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1章 青髪剣士と腐れ大学生
コミュニケーションが苦手な者達
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「単刀直入に言います。……お友達に、なってください!ANOのフレンド登録もよろしくお願いします!」
ナギサ達はカエデに連れられてやってきた、ターミナルを出てから少し行ったところにあったレストランのソファー席に揃って座っていた。一方にはナギサとシューマ。そしてその正面にはカエデとアーメス。
広々とした店内には自分と同じようなプレイヤー同士で飲食を行っている者達から、デーヴァと連れ添って飲食を行っている者達もおり、そこそこ賑わっている。
そして全員が着席し、店員によって水が4つ運ばれてきた後でカエデが頭を下げ、そう言ってきた。
――え、どういうこと?
「……うちのマスターのカエデは大学に入ってから友達が出来なくてな」
「バ、バカッ……!それ言う!?」
ナギサとシューマが突然の申し出に軽く戸惑っていると、アーメスが口を開く。この人、なんだかプレイヤーが使役するデーヴァというよりは保護者みたいな人だな、と2人は思った。
「同じゼミの人間とも妙にノリが合わず、他人と話すきっかけは掴めない。そう悩んでいた時だ。いつものようにANOにログインしたら見たことのある顔がいたらしくてな?偶然を装って出くわせば話の一つでも出来るんじゃないかって思ったワケ」
アーメスがナギサの方へと視線をやる。
そうだ、確かにこの正面の女性……カエデとは今週の必修の講義で席が隣だった。しかしそれは今回たまたまそうだっただけであり、先週の講義では別にそうではなかった。そもそも座席指定の講義では無かったし。
更に隣に座っていたカエデは確か講義の中盤から完全に爆睡していた。自分の顔をまともに確認する時間なんて講義前に席に着くときか、講義後に退出するタイミングしかないハズ――。
……もしかしてその時にチラッと見ただけの自分の顔をずっと覚えてたってことか?
「……というわけだ。なんか初心者狩りに絡まれてたのは想定外だったけど、おかげで一緒に戦えた。これって何かの縁だと思わないか?せっかくうちのコミュ障ボッチマスターが勇気を振り絞ったんだ。受けてあげてくれないか」
「ぐふぅっ!」
“コミュ障”、“ぼっち”という単語にダメージを受けたのかアーメスの隣でカエデが胸を抑えた。
――ええと、こういう時はどう返せばいいんだろう……?
“友達になってください”という台詞は漫画や小説なんかで割とよく聞く言葉な気がするが、それを言われた相手はどう返していた……?
いやいや、こういう時にフィクションの反応を参考にしようとするのは駄目だな。ちゃんと自分の言葉で語らねば。
だがどう返すのが正解なんだ?ただ一言“はい”と答えるだけじゃ味気なさすぎるし……。もうちょっと長い文章で返した方がいいか?
――“こちらこそ、よろしくお願いします”?……よしこれだ。これでいこう。ザ・王道って感じ。
でも即座に返答したら“えっ、何こいつ。めっちゃ食い気味にくるじゃん。気持ち悪っ”とか思われそうだから、一口水を飲んでからいこう。よし、いこう。
と、こちらも大概コミュニケーション能力に難のあるナギサが目の前のコップに入った水に口をつけた瞬間。
「いいぞ」
あっさりとシューマが答えたのでナギサは水を吹き出しそうになった。――僕がせっかく勇気を出そうとしたのにこいつは……!物おじしないというか、なんというか……!
