5 / 36
親友B
親友B④
しおりを挟む
今、全部思い出した。
僕にとっては、酷い裏切りをされた訳で、奴を殴るだけの道理がある。しかし奴に殴られる道理など存在しないはずだ。
先輩の仲裁で殴り合いは収まったものの、口汚い罵り合いは続いていた。その内、奴は僕を挑発し始める。
「楽器を捨てたくせに? もう吹けないんだろ? 舐めるなよ! ここに俺の楽器があるなら、吹いてやろうじゃないか!」
勢いに任せて啖呵を切ってやると、奴はにやりと笑う。隣の音楽準備室から、楽器ケースを取り出してくる。それは……紛れもなく僕のサックスだった。何故ここに!?
さぁ吹けよと言わんばかりに、あの頃と同じように金色に輝く僕のサックス。それを差し出すニヤニヤ顔の奴。僕は、啖呵を切った手前引くに引けず、追いつめられ、悩み苦しんだ挙げ句、観念した。
僕は遂に、何年か振りで楽器を弾く羽目になる。
リードを付け、息を吹き込む。
~~~♪
感覚は忘れてない。指慣らしを兼ねて、散々吹いていた練習曲を一曲。それを聞いていた奴は、勝手に演奏に乗っかってきやがる。えぇい、邪魔だな。
曲の途中で曲を変える。一小節遅れで奴もそれに合わせる。僕の走る所も、苦手な所も、完全にカバーするように、一緒に吹いてくる。
僕はムキになって、曲を変え続けた。知っている曲を出し尽くすように、奴がついてこれないように。しかし奴はどこまでも追いかけてきた。僕の吹く曲に、少しもずれずに。
当たり前といえば当たり前だった。僕の知っている曲は、全て奴と一緒に練習した曲だ。何年経っても、いくら忘れようとしても、その事実は決して変わらない。
遂には僕の知っている曲は全て使い尽くしてしまった。
この他に、僕の知っている曲は……残っているのは……
~~~♪
僕らの曲。僕らの旋律。僕が吹き始めた瞬間、奴は少し目を見開き、そしてすかさず追いかけてくる。
~~~♪
途端、僕の体を衝撃が突き抜ける。
――あぁ、この旋律だ。
重なり合う旋律。タイミング、和音。少しのズレもない。
~~~♪
どんなにスピードを変えても、どんなに変調しても、奴はついてきた。僕はその内、自分がどれだけ怒っていたかなどすっかり忘れて、昔の気分で吹き続ける。僕がリードし、奴が合わせる。かと思えば奴が主導権を持っていき、僕が合わせる。まるで喧嘩のように主導権を取り合いながら、音楽は続いていく。
段々と僕の中で、奴への恨みよりも大きな『懐かしさ』がこみ上げてくる。奴の顔を見る。なんて嬉しそうな顔をしやがる。昔よりもずっといい顔だ。
そして、僕がちらっと目配せをしてやると、奴は小さく頷き、
~~~!
音楽はそこで終わった。そしてワッと拍手が鳴り響く。僕はびびる。
気付けば音楽室には、学校にいた人間、学校の外にいて、音楽が聞こえたから来た人間で、埋まって……はいないが、相当集まっていた。僕ら二人に向けられる拍手。あの日、迎えるはずだったステージが、思いがけずここで迎えられた。
心にあるのは充足感。息を切らし、汗を垂らし、涙を流し、僕は奴を見た。奴は、息を切らし、汗を垂らし、涙を流していた。目が合うと、自然にやりと笑い、右手を出してきた。僕は、右手を出してやり、衆人観衆の前で握手してやった。
それから、集まった奴らと打ち上げにいった。大人になって初めて気付いたが、この町は意外に飲み屋が多い。そういうものなのかもしれない。
僕は奴と語り合い、下らない話をし、また会う約束をして、別れた。
帰り道。一人歩く夜道の風は心地よく、満たされた心からは、鼻歌が溢れてくる。端から見たら完全に怪しい人物だ。でもそんな事は関係ない。今僕は、ずっとそうしていたいと思うくらいに気分がいい。
また何かを始めよう。なんなら、奴と演奏する為にこの町に戻ってきてもいいな。そしたらまた今日みたいに飲んで、楽しく過ごせるのかな。
夜の町は、深い青に包まれ、やがて朝日が上がると共に、輝きを見せ始めた。
僕にとっては、酷い裏切りをされた訳で、奴を殴るだけの道理がある。しかし奴に殴られる道理など存在しないはずだ。
先輩の仲裁で殴り合いは収まったものの、口汚い罵り合いは続いていた。その内、奴は僕を挑発し始める。
「楽器を捨てたくせに? もう吹けないんだろ? 舐めるなよ! ここに俺の楽器があるなら、吹いてやろうじゃないか!」
勢いに任せて啖呵を切ってやると、奴はにやりと笑う。隣の音楽準備室から、楽器ケースを取り出してくる。それは……紛れもなく僕のサックスだった。何故ここに!?
