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8、ヴァール、貞操の危機

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 ヴァールは五年生となり、十七歳となった。監督生補佐からそのまま監督生になったヴァールたち四人は、忙しい毎日を過ごす。この日四人はヴァールとグレンツェンの監督生の部屋で作業をしていた。

「やること多すぎて死ぬ……」
「本当なぁ~! 今度の全校生徒魔法実技大会とかやめて欲しいぜぇ」

 監督生となり学園の行事に関して前より関わるようになった四人はただえさえ会議で疲れるのに、時間のない中勉学をしなくてはならずになり、ヘトヘトになっていたのだ。

「皆さん、こんなことでヘトヘトになってたら将来ヴァールが玉座に着いたとき支えられませんよ」

 ビブリオテークは文句を言うグレンツェンとレッヒェルンにピシャリと言う。

「まあまあ……。三人にこれあげるよ。滋養強壮に効くから飲んでみて。配合はお母様、聖女アンジュ様がして作ってくれたドリンクだから効くよ。あと……僕は王になるつもりはないよ?」

 アンジュ特製の聖力が込められた、希少価値が高いので世に出回らない王族しか飲めないドリンクを渡した。

「ありがとうございます。ってヴァールは王座を狙わないのですか?!」
「狙わないよ? この国は女性も王になれる。もしツェスィーと結婚できたとしても、僕は王にならないよ」

 何をと言わんばかりのヴァールを見てビブリオテークは口を開く。

「欲がなさすぎるのも問題ですね」
「ヴァールが王様になったら賢王と呼ばれると思うけどなぁ」
「坊はこの欲のなさが長所なんだよ」

 ビブリオテークに続いてレッヒェルン、グレンツェンも言い出した。

「そんな欲ないわけじゃないよ? 結構欲深いと思う。ツェスィーに関しては絶対誰にも譲りたくないし」

 ヴァールは三人に欲がないと言われ困ったように笑う。

「欲ない坊が唯一欲を出すのが姫さんかー。姫さんは罪深い人だな。欲のない聖人を狂わす悪女だったのか」
「ツェスィーを悪くいうのはグレンでも許さないからね?」
「はいはい。すみませんでしたね」

 グレンツェンは主人を揶揄った。ヴァールも冗談交じりに答える。

「レッヒェ、手が止まってますよ。はい、これ次の書類です」
「うげぇ、この大量の書類なんなんだよぉ。生徒会長たち、俺たちに丸投げなんじゃねぇ?」
「違いますよ……と言いたいですが、確実にそうでしょうね。あまりに優秀だと利用されやすんですよ。私も抗議しろとヴァールに言ったんですが……彼がやると言ったので付き合ってる迄です」

 ビブリオテークがレッヒェルンの手の動きが止まってると催促しながら、現状を話した。現にこの仕事量はおかしく、生徒会長たち四人が手抜き、もとい監督生に頼りきってるのは分かりきっている。だが、学園がもっと良くなるよう働きたいとヴァールは黙って仕事をこなした。

 ヴァールが倒れたら元も子もないが、彼は体力があるのでそこは大丈夫である。付き合わさせるあとの三人もヴァールから無理はしないでいいと耳にタコができるほど言われているが、自分たちの出来ることはとちゃんと手伝うのだ。

 三人は心優しく、我慢強い、責任感があるヴァールを心から慕っている。彼が王になればいいのにと切に思うのだ。

「もう今日はここまでにしよう。あと書類をまとめてファイルして棚に入れるだけだから、三人は帰っていいよ? グレンも先に城へ帰っていて。僕はそんなやわじゃないから刺客なんかに負けないと思うし、この学園じゃ命は狙いようがない」

 ふわりと笑うヴァールは見た目はそんな強そうには見えない。身長が高くスラッとして体は鍛えてるが、ムキムキではないからだ。俗に言う細マッチョである。

 だが、剣術は国一二の腕、体術も得意で、魔法に関してはゲニーがいつか抜かされるかもなと冗談でも言うくらい強いのだ。

「坊、じゃあ先に帰るぜ」
「俺たちも寮に帰るぜぇ、また明日な」
「戸締りよろしくお願いします。ヴァールも早く帰って休んでくださいね」

 三人が部屋から出ていき、室内にはヴァールただ一人が残る。書類の音しかしない部屋は静かで、ヴァールは黙々と作業に取り掛かった。しかしその高い集中力も、部屋の扉のノックの音で途切れる。

