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サンドウィッチは食パン一枚じゃ作れない
しおりを挟む正社員になっても、俺の日常に大きな変化があったわけではない。
この公園掃除から始めるのは変わらないし、変えないでくれと社長にお願いをした。
海里さんは、時間を開けては、俺を指名して公園について話し合いに来てくれる。新しい俺の固定の仕事になった。
今日もこの後、海里さんと打ち合わせをする予定だ。
海里さんは、俺がアイデアを出すとそれをさらに大きくしてくれる。
次の公園イベントは、特に海里さんは気合を入れていた。
「では、当日は幸正株式会社の方々もよろしくお願いします」
話し合いが終わった後、海里さんが俺に手を差し出してきた。
「こちらこそ」
俺はその手を握り返す。
「このイベントが終わったら、きっと、もっと公園の可能性が広がっていきます。……先野さん、その先もよろしくお願いしますね」
海里さんが力強く笑う。
「喜んで!!こちらこそ、当日は本当によろしくお願いします。……海里さんのアイデア、絶対に最高の形で実現させてみせます!!」
俺も笑って頷いた。
さて、机仕事に戻るか。
そう思って仕事をしていたけれど、どうしてもソワソワしてしまう。
時計を見るのはもう何回目だろう。
そんな俺を見て、社長が優しく笑いながら近づいてきた。
「たった今、大地くんのお母さんから依頼が入ったよ。すぐに来て欲しいそうだ」
「行ってきます!!」
俺は、待ってましたとばかりに事務所を飛び出した。
「おじさん!!合格したよ!!春から、航空専門学校だよ!!」
大地くんの家に入った途端、大地くんが飛び出してきた。
大地くんは引っ越した後、転校先の中学校に通い始めた。
転校先の学校は行事が盛んで、みんなフレンドリーで、最初は戸惑っていたみたいだけれど、今は楽しそうに通っている。
それと並行して勉強を頑張り……ついに進路が決まったのだ。
俺は思わず、玄関で思いっきり大地くんを抱きしめた。
「おめでとう!!本当によく頑張ったね!!おめでとう!!」
「うん、うん……!!でも、ここからが本番だよ!!」
大地くんが涙声で言った。
そのままリビングに行くと、大地くんのお母さんと翔也くんが待っていた。
大地くんのお母さんが、微笑んで頭を下げた。
引っ越ししてから、かなり気持ちが楽になったらしく、大地くんのお母さんは別人のようになっていた。
俺は、椅子に座ると、翔也くんを見た。
「翔也くんは……」
翔也くんが苦笑いをした。
「やっぱり、一般高校は行かせて貰えなかった。アルバイトして、夜間に通うことになったよ。家も出たいけれど、アルバイトと学校じゃ難しいだろうし……まだ児童相談所に通ってもいるしね」
俺は、黙って頷いた。そして、改めて翔也くんに向き直った。
「翔也くん、鈴ちゃんのお店で、住み込みのアルバイトをする気はないかい?お店の二階に、居住スペースがあるんだ。だけれど、鈴ちゃんの車椅子では住めないし、何よりおじさん達はスミさんの家に住むからね」
「えっ……!?」
翔也くんが目を見開いた。
「食事は鈴ちゃんが作ってくれるらしいし、光熱費もおじさん達が出す。もちろんアルバイト代も」
「そ、そんなの……先生達の負担に……」
「実は、これは鈴ちゃんの意思なんだ。お金や責任のあることは鈴ちゃんの担当だけれど、他の手伝いは、まずは信頼している人に任せたいって」
「……先生……ありがとう……」
翔也くんが、泣き出した。
俺はまだ、ヒーローにはなれていない。だけれど、一生懸命手を伸ばして向き合ってくれる人の手を掴んで、一緒に歩いていきたい。
そう言ったら、鈴ちゃんが提案してくれたのだ。
俺たちは、これから沢山の人の力を借りないと生きていけない。