随分とあっさりな返答にアーメスもカエデも意外だったのか、目をきょとんとさせた。
「……えっ?そんなあっさりでいいのか?いや、別に深く悩む問題でも無いけどよ……」
「逆に聞くが、別に悩む要素なんて無くないか?それにこっちも断る理由とかないんだが」
「なんか凄いなあんた……。シューマ様だっけ?」
「シューマでいい。“様”付けで呼ぶのはシャルディだけだ」
「分かった。えーっと、隣のあんた……ナギサ君?もいいよな?」
「げほっ、ごほっ……。え、あ、よろしくこちらこそ!お願いしますですます!」
“こちらこそよろしくお願いします”と言おうとしたのだが水が気管に入ったような感覚がして、むせたこともあり、軽いパニックを起こしたため変な文法で返事をすることになってしまった。
そもそも仮想空間なのに、むせることあるのかよ。
「あっ。なんか本質的にはうちのカエデと一緒っぽい」
「こ、コミュ障仲間……?」
「ぐえっ!」
カエデから“コミュ障”という単語が発せられ、それが言葉の矢となってナギサの胸を撃ち抜いた。
ANOでは常にソウハがおり、大体シューマ達もいるのでなんとか落ち着いているものの、普段の鳴海凪紗という男も大概コミュニケーションは苦手な男であるため“コミュ障”という言葉は割と刺さる。
おそらくこの状況がカエデと二人きりだったならば、全く会話が出来ていないだろう。
「ええと、と、というわけで!」
カエデがバッ!と勢いよく起立し、頭を下げながら片手を差し出した。
「カエデです!よろしくお願いします!!」
店内にいる客の視線が一斉にこちらに集まる。当然だ。あれだけ大声を出せば誰だって何があったのか気になる。というかこれ初日にも似たようなことあったな……。僕とシューマの顔、店員に覚えられてたりしないかな……。と恥ずかしい思いをした。
ええと、これは僕が手を握ればいいのかな。生の女子の手って初めて触るかも……。と、ナギサも席から立ち上がり、テーブル越しに差し出された右手に対してこちらも手を差し出――。
ピンポーン!
突然呼び鈴が鳴った。それはどうやらこちらの席から押されたものらしく、ウェイトレスがそそくさとナギサ達の席に走ってくる。呼んでからすぐにやってくるとは出来た店員だ。と、感心するほどの心の余裕は今のナギサには無かった。
「ミルクティー一つ。アイスで。ガムシロップは5個お願いします」
立ち上がり右手を差し出したまま硬直しているカエデと、同じく立ち上がって右手を差し出そうとしたまま硬直しているナギサ、そして“なんだこの状況は”と困惑しているアーメスを一切気にしてないとばかりにシューマが自分の注文を行う。呼び鈴を鳴らしたのも彼だろう。
「はーい、了解しました。ご注文は以上ですか?」
「以上で」
自分の分だけを注文したシューマはとっととウェイトレスを帰し、コップの水に口をつける。
2口ほど飲んだ後、ふぅ、と一息。
「マイペースが過ぎないかあんた!?」
アーメスの驚愕した大声が店内に響き渡る。
ナギサとカエデはこれからどう動けばいいのか全く分からず、そのままの体勢で静止していた。
「いや、お前達もなに固まってるんだよ!?握手すればいいだけの話だろ?」
――そう言われても、タイミングというものが分からんのです。
◆
「じゃあ、気を取り直して――、今日の出会いを祝して……乾杯!」
ナギサとカエデがようやく握手を交わして席に着いてしばらくしてからのこと。喫茶店の店内にアーメスの快活な声が響いた。
「か、かんぱい!」
「乾杯っ!」
「乾杯」
それに合わせて他の人間3人組も自分の分のドリンクを持ち、それを掲げて声を出す。
アーメスの手にはグラス一杯のコーラ、ナギサの手にはオレンジジュース、シューマは半分ほど飲みかけのミルクティー、そしてカエデの手にはマンゴーサワーが握られていた。
大学1回生だと未成年でもお酒を嗜む人間がいるとは聞いていたが、まさか目の前の人がそうだとはなぁ……。人間見た目じゃわからないものだ。
というかこの人、だいぶ胸大き……いかんいかん。失礼だぞ、などと思いながらナギサはオレンジジュースを口に含む。相変わらず仮想空間なのに味覚の再現度が凄まじい。この味知ってるわ。ファミレスでよく飲むオレンジジュースそっくりだわ。
「……そういえば、凄いねアーメスって。あれだけの攻撃を食らったのに全然ダメージ受けてないみたいだった」
何か話題を作らねば。隣の友人はいついかなる時もマイペースなので役に立たん。と思ったナギサは先ほどの戦闘を思い出して言った。
団体戦でも使っていた”アイアース・シールド”。あれがかなりの防御力に優れた必殺スキルだということは理解したが、それを使う前からヒナの攻撃スキルを受けても平然としていた。ステータスが相当高いのだろうか?
