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少しの平穏。

田舎も悪くない?

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 引っ越しは、もの凄く早いスピードで終わった。
 だって、見知らぬ(母親は知っているが、父親は覚えきれていないようだ)人達が、どんどん手伝ってくれたのだから。
 父親の言っていた独特の距離感というものを、目の当たりにした瞬間だった。


 家は、四人で住むにはとても広い。
 俺の部屋も、前の部屋の倍くらいに広くなった。
 結城さんは、もう近所の人と仲良くなったようで、車の免許も持っているし、あの社長さんから車も送られてきたし(この時は驚いた)、よく何処かに行っているようだったが、約束通り俺に接触はしてこなかったから安心している。


 俺は、毎朝起きると、一通りの筋トレをこなす。
 朝の一杯のプロテインを飲むと、リフォームされたお風呂に入って……。


 そのまま、仏間に向かう。
 部屋の角には、大きな仏壇。そして、その横の天井の側には、神棚がある。
 最初、仏壇と神棚が同じ部屋にあっても良いのかと思ったが、よくあることだと母親に言われた。

「……おはよう」
 俺は、そう呟きながら、仏壇の扉を開けた。そして、正座をして手を合わせる。
 最初、この行為に、父親も母親も驚いていた。
 でも、誰よりも驚いていたのは、自分自身だ。

 まるで、誰かに教えられたことがあるように、俺は、朝に仏壇の扉を開けると手を合わせ、夜にはまた手を合わせて扉を閉めるということを、ここに来てからずっと行っていたのだ。


「体が覚えているのかもねぇ」
 母親は、そう言って笑っていた。
 ここに来て知ったが、母親は友達が多い人のようで、色んな人が、よしこちゃん、よしこちゃんと訪ねてくる。そして何故か大量の野菜が家に集まっていた。

 父親は、ネット環境を整えて、なるべく家で仕事をしてくれているが、やはり自ら出向かなければならないことも多いらしく、家にいる日と、いない日がまちまちだ。
 父親にもみんな友好的だったが、仕事では人付き合いが上手い父親が、田舎の人の迫力に負けている姿を見て、少し笑ってしまったのは内緒だ。



「おう、陽介!おはよう!朝飯は食うたか?(食べたか?)」
 外から、ツネオさんの声がした。
 俺はこの体格だから、影で分かるらしい。

 仏間の側には縁側があって、すぐ庭の外に出られる造りになっている。
 俺は、いそいそと障子と、大きな窓を開く。
「じいちゃん、おはよう。うん、プロテインを飲んだから大丈夫だよ」
「そのなんちゃらはようわからんが(よく分からないけれど)、お前が大丈夫言うんなら大丈夫なんじゃろう」
 ツネオさん……じいちゃんは、笑いながら、縁側に腰掛けた。
 俺も、隣に座る。

 俺はいつの間にか、ツネオさんをじいちゃんと呼ぶようになって、毎日のように一緒にいるようになっていた。
 外に出ることに抵抗がある俺を、じいちゃんは無理に外に出そうとせず、時々、庭の外に出たりと、段階を踏んでくれているようだった。

 じいちゃんの家族は、みんな都会に出てしまっていて、滅多に帰ってくることはなく、奥さんも数年前に亡くなったらしい。
 俺のじいちゃんと同じように、じいちゃんの家族は、都会で一緒に暮らそうとずっと言っているようだけれど、じいちゃんはここで生きてここで死ぬと言い続けていると教えてくれた。


「それで、どうじゃ?今日はよう寝れたか?(よく寝られたか?)気になることはなかったか?」
 じいちゃんは、いつも俺の体調、そして……あの不思議な力のことも気遣ってくれる。

 母親が聞いてきてくれた話では、俺のじいちゃんは、この地元で有名な相談役だったらしい。
 何故か突拍子もないことまで当たると、今で言う占い師的な存在だったとも教えてくれた。

 ここら辺で歳が多い人は、占い師という言葉はあまり使わないけれど、田舎というのは噂がすぐに広まってしまう。
じいちゃんがいるから、みんなそっとしておいてくれているけれど、俺がじいちゃんの跡継ぎだと噂されているとも、少し申し訳なさそうに母親が言っていた。



 だけれど、そんなこと今は気にならないくらいに、俺は、前よりも少しだけ生きやすくなっているように感じていたのだった。

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