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1章 青髪剣士と腐れ大学生
「変身」と書いて「イグニッション」と読ませる
しおりを挟むナギサの身体が光に包まれ、青髪の剣士、ソウハへと変わる。
対するミナミの身体も“プロト”と呼ばれたデーヴァへとチェンジ。ミナミの身長が伸び、線の細い身体と四肢が鋼鉄の装甲へと変わる。
そして最後に虫の触角のような物を思わせるアンテナの生えたヘルメットが現れ、ブゥン!と赤く大きな瞳が光った。
ナギサは最初「ロボットタイプのデーヴァか?」と思ったが、その姿はロボットというよりは――――ライトグリーンに輝く鋼鉄の身体、天を衝くイナズマのような鋭いアンテナ、光り輝く真っ赤な目、口元のクラッシャー、風になびくマフラー。
そう、それはまさに“休日の朝に放送されている特撮番組で主役を張っているようなヒーロー”だった。
現れた鋼鉄の装甲の戦士は右の拳をグッと握りしめ、正拳突きのように真正面へと突き出す。
真面目そうな好青年を思わせる声には機械音声のようなエフェクトがかかっていた。
「――さぁ、実力行使の時間だ。正義を執行する!」
そうそう、子どもの頃に見たヒーローってこんな感じに最初にお決まりの台詞を言うんだよなぁ、とソウハとリンクしたナギサが幼い頃に見たヒーロー番組の記憶を思い出していた。
なるほど、自分達プレイヤーがデーヴァとリンクして現れるのは“変身”に見えなくもないな。
「――特に無しです!」
『無いなら何も言わなくていいからね!?』
こちらも何か言わなければと思ったのか声を張ったソウハにナギサがツッコミを入れる。特に言うことがないことを宣言するヒーローがどこにいるのだ。
リンクした2人の視界の目の前に試合開始を告げる合図と制限時間が記されたウィンドウが表示される。それとぴったりのタイミングでソウハが地面を蹴り、駆けた。
「先手必勝、です!」
腰の鞘から刀を引き抜き、プロトへと迫る。プロトはその剣による攻撃を鋼鉄の左腕でガードしてみせた。金属音が響く。
ダメージを完全に抑えることが出来なかったものの、ソウハによる一撃を防いだことで反撃のスキが作れた。プロトは空いている右の拳をソウハへと突き出す。
『危ない!横に避けろ!』
ナギサの指示と操作によりソウハは右方向へとステップし、何とかその一撃を躱す。だが攻撃の手を休めないとばかりに次はプロトによる左の回し蹴りが迫る。
「ハァッ!」
「――ッ!」
これは完全に避けきることはできず、身体の正面に鋼鉄の左回し蹴りがヒット。咄嗟に身体を逸らしたことで直撃は避けることができたが、思わぬダメージを食らってしまった。
『なるほど、武器を持たずに己の肉体のみで戦うスタイルってことか……。ますますヒーローっぽいね。……だいぶ昔の』
ナギサは冷静に相手の戦闘スタイルを分析する。対するプロトの身体には武器と呼べるものが全く備わっていなかった。代わりに手足を用いた攻撃の威力が高い。なるほど、そこもヒーローらしいといったところか。
『武器を使って戦うヒーローもカッコいいけど、やっぱり基本は格闘戦だよ。あたしのプロトはそういう風に鍛えられてるからね!』
「そう、この鋼のボディ全てがオレの武器であり、防具だ!……やるぞミナミ!オレ達のスキル、見せてやろう!」
『ああ!“ジェット・ナックル”!』
ミナミによるスキル発動が宣言されると、プロトが一気に速度を増してソウハへと迫った。
<ジェット・ナックル>
レアリティ:R
チャージ時間:小
分類:物理
・自身のスピードを上げ、高速の拳を叩きつける。
“ジェット”というからにはスピードタイプの技だろう、と即座に読んだナギサはミナミの宣言が終わった後すぐに自らもスキルを発動させた。
『“高速化”!頑張って避けてくれ!』
「らじゃーです」
高速化により速度を増したソウハが、高速の正拳突きをステップで回避してみせた。
「何っ!?」
機械の身体を持つプロトとソウハでは通常のスピードに差がある。それが高速化により上げられれば、反応の速さによってはスキルによる一撃だって回避が可能だ。