「誰かな?」
「三年C組のラカイ・バイトルですわ。ヴァール殿下にお話がありまして、訪ねました。入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」

 ヴァールはノックの主に誰かと問うと、女性の声が聞こえた。ヴァールは入室したいと言うその女性に許可を出す。全校生徒の名前を全て把握してるヴァールはバイトル伯爵令嬢も把握してるので刺客の心配もなかった。

 入室を許可されたその声の主は、二人の女生徒を引き連れて部屋に入る。

「どうしたの? 何か悩み事でもあるのかな?」

 ヴァールはいつも生徒から相談を受けていた。今回もその手の話かと彼は優しく彼女たちに話しかける。

「はい……。実は、わたくし婚姻のため隣国へ行かなければならなくて。ずっとヴァール殿下を心からお慕いしておりました。叶わぬ恋でしたが、結婚する前にせめてもの思い出としてこれを殿下に食べて欲しくて……」

 バイトル伯爵令嬢は、小さなピンクのラッピングがされた袋をヴァールに差し出した。

 ヴァールは他人が自分の監視外で作ったものを受け取ったことがない。命を狙われることがある彼は毒を盛られることも少なくはなく、貰ったものに毒が入ってたら大変だからだ。

「ごめんね。食べ物は受け取れないんだ」

 ヴァールは申し訳なさそうにバイトル伯爵令嬢に言う。

「毒など入っていませんわ。ですが、無理ですわよね。分かりました。では、せめてこれだけでも」

 それは手紙だった。ヴァールは手を伸ばし、それを受け取る。

 しかし受け取ったその瞬間、ヴァールは体が熱くなり動悸が激しくなった。息は荒くなり、その場に崩れ落ちる。手足は痺れ、思ったように動かせない。

「ふふ。大丈夫ですわ。ヴァール殿下の命を取ることはしません。ただ、ヴァール殿下からもらったもので、命が生まれるかもしれませんけど」
「ヴァール様ぁ。私たちと素敵なことしましょ?」
「うふ、ヴァール殿下が初めでも大丈夫ですわ。私たちが手取り足取り教えて差し上げますので」

 バイトル伯爵令嬢、そしてその取り巻きが不敵な笑みを浮かべて言った。

 そして、身動き取れない彼の服を脱がしていく。ヴァールは嫌悪の眼差しで伯爵令嬢たちを睨みつけた。彼に似合わないその目付きを見て、令嬢たちはきゃあきゃあと興奮する。

「ふふ、声も出せないんですね。お可愛らしいこと」
「まあ……腹筋も割れて……。思ったより逞しいんですのね」

 下履一つの姿にされたヴァールはもうダメだと諦めかけた。ただプリンツェッスィン以外に触られ、興奮し精を吐き出すことは命に変えてでもしたくない。

 こんなことなら無詠唱で魔法を使えるようゲニーから教えて貰っておけばよかったと悔いた。この世界では無詠唱で魔法を使うという概念的なものはあるが、それが出来るのは他ならぬゲニーだけである。多大な魔力とそれに合わせるような高いコントロール力が必要で、尚且つ無詠唱での魔法が誰でも使えるようになると悪用されるとしか思えないのもあり、ゲニーは発動方法を明かさないのだ。

「坊、入るぜ! 忘れもんしちまった!」
「ってかグレン、俺たちがなんで付き添うんだよぉ」
「私たちの寮の相部屋に押し掛けましたが、絶対ここだと思いますよ?」
「「「ってええええ?!」」」

 令嬢たちがヴァールの下履を脱がそうとした時、ノックと音と共に、部屋にグレンツェンとレッヒェルン、ビブリオテークが入ってきた。そして目の前の光景に彼らは度肝を抜かされる。

 グレンツェンはすぐさま短剣を数本上着から出し、令嬢たちの顔目掛けて放った。その目は怒りで満ちていて、彼女たちを睨みつける。

 放たれた短剣たちは令嬢たちの頬に一筋の傷をつけ、血がたらりと出た。あまりの的確に的を射る動作はヴァールの影としていつなんどき人を殺めてもいいよう訓練を重ねていることを物語っている。

「てめぇら、殺されてぇのか? 次は首だ」

 グレンツェンはガタガタと震える令嬢たちに追い打ちをかけるように、更に短剣を懐から出した。完全に彼女たちを殺すつもりのグレンツェンの腕を、ガタイのいいレッヒェルンの腕が掴む。

