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第七章

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 ぼんやりそう考える優の横を、むん、と肩を張った古乃美が歩いていく。油の切れたブリキロボットのようなぎこちない足取りで階段を上がり、須藤の傍らで止まる。
「せ、先輩っ……これ使って下さい」
 古乃美はポケットからハンカチを取り出し、彼女に手渡した。
 ――またいつものおせっかい…… 
 仕方なく、優は彼女の背に続いた。
「あなた達は……ご、ごめんなさいね、下級生にも何だかメーワクかけて」
「そんなことないです」
 古乃美は須藤を労るように首を振る。
「あ、あのっ、いいんですか?」
 優と共にいた早川が、突然口を開く。
「え?」
「三浦先輩、行っちゃいましたよ……お二人は、付き合っているんですよね?」
 目を丸くしていた須藤だが、ついとそれを伏せる。
「ついさっきまで、わね……今別れたわ、見てたんでしょ?」
「そ、そんな! どうしてですか! 三浦先輩のどこが悪いんですか?」
 いつも控えめな早川とは思えない剣幕だ。
「あなた早川さんね……本当にみんな知っているんだね……私達の事」
 泣き腫らした赤い目を細める須藤に、早川は眉を逆立てた。
「三浦先輩がエースじゃなくなったからですか? 橋爪先輩に負けたからですか?」
「違うわ!」きっと須藤は早川を睨むが、しばし唇を開け閉めすると力無く顔を伏せた。
「……ううん、そうなのかも」
「そんな……私知っています、橋爪先輩がいなくなったのは、須藤先輩のせいです!」
「えっ」古乃美が動揺に震えるから、優はその肩に手を置いて抑える。
「三浦先輩から聞きました、須藤先輩が橋爪先輩のことを好きになった、と言う話を、三浦先輩と橋爪先輩は仲が良かったのに、なのに、なのに須藤先輩は……」
 早川の言葉が途切れた。代わりに目から涙があふれ出す。
「みんなあなたが悪いのよ!」
 くるりと踵を返して早川が走っていく。恐らく三浦を追ったのだろう、たんたん音を鳴らして階段を下りていった。
「……あの子、三浦君のこと、好きなのね」
 残った誰もがしばらく呆然としたが、そっと須藤が吐息する。
「みたいですね」
 優が頷くと須藤の表情は歪み、両手で顔を覆った。
「判っている、判っているの、私が二人を引き裂いたって……橋爪君はきっと、私に会いたくないから姿を消したんだ、私、酷い女だもん」
 優は困惑して古乃美を見た。彼女は何かを考えているのか、須藤の告白に耳を傾けている。
「橋爪君と三浦君は同じ中学出身で、同じ野球部で親友だった、私は最初三浦君が好きだった、それは本当、だから付き合った……でも、どうしても、どうしても光の中のマウンドで輝く橋爪君を見てしまう、橋爪君の行動が、私の心をどうしても揺らすの、だから耐えられなかった、もう黙っていられなかった」
「もしかして、それを橋爪先輩に」古乃美がはっとして尋ねた。
「うん、二人に……三浦君にも、もう付き合えないって……そしたら次の日から、橋爪君……」
 失踪した。優は頭を掻く、徐々に事件の輪郭は判ってきたが、だからどうした、という気分でもある。他人の事情など、心底どうでもいい。
「私があの日二人に話さなければ……」 
「きゃー!」須藤の後悔を遮り、どこかで悲鳴が上がった。
「なんだ?」と優が首を傾げると、チリチリチリチリと火災報知器が鳴り出す。
「な?」しかしそんな優よりも、古乃美の動揺は大きかった。
 いつも血色のいい頬が青ざめ、目を大きく見開いている。
「あの声は、里見!」
 古乃美が走り出す。先程早川が消えた方向だ。
「古乃美ちゃん! 危険だ!」 
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