月の影に隠れしモノは ~人魚と河童の事件編~

しんいち

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河童騒動の後始末

79 過去と未来

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 河童モドキ黒崎と橋本の、人間復帰後……。
 その二人と北野姉妹は、慎也宅に呼びつけられた。

 十二月も後半に入った慌ただしい時期に、照子は新幹線で静岡から、遥香は車で長野から、わざわざ出て来ることになった。
 だが、重要な話が有るという有無を言わせぬ呼び出しであり、あんな事件の後のことでもあって、仕方ない。

 四人とも、奈来早神社の方には来たことがあった。
 しかし、慎也たちの自宅の方に行くのは今回が初めて。神社で待ち合わせ、揃って行くことにした。

 最初に神社に着いたのは北野遥香。
 その後、少ししてから黒崎と橋本が一緒に鳥居を潜って来た。

 神社境内の玉垣沿いには日本水仙が群生していて、丁度その花が咲き始めている。特に植えたというものでは無いらしく、昔から勝手に生えているものだ。
 黄色い芯に白い花弁。西洋の豪華なラッパ水仙とは違って、清楚で可憐な小花。そして良い香りが漂っていた。
 …この花の近くに身を置くだけで、癒され、清められてゆく気がする。

 水仙の花言葉には「うぬぼれ」とか「自己愛」とか「報われぬ恋」だとか、ネガティブであまり良い意味が無いと言われる。
 しかしそれは、西洋での話に基づくもので、同じ仲間とはいえ日本水仙にも当てはめてしまうのは、どうかと思う。
 そもそも水仙自体は、そんなことを人間に伝えようとして花を咲かせているのでもない。人間の自分勝手なレッテルで悪い意味の花にされては、堪ったモノでないだろう。
 「希望」という意味も有るには有るらしいし、そっちの方がずっと相応しい気がする。だから、そういうことにしておいて良いのではないだろうか。
 そう、これは、希望の香りだ!
 ……今、境内に満ちている芳香は、そんなことを考えさせる素敵なものだった。


 最後に駆け込んできた照子で四人揃い、途中から一緒に待っていた美雪と早紀に案内されて、慎也宅へ歩いて向かう。
 鳥居を出て直ぐに見えてくる目的地。そこがそうだと知り、まるで小さい城のような邸宅に四人は驚き恐れ入った。
 これは、ここに来る者は皆、最初に思うことだ。

 石段を上がって瓦屋根の立派な門を潜り、庭横を通って、正面奥にある母屋の、これまた立派な玄関から上がらされる。
 通されたのは広い畳敷きの和室だった。

 慎也以下、第六夫人までとスミレが、この広間の上座に並んで坐っていて、ここまで四人を案内してきた美雪と早紀も、第七夫人・第八夫人として、その列に加わった。
 通された四人は、その下座に対面するように並び坐り、江戸時代の領主の館に引き立てられているような錯覚に陥る。尤も、慎也・舞衣・祥子以外は、着ているのは洋服だが…。


「さて、まず、今回、黒崎さんと橋本さんを助けたスミレちゃんから、どうぞ」

 舞衣の司会で「申し渡しの儀」が始まった。遠方から来た北野姉妹へのねぎらいの言葉も特に無く、いきなり本題だ。
 これは、一番に到着していた妹の遥香とは、既に神社で舞衣が個別に話していたということもある。照子の方は、まあ、「どうでもよい」ということか…。

 スミレが横の舞衣に軽く頭を下げ、口を開いた。

「黒崎さん、橋本さん。あなたたちは、自分のことしか考えなく、他人の足を引っ張ることしかしなかった。その結果が今回の事件の始まりとなりました。
 他人を追い落とそうという醜い行為が、大きな不幸を招きます。逆に、自分の出来ることをし合って、一緒に高みを目指すようにすれば、みんなが幸せになれます。
 隅田川乙女組も、そんな風に出来れば、もっと違った未来があったはずなのです」

 名指しされている二人は項垂うなだれた。
 照子もバツが悪そうにする。名指しはされていなくても、無関係でないとは分かっている…。

「今、あなた方の目の前に並ぶこの皆さんは、正妻の舞衣さん以下、第八夫人まで居るという、ちょっとというか、トンデモナク変わった関係です。
 でも、いがみ合うことなど一切無く、みんな仲良く協力して、助け合って、幸せに暮らしています。
 分かりますよね!これからは、他人の足を引っ張るようなことは絶対しないでください。
 人の長所をみつけ、長所を生かし合って、一緒に良いモノを築いて行けるよう考えてください。
 私が言いたいのは、それだけです」

 スミレは発言を終えると、舞衣に向かって再度軽く頭を下げる。
 それを見て、舞衣が話を引き取った。

「はい。人間に戻してくれたスミレ様からの、有難~い御言葉です。黒崎さん、橋本さん。よ~く守るように。
 では次に、今回一番重要な件です。これは、第四夫人からお話しします」

 沙織が舞衣にうなずいて口を開く。

「黒崎さん、橋本さん。あなた方は、巻きにされて、渕に放り込まれたのですよね。本来は、河童に喰われて生きていないはずの身です。そして、その処分をしたのは、私の関係者です」

