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涙と始まり

覚悟の目。

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 俺は、祐介さんの運転で、結城さんが働いているお店へと向かっていた。
 泥を掻き出したり、掃除する道具が足りなかったのだ。

 吉岡のおじさん達は、家が落ち着くまで俺たちの家に泊まることになっていた。


「えっと……スコップと、麻袋と……」
 ののさんが書いてくれたメモを見ながら、俺は呟く。

「陽介さん」
 初めて会った時から聞いたことのないくらい、力強い祐介さんの声が聞こえた。
「はい?」
「僕……さっきカフェを見て、陽介さんが泣いてくれているのを見て、思ったんです」
「……?」
「僕は、ただ仕事が苦しくて、でも転職する気力もなくて、どんどん体調も悪くなっていって……。そんな時、田舎で暮らすことが流行、的なものをよく見るようになりました。本当は、ののに都会に来て貰おうと思っていたんですが、今ここら辺も田舎だということを利用した観光地ができていることを知って……」
「……」
 俺は、黙って耳を傾けた。
 祐介さんも運転の為に、前を向いたままだ。

「だから、逃げようと思ったんです。カフェは、その手段に過ぎなかった。だけれど……。今のカフェの姿を見て……。ののが走り回ってくれていて、陽介さんが泣いてくれて、僕、本気であのカフェを良いものにしたいと思いました。観光に来てくれた人がゆっくりと休める場所にしたいと思ったんです。僕はここに逃げてきたけれど、それはきっと、この地が好きだったから。そのことに気がついたんです」
「……」
「陽介さん、あなたのお陰で被害が最小限に済みました。でも、不思議な力なんて関係なく、友人としてお願いします。これから僕は、今まで以上に、本気でカフェに取り組みます。だから、一緒に手伝って頂けないでしょうか」
 俺は思わず、メモを筋肉で握りつぶしそうになりながら、祐介さんを見た。
 ……祐介さんの、もやがほとんど消えていた。
 そこには、俺の初めて見る祐介さんがいた。


 何かが湧き出てきている、活気に満ちているというのだろうか。そして覚悟の決まった目。


「……俺こそ、お願いします。二人のカフェ、手伝わせて下さい」
 俺の言葉に、祐介さんは前を向きながら、笑って頷いてくれた。

 祐介さんは、体だけじゃない。心も前に向いたんだ。



 俺たちは、結城さんの働いている店についた。
 このお店は、農具用品から、作業道具から、名産物のお土産まで一通り売っている、この辺りで一番大きなホームセンターのようなものだ。

「あれ、陽介さん」
 結城さんが、俺を見つけて声をかけてくれた。
「……あ、丁度良かった……。これ、買いたくて……」
 俺は、軽く頭を下げながら、結城さんにメモを渡す。
「はい!ちょっと待って下さいね」
 結城さんが明るく答えた。なんだろう、前と全然違って、俺は戸惑ってしまう。
「ここの被害は大丈夫でしたか?」
 祐介さんが、心配そうに結城さんに聞いた。
「大丈夫です!水は少し入ってしまったようですが、ほとんどの商品はなんとか無事でしたし……。あ、でも、衛生上、食品は売ることができなくて。名産物のお土産品が余っているんです。良かったら、持って帰ってください。町の人が来たら渡すように言われているんです」
 結城さんが笑って言った。


「……名産物、か……」
 祐介さんが、何か考えているようだ。
 俺は、結城さんがメモに書いてあるものを集めているのを見ながら、結城さんが見るたびに明るいものを発している気がしてならなかった。
 このお店で働くことが、そんなに楽しいのだろうか。


「はい、陽介さん。これで全部です。台車で車まで運びましょうか?」
 俺は首を横に振った。これくらい、俺のダンベルに比べれば軽いものだ。
「あの……結城さん、なんというか……変わりましたね……」
 祐介さんがまだ何か考えているようだったので、思い切って結城さんに話しかけてみると、結城さんは少し下を向いて苦笑いをした。


「陽介さんのお陰ですよ。私、ここに来て、今……。初めて満たされています」
「えっ……」
 俺は驚いたけれど、初めて結城さんと話した日のことを思い出していた。
 あなたは満たされない。そう言ってしまった日のことを。



「あ、陽介さんごめんなさい、考え事をしていて。揃ったでしょうか」
 祐介さんの言葉に、俺はハッとして頷くと、結城さんに挨拶して一緒に外に出る。


 ……今度、ちゃんと結城さんとも話ができれば良いな。
 何故か俺は、そんなことを考えていた。



《ふふっ、ヒトって面白いね》
《少しずつ変わってるね》



 風に乗って聞こえてくるこの声は、今や普通になっていて聞こえてもなんとも思わなかったけれど、なんだか嬉しくなった俺は、荷物を車へと運んでいった。

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