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第二章

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 葛城優が引き取られた三田村太一郎の家には、彼と同学年の娘がいた。
 三田村古乃美。そばかすがチャーミングな女の子だ。二人はそれから七年、時には熾烈な喧嘩相手として、頼れる相談相手として兄妹のように育った。
 優にとって古乃美は最も近しい少女だったのだが、最近どうも彼女の様子がおかしかった。
 いつも出入り自由だった彼女の部屋は突然鍵がかけられるようになり、優の部屋にも古乃美は滅多に顔を出さなくなった。一時期、お風呂も一緒だったのに、今はちょっとした着替えさえ彼の前ではしない。
「古乃美、気付いたちゃったのよ」
 それについて美音子はそうウインクしたが、優には良く分からない。
 そんな微妙な二人だったから、今朝の彼の行動について、古乃美は酷く腹を立てていた。
「全く優君……信じられないよ、女の子の寝ている部屋に」
 憤懣に満ちた呟きを、彼女はバスの中で何度も連呼する。
「女の子が寝ているんだよ!」
「はいはい」優が聞き流すと古乃美は二房の三つ編みを跳ね上げて振り返り、ぐっと握った両こぶしを胸元に上げる。
「何それっ、反省していないよね? 私の傷ついた乙女心に対して、済まないという気持ちが欠片もないよね! 裁判でも私の勝ちだよ! 裁判員は私を思って涙にくれるんだからっ」
「だって古乃美ちゃんが起きないから……また深夜アニメ観てたの?」
「ううう……それは……プライバシーと言う名の乙女の神聖なる秘密なの」
「こないだダウンロードしたゲームの事、美音子さん何て言うかな、試してみようか……」
「はわっ」今まで攻勢だった古乃美の顔色が、すうっと変わる。
「そそそ、そんなこと、し、したら、だめなんだからね」
「でも、成績落ちてるし」
 ここぞとばかりに責め立てる優の前で、古乃美がしゅんとした。
「判っているもん、優秀な優君とは違うもん、どうせ私なんか……」
 一転古乃美は落ち込み、ぶつぶつと自虐的に「どうせ」と繰り返し出し、優を拒絶した。
 そんな遣り取りをしている内にバスは停留所に着き、学校が近づいて来る。象徴である高い時計塔が、他の家々の屋根の上から見え出した。
 二人が通う、私立時計塔高校。 
 時計塔高校は昨今珍しいマンモス校で歴史も古い、大正時代からなんちゃら、時計塔の由来がなんちゃらと、入学式の時に理事長が長々語っていたようだが、優が覚えている訳がない。
 ただ由緒がある、と言うのは本当らしく、時計塔も含めた校舎は全て煉瓦造りで、正面から見た外見は大きな聖堂のようだ。
 最も数十年前までは動いていたシンボルの大時計は今は止まっている。珍しいものとして建築系雑誌にも載っている機械仕掛けの鐘も、定刻に鳴ることはない。
 時々、それが真夜中でも狂ったように打ち鳴らされることもあるが、壊れた機械の悲鳴のようなものだ。
 まだ自虐ぶつぶつを続ける古乃美と門をくぐると、校庭で運動部がせわしなく動いていた。
「ご苦労様だね」
 時計塔高校の運動部は強豪揃いだ。県大会は勿論、全国大会常連というチームもある。ただ、それに仲良く混ざろうとは考えたこともない。
「なによそれ」
 唯一彼の皮肉を見破れる古乃美が、ぷくぅと頬を膨らませた。
「優君、頑張っている人たちをバカにしたらダメだよ、大体、優君は運動神経いいんだから、何かやればいいのに、きっとすぐレギュラーだよ」
「やる気と根気が、ね! 僕にはないんだよっっ」
「なんでドヤ顔なの! もう」
 さらに膨らむ頬に、優は急いで違う話題を考えた。すぐ野球部を発見する。
「あれ、三浦先輩だろ? ……まだ橋爪先輩、帰っていないのかな?」
 優の視線を辿って、校庭にあるマウンドの上を確認した古乃美は、暗い表情になった。
「……そうみたいだね……でも、橋爪先輩、どうしたんだろ?」
 その疑問について悩んでいるのは、三田村古乃美だけではない。
 一週間ほど前、野球部のエースで四番の橋爪啓一(はしづめ けいいち)が突如、失踪した。
 学校の有名人の出来事に生徒達は騒然としたが「どうもその日学校から帰宅した様子がない」と警察関係者が漏らすと、騒ぎはさらに大きくなる。
 つまり、学校の中で、もしくはその帰り道『何らかの出来事』があったらしいのだ。
 校内の話題はそれ一色になり「髑髏の王様の呪いだ」とか、くだらない噂が散々乱れ飛んだ。
「そんな年頃だからね、突然家出でもしたのか」
「それはないよ」
 古乃美が一刀に切り捨てたので「え」と振り返る。
「だってこの時期だよ? 橋爪先輩は最後の甲子園に賭けていた、なのに練習も放って家出なんておかしいよ」
「だから、逆にプレッシャーに負けたとか、野球部のエースだけど勝っていく自信がないとか……良くあることだよ、人間は弱いものだから、ま、つまり平常運転」
「なによっ、優君はどうしてそんなに冷静なの?」
「古乃美ちゃんは、橋爪先輩って人、知っているの?」
「う……知らない……」
「なら判らない、人間の本心なんて誰も判らない、所詮他人だからね、心の中に何があるのか」
「むううう」古乃美が軽い足音を立て正面に回り込み、彼を睨み上げてきた。
「な、なに」
「何で優君はいつもそうなのかな? どうしていつも、いっつも憎まれ口ばかりっ」
「いやあ」再び優は目を泳がせる。違う話題、話題。
「お、三浦先輩、流石に良い球投げるね!」
 丁度、マウンド上の三浦が一投した所だった。
「そりゃあね」横目で突いてくる古乃美だが、話しには乗る。
「三浦先輩は去年、二年まではエースだったから」
「ラッキーだね」
「え?」
「なら三浦先輩がいれば、橋爪先輩いらな……」
 優は言葉を飲みこんだ。古乃美の肩がわなわな震えている。
「何て事を言うの! 優君のばかっ! 鬼っ、悪魔っ、よくそんな酷いこと口に出来るよね! うううわわわああっっ!」
 朝に続いての大爆発。優は首を竦めて、嵐が過ぎるのを待つ。
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