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コッペパンで踏み出していけ

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「わああ!!凄い!!凄いね、鈴ちゃん!!」
俺は大興奮していた。
鈴ちゃんの新しいお店のリフォームが進んだので、今日は鈴ちゃんと外出して、様子を見に来たのだ。
小さなお店だけれど、俺にはものすごくキラキラして見えた。

鈴ちゃんは細かいところまでチェックを入れて、業者さんと話し合っている。
さすがだなぁ……。

俺は、鈴ちゃんの車椅子に合わせて作られたカウンターに触れてみた。
鈴ちゃんのお店の為に、佐々木さん、谷口くんをはじめとして、元会社の人達は全面的に協力してくれた。
最初は人材も派遣してくれるらしい。でも鈴ちゃんは、ちゃんと利益を出して、アルバイトを雇いたいと言った。
鈴ちゃんは一歩一歩確かに前進している。

俺も、少しずつ前進していると思いたい。

最近、大地くんの家で、大地くんのお母さんや、時には翔也くんが来ていて話をすることも多くあった。
大地くんも、スミさんのことがショックで立ち止まってしまった時間があったけれど、大地くんのお母さん、お父さんが一生懸命歩み寄って、翔也くんが友達として支えて……俺は、一緒に泣いて……。
それを繰り返して、大地くんは以前よりも感情を表に出せるようになり、ますます勉強を頑張っている。
引っ越しの話も進んでいて、転校先の中学校に行ってみようか考えていると相談もしてくれていた。


「ゆうさん、お待たせしました!」
鈴ちゃんの声で我にかえると、俺と鈴ちゃんは、一緒にある場所へと向かった。
スミさんが、最後にお願いしてくれたお節介を見に、手紙に書かれていた場所へと向かう。

「このビルみたいだよ」
俺は案内を見ながら、鈴ちゃんの車椅子を押してエレベーターに乗った。
エレベーターを降りると、そこには……色とりどりのウエディングドレスが並んでいた。

「先野さんですね?お待ちしていました!」
明るい店員さんに、奥に連れて行かれる。

連れて行かれた先には……。

ゆみちゃんのデザインしたドレスが、車椅子でも綺麗に着られるように完璧に作られて飾られていた。隣には、タキシードも。
「わぁ!!」
鈴ちゃんが、嬉しそうな声をあげた。


スミさんの手紙にあったお節介。それは、このお店……車椅子の人や、身体に障害がある人のウエディングをサポートしていて、しかもオリジナルデザインの衣装も作ってくれるところで、こっそりと、ゆみちゃんデザインのドレスとタキシードを作って貰ってくれていたのだ。
それで、どんな形でも良いから結婚式をして見せて欲しいと。

鈴ちゃんが、ドレスの細かい調整をしてもらっている。
俺は、そのドレスと鈴ちゃんの笑顔を見ながら泣きそうになったけれど、それを隠すようにスマホで写メを撮っていた。
店員さんに促されて、俺も、タキシードの調整をしてもらう。


スミさんは、大地くんからゆみちゃんの話を聞いて、ずっとこの計画を立ててくれていたと、大地くんから聞いた。
このお店をネットで見つけてくれたのは、大地くんだとも……。

本当に……二人は良いコンビだったんだな……。
鏡を見ながら、ぼんやりと考えた。


「ゆうさん、素敵ですよ」
鈴ちゃんに声をかけられて振り向くと、そこには、ドレスを着て笑っている鈴ちゃんがいた。
「……鈴ちゃん……お姫様になったみたいだ!!」
思ったまま言うと、鈴ちゃんは恥ずかしそうに笑った。
「こんな素敵なドレス、どんなお店にもきっとありません。……ゆみさんは、本当に素敵な感性を持った方だったんですね」
鈴ちゃんが笑って言ってくれた。

ゆみちゃんの話をしたら、嫌な思いをさせるんじゃないかと不安だったけれど、鈴ちゃんは、むしろ光栄だと言ってくれた。
こんな人と結婚できる俺は、本当に幸せだと思う。

だけれど、俺の心の中には、なにかが引っかかっていた。
……このドレスを別の人が着ることを、俺だけが幸せになることを、ゆみちゃんは許してくれるだろうか。



だから、俺はゆみちゃんに許可を取ろうと……ゆみちゃんの命日に、一度実家に戻ることにしていた。
その時に両親や友人にも詳しく話をする予定だ。



数日後の朝、俺は久しぶりに地元に戻ってきていた。
あの友人が、駅で俺を待っていた。明日は友人数人が集まって、ささやかなお祝いの飲み会を開いてくれるらしい。
俺は友人と二人で、風景が全くと言って良いほど変わっていた地元の町を歩いた。
小説をまた書こうと思っていると話をしたら、友人は凄く喜んでくれた。


母親と父親は、俺を見て安心したと言ってくれた。とてもイキイキしていると。
その後は、母親から、鈴ちゃんに苦労させないように……とまた色々と言われて、俺は思わず正座で聞いていた。
父親は、そんな俺を笑いながら見ていた。


