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閑話 ジャムに敵なし

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いつもと変わらない食パン。だが、この食パンは一瞬にして豪華な食事に変わる……。
そう、鈴子さんがくれた、この手作りジャムのおかげで!!
手作りのクロワッサンにつけるのはなんだかもったいなくて、クロワッサンはそのまま頂いた。
これがもう、一国の国王になったのではないかというほど美味しかったから、やっぱり鈴子さんの実力は凄いと思ったし……今、鈴子さんは俺の彼女なわけで……。
うん、だけれど、俺たちの関係が今までと大きく変わった訳ではない。
ちょっとメールの回数が増えて、時々電話したりするようになっただけで……あとは……うん、もうこのことについて考えるのはやめよう。

ジャムをたっぷり塗って(のせての方が正しいか?)口に頬張ると、甘みと共に、酸味も同時に広がる。
いつもの食パンが、一気に高級な味に変化する。

食パンを食べ終わった俺は、仕事のことを考えた。
スミさんの怒った声を初めて聞いた。それも実の息子さんに対して。
スミさんは、それが孫のためだと言っていた。
あれだけ優しくて、今でも旦那さんを愛していて、人を想えるスミさんだ。
そんなスミさんは、どうして息子さんを二人とも勘当して、許さないのだろうか。


そして、大地くん。
大地くんと、いじめた子と三人で話をする。
これをどういう方向に持っていけば良いのか……いや、一体どういう方向に向かってしまうのか、わからない。
いじめた子も、今はいじめられて苦しんでいる。だからといって大地くんの苦しみが消えるわけじゃないし、何より……一人っきりだった時間が戻せる訳でもない。
……だけれど俺ができることは、開いてしまった引き出しの話をすることだ。この話をすることが本当に良いことなのかはわからない。ただの自己満足かもしれない。
だけれど、二人に聞いて欲しかった。


ふうっと一息つくと、大地くんがまとめてくれた、小説投稿サイト一覧を眺めた。おススメには印がついてあるし、メリットデメリットもしっかりと書いてある。
俺が初めて書いた小説は、ドジな怪盗が、仲間の力を借りて、お宝を盗み出すという話だった。
今考えると、ニトログリセリンを使って爆発を起こして盗み出すなんて、全然怪盗らしくない。
仲間は、いつも友人をイメージしていた。
一番楽しく書いた記憶にあるのは、主人公の自分が勇者で、だけれど勇者が大量にいる時代で、仲間と共に村人の依頼を聞きながら、好きなことをして過ごすほのぼのストーリーだ。
今思えば、こんな風に生きたいという自分の心だったのかもしれない。

……この勇者の話、もう一度考えて……いわゆるリメイクをして、書けないだろうか。
今の自分がこの話を好きなように書いたら、どんな話ができるのだろう。
そう考えると、昔感じた感情が、心の奥底に蘇ってきた。
自分だけの世界、そこで生きる自分や、自分の大切な人。
みんなで楽しく笑って……。

でも、こんな話、誰が望むだろう。
ネットに出すと、馬鹿にされたり、誹謗中傷がくるのではないか??
すると、大地くんおススメのサイトが目にとまった。
ふむ……ほお、最近は、そんな誹謗中傷対策がとられているサイトもあるのか。

でも……俺は、小説家になりたくてこの話を書くのか……??
俺は、自分が楽しく小説を書いていた時のことを必死に思い出した。
……そうだ。俺は、小説家になりたくて書き始めたんじゃない。
書くのが楽しくて、自分の世界を作るのが楽しくて、だから……これが仕事にできたらと思ったんだ。
そう思ったら、急に体の力が抜けた。
そうか、俺は、小説家になりたい以前に書くことが好きだったんだ。
なら……趣味で書くくらいしても良いんじゃないか……?
でも、だけれど……そんな言葉が俺を遮るけれど、心のワクワクが止まらなかった。
小説の書き方も、何も勉強したことはないし、国語の授業だって覚えていない。だけれど、あの時だってそうだった。
なんなら授業中にだって、書いていたんだ。
みんなが出てくるファンタジー……考えただけで、楽しくなった。

この時俺は、自分でもあり得ないと思うことを思った。
あの会社を、クビになって良かったと思ったのだ。
……元々、やりたい仕事だったわけでもなく、流れで就職してしまったもんなあ……。


少し考え込んでしまった時、スマホが鳴った。
鈴子さんだ!!仕事が終わったのかな!?
今日はまた……終電に間に合わないよなあ……。鈴子さんが電車通勤じゃないのが救いだ。
スミさんが鈴子さんを心配していたことを思い出した。

みんな、何かで苦しんで、何かを背負っている。中学生の大地くんも、おばあちゃんのスミさんも、キャリアウーマンの鈴子さんも、そして俺も……。
そんなみんなが、幸せになれる世界を、話の中だけでも作っていいんじゃないか……??


あ、ジャムのお礼、言わないと!!
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