それほどでもない、と得意げな顔をするアーメスの隣でカエデが自分のアクロスギアを操作して、一つの画面をナギサの方へと向けた。スキルカードの表示画面だ。
「えーっとね。”アイアース・シールド”がこういうスキルなんだ」
<アイアース・シールド>
レアリティ:SR
チャージ時間:長
分類:防御/盾限定
・聖なる神の加護を自らの盾に与える。自身の半径8m圏内で発生した飛び道具による攻撃を全て盾へと引き寄せ、その後自身の防御力と防具耐久力をスキル終了後まで150%アップ。更に残り体力が60%以上なら上昇値を更に50%プラスする。
装備時、自身のHPが90%以上ならばスキルによるダメージを半減させる。
「なるほど……。完全に防御に特化した能力なんだ。面白いね」
「そうそう。特に開幕スキルブッパしてくる相手には結構刺さるんだよ。団体戦とか人の多い場所で使うとなると攻撃誘導効果がたまにキズなんだけどね。いくら防御力を上げても全部の攻撃を肩代わりしないといけないのはちょっと大変で」
「でもこの前使ってなかった?団体戦でロビンってアーチャー相手に」
「あっ、あれ見てたの?いやー、あれは向こうのチームに飛び道具持ちが彼一人しかいなかったからね。5人のうち3人が飛び道具持ちだったら発動タイミングミスると危なかったかも」
楽しそうにカード談議に花を咲かす2人。それをアーメスが満足げな顔で眺める。やはり保護者のようだ。
そんな2人の輪に混ざろうとしたのか、それとも単にミルクティーを飲み干して退屈なのか、シューマも口を開いた。
「つまりそっちと戦う時はHPが90%以下になるまでは通常攻撃で攻めればいいんだな?」
「ははは……。まあそういうことだね」
カエデは苦笑しながらマンゴーサワーに口をつける。
自分の愛用しているスキルをわざわざこちらに教えたのだ。どうやらカエデは自分たちのことを“気の置ける存在”だと認識したらしい。
さきほどの友達申請を受け取ったことも合わさって、ナギサはなんだか照れ臭い気分だった。横に座っているシューマは平然としているが。
「あ、そうだ。カエデさんってお酒飲むんだね。同じ一回生なのにちょっとビックリ」
乾杯直後に思ったことを口に出すナギサ。カエデはマンゴーサワーをまだ口に付けたまま、否定の意を示すように空いている方の手を左右に振る。そして口に含んだ分を飲み干し、グラスを置いてから言った。
「大丈夫大丈夫。先週20歳になったから」
「あ、そうなんだ。おめでとうございます」
……ん?先週20歳になった?
「……もしかして浪人生やってたのか?」
ナギサよりも先にシューマが質問した。てっきり同じ大学1回生で同年代だと思っていたが、年上だったようだ。
――しまった!年上なのを知らずにタメ口混じりで話してしまった……!とナギサは心の中で軽い自己嫌悪に陥る。
それに対してもカエデは首を軽く振って否定する。
「違うよ!ボクは2回生で…………って、あれ?君たち1回生なの?」
「そうだが?俺とこいつは今月頭に入学したばかりで…………え?2回生?」
「え?先輩だったんですか?」
「え?あんた達カエデの後輩だったのか?」
4人全員がどうやら勘違いをしていたらしい。
カエデは桜川大学の2回生で、同じ講義を受けていたナギサを同学年だと思った。そしてナギサはそんなカエデを自分と同じ1回生だと思っていたわけで――。
それに気付いたカエデは。
「あっ、そうか。そうだよね。あの講義って1回生の必修だもんね。そりゃそうか……。ちょっと考えたら分かるだろボク――」
と、気の抜けた顔でブツブツと呟き、そして最初にミッション内で喋っていた時のような快活な調子の声で言った。
「なーんだ!後輩だったんだね君たち!あー、緊張して損した!とりあえず、今日は友達になってくれてありがとうナギサ君、シューマ君!大学生活でもANOでも困ったことがあったら何でもボクに相談してくれたまえよ!あ、先輩だからって無理に敬語使わなくていいから。タメ口かんげー!」
――こちらが後輩だと分かった瞬間急に饒舌になったー!?
