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第一章
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プロローグ 髑髏の王様
――これは有名な話なんだが、時計塔(とけいとう)高校を知っているか? そう、校舎に高い時計塔が建てられているあの高校だ、あそこさ、昔から奇妙な事件が起こるだろ? 生徒の失踪事件とか謎の放火事件、凄惨な殺人事件まで……歴史のある大きな学校だから、とかマスコミで庇われているけど、実は違うんだ、時計塔高校は死の世界と繋がっている、だから怪事件が多いんだってさ……いや、俺も聞いた話なんだけど、あの学校の地下には広大な迷宮があって、その奥に王宮があるそうなんだ、昔のヨーロッパの宮殿みたいな金銀の装飾品に溢れかえった広間だよ、そこに玉座がある、つまり王様の座る椅子、ロープレとかで王様が座っているだろ? あの豪華な椅子だ、その玉座には髑髏の王様が座っているらしい、髑髏で時計塔高校の制服を着て、金の冠を被った奴だ、その王様は実は死者の王で、そこから人間のいる世界を見張っているんだって、何のため? 隙を見せた奴を自分の世界に引き込んで、僕にするためさ……いや、信じなくてもいいよ、俺も実は半信半疑だからな、だけどあの学校、よく不審者が出るだろう? ほら『怪人』とか呼ばれている奴ら、そいつらはみんな髑髏の王様に魅入られて、僕になった連中らしい、だからお前も気をつけろ、来年受けるんだろ? あの高校、いいか時計塔高校は死の王、髑髏の王様が治めている場所だからな、髑髏の王がな。
『火炎怪人・火廻り』
炎に照らされる「あの人」は美しい。
ぱちぱちと火薬が爆ぜるたびに浮き上がる「あの人」の笑顔に、私はいつも魅せられてしまう。
誰もが知る光の下の「あの人」とは違う、私だけが知る表情が私の胸の奥を乱暴にかき乱し、むくむくと溢れる欲求にいつも体が震える。
「あの人」を独占したい。この火の下で「あの人」と共にいたい。
だが、私はこうして闇の中から「あの人」を見つめている、ただの影でいい。
私は「あの人」の前に現れなくてもいい。
見ているだけでいいのだ。
そうだ、「あの人」の約束された未来を、私はただ遠くから見守るのだ。
だからあり得ない。「あの人」がここで止まるなど。
「あの人」が、こんな所で消えるはずがない。
消えるはずがないのだ。
葛城優(かつらぎ ゆう)の朝は早い。
冬場は朝の五時前、夏場は四時には起きている。目覚まし時計など不要だ、体が自然と覚醒するようになっているからだ。
しばらく後の三田村美音子(みたむら みねこ)のノックは、いつも通り七時きっかりだった。
「おーい、優くーん、朝だよ、起きなさーい」
優は硬く結んでいた唇を、ふっと綻ばせた。
「……はい、今起きます」
とっくの昔に睡眠を打ち切っているのだが、それを教える必要はない。だから優は、たった今起きたような顔で、三田村太一郎(みたむら たいちろう)のいる居間へと降りた。
「おはようございます」
優が挨拶すると、太一郎は大きく頷く。
「やあ、おはよう」そして左腕を上げ、煌めく時計を確認する。
「君はいつもどおりだね」
「はい、美音子さんに起こして貰っていますから」
優が自分の椅子に座ると、テーブルにパンとサラダ、スープが置かれた。
「ありがとうございます」
謝辞を受けた美音子は、頬に片手を当てる。
「あら、いいのよ、……もうっ、優君は他人行儀なんだから」
「そうだよ」ごほん、と新聞から目を離さず太一郎が咳払いをする。
「君はどうもいい子すぎる、私は昔から男の子が欲しかったから、張り合いがない」
「そんなことないです」勿論、いい子すぎる、という部分を否定したのだ。
「僕は太一郎さんと美音子さんを困らせる度胸が、ないんです」
「あら~残念、多少グレても私たち大丈夫なのに、一緒に盗んだバイクで暴走するのに」
にこにこ微笑む美音子がどこまで本音なのか判らないから、優は無言で目礼を返した。
「……しかし、遅いな」
太一郎がばさりと新聞をたたんだ。視線が空いている席へ向いている。