夕方になり、俺は、あの公園へと向かった。
途中花屋さんで、小さな花束を買って。


公園は、あの時から何も変わっていなかった。まるで、そこだけ時間の流れから切り離されたように。

俺は、あの時毎日座っていたベンチに座ると、隣に花束を置いた。

「ゆみちゃん、久しぶり」
誰もいない公園で、俺は一人つぶやいた。
「あのね、俺、結婚することになったよ。それで、ゆみちゃんのデザインしたウエディングドレスとタキシードを着るんだ。……ねぇ、ゆみちゃん。君はあのデザインを、どんな気持ちで描いたの?俺たちが着ることを、俺だけが生きて幸せになることを、許してくれる……??」
答えなんて返ってくるはずがない。
日が暮れて、暗くなっても、俺は一人でベンチに座っていた。
いくら待っても、ゆみちゃんが来るわけないのに。


その時。


「まさか……!!優人くん!?」
後ろから聞こえた女の人の声に驚いて、俺は思わず立ち上がって振り向いた。
「え……まさか……ゆみちゃんの……」
俺は驚きのあまり、ちゃんと声が出なかった。
そこに立っていたのは、ゆみちゃんの両親だった。

「やっぱり優人くん!!あぁ、大人になったのね!!雰囲気が変わっていないから、すぐに分かったわ!!」
おばさんが、俺に駆け寄ってきた。おじさんも後に続いてきて、俺が置いた花束を見た。
「……ゆみに会いに来てくれたのね」
おばさんが涙声で言った。
俺は黙って頷いた。
「あの……どうしておばさんとおじさんが……引っ越ししたはずじゃ……」
「毎年、ゆみの命日に、ゆみと一緒にこの町を回っていたんだ。ここは……ゆみが産まれた町だから」
おじさんはそう言うと、ポケットからゆみちゃんの写真を出して見せてくれた。
制服姿で笑っているゆみちゃんがそこにはいた。時間が止まったままの、ゆみちゃんが。
「ゆみが、優人くんに会わせてくれたのね」
おばさんが泣きながら笑って言った。
「……えっ?」
「実はね、毎年、この公園には一番に来ていたの。だけれど、今年だけは何故か、最後にしようって話になってね、それでこの時間にここに来たの。……そうしたら優人くんがいて……」
俺は、おばさんの涙につられたのか、気がついたら涙を流していた。
まるで、ゆみちゃんが引き合わせてくれたようだったから。

俺とおばさんとおじさんは、公園のベンチに座って、話をした。
俺があれからどう生きてきたのか、二人は細かく聞きたがった。
俺がここに来た理由まで話し終えた時には、空は真っ暗になっていた。

「じゃあ、優人くんは、ゆみの夢を叶えてくれたのね……!!」
おばさんが、泣きながら言った。
「でも、ゆみちゃんが嫌な想いをするんじゃないかと思って……」
「そんなことないさ」
「でも……」
おじさんの言葉に反論しようと顔を上げると、おじさんの笑顔が、街灯に照らされていた。
おじさんは、鞄の中から……あの、ゆみちゃんの日記を取り出した。
おじさんは迷いなく、あるページを開いた。その場所を、おばさんがスマホのライトで照らしてくれた。

そのページには、俺がコッペパンを渡したことが書かれている。あの日の日記だ。

「最後のここ、見て」
おばさんが、指で教えてくれた場所。最後の一行。そこには……。

【優人くん、お願い。幸せになってね】


「……」
俺は何も言えなくなった。あの時は何も考えられなくて、この一行を全く覚えていなかった。
おばさんはスマホをしまうと、今度はおばさんの鞄の中からなにかを取り出して、俺に手渡した。
これは……コッペパン……??
「毎年、ここにお供えしていたんだけれど……今年は、あなたが食べてちょうだい。きっと、ゆみからのお礼とお祝いよ」
俺のコッペパンを持つ手が震えた。
「どうして……どうして俺を責めないんですか……!!俺、ゆみちゃんになにもできなかったのに!!俺だけ大人になって、幸せになっているのに!!」
俺の声は、涙で震えていた。
おばさんが立ち上がると、俺を抱きしめてくれた。
「ゆみの日記には、毎日毎日辛かったことが書かれていた。私たちは、それに気がついて助けてあげることができなかった。でもね、でもね……あなたと出会ってからの、ゆみの日記は、とても楽しそうなものになっているの。ゆみは、苦しいだけの人生じゃなかったって、私たち、あなたの存在に支えられて、今も生きているのよ。だから、私たちからもお願い。ゆみの夢を叶えて、幸せになって」
「……っ!!うああああ!!」
俺は声をあげて泣いていた。
理由なんかわからない。
おばさんは、俺を抱きしめたまま、一緒に泣いてくれて、おじさんも泣いていた。


少し落ち着いて、俺はコッペパンをその場で食べた。

「ねぇ……優人くん、もし良かったら、お願いがあるんだけれど……」
おばさんが遠慮がちに言った。
「あのね……」


俺はおばさんのお願いを聞いて、また泣きそうになったけれど、頑張って笑顔を見せて頷いた。




次の日の夜、本当に久しぶりに、地元の友人数人と集まった。
俺は鈴ちゃんの写メを見せて自慢し、友人は茶化し、俺を祝ってくれた。

当たり前だけれどみんな大人になっていて、嫌でも時間は流れていくんだと実感させられた。



ねぇ、ゆみちゃん。
俺の幸せを願ってくれてありがとう。
おばさんとおじさんと引き合わせてくれてありがとう。



俺、幸せだよ。

だから、もう振り返らずに歩いていけるように頑張るよ。
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