ナギサとシューマは先ほどまでのカエデからは想像できない、はつらつとした声に驚愕した。
これにはアーメスも驚いたようで。
「格下相手だったらそんな態度とれるのかよ……」
と頭に手を当てて困った顔をしていた。
そして“格下”というワードに反応したのかシューマが眉をピクリと動かす。あっ、しまった。こいつは他人から下に見られるのが嫌いな人間だった。
「俺が格下だと?大体貴様、2回生の癖にナギサと同じ必修受けてるのはおかしいだろ!」
「き、貴様!?……仕方ないじゃんか!去年は寝坊して期末試験受けれなかったの!」
「あれ昼前の2限だろ!10時30分開始の講義に遅刻とかありえんわ!どんな生活習慣してんだ!」
「大学生ってのはたまに昼過ぎに起きたりする生き物なんだよ!君たちもいずれ分かる!というか、何だよ“貴様”って!タメ口はいいって言ったけど、先輩に対する敬意が足りないんじゃない!?」
「1回生と同じ講義受けてる先輩に敬意ぃ?ハッ!」
「あー!鼻で笑ったなー!?大体、君なんてナギサ君のオマケみたいなもんだし!別に君とは友達にならなくていいもん!」
ギャーギャーと言い争いを繰り広げる2人をまぁまぁ、他のお客さん達のの迷惑になるから、と2人を諫めるナギサとアーメス。するとナギサとシューマの腰に装着されているアクロスギアから光が放たれた。
その光は4人が座っている席の通路側に向かい、2人の人型を形成する。……ソウハとシャルディだ。2人は自分たちが仲間外れにされていると思ったのか、少しお怒りの様子だった。
「ずるいですよ。みんなでお茶なんて。なんで私達を呼ばないんですか」
「そうですわ。確かにギアの中で休んでいたい気分でしたけど、何も言わずに仲間外れなんて失礼じゃありません?」
すると2人が出てきたのを離れた場所から確認した店のウェイターが早歩きで近付いてきた。
「困りますお客様。デーヴァが同席する場合は来店の際に言っていただかないと」
「す、すみません。勝手に出て来ちゃって……。以後気を付けます」
――大体なんだ?女の癖に一人称が“ボク”って。アニメキャラの真似か?――一人称は関係無いだろ、君はその喋り方を直さないと友達無くすぞ?
と言い争いを続けるカエデとシューマの代わりにナギサが謝罪する。
ウェイターは軽くお辞儀をしてから、カエデとシューマの方を少しばかり迷惑そうに見て帰っていく。
「は、恥ずかしい……。しばらくこのお店に来るのは控えようかな……」
「俺もそうしたい……」
周りの客からは時折苦笑され、そして店員には迷惑そうにされたことでナギサとアーメスが羞恥に身を焦がした。
そんな2人の悩みなど全く知らないソウハとシャルディはそそくさと席に座り、メニュー表を手に取る。
「ねえねえナギサ君、私、抹茶のアイスクリームが食べたいです」
「あ、じゃあワタシはマンゴープリン…………って、シューマ様はなんだか忙しそうですわね。じゃあ、通りすがりのただのナイト殿、ワタシの分の注文お願いしますわ」
「なんで俺にたかる!?というか“通りすがりのただのナイト”はカエデが勝手に言っただけだっつーの!」
「あったま来た!ボクと戦えシューマ君!いや、シューマァ!先輩の力を見せてやる!」
「いいだろう!俺達の魔弾でその脳天撃ち抜いてやるわ!」
あー、もう。なんだかめちゃくちゃだよ。
ナギサは深く頭を抱えながらも、“でもこういうのってちょっと楽しいかもな”と賑やかな声を聴きながらそう思った。
フレンド登録完了!
プレイヤーネーム:カエデのフレンド承認を受け取りました。
PLAYER_NAME カエデ
ID Dorokin
DAVA アーメス
RANK E
MESSAGE:
よろしくお願いします。
ナギサ達はカエデに連れられてやってきた、ターミナルを出てから少し行ったところにあったレストランのソファー席に揃って座っていた。一方にはナギサとシューマ。そしてその正面にはカエデとアーメス。
広々とした店内には自分と同じようなプレイヤー同士で飲食を行っている者達から、デーヴァと連れ添って飲食を行っている者達もおり、そこそこ賑わっている。
そして全員が着席し、店員によって水が4つ運ばれてきた後でカエデが頭を下げ、そう言ってきた。
――え、どういうこと?
「……うちのマスターのカエデは大学に入ってから友達が出来なくてな」
「バ、バカッ……!それ言う!?」
ナギサとシューマが突然の申し出に軽く戸惑っていると、アーメスが口を開く。この人、なんだかプレイヤーが使役するデーヴァというよりは保護者みたいな人だな、と2人は思った。
「同じゼミの人間とも妙にノリが合わず、他人と話すきっかけは掴めない。そう悩んでいた時だ。いつものようにANOにログインしたら見たことのある顔がいたらしくてな?偶然を装って出くわせば話の一つでも出来るんじゃないかって思ったワケ」
アーメスがナギサの方へと視線をやる。
そうだ、確かにこの正面の女性……カエデとは今週の必修の講義で席が隣だった。しかしそれは今回たまたまそうだっただけであり、先週の講義では別にそうではなかった。そもそも座席指定の講義では無かったし。
更に隣に座っていたカエデは確か講義の中盤から完全に爆睡していた。自分の顔をまともに確認する時間なんて講義前に席に着くときか、講義後に退出するタイミングしかないハズ――。
……もしかしてその時にチラッと見ただけの自分の顔をずっと覚えてたってことか?