「ホントね、あの子ったら……少しは優君を見習って欲しいわ」
美音子はがっくりと大げさに肩を落とした。
「……ねえ、優君、頼んでも良いかしら?」
「はい?」
「古乃美」
悪戯っぽい美音子の目に何か言おうとしたが、優は結局引き受けた。
葛城優が三田村家に引き取られたのは七年前のことだ。
ある事件に巻き込まれた優は、それによって頼るべき唯一の肉親を失った。
三田村太一郎はそんな彼を家族へと迎えてくれたのだ。
七年の時間によりすっかり見慣れた廊下を通り、部屋へとたどり着く。真白い塗装をされた飾り気の無い木の扉を、軽くノックした。
返事はない。今一度試す。しばらく待っても何もない。
「はあ」と優はため息を吐いた。
となれば最終手段しかないが、それはこの歳でどうなのだろう、という疑問もある。
しかし優はそれを実行する。
母親の美音子が父親の太一郎の前で頼んできたのだ、構わないのだろう。
渡された合い鍵を使い、優は扉を開いた。
薄暗い部屋の中は甘ったるかった。この世代特有の瑞々しい果実のような匂いだ。優は無表情に進んだ。周りの色々な物に目もくれない。
それについて、つい先だって「プライバシーが……ううう」と涙目で訴えられた。
だから一本道を歩むように天蓋付きベッドの横につける。
「古乃美ちゃん、朝だよ」
すうすう、という寝息だけだ。
仕方ない。優はもこっと膨れた掛け布団から覗いている頭に手を触れた。
「古乃美ちゃん、起きなよ」ゆさゆさ揺らす。
「はう? ……もう少し……ママ、お願い」
「でも、もう起きないと遅刻すると思うんだ」
「……う、ううん、もう五分……えっ!」
がばっと三田村古乃美(みたむら このみ)がベッドから起き上がった。きらきらと輝く瞳が大きく見開かれている。
「ゆゆゆゆゆ、優君……なんれ?」
布団で胸元を覆いはわはわと焦る古乃美に、優は説明する。
「美音子さんに頼まれた」
「ママっ! ああああ、何てことを」
古乃美が頭を抱えて悶える。優はその顔をまじまじと見つめた。
「寝癖あるよ、それからよだれの跡も」
「うううううわわわわあああっっっ!!!」
古乃美は一度熱したやかんのように真っ赤になり、その後爆発した。
――これは有名な話なんだが、時計塔(とけいとう)高校を知っているか? そう、校舎に高い時計塔が建てられているあの高校だ、あそこさ、昔から奇妙な事件が起こるだろ? 生徒の失踪事件とか謎の放火事件、凄惨な殺人事件まで……歴史のある大きな学校だから、とかマスコミで庇われているけど、実は違うんだ、時計塔高校は死の世界と繋がっている、だから怪事件が多いんだってさ……いや、俺も聞いた話なんだけど、あの学校の地下には広大な迷宮があって、その奥に王宮があるそうなんだ、昔のヨーロッパの宮殿みたいな金銀の装飾品に溢れかえった広間だよ、そこに玉座がある、つまり王様の座る椅子、ロープレとかで王様が座っているだろ? あの豪華な椅子だ、その玉座には髑髏の王様が座っているらしい、髑髏で時計塔高校の制服を着て、金の冠を被った奴だ、その王様は実は死者の王で、そこから人間のいる世界を見張っているんだって、何のため? 隙を見せた奴を自分の世界に引き込んで、僕にするためさ……いや、信じなくてもいいよ、俺も実は半信半疑だからな、だけどあの学校、よく不審者が出るだろう? ほら『怪人』とか呼ばれている奴ら、そいつらはみんな髑髏の王様に魅入られて、僕になった連中らしい、だからお前も気をつけろ、来年受けるんだろ? あの高校、いいか時計塔高校は死の王、髑髏の王様が治めている場所だからな、髑髏の王がな。
『火炎怪人・火廻り』
炎に照らされる「あの人」は美しい。
ぱちぱちと火薬が爆ぜるたびに浮き上がる「あの人」の笑顔に、私はいつも魅せられてしまう。
誰もが知る光の下の「あの人」とは違う、私だけが知る表情が私の胸の奥を乱暴にかき乱し、むくむくと溢れる欲求にいつも体が震える。
「あの人」を独占したい。この火の下で「あの人」と共にいたい。
だが、私はこうして闇の中から「あの人」を見つめている、ただの影でいい。
私は「あの人」の前に現れなくてもいい。
