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ある蛇足~この章については必要か悩んでいます。ご意見くだされば幸いです。

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こんこんこん、と規則正しいチョークの音が教室に響いていた。
 保身ばかり考える柴田先生は、何事もなかったかのように授業を続けている。
 二年一組の教室は倦怠感のような物に包まれ、それぞれ脱力してこそこそ談笑しあっていた。 史垣剛の目に熱い物が込みあげる。
 美咲の死など本当になかったみたいだ。
 まだ葬式からだった一ヶ月なのに。
 美咲の死は無駄だった。
 彼女の遺書に名指しされていた三人はそれぞれ否定して、教室の皆も追従したために、このクラスで起こった殺し合いは美咲の勘違いに貶められた。
 柴田先生の痩せぎすの背中がぼやける。
 剛の目から涙がこぼれだしていた。
 あまりにも無力な自分が情けなかった。
 くすくすくす、とどこからか笑い声がする。
 榎本麻美だった。
 彼女は泣いている剛に気付いて、何か友達と悪意を囁き合っている。
 本当なら、彼女は昨夜死ぬはずだったのに。
 塾の帰りに自転車を止め、シャベルで顔面を殴る……計画だった。
 隠しもしないあくびが上がる。
 振り向かなくとも分かる。堀内修司だ。今頃脱色したふわふわの髪でも撫でつけているだろう。
 彼は今日仕留めるつもりだった。
 だが……出来なかった。
 昨晩、計画通りに榎本を待ち伏せした。
 心細い一人故、美咲の声を妄想しながら復讐の機会を待った。
 出来なかった。
 シャベルを持つ手も、否、その前に彼女の自転車の前に出ることも出来なかった。
 ただ榎本は剛が隠れている道を自転車で通過していった。
 堀内も有紗にも何も出来ない。
 だからずっと妄想していた。
 彼等を殺し、美咲の仇を討つ。
 くだらない空想だ。
 無力な想像だ。
 剛の体が怒りに震える。
 結局、史垣剛が思い知ったのは自分がどうしようもなく下らない人間だ、ということだ。
 妄想の中では榎本も堀内も有紗も、責任逃れの柴田先生も問題にもしなかった生徒会の連中さえぶち殺したのに。
 現実では立ちつくすだけ。
 力が欲しい……剛は闇に吠える。
 人を殺せる勇気が欲しい。
 不条理な世の中に何も出来ない自分は嫌だ。
 俺は情けなくい程弱い。
『それでいいんだよ』
 剛はぎょっとした。
 どこからか声が聞こえた。それも忘れられない美咲の声だ。 
 また妄想か? と疑ったが、違うようだ。
 美咲の声が続いたからだ。
『剛ちゃんはそれでいいんだよ。中高生の学校での殺し合い何かに入っていったらダメなんだよ』
 剛は辺りを見回す。
 どうやら声が聞こえるのは彼だけらしい。
『死んだのよ。……そう、いじめてた人達を恨んでいた嘉嶋美咲は過去の者。今はいいや、もういい』
 でも、それじゃああんまりだ。
 剛は歯を噛みしめる。
 どうして何もしていない美咲が死んで、彼女をいじめていたクズが笑顔でいられるのか。
『あの人達の事は天に任せるよ。罰が当たるかそうならないかは、天に任せる。私はそれでいい』
 でも。
『剛ちゃんは待ってて、生まれ変わる私を……どうやら三年くらいかかるらしいから、二〇年後あなたは若いお嫁さんを貰うのよ』
 剛の涙は溢れた。
 二〇年。そんなに待たないといけないのか? この暗黒の世界で。
『なあにほんの少しよ……てか、もしその時誰かと結婚なんかしていたら無理矢理別れさせるから、既成事実を作って家庭崩壊させるから』
 恐ろしい宣言だ。
『だから少しだけ待ってて、必ず私が、黒歴史のない私が剛ちゃんを見つけるからね』
 ついに彼は両手で顔を覆った。
「あれ? どうしたの史垣君」
 主犯の一人なのにしれっと授業を受けていた堂島有紗が彼の様子を見て手を挙げた。
「先生、史垣君が何か苦しそうなので保健室へ連れて行きます」
 柴田先生が許可すると、保険委員でもないのに有紗が近寄る。
「史垣君、どこか痛いの? 保健室へ行きましょう。私が連れて行ってあげるから」
 有紗が妙に顔を近づけるから、少女特有の口臭を剛は嗅ぐ。
 彼は黙って立ち上がる。
 美咲を殺した仇の一人に支えられ。
『生まれ変わったら、絶対に私をお嫁にしてね』
 彼だけに聞こえる美咲の声に、剛に渦巻く闇と怒りは微かに薄れた。
 それだけだ。 
                                                                                                       了
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