だからこそ、自分達もできることをやっていきたいと。
大地くんが寮に移る細かい日程を聞いて、翔也くんのご両親への挨拶や引っ越しの相談を終え、俺は大地くん、翔也くん、大地くんのお母さん、そして大地くんのお父さん宛に、あるものを取り出した。
「おじさん……!!」
大地くんの目が輝いた。
俺は、笑って頷いた。
数日後、俺は公園に張られたテントの中で、緊張で小麦粉が反乱を起こしていた。
心では和太鼓が鳴り響くし、それに合わせて小麦粉がサンバを踊っているのではないかというほど異常事態だ。
「先野さん、リラックスですよ。その為の公園ウエディングなんですから」
海里さんが笑った。
そう、俺たちのことを聞いている海里さんが提案してくれたイベント。
それがこの公園ウエディングだ。
結婚式場は堅苦しくなってしまうところがあるし、レストランウエディングも、呼びたい人を考えたらどうなんだろうと迷っていた時に、海里さんが提案してくれた公園ウエディング。
公園の一部を貸し切って、カジュアルなガーデンパーティ風にするのだ。
来てくれる人の服装も、カジュアルフォーマルで良くて、より結婚式を身近に感じて貰えるように考えた。
その招待状を、大地くんたちにも渡したのだ。
様子を見た人に、こんなこともできるという宣伝のチラシを配ることも忘れない。海里さんの手腕だ。
海里さんは、準備と飾りを幸正株式会社に。他の必要なものも、花のパン祭りで繋いだご縁を見事に繋げていた。
この公園で出会い、プロポーズし、結婚式までできる。海里さんには本当に頭が上がらないけれど、海里さんは俺のお陰でどんどんアイデアが浮かぶと言ってくれた。
今日は、司会進行も務めてくれる。
「花嫁さんの準備が終わりましたよ」
テントの中の仕切りの向こうから、あのドレスを作ってくれたお店の人が声をかけてくれた。
車椅子介助の為に、病院のスタッフさんも数人来てくれていた。
「わああああ!!鈴ちゃん!!凄い!!綺麗だし可愛いし、本当にお姫様だ!!」
ドレスを着て、髪をアップにし、飾りをつけ、お化粧もして車椅子に座っている鈴ちゃんは、言葉では表せない程に綺麗だった。
少し緊張した様子で、でもにっこりと笑ってくれた。
「ゆうさんも、素敵ですよ」
「本当!?変なところはないかな……」
鈴ちゃんが、クスクスと笑った。
「ゆうさんの方が緊張しているようですね」
「だ、だって……」
「いつもの公園ですよ。リラックスしていきましょう。その為の公園ウエディングですから」
「……鈴ちゃんは緊張しないの?」
「していますけど……それよりも嬉しくて、楽しみで……幸せです」
鈴ちゃんの笑顔に、俺はすでに泣きそうになったけれど、今日は笑う日だ!!そう自分に言い聞かせる。
「じゃあ、はじめますね」
海里さんが、俺たちに声をかけて、テントの外に出た。
海里さんの司会と共に、音楽が流れる。
「い、行こうか!!」
「はい」
鈴ちゃんが、近くの花屋さんが作ってくれたブーケを持って、反対の手で俺の腕に手を回した。
ドレスを作ってくれたお店の人が、ゆっくりと車椅子を押してくれる。
外に出た瞬間、公園から拍手が響き渡った。
俺はガチガチに緊張しながら……あのベンチの前に用意された、机に向かう。
そこに到着して公園を見渡した俺は、やっぱり泣いてしまった。
社長、大地くん、大地くんのお母さん、翔也くん、大地くんの持ったスマホの画面に映る大地くんのお父さんが真っ先に目に入る。
それに、武田さんに……。その隣で、愛理さんが、スミさんの遺影を持って笑っていた。
佐々木さんに谷口くん。谷口くんも、もう泣いている。
そして俺の両親に……健さん。
その後ろには……ゆみちゃんの両親がいた。
俺たちが、繋いできたご縁。
俺たちの幸せを祈ってくれる人たち。
