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変わる環境
外に出る。
しおりを挟むついに引っ越しの日がやってきた。
数十年ぶりに、家から出なければいけない。
この家ともお別れだ。
俺は、玄関までは普通に来たものの、そこで止まってしまっていた。
怖い。
何故だか分からないけれど、外に出るのが怖い。
だって、今は側にいてくれる「あの人」がいないから……。
……ん?また「あの人」と考えた。
これは、祖父のことなのだろうか。
「陽介?大丈夫?お父さんが家のすぐ目の前に車をつけてくれるから、ゆっくりで大丈夫よ」
母親が優しく声をかけてくれた。
不思議だ。母親が優しい。なんとも不思議な感覚だ。
俺は、この日のために買ったスニーカーを履くと、ゆっくりと外に一歩踏み出した。
風、というものを久しぶりに感じた。
あぁ、エアコンの風と全然違う。そんなことを考えながら車に乗ろうとした時。
《またね》
風が耳元吹いた瞬間、そう聞こえた気がして、俺は驚いて振り返った。
「……母さん、今……聞こえたよね?」
「え?何も聞こえなかったけれど。陽介、やっぱり外は辛かったのね……。さぁ、車に乗りましょう」
別に何も辛くはないのだが……。
さっきの声のようなものはなんだったのだろうか。
母親は、今のことを父親に説明している。
そして……。
「あの、お久しぶりです。直接お会いするのは初めてですね。結城です」
……見知らぬ女性が座っていた。
茶色の長い髪、体型はマッチョではない。大丈夫だろうか。筋肉は足りているのだろうか。
「……」
ずっと引きこもっていて、最近母親と父親と少し話せるようになった俺だ。
何も返せずに、反射的に頭を下げたまま黙ってしまっていた。
「陽介。陽介はここのベッドがあるスペースね。カーテンもあるから、自由に閉めて。お腹が空いたら言ってね」
母親が助け船を出してくれる。
……母親とは、そしてこの準備をしてくれた父親とは……両親とは、頼りになる存在だったのか……。
俺はベッドに腰掛けると、車内を仕切るカーテンを閉めた。窓のカーテンはどうしようかと思ったけれど、久しぶりの外が少し気になったのもあって、半分だけ開けておく。
そのまま、鞄の中から二リットルのお茶のペットボトルを取り出すと、ダンベル代わりにして腕のトレーニングを始めた。
何故か、落ち着かなくて。
これはネットでも話題になったり、深く浸透していることだが、ペットボトルはダンベル代わりに丁度良い。結城さんのように筋肉がない人は、二リットルではなく五百ミリのペットボトルを使えば良い。
カーテンの外から、母親と結城さんの話す声が聞こえる。
俺は内容を聞く気がなかったから、腕の筋肉を意識して上下する。
なんとなく気になって、半分開いたカーテンから窓の外を見た。
外。数十年ぶりの、外の風景。
なんだろう。この、感覚。
別世界に来たような、この、感覚。
……当たり前か。ずっと引きこもっていたのだから。
こうして俺たち一行は、祖父の家へと向かったのだった。
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