「……というわけだ。なんか初心者狩りに絡まれてたのは想定外だったけど、おかげで一緒に戦えた。これって何かの縁だと思わないか?せっかくうちのコミュ障ボッチマスターが勇気を振り絞ったんだ。受けてあげてくれないか」
「ぐふぅっ!」
“コミュ障”、“ぼっち”という単語にダメージを受けたのかアーメスの隣でカエデが胸を抑えた。
――ええと、こういう時はどう返せばいいんだろう……?
“友達になってください”という台詞は漫画や小説なんかで割とよく聞く言葉な気がするが、それを言われた相手はどう返していた……?
いやいや、こういう時にフィクションの反応を参考にしようとするのは駄目だな。ちゃんと自分の言葉で語らねば。
だがどう返すのが正解なんだ?ただ一言“はい”と答えるだけじゃ味気なさすぎるし……。もうちょっと長い文章で返した方がいいか?
――“こちらこそ、よろしくお願いします”?……よしこれだ。これでいこう。ザ・王道って感じ。
でも即座に返答したら“えっ、何こいつ。めっちゃ食い気味にくるじゃん。気持ち悪っ”とか思われそうだから、一口水を飲んでからいこう。よし、いこう。
と、こちらも大概コミュニケーション能力に難のあるナギサが目の前のコップに入った水に口をつけた瞬間。
「いいぞ」
あっさりとシューマが答えたのでナギサは水を吹き出しそうになった。――僕がせっかく勇気を出そうとしたのにこいつは……!物おじしないというか、なんというか……!
随分とあっさりな返答にアーメスもカエデも意外だったのか、目をきょとんとさせた。
「……えっ?そんなあっさりでいいのか?いや、別に深く悩む問題でも無いけどよ……」
「逆に聞くが、別に悩む要素なんて無くないか?それにこっちも断る理由とかないんだが」
「なんか凄いなあんた……。シューマ様だっけ?」
「シューマでいい。“様”付けで呼ぶのはシャルディだけだ」
「分かった。えーっと、隣のあんた……ナギサ君?もいいよな?」
「げほっ、ごほっ……。え、あ、よろしくこちらこそ!お願いしますですます!」
“こちらこそよろしくお願いします”と言おうとしたのだが水が気管に入ったような感覚がして、むせたこともあり、軽いパニックを起こしたため変な文法で返事をすることになってしまった。
そもそも仮想空間なのに、むせることあるのかよ。
「あっ。なんか本質的にはうちのカエデと一緒っぽい」
「こ、コミュ障仲間……?」
「ぐえっ!」
カエデから“コミュ障”という単語が発せられ、それが言葉の矢となってナギサの胸を撃ち抜いた。
ANOでは常にソウハがおり、大体シューマ達もいるのでなんとか落ち着いているものの、普段の鳴海凪紗という男も大概コミュニケーションは苦手な男であるため“コミュ障”という言葉は割と刺さる。
おそらくこの状況がカエデと二人きりだったならば、全く会話が出来ていないだろう。
「ええと、と、というわけで!」
カエデがバッ!と勢いよく起立し、頭を下げながら片手を差し出した。
「カエデです!よろしくお願いします!!」
店内にいる客の視線が一斉にこちらに集まる。当然だ。あれだけ大声を出せば誰だって何があったのか気になる。というかこれ初日にも似たようなことあったな……。僕とシューマの顔、店員に覚えられてたりしないかな……。と恥ずかしい思いをした。
ええと、これは僕が手を握ればいいのかな。生の女子の手って初めて触るかも……。と、ナギサも席から立ち上がり、テーブル越しに差し出された右手に対してこちらも手を差し出――。
ピンポーン!
