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時計塔高校の怪人 3

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 熊谷……怪人・火廻りは聞いているのか聞いていないのか、自らの血と肉片を体に貼り付けながら、ゆらゆらと左右に揺れている。
 その時、鐘が鳴った。
 ゴーン、ゴーン、ゴーン。
 重々しい金属の音が、幾度も夜の闇を震わせる。
 時計塔の機関室は今では『開かずの間』である。単に誰かが鍵をなくした……程度の色のない理由なのだが、それによって時計塔の機械仕掛けの鐘は制御出来ない。制御しようにも機関室に入れない。だからどうして時々目覚めたように動き出すのか、さえも分からない。
 ゴーン、ゴーン、とだが鐘は鳴り続ける。人の罪を打擲するかのように。
「さあ、罪を償う時だ、貴様が殺めた人たちの為に、祈れ!」鐘は途切れ……髑髏喰は駆けた。
 鉄のグラブとブーツ、それらの重しを着用しながら疾走できるのが、怪人なのだ。 
 火廻りが近づく、残った右腕が上がる。
 髑髏喰は次の瞬間、後方に跳んでいた。
 火廻りの一本しかない腕が再び爆発して、辺りにこまごまな人体を降らせる。
「……だろうな、手品の種明かしは一度きりだ」
 両腕を失った火廻りに髑髏喰は改めて接近する、紅蓮の火炎がドラゴンの舌のように伸びたが容易く片腕でガードする。
「宴会芸は俺には利かない! 食らえっ」
 火廻りの表情が大きく歪む。鉄の拳が腹部を深々とえぐったのだ。
「おおおええええっっっっ!!!!!」
 口からガソリンを吹き出した火廻りは、その場に崩れ落ち、苦しみにのたうつ。
 巻き散らかしたガソリンがばっと引火し、二人の怪人は炎に包まれた。
「確かにお前は怪人だ、が大した怪人ではない、俺の敵にはなりえない」
 炎など微塵も気にせず、髑髏喰は鈍色の拳を構えた。
 敵たる火廻りはほぼ戦闘不能にした。しかし相手は『怪人』なのだ。油断してはならない。
 ちらちらとした炎のために判別できるが、自分の血の中で足掻く火廻りの脚には、包帯がびっしりと巻かれている。
 脚の肉も削り、火薬をべたべた詰めているはずだ。
 髑髏喰は火廻りの頭に狙いを定めた。鋼鉄の拳は頭蓋骨など容易く破壊する。
「さて、祈ったか?」
 ……が、
「待って!」
 髑髏喰の総身が震動する。いつの間にか何者かがこの場に居合わせていたのだ。ただ、振り向かない、振り向く必要がない。声で判る。
 三田村古乃美。
 あれだけ、動くな、と言い含めたのに聞いてくれなかった。
 突風が怪人達を彩っていた炎の息の根を止め、辺りは突然暗くなる。
「……そこまでよ、もう終わり、終わりです」
 そう宣言した古乃美に、髑髏喰は大仰さを演じて振り返る。
 彼女はかたかたと小刻みに震えていた。顔からは血の気が引いていて、強風の中二つの三つ編みが助けを求めるように動き回っている。
「もうその人はもう動けないわ、だから戦う必要はないの、殺す事はないの、後は警察に引き渡して……」
 彼女は怪人・火廻りを指している、だが怪人はこんな事では殺戮を諦めない。諦めないのだ。
 怪人は目的を達するまで動き続ける。ゾンビのように、機械仕掛けのように、立ち上がる。
 殺さない限りだ!
 髑髏喰は微かに迷った。迷いなど無いはずの彼が、躊躇したのだ。
「お願い!」古乃美の口調に熱が帯びる。
 ふう、と息を吐き、髑髏喰はゆっくりと腕を降ろした。
「ほっ」古乃美は安心したように胸に手を置いた。
 次の一瞬で髑髏喰は火廻りの頭部を潰した。無造作に片方の拳だけで。
 生卵が中空で破裂したかのように、ぐしゃりと目玉や内容物は飛び散った。
「きゃあああっ! うわわわわわわっっっ!!!」
 古乃美は声の限り叫び、その場に跪く。
「ひ、ひどい……」じわっと目に涙を溜めながら、彼女は見上げてきた。
「殺す事無かったのに、ひどい! ……あなたそれでも人間なの?」
「……違う」髑髏喰は仮面の下で、苦労して声色を変えた。
「俺は怪人だ、人間ではない、人間の理にも言葉にも従わない」
 古乃美の背後、屋上への出入り口が騒がしくなる。警官の姿がちらほら見え出した。
 髑髏喰は素早く踵を返す。
「待ちなさい!」鋭く古乃美が制しようとした。
「逃がさない! ……ここで逃げても私が探す……怪人・髑髏喰、私が必ずあなたの仮面を剥いで、その罪を償わせる! 絶対の絶対の絶対の絶対!」
 髑髏喰は無言だ、語る必要がない。ただ屋上の鉄柵を跳び越え、黒々とした闇へと舞う。
 体にまとわりつく闇は、太陽の光よりも火廻りの火薬よりも、暖かかった。

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