見ているだけでいいのだ。
そうだ、「あの人」の約束された未来を、私はただ遠くから見守るのだ。
だからあり得ない。「あの人」がここで止まるなど。
「あの人」が、こんな所で消えるはずがない。
消えるはずがないのだ。
葛城優(かつらぎ ゆう)の朝は早い。
冬場は朝の五時前、夏場は四時には起きている。目覚まし時計など不要だ、体が自然と覚醒するようになっているからだ。
しばらく後の三田村美音子(みたむら みねこ)のノックは、いつも通り七時きっかりだった。
「おーい、優くーん、朝だよ、起きなさーい」
優は硬く結んでいた唇を、ふっと綻ばせた。
「……はい、今起きます」
とっくの昔に睡眠を打ち切っているのだが、それを教える必要はない。だから優は、たった今起きたような顔で、三田村太一郎(みたむら たいちろう)のいる居間へと降りた。
「おはようございます」
優が挨拶すると、太一郎は大きく頷く。
「やあ、おはよう」そして左腕を上げ、煌めく時計を確認する。
「君はいつもどおりだね」
「はい、美音子さんに起こして貰っていますから」
優が自分の椅子に座ると、テーブルにパンとサラダ、スープが置かれた。
「ありがとうございます」
謝辞を受けた美音子は、頬に片手を当てる。
「あら、いいのよ、……もうっ、優君は他人行儀なんだから」
「そうだよ」ごほん、と新聞から目を離さず太一郎が咳払いをする。
「君はどうもいい子すぎる、私は昔から男の子が欲しかったから、張り合いがない」
「そんなことないです」勿論、いい子すぎる、という部分を否定したのだ。
「僕は太一郎さんと美音子さんを困らせる度胸が、ないんです」
「あら~残念、多少グレても私たち大丈夫なのに、一緒に盗んだバイクで暴走するのに」
にこにこ微笑む美音子がどこまで本音なのか判らないから、優は無言で目礼を返した。
「……しかし、遅いな」
太一郎がばさりと新聞をたたんだ。視線が空いている席へ向いている。
「ホントね、あの子ったら……少しは優君を見習って欲しいわ」
美音子はがっくりと大げさに肩を落とした。
「……ねえ、優君、頼んでも良いかしら?」
「はい?」
「古乃美」
悪戯っぽい美音子の目に何か言おうとしたが、優は結局引き受けた。
葛城優が三田村家に引き取られたのは七年前のことだ。
ある事件に巻き込まれた優は、それによって頼るべき唯一の肉親を失った。
三田村太一郎はそんな彼を家族へと迎えてくれたのだ。
七年の時間によりすっかり見慣れた廊下を通り、部屋へとたどり着く。真白い塗装をされた飾り気の無い木の扉を、軽くノックした。
返事はない。今一度試す。しばらく待っても何もない。
「はあ」と優はため息を吐いた。
となれば最終手段しかないが、それはこの歳でどうなのだろう、という疑問もある。
しかし優はそれを実行する。
母親の美音子が父親の太一郎の前で頼んできたのだ、構わないのだろう。
渡された合い鍵を使い、優は扉を開いた。
薄暗い部屋の中は甘ったるかった。この世代特有の瑞々しい果実のような匂いだ。優は無表情に進んだ。周りの色々な物に目もくれない。
それについて、つい先だって「プライバシーが……ううう」と涙目で訴えられた。
だから一本道を歩むように天蓋付きベッドの横につける。
「古乃美ちゃん、朝だよ」
すうすう、という寝息だけだ。
仕方ない。優はもこっと膨れた掛け布団から覗いている頭に手を触れた。
「古乃美ちゃん、起きなよ」ゆさゆさ揺らす。
「はう? ……もう少し……ママ、お願い」
「でも、もう起きないと遅刻すると思うんだ」
「……う、ううん、もう五分……えっ!」
がばっと三田村古乃美(みたむら このみ)がベッドから起き上がった。きらきらと輝く瞳が大きく見開かれている。
「ゆゆゆゆゆ、優君……なんれ?」
布団で胸元を覆いはわはわと焦る古乃美に、優は説明する。
「美音子さんに頼まれた」
「ママっ! ああああ、何てことを」
古乃美が頭を抱えて悶える。優はその顔をまじまじと見つめた。
「寝癖あるよ、それからよだれの跡も」
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