくれるのか甚だ疑問だった。いつも絶えず笑顔を向けてくれる彼女。私が学校でいじめられ、全てが嫌になり、自暴自棄になった私を締め切った部屋から連れ出してくれた彼女を好きになるのに時間はかからなかった。
はっきりと芽生えた恋心に気がついたのは、一緒の女子校に進んだ時だった。しかしその心を持ったことが地獄の始まりだった。
最初は恋心の在り方に悩んだ。唯一無二の親友に邪な気持ちを向ける自分を嫌悪した。そして自分の抱くこの気持ちの異常性に吐き気がした。
次は己の在り方に悩んだ。どう足掻いても私は彼女の隣に立つことが出来ないと知った。白百合と雑草では釣り合わない。そう思うと同時に友達として隣に立つことすらつらくなった。
そしてとうとう私は彼女を自ら遠ざけるようになっていった。木の影からそっと見守ること位がちょうどいいと自分にいいきかせて、教室でも帰り道でもひっそりと息をするようになった。
2年生になった春。突然美咲が家にやってきた。しっかりと向き合うのは久しぶりすぎて自然と顔が赤くなった。そして諦めていた恋心が少しずつ顔を覗かせた。彼女も照れくさそうにはにかむと、相談したいことがあると言った。
なんだか照れくさそうに彼女はぽつりぽつりとつぶやくように話し始める。
「ねぇ、香織ちゃんあのね。」
久々に名前を呼ばれ私も胸が高鳴る。
彼女は一呼吸すると顔を赤くして言った。
「先輩に告白されたの。」
その言葉を聞いた瞬間、さっきまで浮ついた気分が急直下で落ちていく感覚に陥った。全身に冷水をかけられたように指先から冷たくなっていく…。目の前が真っ白になって音が遠くなっていく感覚がする。そこからの記憶はほとんどなかった。ただ彼女が恋する乙女のように頬を染め、幸せそうに話す姿を見つめることしか出来なかった。
それからほどなくして先輩と美咲は結ばれた。その出来事が原因か、クラスの空気が原因かははっきりしないが、私は学校を引きこもりがちになった。3年にあがる少し前には、もう美咲との交流はなかった。むしろそれに救われていたのかもしれない。少しずつ時間が経つにつれて自分の中で落とし所を見つけることが出来た。
そして3年の今。
「美咲が死んだ。」
口に出してみるも実感が湧かない。あまりにも急すぎて立ち尽くすことしか出来ないのだ。今すぐ彼女の家に行って呼び鈴を鳴らせば出てくるのではないかと思うくらいだ。通夜は明日に行われる。そんなことを言われても困る。そんな様子の私にお構い無しに母は「あんたも通夜には出るでしょ」と聞く。私は言葉も出ずに頷くことしか出来なかった。
今日は美咲の門出を祝うかのように晴天だ。海辺の式場には晴れやかな日には似合わない黒い塊がざわざわと蠢いている。すすり泣く声、ヒソヒソと囁く声、お経、声、声、声。悪意や好奇心、興味、落胆、悲しみの声が溢れていて聞くだけで嫌になってくる。
美咲はそんな子じゃない、きっといっぱい悩んだ末の決断なんだ。彼女の決意をそんな軽い言葉で片付けてくれるな。
その場にいることが出来ずに粛々と進む式の途中で椅子を倒す勢いで立ち上がり式場を走り抜ける。他の人の視線や咎める声も全部無視して砂浜まで走る。
空は青かった。潮の匂いがする。波の音を聞いてようやく涙が零れる。とめどなく溢れてくる。
ごめん、ごめんね無視してごめん。でも好きでした。愛してました。諦めないで言えば良かったね、どうしようもない自分を大切にしてくれてありがとう。嫉妬深くて醜い私は、あなたが与えてくれた優しさを返すことが出来なかった。あなたから貰った恩を仇で返してしまいました。許してくれなんて言いません。だけど一方的でもこれからも思い続けさせてください。
「愛してるよ、美咲。」
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