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変わる環境
何故か懐かしい。
しおりを挟む※これより先、方言が入りますので、方言の後ろに標準語の意味をつけます。
「さぁ、家に着いたわよ。あら、もうみんな待ってるのね」
母親が嬉しそうに言った。父親は、何故か少しため息をついている。
「陽介……田舎の人はその……距離感が近いから、挨拶だけして、部屋の奥に行っても良いからな」
父親の顔が心なしか少し青くなって疲れているが、運転に疲れたのだろうか。
母親は俺と一緒に降りてくれるということで、父親が一番に降りた。何やら騒がしい声がする。次に結城さん。そして俺は母親に連れられて、車からゆっくりと降りたのだけれど……。
「まぁー!!よしこちゃん、久しぶりじゃねぇ!!えらい立派な息子さんじゃないね!(凄く立派な息子さんだね)」
「こりゃあ、がたい(これは体格)がええのう!!」
な、なんだ。おばさん、おじさん、おじいさん、おばあさん達のこの人だかりは。
「陽介、大丈夫?」
母親が小声で聞いてくれたが、大丈夫か大丈夫じゃないかの問題ではない。
今のこの状況が理解できない。全ての筋肉が、動きを中止したようだった。
俺は、無言でほんの少し頷くことしかできなかった。
色んな人が、わらわらと父親と母親を囲んでいる。父親は、何処か苦笑いを浮かべていて、そこに結城さんは溶け込んでいる。凄いな、さすが社長の娘と言ったところだろうか……。
だけれど、不思議だ……。
俺は、方言なんて知らない。正確には覚えていない。それなのに、言葉が筋肉の中にスッと入ってくる感じで、皆が何を言っているのか理解できる。
筋肉が大事に記憶していた感じなのだ。
「おぉ、陽介!!えらいでこう(とても大きく)なったのう!!」
とても元気な声のお爺さんが、俺に近づいてきた。
「あら、ツネオさん、遅かったじゃないね。一番楽しみにしとったのに」
母親と何か喋っていたおばさんが言った。
「どうしても、これを買わんと気が済まんでのう。(買わないと気が済まなかった)」
そう言うと、ツネオさんと呼ばれた人は、俺に近づいて来た。
「久しぶりじゃのう。でこうなっても、ノリによう似とるわ。(大きくなっても、ノリによく似ているな)」
ノリ……。祖父の名前だ……。
俺は、何も言えなくて、その場で立ちすくんでいた。
「陽介、この人が、お爺ちゃんの親友だった、ツネオさんよ。この人が……色々と面倒を見て、助けてくれるからね」
母親が言った。
俺は、おずおずとなんとか頭を下げる。
「そがにかしこまらんでええ、ええ。(そんなにかしこまらなくても良いよ)」
ツネオさんは、とても優しい笑顔で、手に持っていたビニール袋から何か出した。
そして、俺に渡してきた。
俺の手が、勝手に震えだした。
そこには……小さなパックに入った、いちごみるくのパックが二つあったのだ。
思わずツネオさんを見たが、ニコニコしているだけ。
俺は、これを知っている。
そして、ツネオさんも知っている。
何処かの筋肉の扉が、一つ開いた気がした。
そう、あの人とこの場所に来たとき。いつもこうやって、このいちごみるくのパックを二つくれる人がいた。
俺は、なんだかそれが凄く嬉しくて……。
「これ……」
俺は、震えながら小さな声で言った。
どうしてだろう。ツネオさんだけには、他の人のような怯えに似た感情が一切ない。
ツネオさんは、ニッコリして頷いた。
「まぁ、ツネオさん、陽介くんはもう子供じゃなあんよ。(子供じゃないんだよ)」
何処かのおばさんが言ったが、俺は、何故か泣きそうになる自分を抑えて、手の中のいちごみるくを見つめていたのだった。
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