突然呼び鈴が鳴った。それはどうやらこちらの席から押されたものらしく、ウェイトレスがそそくさとナギサ達の席に走ってくる。呼んでからすぐにやってくるとは出来た店員だ。と、感心するほどの心の余裕は今のナギサには無かった。
「ミルクティー一つ。アイスで。ガムシロップは5個お願いします」
立ち上がり右手を差し出したまま硬直しているカエデと、同じく立ち上がって右手を差し出そうとしたまま硬直しているナギサ、そして“なんだこの状況は”と困惑しているアーメスを一切気にしてないとばかりにシューマが自分の注文を行う。呼び鈴を鳴らしたのも彼だろう。
「はーい、了解しました。ご注文は以上ですか?」
「以上で」
自分の分だけを注文したシューマはとっととウェイトレスを帰し、コップの水に口をつける。
2口ほど飲んだ後、ふぅ、と一息。
「マイペースが過ぎないかあんた!?」
アーメスの驚愕した大声が店内に響き渡る。
ナギサとカエデはこれからどう動けばいいのか全く分からず、そのままの体勢で静止していた。
「いや、お前達もなに固まってるんだよ!?握手すればいいだけの話だろ?」
――そう言われても、タイミングというものが分からんのです。
◆
「じゃあ、気を取り直して――、今日の出会いを祝して……乾杯!」
ナギサとカエデがようやく握手を交わして席に着いてしばらくしてからのこと。喫茶店の店内にアーメスの快活な声が響いた。
「か、かんぱい!」
「乾杯っ!」
「乾杯」
それに合わせて他の人間3人組も自分の分のドリンクを持ち、それを掲げて声を出す。
アーメスの手にはグラス一杯のコーラ、ナギサの手にはオレンジジュース、シューマは半分ほど飲みかけのミルクティー、そしてカエデの手にはマンゴーサワーが握られていた。
大学1回生だと未成年でもお酒を嗜む人間がいるとは聞いていたが、まさか目の前の人がそうだとはなぁ……。人間見た目じゃわからないものだ。
というかこの人、だいぶ胸大き……いかんいかん。失礼だぞ、などと思いながらナギサはオレンジジュースを口に含む。相変わらず仮想空間なのに味覚の再現度が凄まじい。この味知ってるわ。ファミレスでよく飲むオレンジジュースそっくりだわ。
「……そういえば、凄いねアーメスって。あれだけの攻撃を食らったのに全然ダメージ受けてないみたいだった」
何か話題を作らねば。隣の友人はいついかなる時もマイペースなので役に立たん。と思ったナギサは先ほどの戦闘を思い出して言った。
団体戦でも使っていた”アイアース・シールド”。あれがかなりの防御力に優れた必殺スキルだということは理解したが、それを使う前からヒナの攻撃スキルを受けても平然としていた。ステータスが相当高いのだろうか?
それほどでもない、と得意げな顔をするアーメスの隣でカエデが自分のアクロスギアを操作して、一つの画面をナギサの方へと向けた。スキルカードの表示画面だ。
「えーっとね。”アイアース・シールド”がこういうスキルなんだ」
<アイアース・シールド>
レアリティ:SR
チャージ時間:長
分類:防御/盾限定
・聖なる神の加護を自らの盾に与える。自身の半径8m圏内で発生した飛び道具による攻撃を全て盾へと引き寄せ、その後自身の防御力と防具耐久力をスキル終了後まで150%アップ。更に残り体力が60%以上なら上昇値を更に50%プラスする。
装備時、自身のHPが90%以上ならばスキルによるダメージを半減させる。
「なるほど……。完全に防御に特化した能力なんだ。面白いね」
「そうそう。特に開幕スキルブッパしてくる相手には結構刺さるんだよ。団体戦とか人の多い場所で使うとなると攻撃誘導効果がたまにキズなんだけどね。いくら防御力を上げても全部の攻撃を肩代わりしないといけないのはちょっと大変で」
「でもこの前使ってなかった?団体戦でロビンってアーチャー相手に」
「あっ、あれ見てたの?いやー、あれは向こうのチームに飛び道具持ちが彼一人しかいなかったからね。5人のうち3人が飛び道具持ちだったら発動タイミングミスると危なかったかも」
楽しそうにカード談議に花を咲かす2人。それをアーメスが満足げな顔で眺める。やはり保護者のようだ。
そんな2人の輪に混ざろうとしたのか、それとも単にミルクティーを飲み干して退屈なのか、シューマも口を開いた。
「つまりそっちと戦う時はHPが90%以下になるまでは通常攻撃で攻めればいいんだな?」
「ははは……。まあそういうことだね」
カエデは苦笑しながらマンゴーサワーに口をつける。
自分の愛用しているスキルをわざわざこちらに教えたのだ。どうやらカエデは自分たちのことを“気の置ける存在”だと認識したらしい。
さきほどの友達申請を受け取ったことも合わさって、ナギサはなんだか照れ臭い気分だった。横に座っているシューマは平然としているが。
「あ、そうだ。カエデさんってお酒飲むんだね。同じ一回生なのにちょっとビックリ」
乾杯直後に思ったことを口に出すナギサ。カエデはマンゴーサワーをまだ口に付けたまま、否定の意を示すように空いている方の手を左右に振る。そして口に含んだ分を飲み干し、グラスを置いてから言った。
「大丈夫大丈夫。先週20歳になったから」
「あ、そうなんだ。おめでとうございます」
……ん?先週20歳になった?