さぁ吹けよと言わんばかりに、あの頃と同じように金色に輝く僕のサックス。それを差し出すニヤニヤ顔の奴。僕は、啖呵を切った手前引くに引けず、追いつめられ、悩み苦しんだ挙げ句、観念した。
僕は遂に、何年か振りで楽器を弾く羽目になる。
リードを付け、息を吹き込む。
~~~♪
感覚は忘れてない。指慣らしを兼ねて、散々吹いていた練習曲を一曲。それを聞いていた奴は、勝手に演奏に乗っかってきやがる。えぇい、邪魔だな。
曲の途中で曲を変える。一小節遅れで奴もそれに合わせる。僕の走る所も、苦手な所も、完全にカバーするように、一緒に吹いてくる。
僕はムキになって、曲を変え続けた。知っている曲を出し尽くすように、奴がついてこれないように。しかし奴はどこまでも追いかけてきた。僕の吹く曲に、少しもずれずに。
当たり前といえば当たり前だった。僕の知っている曲は、全て奴と一緒に練習した曲だ。何年経っても、いくら忘れようとしても、その事実は決して変わらない。
遂には僕の知っている曲は全て使い尽くしてしまった。
この他に、僕の知っている曲は……残っているのは……
~~~♪
僕らの曲。僕らの旋律。僕が吹き始めた瞬間、奴は少し目を見開き、そしてすかさず追いかけてくる。
~~~♪
途端、僕の体を衝撃が突き抜ける。
――あぁ、この旋律だ。
重なり合う旋律。タイミング、和音。少しのズレもない。
~~~♪
どんなにスピードを変えても、どんなに変調しても、奴はついてきた。僕はその内、自分がどれだけ怒っていたかなどすっかり忘れて、昔の気分で吹き続ける。僕がリードし、奴が合わせる。かと思えば奴が主導権を持っていき、僕が合わせる。まるで喧嘩のように主導権を取り合いながら、音楽は続いていく。
段々と僕の中で、奴への恨みよりも大きな『懐かしさ』がこみ上げてくる。奴の顔を見る。なんて嬉しそうな顔をしやがる。昔よりもずっといい顔だ。
そして、僕がちらっと目配せをしてやると、奴は小さく頷き、
~~~!
音楽はそこで終わった。そしてワッと拍手が鳴り響く。僕はびびる。
気付けば音楽室には、学校にいた人間、学校の外にいて、音楽が聞こえたから来た人間で、埋まって……はいないが、相当集まっていた。僕ら二人に向けられる拍手。あの日、迎えるはずだったステージが、思いがけずここで迎えられた。
心にあるのは充足感。息を切らし、汗を垂らし、涙を流し、僕は奴を見た。奴は、息を切らし、汗を垂らし、涙を流していた。目が合うと、自然にやりと笑い、右手を出してきた。僕は、右手を出してやり、衆人観衆の前で握手してやった。
それから、集まった奴らと打ち上げにいった。大人になって初めて気付いたが、この町は意外に飲み屋が多い。そういうものなのかもしれない。
僕は奴と語り合い、下らない話をし、また会う約束をして、別れた。
帰り道。一人歩く夜道の風は心地よく、満たされた心からは、鼻歌が溢れてくる。端から見たら完全に怪しい人物だ。でもそんな事は関係ない。今僕は、ずっとそうしていたいと思うくらいに気分がいい。
また何かを始めよう。なんなら、奴と演奏する為にこの町に戻ってきてもいいな。そしたらまた今日みたいに飲んで、楽しく過ごせるのかな。
夜の町は、深い青に包まれ、やがて朝日が上がると共に、輝きを見せ始めた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
女難の男、アメリカを行く
灰色 猫
ライト文芸
本人の気持ちとは裏腹に「女にモテる男」Amato Kashiragiの青春を描く。
幼なじみの佐倉舞美を日本に残して、アメリカに留学した海人は周りの女性に振り回されながら成長していきます。
過激な性表現を含みますので、不快に思われる方は退出下さい。
背景のほとんどをアメリカの大学で描いていますが、留学生から聞いた話がベースとなっています。
取材に基づいておりますが、ご都合主義はご容赦ください。
実際の大学資料を参考にした部分はありますが、描かれている大学は作者の想像物になっております。
大学名に特別な意図は、ございません。
扉絵はAI画像サイトで作成したものです。

好きだ、好きだと僕は泣いた
百門一新
ライト文芸
いつも絵ばかり描いている中学二年生の彼方は、唯一の美術部だ。夏休みに入って「にしししし」と笑う元気で行動力のある一人の女子生徒が美術室にやってくるようになった。ただ一人の写真部である彼女は、写真集を作るのだと言い――
※「小説家になろう」「カクヨム」等にも掲載しています。


ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる