夜明けの歌

コウハクホタル

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さよならしても忘れないで。

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カグヤさんが語る話は、酷いものだった。目に涙を浮かべて話すカグヤさんを見て、カグヤさんが月から来たことを疑う余地は無くなったと思う。

「まだ聞いてくれるの?」

カグヤさんは、僕の目を見つめて言った。気づけばもう、1時間経っていた。カグヤさんには悪いけど、そろそろ帰らなくては。サユリの事も心配だ。本当なら、もう少し話を聞きたかったのだけれど。

「ごめん、僕もう帰るね。話の続きはまた今度に…」

僕が椅子から立った瞬間だった。カグヤさんはまた僕に抱きついてきた。

「行かないで!私には今度なんて無いかもしれない!明日死ぬかもしれないから!まだいっしょにいて欲しいの!」

カグヤさんの力が強く、僕はよろめいた。この時僕は、カグヤさんの為に何かができないかを必死に考えた。けれど、自分なんかにできることがあるのだろうか。カグヤさんは、柔らかい体を僕に押し付けた。心臓の鼓動が聞こえてきそうだった。カグヤさんの手は震えていた。

「私ね…怖いんだ。死ぬのが怖いんだ。」

誰だってそうだ。死ぬのが怖い。けれども、僕を含めた大多数の人間は、自分が明日死ぬなんて考えちゃいないだろう。なんとなく、明日も生きられると思っている。僕は公衆電話に向かった。




「という訳だ…」

僕はカグヤさんの所に残ることにした。サユリのことは日暮に頼んだ。カグヤさんについてはまだまだ謎が多い。この謎を解くには本人から直接聞くのが一番だろう。

「分かりました!サユリちゃんのことは任せてください!」

日暮にはよく迷惑をかけている。いつかお返ししたい。

「あの…カオル部長さん。」

日暮は休日でも僕のことを部長と呼ぶ。おまけに「さん」まで付けて。

「どうしたの?」

「その…カグヤさんは、ほんとうに月の人なんですか?」

少し声を潜めて日暮は聞いた。

「まだ分からない。けど、多分本当だ。」

それしか言えない。

「そうですか…なんだか意外です。部長さんがそういう話に興味を持つなんて。」

「あぁ…ちょっと気になる事があったから。」

気になる事…それは、カグヤさんと初めて会ったあの日からあったものだ。

「僕の記憶…僕の記憶の中にカグヤさんらしき人がいたんだ。」

そして、さっきのカグヤさんの話に出てきた【カオル】。予想が確信に変わった。おそらく7年前、僕が10歳の頃に、カグヤさんに会っている。では何故、僕は忘れてしまっていたのだろうか。あの日、カグヤさんに抱きつかれるまで、完全に忘れていた。頭の中が整理出来ずにいた。割れてしまいそうだ。

「とにかく分かりました。サユリちゃんのことは心配しないでください。」

「ありがとう。」

僕はそう言って電話を切ろうとした。

「あっ!待ってください!」

日暮がいきなり大きな声を出したので、何事かと驚いた。

「カグヤさんって…可愛いですか?」

日暮の予想だにしない質問に、思わず吹き出した。
顔は可愛いと思うけど、でも…プライド高いしなぁ。

その場は適当に誤魔化した。


電話を切ると、後ろに病院服を着たカグヤさんがいた。

「さっきの話本当なの?私に抱きつかれた時に、思い出してたの?」

「思い出した…というより、戻ったのかな?過去に。一瞬だったけど。」

「なんで…すぐに言ってくれなかったの?」

「確信が持てなかったし。あんな状況じゃ…」

それもそうね。とカグヤさんはくるりとターンし

「さっき私のこと可愛いか聞かれたでしょ?なんで可愛いって言わなかったのよ?」

と言ってきた。さっきまで泣いていたとは思えない。ほんとにこの人は掴み所がないなぁ。まぁ、元気になってきたのならそれで良いけど。

「まさか!カオル君!私のこと顔は可愛いけどプライド高いとか思ってるんじゃないの⁉︎」

ギクリ

「いやいやいやいや!思ってない!微塵も思ってない!」

僕は必死に首を横に振った。

「じゃあなによ!顔も性格も最悪だって言いたいの⁉︎」

「だから!思ってないって!」





病室に戻り、落ち着いた所でまたカグヤさんは話し出した。

「私は死にたくなかった。母は私を守るために、必死に戦った。毎日毎日、寝る間も惜しんで、私を救う方法を調べた。」

カグヤさんの目は、どこか遠くを見ていた。窓から見える海。さらにその先。

「母は体調を崩してしまった。私は毎日、母の看病をした。母はいつも私に謝っていた。私にはそれが苦しかった。」

聞けば聞くほど辛い話だ。

「やがて私が地球に行く日が来た。」

ここまで話してカグヤさんは黙ってしまった。黙ったまま、海の向こうを見ている。

「あとは知ってるでしょ。」

「それで、僕に出会ったと…」

カグヤさんは頷き、僕に手招きした。僕が近寄ると、ニヤリと笑った。

「今日は私、1日入院するから。カオル君には私と一緒に寝てもらいまーす。」

「はぁああああああ⁉︎」

変な声が出てしまった。一緒に寝るって、しかも同じ歳の女の子と。

そこに看護師さんが扉を開けてやってきた。

「具合はどうかな?」

「はい。かなり良くなりました。」

「それは良かった」


カグヤさんは、ハキハキと話していた。僕が関係していない所では、意外と真面目な人なのかもしれない。


看護師さんが帰り、カグヤさんはまた僕に話しかけてきた。

「さっきの冗談だから。カオル君とは一緒に寝ません。」

「なんなんだよ。さっきから…」

カグヤさんといるのは疲れる。けれど、不思議と悪い気分ではない。



そこから先は、他愛もない話をした。月での話、地球に来てすぐの話、その他にもいろいろな話をした。しかし、その中に月の巫女などに関係すると思われる話は無かった。

「ねぇ、時間大丈夫なの?」

カグヤさんに言われて気がついた。もうそろそろ帰らなければ。

「妹さん、待ってるんじゃないの?」

カグヤさんが人に気を使っているのが、なんだか怖かった。けど、そんなことを言えば、また機嫌を損ねるだろう。だから言わないでいた。

「ねぇカグヤさん、僕に何か出来る事があったら何でも言って。」

少し照れくさかった。けど、僕は帰り際にそう言った。カグヤさんは少し驚いた様子でいたが、すぐに明るい声で言った。

「私と…思い出を作ってほしい。」

僕には、その言葉の裏に隠された意味がわかる。カグヤさんは恐れている。

「そして…その思い出を、ずっと覚えていてほしいな。」

その言葉を聞き、胸が苦しくなった。

「私が死んじゃっても、忘れないでいてほしいなぁ。」

カグヤは泣いていた。そして、

「うん…忘れない。」

僕も泣いていた。

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