「もう彼女たちに戦意はないだろ」
「そうです。殺すより誰に頼まれたか、誰が黒幕か暴くべきです」

 令嬢たちを庇うような発言をするレッヒェルンだが、その顔は怒りから血管が浮き出ていた。ビブリオテークも悪魔のような笑みを浮かべ、令嬢たちを俯瞰して見る。

 三人に縛り上げられた令嬢たちは、国家警察に連れていかれた。

 身動き取れないヴァールはグレンツェンに服を着せてもらい、従者にお姫様抱っこされて城に転移する。その場に居合わせたレッヒェルンとビブリオテークは事情聴取を受けるために、城にすぐさま呼ばれた。そして寮の管理人には話をつけ、その日は城の客間に泊まることになったのだ。

「ヴァール! 大丈夫?!」

 グレンツェンに城の医務室へ運んでもらったヴァールに、薄い蜂蜜色のストレートの腰まである髪をもった美女が駆け寄った。それはデーアで、息子が襲われそうになったことを知り、ベットに横たわるヴァールを抱きしめる。

「誰が襲ったの? これはれっきとした性犯罪よ。しかも王族に対してなら、反逆罪も追加されるわ」

 普段は落ち着いた物腰のデーアは怒るととても恐ろしいのだ。ヴァイスハイトもデーアと本気で争うことはしないし喧嘩はしなかった。それはデーアを心から深く愛してるからということもあるが、怖いから怒らせたくないというのもあると弟のゲニーは語っている。

 今も怒りに震えるような怒った顔は表面的には見せないが、その目だけは怒りが満ちていた。

「今分かってるのはラカイ・バイトル伯爵令嬢とその取り巻き二人ですね。国家警察に事情聴取されてると思います」

 目の前の静かに怒る美女にグレンツェンが告げる。

「ヴァール!」
「大丈夫か?!」
「ヴァール、大丈夫?!」

 そこにヴァイスハイトとゲニー、アンジュも駆け込んできた。

 何かが原因で身動きが取れず、目線だけで両親たちを見るヴァールを見て、入ってきた三人も怒りに震える。

 グレンツェンも大体の起こった出来事を三人に伝えた。

「ヴァール、すまん。僕がもう少し学園内の規約魔法を……いや、常に王族を守れる魔法を作っておけばよかった。怖かったろう?」

 優しくヴァールの頭を撫でたゲニーは目の前の体を動かせない甥に謝る。

「今からちょっと痛いが、我慢しろよ」

 ゲニーは細い針がある注射器を取り出す。そしてヴァールの血液を少量採血した。

 解析魔法はかけられる物にもある程度影響が出るので、直接人体に解析魔法はかけられない。一番簡易である採血をし、その採血した血に魔法をかけるのだ。

 採血管に入ったヴァールの血に何やら魔法をかけたゲニーは苦い顔をした。解析魔法をかけるとどのような魔法がかけられてるかのヒントになる魔法陣が現れる。その魔法陣を分析すると、かけられてる魔法が分かるのだ。

「その令嬢たちは……今頃死んでるだろうな。これは呪術魔法の一種だ。相手を興奮させ、操る強い催淫魔法。軽い催淫魔法なら呪術魔法にならないが、これ程強いとなると呪術だ。呪術魔法は自分の命を引き換えにかけるといわれてる。当たり前だが、実際呪術魔法の事例は殆どないけどな。しかし彼女たちが呪術魔法だと知ってヴァールに魔法をかけた……とはあまり思えないし……」

 ゲニーはうーんと唸る。そして解呪魔法を作るからと部屋から出ていった。

「ヴァール、大丈夫よ。ゲニーは世界一の天才魔法使いだから!」

 アンジュが少女のように可愛らしく笑う。一児の母とは思えないその可憐さは、ただ年齢より若く見えるというだけではなかった。ゲニーの『王族だから見目麗しくなきゃな』という突拍子もない発案で、ある魔法を作り、その魔法のおかげでゲニーやアンジュ、ヴァイスハイトやデーアも二十五歳の時の姿形から変わってないのだ。プリンツェッスィンもヴァールも二十五になったらかけてやると言われている。

「兄様~! お母様~! 母上~! あ! 皆ここにいらしたんですか? 探しましたよ! もう夕食の時間です!」

 城中従兄や両親たちを探し回ったプリンツェッスィンがアンジュたちの方へ歩を進めた。

「兄様……?!」

 そしてベットに寝ているヴァールを見て青ざめる。普通のベットじゃなく、医務室のベッドなのだ。ヴァールの身に何かあったと駆け寄る。

「兄様?! 何があったんです?! お母様! 兄様は?!」

 プリンツェッスィンは何があったのか聞いても答えないヴァールを見て、すぐさまアンジュに従兄が何故こうなったか問うた。

「えっと……」

 アンジュが十一歳のプリンツェッスィンにヴァールが性的に襲われそうになったということを伝えるか迷う。

「ヴァールが襲われそうになったんだ。性的暴行のな」
「ヴィー! ツェスィーにそれは言ってはダメよ!」

 アンジュが黙っていたら、ヴァイスハイトがプリンツェッスィンにヴァールが性的暴行されそうになった事実を言った。そして隣にいる妻から注意をされる。

「何故だ。別に隠すことはないだろう。ツェスィーも性教育が始まったのだし、分からない訳ではない。ツェスィー自体もこのように襲われることもあるかもしれないんだ。いつまでも小さな子と思って接する方が失礼じゃないか?」

 夫に痛いところを突かれ、デーアも黙り込んだ。

「それで兄様は何故話せないのですか? もしやあまりのショックで?!」

 プリンツェッスィンはヴァールが起きてるのに言葉を発しないのは精神的ショックからかと心配する。

「うんん、大丈夫よ。呪術魔法がかかっていて、話せないだけよ」

 アンジュがプリンツェッスィンに言い聞かせ、それを見たヴァールも出来る限り笑ってみせた。

 ヴァールのぎこちない精一杯の笑顔を見て、プリンツェッスィンも安心したように笑う。

「ヴァール、今日はもう寝ろ。学園には魔法が溶けるまで欠席すると連絡をしておく。あのゲニーの事だ、すぐ解呪魔法を作るだろう」

 ヴァイスハイトの言った通り、ゲニーは次の日の朝には解呪魔法を作り出した。寝ずに頑張った夫を見てアンジュは心配し、自身の聖女の力を使って疲れを取ってあげる。

「無理しないで?」
「うん……心配かけてごめんね。ただ早くヴァールには元気になって欲しくてね」
「あんまり無理すると死んじゃうよ? ゲニーが死んだら私も心臓止まって死んじゃう……」
「ごめんね。でも大丈夫だよ。君が治癒魔法をかけてくれたからね」

 妻を安心させたくてゲニーはアンジュに唇を重ねた。そして妻の笑顔を見て、ゲニーも破顔する。

 一方デーアとヴァイスハイトも朝を迎えた。

「おはよう。よく眠れたか?」
「うんん。ヴァールが心配で殆ど寝てないわ」
「だと思ったよ。三時まで心拍数が下がらなかったからな」
「えぇ?! まさかヴィーも寝てなかったの?!」
「君が寝ないのに寝むれるか? 言っておくが君より先に寝たことはない。君が寝息を立てたら寝ることにしてるんだ。心配だからな」
「ヴィー……。ありがとう。こんなにも愛してくれて、嬉しいわ」

 デーアは愛情深い夫を抱きしめる。そしてヴァイスハイトも応えるように抱きしめ返した。

「デーア……無理はするな。辛い時は言え。君の我慢強いところは長所であるが、時に心配になる。君の心がポッキリと折れてしまわないか、不安なんだ」
「ありがとう……。大丈夫よ。あなたがいてくれたら私は無敵だから」
「そうなのか?」
「ふふ、そうなのよ? 愛するあなたがいてくれる限り、私の心は折れないわ」

 そしてデーアはヴァイスハイトの唇に自分のそれをそっと合わす。軽い口付けに不満を持ったヴァイスハイトは、妻の頭を引き寄せ深く絡めるようにキスをした。

 ヴァイスハイトの唇が首筋、鎖骨と降りていき、胸元に行こうとした時、デーアからダメと言わんばかりに頭を抑えられる。

「何故だ」
「昨日も沢山したでしょ? もう朝食を食べに行かないといけない時間よ。早く着替えて行きましょう」
「君の規則に従うところは美徳だが、融通が聞かないのはなんだな」
「それはヴィーに一番言われたくないわ。この続きは今夜しましょう? ね?」
「必ずだぞ」
「もう。私としなかった夜あるかしら?」
「……戦いで離れ離れになってた時と月経中以外は、ないな。君の妊娠中も、胎児に影響が出ないよう抱いていた」
「でしょ? もう本当に甘えん坊ね」
「俺が甘えるのは君にだけだ。他には甘えたことはない」

 そして今夜の情事の約束と言わんばかりに最後に二人は唇を合わせるのだった。
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