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宏一は昨日が仕事納めだったらしく、俺が頼むと一時間以上かけてやってきてくれた。その間俺は、改札前のカフェ、クリスマスイブに外国人女性と二人のギャルを見かけたの喫煙席の一番奥に座って、煙草を吸ったり吸わなかったりしながら、でも何も考えられず、頭の中でずっと『俺は、俺は、俺は』という声が響いていて、でも『俺は』の後に続く言葉、名詞も形容詞も動詞も聞こえず、俺は自分に言い聞かせるかのように心の中で色々付け足していた。
俺は、河村篤史。
俺は、パスタが好き。
俺は、読書が趣味。
俺は、二十九才。
俺は、東京生まれではない。
俺は、いつも音楽を聞いている。
俺は、
俺は、
俺は、
「篤史」
気付いたらグレーのコートを着た宏一が飲み物と灰皿を持って目の前に立っていた。
「どうしたんだよ、大丈夫か?」
宏一はコートとマフラーを取って椅子の背に掛け、俺の真正面に座った。
「ああ、悪かったな、折角の休みなのに」
「そんなこと言う余裕はあるのか。何事かと思ったよ、おまえの方から急に会いたいなんて言ってくるなんて珍しいからな」
「まあ、何つーか、ちょっと変なことになってるんだ」
何本目か分からない煙草に火を付けて、俺は今朝からの異変を説明した。勿論上手く説明なんて出来なかった。音楽を聞いて自分のことを確認するってことから説明しないといけなかったし、宏一がそれを理解してくれたかも分からない。それから自分が空っぽになってしまったこと。それに気付いてしまったこと。それを言った時、もしかして俺は元から空っぽで、たまたまそれに気付いたのが今朝だったんじゃないかと思った。
「でも俺のことは覚えてるんだろ?」
「覚えてるよ。でも、本人に言うのは失礼かもしれないけど、なんか他人事っていうか、手が届かない気がするんだ。おまえは俺の友達だけど、その俺自身がどっかに消えたみたいな違和感があって」
俺がそう言うと宏一は俯いて煙を吐き出し、
「おまえ、疲れてるんだよ。最近テレビとかでもそういう病気っつーか異変みたいなのが増えてるって言ってるだろ? 何か大事なことを忘れてる訳でもないし、たとえおまえが俺のことを忘れても俺はおまえのダチだよ」
その目には心底俺のことを案じてくれているような光が宿っていて、でも、嗚呼、無理だった。通じなかった。これが、この違和感、自分自身から断絶されてしまった恐怖、俺は俺なのに俺自身じゃないという実感、それらは通じなかった。疲れてる? かもな。最近多い? そうかもな。でもそれが何だ?
俺は、俺は、今こんなにも辛いのに俺は。
俺は、河村篤史。
俺は、パスタが好き。
俺は、読書が趣味。
俺は、二十九才。
俺は、東京生まれではない。
俺は、いつも音楽を聞いている。
俺は、
俺は、
俺は、
「篤史」
気付いたらグレーのコートを着た宏一が飲み物と灰皿を持って目の前に立っていた。
「どうしたんだよ、大丈夫か?」
宏一はコートとマフラーを取って椅子の背に掛け、俺の真正面に座った。
「ああ、悪かったな、折角の休みなのに」
「そんなこと言う余裕はあるのか。何事かと思ったよ、おまえの方から急に会いたいなんて言ってくるなんて珍しいからな」
「まあ、何つーか、ちょっと変なことになってるんだ」
何本目か分からない煙草に火を付けて、俺は今朝からの異変を説明した。勿論上手く説明なんて出来なかった。音楽を聞いて自分のことを確認するってことから説明しないといけなかったし、宏一がそれを理解してくれたかも分からない。それから自分が空っぽになってしまったこと。それに気付いてしまったこと。それを言った時、もしかして俺は元から空っぽで、たまたまそれに気付いたのが今朝だったんじゃないかと思った。
「でも俺のことは覚えてるんだろ?」
「覚えてるよ。でも、本人に言うのは失礼かもしれないけど、なんか他人事っていうか、手が届かない気がするんだ。おまえは俺の友達だけど、その俺自身がどっかに消えたみたいな違和感があって」
俺がそう言うと宏一は俯いて煙を吐き出し、
「おまえ、疲れてるんだよ。最近テレビとかでもそういう病気っつーか異変みたいなのが増えてるって言ってるだろ? 何か大事なことを忘れてる訳でもないし、たとえおまえが俺のことを忘れても俺はおまえのダチだよ」
その目には心底俺のことを案じてくれているような光が宿っていて、でも、嗚呼、無理だった。通じなかった。これが、この違和感、自分自身から断絶されてしまった恐怖、俺は俺なのに俺自身じゃないという実感、それらは通じなかった。疲れてる? かもな。最近多い? そうかもな。でもそれが何だ?
俺は、俺は、今こんなにも辛いのに俺は。
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