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プロローグ

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 鼻を突く排泄物の臭いに、史垣剛(しがき つよし)は背を向けた。
 全ての光景、現実からも目をそらした。
 認めたくなかった。この恐ろしい事実から。
 認めてしまったら、彼の心は折れて砕け、二度と修復はならないだろう。
 涙でぼんやりとした視界に机が、勉強机が写る。
 見慣れた部屋の見慣れた机だ。実際、彼はそれを十年以上前から目にしていた。
 だが違う。世界が変わると何もかもが違って見える。
 この部屋の女の子らしい苺柄のカーテンも、ピンク色のカーペットも、小型のテレビも、何もかも異世界の物体のようだ。
 不意に剛に吐き気がこみ上げた。突然吹き上がる間欠泉のようだ。
 彼は耐える。喉元までせりあがった昼食を飲見下す。
 あまりのの不快さに、彼は力無く勉強机に手を突いた。
 ぎしぎし、と背後でぶら下がっている物が彼を責めるように鳴っている。
 再び喉に違和感を覚える。
 だがついに剛は嘔吐しなかった。
 見つけたのだ、片づけられた勉強机の中心にある一通の封筒を。
 自然と彼はそれを手にしていた。
 自分が見て良い物か? 何て考えなかった。
 剛は知りたかった。何がこの状況を生んだのか、何が悪かったのか。
 だが一読して彼は喫驚した。
 封筒の中の手紙はラブレターだった。
 しかも彼、史垣剛に向けた愛の告白だ。
 まるでエアポケットの中に入ったように、剛は呆然とした。
 ラブレターなんて貰うのはそれこそ生まれて始めてだ。
 剛の体が冬の風に冷えたようにぶるりと震えた。
 自身の気持ちにようやく気付いたのだ。
 彼も好きだった。愛していた。
 こんな場合に発覚したが、まさかの両思いだったのだ。
 剛の萎えた四肢に力が戻ってくる。
 同時に灼熱が身体の全てを満たしていった。
「これでいい」彼は呟いていた。
「これだけで俺はいい」
 剛は赤く燃える頬のまま、何度も飛びっきりのラブレターを読み返した。

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