そして攻撃が外れたことで生まれたプロトの隙に、刀による攻撃。金属の身体をしたプロトから火花が散る。
『……ッ!身軽そうな格好からしてやっぱり素早いね!』
「スピード型の戦士ということか……!」
軽やかな動きでプロトの周囲を駆けまわり攻撃を続けるソウハを、ミナミは自身の視界とプロトの視界を合わせてなんとか読み取り、攻撃を防ぐ。だがどうしても全てを防ぎきることはかなわず、徐々にHPが削られていく。
「っと……。ここまでみたいです」
「ようやく終了か!」
“高速化”による速度上昇のバフが解除され、ソウハの動きが元に戻る。そこが好機とばかりにプロトが反撃へと移り出た。
「っ……!」
綺麗なフォームから繰り出される突きや蹴りにソウハは翻弄され始める。華奢な身体ではプロトの攻撃を防いでも身体に入るダメージを軽減しきれない。
『……来た!ここで新技の出番だ!“マッハ・レイヴ”!』
「早速出番ですか」
アクティブ化された1枚のスキルカードに触れ、凪紗が新たなスキルを発動させる。トレードで手に入れた新たなスキルだ。新技のお披露目にナギサの心は少し踊った。
「ハッ!…………何ッ!?」
右手による一撃がソウハを捉えたと思いきや、彼女の姿が一瞬で消えたことに驚くプロト。ソウハは“高速化”を使用していた際よりも遥かに素早い動きで加速し、プロトよりも離れた場所へと移動していた。
「せいっ!」
そして遠く離れた位置から、ソウハがまるで弾丸の如き勢いで刀を構えてダッシュ。プロトの身体を切り裂いた。
『プロト!』
プロトの身体から大きく火花が上がる。音速の斬撃攻撃を終えたソウハは地面を削ってその勢いを殺し、無理矢理停止した。
「靴が磨り減るかと思いました」
ふぅ、と一息吐いてからソウハが刀を構え直す。
<マッハ・レイヴ>
レアリティ:SR
チャージ時間:中
分類:物理/刀剣
・音速の如きスピードでダッシュして斬撃を放つ。この攻撃が命中しなかった場合、一定時間自身のスピードを10%上昇させる。
スピードに秀でたソウハだ。なんなら速さに特化させた戦い方をしても面白いのでは、と考えたナギサはこのスキルをデッキに組み込んだ。
突然の奇襲やトドメの一撃にも使えるかもしれないし、攻撃が外れた場合でもスピードにバフがかかるのは中々強力だ。これは結構良いカードだな。これからも使っていこう。
「まさに風だな……。こちらも何か手を打たなければ。スピード対決では圧倒的に不利だぞ」
『うーん。手持ちのカードでソウハちゃんに対抗するには……』
ミナミが大きく減少したプロトのHPを眺めながら考える。ジェット・ナックルはチャージ中。今使える残り3枚のうち彼女に有効なのは――。
『よし、これだな』
続けて迫るソウハ。プロトはそれを避けようともせず佇む。
『カウンター狙いか……?でも一気に押し切ろうソウハ!“アイシクル・ブレイド”!』
ソウハの持つ武器の刀身が氷で覆われる。アイシクル・ブレイド。自身の武器に氷属性を付与して切りかかるスキルだ。
プロトの鋼鉄の身体に氷が通じるのかどうかはさておき、魔法を纏った剣で攻撃する技はなんとなくファンタジーっぽいので使ってみたかった。
おお、思っていた通り、ビジュアルがカッコいいぞ……!と氷の刀を構えるソウハを他人称視点で眺めながらナギサは興奮した。戦闘中に様々な視点で自分のデーヴァを眺められるのも一応このゲームの醍醐味であった。
『“鋼鉄化”!』
振り下ろされた氷の刃がプロトの肩口を捉えるが、それはガキィン!という大きな金属音と共に無効化される。
刀身を覆っていた氷が破片となってパラパラと地面へと落ちる。先ほど繰り出された攻撃は全然効いていない様子だった。
「!?」
「肉を切らせず骨を断つ作戦、成功だなミナミ!」
そう言ってプロトは連撃を放ち、それによってソウハのHPが一気に削られていく。
鋼鉄化、ソウハの高速化と同じ法則性で名付けられたそのスキルは自身の防御を一定時間向上させる効果があるのだろう。それを使ってこちらの攻撃をわざと受け、生まれた隙を突く。そして自身へのダメージは最小限に抑える――。
――なるほど、自分の肉を切らせず相手の骨を断つ、か……!
ソウハが攻撃とスピードに優れているのに対して相手のプロトは攻撃と防御に優れたステータスのようだ。こちらが速さを強化すれば並大抵の相手を翻弄できるように、あちらは防御を強化すれば並大抵の攻撃なら防げるというわけか。
『さぁ、フィニッシュだプロト!トドメは勿論!』
「キック、だろう?いくぞっ!」
『「“エクストーム”――!」』
僅かな溜め動作の後、プロトが地を蹴り空高く跳躍した。ソウハの振り払った刀による一撃はそれにより大きく空振る。
「――あんなに、高く……!」
鋼鉄の身体がまるでバネの様に跳ね、そして空高く舞い上がると、空中で身体を一回転させ――。
『「“インパクト”オオオオオオオォッ!!“」』
<エクストーム・インパクト>
レアリティ:SR
チャージ時間:大
分類:物理
・大空への跳躍は、旋風を纏いし必殺のキックへと変わる。
装備時、相手のHPが自身よりも20%以上上回っているならば、自身の攻撃力と防御力を2.5%上昇させる。
ミナミとプロトの叫びが重なるとともに、空中で右足を突き出してキックの体勢をとったプロトが勢いよく地面に向かって、空中滑るようにして発射された。
空高く舞い、一回転してからのキック。まさにヒーローのお手本のような動きだった。“高速化”を発動させ回避しようにも間に合わないとみたナギサは、最後に残されたスキルカードを見つめる。
<キューピッド・キス>
レアリティ:R
チャージ時間:小
分類:特殊
・投げキッスで相手を魅了する。勿論デーヴァの見た目が良いとその分成功率がアップするぞ!
『――なんでこんなの入れちゃったかなぁ自分!?』
繰り出された必殺キックは真っ直ぐにソウハの身体を捉え、そのままの勢いでステージ端の岩盤へと向かう。
「かはっ……!!」
勢いよくステージ端の岩盤へと叩きつけられたソウハが呻く。
ドオオオオォン!
そして、爆発音。一気にHPが0になり、ぱたり、と地面に倒れた。
ナギサの視界に表示される『YOU LOSE』の文字。やれやれ、最後はしてやられたなぁ……と、ナギサは残念に思いながら自身の敗北を受け止めるも、やはり悔しかった。
「対戦に感謝する。こんなに素早い相手と戦うのは初めてだったよ。できればまた戦ってくれ」
プロトがそう言いながら倒れたソウハへと近付き、手を差し伸べる。どうも……と言おうとしながらソウハはその手を掴もうとするが戦闘が終了したため、両者の身体は光に包まれて消えようとしていた。
『対戦直後にもゆっくり喋る時間欲しいよなぁ……。あっ、ナギサさん!後でアクロスギアの“対戦履歴”からあたしのプロフィールに飛んでフレンド申請しといて――』
消えゆくプロトの背後からミナミの顔アイコンが出現し、何やら叫んだ。ナギサも元の場所へと転送されながらなんとかそれを聞き取り、目を瞑った。
◆
「えーっと、対戦履歴から、名前を探して……」
ターミナルのベンチに座り込み、ナギサは対戦終了後にミナミに言われた通りアクロスギアを操作する。ソウハは向かいで黙ってそんなナギサの様子を見つめていた。
クエストでデーヴァが敗北した場合、対戦終了後はHPが0になり、アクロスギアの中で一定時間休むか、回復アイテムを使わない限り体力は回復しないのだが、フリーバトルで敗北した際はHPが0になっても元に戻れば体力が回復する。
PvPがメインとなるこのゲームで一々フリーバトルの後に体力回復を挟まねばならないのは流石にゲームとして欠陥が過ぎるので当然なのだが。
「名前をタップしてプロフィールを開く、と」
対戦履歴に表示された『ミナミ/マスクドポリス・プロト』の名前をタップすると、ミナミのプロフィール画面が表示された。
PLAYER_NAME ミナミ
ID Minami
DAVA マスクドポリス・プロト
RANK F
MESSAGE:
はじめまして!前作未経験ですがANOはとても楽しいですね!フリーバトル申請いつでも歓迎です!