「……もしかして浪人生やってたのか?」
ナギサよりも先にシューマが質問した。てっきり同じ大学1回生で同年代だと思っていたが、年上だったようだ。
――しまった!年上なのを知らずにタメ口混じりで話してしまった……!とナギサは心の中で軽い自己嫌悪に陥る。
それに対してもカエデは首を軽く振って否定する。
「違うよ!ボクは2回生で…………って、あれ?君たち1回生なの?」
「そうだが?俺とこいつは今月頭に入学したばかりで…………え?2回生?」
「え?先輩だったんですか?」
「え?あんた達カエデの後輩だったのか?」
4人全員がどうやら勘違いをしていたらしい。
カエデは桜川大学の2回生で、同じ講義を受けていたナギサを同学年だと思った。そしてナギサはそんなカエデを自分と同じ1回生だと思っていたわけで――。
それに気付いたカエデは。
「あっ、そうか。そうだよね。あの講義って1回生の必修だもんね。そりゃそうか……。ちょっと考えたら分かるだろボク――」
と、気の抜けた顔でブツブツと呟き、そして最初にミッション内で喋っていた時のような快活な調子の声で言った。
「なーんだ!後輩だったんだね君たち!あー、緊張して損した!とりあえず、今日は友達になってくれてありがとうナギサ君、シューマ君!大学生活でもANOでも困ったことがあったら何でもボクに相談してくれたまえよ!あ、先輩だからって無理に敬語使わなくていいから。タメ口かんげー!」
――こちらが後輩だと分かった瞬間急に饒舌になったー!?
ナギサとシューマは先ほどまでのカエデからは想像できない、はつらつとした声に驚愕した。
これにはアーメスも驚いたようで。
「格下相手だったらそんな態度とれるのかよ……」
と頭に手を当てて困った顔をしていた。
そして“格下”というワードに反応したのかシューマが眉をピクリと動かす。あっ、しまった。こいつは他人から下に見られるのが嫌いな人間だった。
「俺が格下だと?大体貴様、2回生の癖にナギサと同じ必修受けてるのはおかしいだろ!」
「き、貴様!?……仕方ないじゃんか!去年は寝坊して期末試験受けれなかったの!」
「あれ昼前の2限だろ!10時30分開始の講義に遅刻とかありえんわ!どんな生活習慣してんだ!」
「大学生ってのはたまに昼過ぎに起きたりする生き物なんだよ!君たちもいずれ分かる!というか、何だよ“貴様”って!タメ口はいいって言ったけど、先輩に対する敬意が足りないんじゃない!?」
「1回生と同じ講義受けてる先輩に敬意ぃ?ハッ!」
「あー!鼻で笑ったなー!?大体、君なんてナギサ君のオマケみたいなもんだし!別に君とは友達にならなくていいもん!」
ギャーギャーと言い争いを繰り広げる2人をまぁまぁ、他のお客さん達のの迷惑になるから、と2人を諫めるナギサとアーメス。するとナギサとシューマの腰に装着されているアクロスギアから光が放たれた。
その光は4人が座っている席の通路側に向かい、2人の人型を形成する。……ソウハとシャルディだ。2人は自分たちが仲間外れにされていると思ったのか、少しお怒りの様子だった。
「ずるいですよ。みんなでお茶なんて。なんで私達を呼ばないんですか」
「そうですわ。確かにギアの中で休んでいたい気分でしたけど、何も言わずに仲間外れなんて失礼じゃありません?」
すると2人が出てきたのを離れた場所から確認した店のウェイターが早歩きで近付いてきた。
「困りますお客様。デーヴァが同席する場合は来店の際に言っていただかないと」
「す、すみません。勝手に出て来ちゃって……。以後気を付けます」
――大体なんだ?女の癖に一人称が“ボク”って。アニメキャラの真似か?――一人称は関係無いだろ、君はその喋り方を直さないと友達無くすぞ?