そしてさらにその後ろには、公園ウエディングに興味を持った人も立ち止まってこっちを見ていた。
これを見た誰かが、次にここで想い出をつくってくれたら良いなと思う。
海里さんの進行に合わせて、俺と鈴ちゃんは二人で考えた宣誓文を読み上げ、指輪を交換した。
結婚指輪は、鈴ちゃんと一緒に買いに行ったものだ。
鈴ちゃんの指に指輪をはめて、誓いのキスをした時、鈴ちゃんの目からも涙が溢れた。
そして、俺たちの目の前に運ばれてきたものに、俺と鈴ちゃんは驚きを隠せなかった。
予定では聞いていた、アイデアも俺が出した、サンドウィッチ入刀。
てっきり普通のサイズのサンドウィッチだと思っていたのに、そこに置かれたのは大きなサンドウィッチ。
海里さんの説明の声が聞こえる。
「鈴子さんが、初めて優人さんの為だけに作ったのがサンドウィッチだそうです!そしてサンドウィッチは食パン一枚じゃ作れない。二枚ないと作れない。そんな意味を込めて、サンドウィッチ入刀を行います!!このサンドウィッチは、優人さんの行きつけのパン屋さんが気合を入れて作ってくれました!花のパン祭りで優人さんを見つけたお店の人が、ずっと通い続けてくれた優人さんの為にと、特別に作ってくれたものです!!」
安くて美味しい食パンを買う為に通ったパン屋さん。クリーム・ジャムパン戦争を起こしていたパン屋さんの店主のおじさんが、笑っていた。
そうか、こんなところでもご縁が繋がっていたのか。
俺と鈴ちゃんは、顔を見合わせると、笑いながら泣いていた。
そして、サンドウィッチ入刀を行う。
拍手と、スマホのカメラ音が響き渡った。
その後は自由なガーデンパーティが開始された。
「おじさん、スミさんとのお願いを叶えてくれてありがとう!!すごくカッコいいよ!!鈴子さんも、綺麗!!」
大地くんが、スマホで大地くんのお父さんとテレビ通話を繋いだまま言った。
大地くんのお母さんとお父さんは、何度も俺にお祝いとお礼を言ってくれた。
翔也くんは、鈴ちゃんにお礼を言っている。鈴ちゃんが優しく翔也くんの手を握っていた。
佐々木さんは、お祝いを言いに来てくれた時に、我慢できなくなったように泣き出した。
谷口くんは俺よりもボロボロに泣いている。
俺の両親は、俺よりも鈴ちゃんの手を握り、泣きながらお礼を言って抱きしめていた。
鈴ちゃんの目からも涙が止まらなくなって、化粧を落とさないようにするのが大変だった。
武田さんは、公園の管理者として少し離れたところにいたけれど、ハンカチで涙を拭いていた。
社長は、俺たちにお祝いを言った後は、全員を優しく見守ってくれていた。
愛理さんも、スミさんの遺影を持って、お祝いを言いに来てくれた。
ゆみちゃんの両親は、泣きながら俺たちにお祝いとお礼を何度も何度も言ってくれた。
ゆみの夢を叶えてくれてありがとう……と。
次々にお祝いの言葉を頂き、ふと見ると、健さんが少し離れた場所から、グラスを少し上に上げてくれた。
今はこの距離感で良い。
これからはわからないけれど、今はこれで良いんだ。
そこからはみんなで談笑だ。
あぁ、俺は……俺たちは、こんなにも沢山の人に支えられてここまで来たのか。
そしてこれからも、支えられて、支えて生きていくのだろう。
ねえ、スミさん、ちゃんと見てる??
お願い、叶えたよ。
凄く幸せで、凄く嬉しくて、感動するよ。
結婚式って、こんなに素敵なものだったんだね。
ゆみちゃん……ゆみちゃんデザインのドレスとタキシードは、このままお店に寄贈することにしたんだ。
ゆみちゃんは、本物のデザイナーになったんだよ。
一歩一歩、やっとここまで来た。
でも、ここが俺たちのスタートだ。
俺はこの光景を忘れない。
絶対に。
さあ、これからそれぞれの道のスタートだ。
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