特撮番組が好きなので趣味の合う方はお話ししましょう!よろしくお願いします!v
お手本のようなメッセージ文にナギサは苦笑する。初心者って感じだ。……ANOでは自分も初心者同然なのだが。
そういえば自分はプロフィール画面を特に触っていなかったな……。と自分のプロフィールを確認する。
PLAYER_NAME ナギサ
ID N@gi
DAVA 蒼葉
RANK F
MESSAGE:
よろしくお願いします。
「あー、デフォルトのまんまか。そりゃそうだよな……。ここやっぱり変えた方がいいかなぁ?」
「ナギサ君がアクロステージ時代に使っていたプロフィール文をそのまま使ってみては?」
「どんなのだっけ」
「“卍美浜あずみマジ最高卍 対戦で私が勝ったら人気投票はあずみさんに清き一票を!”」
「……思い出した。というかそれは人気投票期間にちょっとふざけて変えてただけのやつじゃん……。デフォで使ってたやつあるでしょ」
「それなら“Blossomは主人公の姉が出てくるとこまで読め”ですね」
「……変なことしか書いてないな当時の僕」
Blossom。人間世界の平和を守るため、地上に現れる普通の人間には見えない化物――実は天に召されることが出来ず地上を漂う霊魂が変化した存在――と戦う魔法剣士達の話だ。主人公の姉が出てくるのはそれの最終回のため、よくファンが「Blossomは主人公の姉が出てくるところまで読め」と言って未読勢に最後まで読ませようとするネタが存在していた。
プロフィール文に書くことが思いつかなくてとりあえずそれを書いたんだっけなぁ……と当時の自分を思い出す。
「思いつかないなら“よろしくお願いします”のままでも良いのでは?」
「でもちょっと捻っときたいんだよね。それにデフォルトのままだと初心者感が……」
「じゃあミナミさんと同じように自分の趣味や好きなことを書いてみれば?“巨乳が好きです!”とか」
「それに設定した後向こうにフレンド申請を送ったら蹴られる自信がある」
プレイヤーの見た目は現実のものが反映されるこのゲームで性癖を暴露したら社会的に死にそうだ。それは勘弁願いたい。
そもそも僕は胸の大きさにそれほど深いこだわりは無い。君の胸を見れば分かるだろう。”巨乳も好きです!”が正しい。
……絶対に書かないが。
「おっ、来た来た」
ターミナルから少し離れた場所に存在する公園でミナミがアクロスギアの通知を確認する。公園ではミナミと同じようなプレイヤーが辺りに寝っ転がったり、自身のデーヴァと談笑したり軽い食事をとっていた。ANOにはこのように戦闘以外でもデーヴァと触れ合える場所がいくつも存在する。
「さっきの対戦相手か?初のフレンド申請だな」
隣で芝生に座っていたプロトがミナミのギアへと視線を移しながら言った。
「うん。……?……ふふっ、なんだそれ」
『フレンド申請を承認しますか?』の表示をタップする前に、そのプロフィール文を見て一瞬ミナミが固まり、そして苦笑した。
PLAYER_NAME ナギサ
ID N@gi
DAVA 蒼葉
RANK F
MESSAGE:
何を書けばいいのか分からないのでここに書く内容募集中です!
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