と言い争いを続けるカエデとシューマの代わりにナギサが謝罪する。
ウェイターは軽くお辞儀をしてから、カエデとシューマの方を少しばかり迷惑そうに見て帰っていく。
「は、恥ずかしい……。しばらくこのお店に来るのは控えようかな……」
「俺もそうしたい……」
周りの客からは時折苦笑され、そして店員には迷惑そうにされたことでナギサとアーメスが羞恥に身を焦がした。
そんな2人の悩みなど全く知らないソウハとシャルディはそそくさと席に座り、メニュー表を手に取る。
「ねえねえナギサ君、私、抹茶のアイスクリームが食べたいです」
「あ、じゃあワタシはマンゴープリン…………って、シューマ様はなんだか忙しそうですわね。じゃあ、通りすがりのただのナイト殿、ワタシの分の注文お願いしますわ」
「なんで俺にたかる!?というか“通りすがりのただのナイト”はカエデが勝手に言っただけだっつーの!」
「あったま来た!ボクと戦えシューマ君!いや、シューマァ!先輩の力を見せてやる!」
「いいだろう!俺達の魔弾でその脳天撃ち抜いてやるわ!」
あー、もう。なんだかめちゃくちゃだよ。
ナギサは深く頭を抱えながらも、“でもこういうのってちょっと楽しいかもな”と賑やかな声を聴きながらそう思った。
フレンド登録完了!
プレイヤーネーム:カエデのフレンド承認を受け取りました。
PLAYER_NAME カエデ
ID Dorokin
DAVA アーメス
RANK E
MESSAGE:
よろしくお願いします。
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時は、VRゲームが大流行の22世紀! 無能と言われてクビにされた、ゲーム開発者・坂本翔平の元に、『爆死したゲームを助けてほしい』と、大学時代の友人・三国幸太郎から電話がかかる。こうして始まった、オワコン・ゲーム『ファンタジア・エルドーン』の再ブレイク作戦! 企画・交渉・開発・営業・運営に、正当防衛、カウンター・ハッキング、敵対勢力の排除など! 裏仕事まで出来る坂本翔平のお陰で、ゲームは大いに盛り上がっていき! ユーザーと世界も、変わっていくのであった!!
*小説家になろう、カクヨムにも、投稿しています。
VRゲームでも身体は動かしたくない。
姫野 佑
SF
多種多様な武器やスキル、様々な【称号】が存在するが職業という概念が存在しない<Imperial Of Egg>。
古き良きPCゲームとして稼働していた<Imperial Of Egg>もいよいよ完全没入型VRMMO化されることになった。
身体をなるべく動かしたくないと考えている岡田智恵理は<Imperial Of Egg>がVRゲームになるという発表を聞いて気落ちしていた。
しかしゲーム内の親友との会話で落ち着きを取り戻し、<Imperial Of Egg>にログインする。
当作品は小説家になろう様で連載しております。
章が完結次第、一日一話投稿致します。
"逆"転生者のVR無双!~前世冒険者の僕は知識と固有技能【魔法弓術】で地球でも《闘争》します~
ぬぬぬ木
SF
異世界で冒険者として活躍していたライト。彼は実家に伝えられる特殊技能【魔法弓術】を使い、中堅冒険者として仲間と一緒にダンジョンに潜る日々を送っていた。 しかし、あるダンジョンで《人類の敵》である悪魔に出会いパーティーは壊滅。彼自身も悪魔を討つことには成功したものの、自分の攻撃の余波で死んでしまう。
だが、神はそこではライトを見放さなかった。どういった訳かライトは転生する。そう、地球へ。 これは、異世界人が地球に転生したことで生まれた"逆"転生者の物語である。そして主人公ライトが、地球には存在しない"魔法"、"闘争"をVRMMOに見いだす物語である。 「……さぁ此処からもう一度始めよう、僕の冒険を!」
50話まで毎日2話投稿
8分間のパピリオ
横田コネクタ
SF
人間の血管内に寄生する謎の有機構造体”ソレウス構造体”により、人類はその尊厳を脅かされていた。
蒲生里大学「ソレウス・キラー操縦研究会」のメンバーは、20マイクロメートルのマイクロマシーンを操りソレウス構造体を倒すことに青春を捧げるーー。
というSFです。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?
ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚
そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
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