「あ、彼女のお父様は公安警察のトップよ。ついでに、お爺様は、元総理大臣だったりするのよね」

 舞衣が口を挿み、それを聞いて下座四人が驚きの表情となった。
 沙織は特に表情を変えず、続ける。

「ということです。あなた方は国家権力を敵に回しました。本来ですと、生きていることは許されません。
 ですが、今回に限り、お父様にお願いし、許してもらうように手を回します。
 その条件として、今回の事は絶対秘密です。簀巻きにされて処分されそうになったこと。河童渕のこと。それから、スミレさんの分泌液で元に戻れたということ、ついでに私の身内の正体も含め、口外してはいけません。
 北野さんと、妹さんも同様です。秘密を洩らしたら、只では済まされなくなります。
 あなた方だけでなく、漏らした先の人も消されることになります。
 家族で有ろうと何であろうと、絶対に、話してはいけません。
 秘密を守ってください」

「は、はい、分かりました」

 四人のそろった返事。同時に沙織は、舞衣の方をチラッと見た。
 舞衣は、例の特殊能力で四人の心を読んでいた。四人に微塵も二心が無いことを確認し、頷いた。

 ……なお、これに関して、舞衣は見知った間柄でないと心を読めない。それも、単に知っていれば良いというのでもない。何度か会話を交わしたような間でないといけない。
 遥香は照子の妹というだけで、これに該当しなかった。だから舞衣は、先に遥香と事前に少し話をして、思念を繋げるようにしておいたのだ。
 遠くから自家用車で来た遥香は、時間に遅れないように早めに到着した。それで可能になったこと。
 彼女は舞衣と二人だけで話せて大感激し、直ぐに心を開いてくれた。その為、舞衣も難なく思念を繋ぐのに成功したということだった。

 最後に慎也が発言する。

「大丈夫のようですね。くどいですけど、秘密は絶対に守ってくださいね。
 そうでないと、敵に回るのは国家権力だけじゃないですよ。
 人外生物の河童もですし、ここに居る、国家権力よりも更に怖~い女性陣が敵となります」

「誰が、国家権力より怖い女ですって?」

 舞衣が横から慎也をにらむ。

 …『誰がって、不死身の河童大将を討ち取ったあなたが筆頭でしょ』とは思うが、余計なことを言うと怖いので、取り敢えず無視して続ける。

「祥子さんが空を飛ぶのは見ましたよね」

 慎也の言葉に合わせて、祥子がフワッと浮遊して見せた。

 一度見ている三人も、改めてギョッとする。
 そして、後で来て、実は見ていなかった遥香は驚愕の表情で固まった。

「あ、この、特殊能力に関しても、秘密ですからね。
 他の皆も、具体的能力は秘密ですが、それぞれ特殊な能力を持っています。
 鬼をもなぶりり殺す人たちです。本当に、只では済まなくなりますからね」

 沙織も、キッと慎也を睨んだ。鬼を嬲り殺したというのは沙織のことに違いない。生気を吸い尽くして動けなくした上で、首をめった刺しにしたのだ。
 恵美も鬼を斬っているが、彼女は、ほぼ一撃で斬り殺しているので「嬲り殺した」という表現は当たらない。

 舞衣も、ダメ押しをしておくことにした。四人に思念を送る…。
 口を開いていない舞衣から、口に出すのが憚られる強烈な脅しの言葉が、直接四人の脳に響いた。

「ひ、ひ~!ぜ、絶対秘密にしますから!」
「お、お許しを~」
「誓って誰にも言いません!」
「私もです!秘密にします!」

 四人が一斉に平伏した。これだけおびえさせれば、間違い無いだろう。


 「申し渡しの儀」は終了した。
 何度も、何度も、頭を下げて、四人は帰って行った。

 ただ、遥香が最後に言っていったことが、慎也は少々気になっている。
 彼女は親友に彼氏を寝取られて自殺しようとした。が、未だに彼氏くんに未練があるようだ。そして、親友ちゃんとも仲たがいしたくないという気持ちも・・・。

 だから、慎也たちを真似てみたいと言ったのだ。つまり、親友ちゃんと彼氏くんを共有しようということだろう。

 そんなこと、果たして上手くゆくものか・・・?
 あまり、自分たちは参考にして欲しくない。話が更にこじれても責任は持てない。
 だが、自分たちがしていることだから、止めろとも言えない。
 頭を掻きつつ、「悩んだら自殺を図る前に相談に来るように」と言っておいた。
 まあ、問題が起きれば、それはその時のことだ。

 あと、慎也はもう一つ、気になった事があった。
 その疑問を舞衣にただしてみる。

「さっき、四人にテレパシーで何か言ったでしょ。何言ったの?」

 舞衣の視線が泳ぐ・・・。

「いや~。ちょ~っと、お口に出来ないような脅しを、ほ~んの少々……」

(何それ…。怖・・・)

 綺麗な花には棘がある…。舞衣は他人を思い、基本、優しいのであるが、悪戯好きで結構S気質でもある。

「それより、さっきのは何! 誰が国家権力より怖い女ですって!」

「いや、いや、いや。言葉の綾です。非常に美しく頼りになる奥方様たちに囲まれて、こんな幸せなことはございません!」

 今、「怖…」と口に出掛かったのを飲み込んでおいてよかった…。舞衣からの微妙な視線は、慎也にとって、かなりの恐怖である。
 そして、沙織の方からも同様の視線が向けられ、更には恵美から、それをからかう視線が飛んでくる。祥子・美雪・早紀は失笑気味だ。
 今晩はまた、十分に皆さまの御機嫌を取っておく必要がありそうだ。キツイ夜になりそうである。

 それに・・・。
 舞衣に対して気になっていることといえば、もう一つ、更に重大な事が…。

 スミレが黒崎と橋本を助けてやることにした時、舞衣が反対しなかったのは、何故だろうかということ…。

 あの二人は、舞衣の大切な後輩であった美月の「仇」と言っても良い。舞衣自身にも酷い仕打ちを繰り返してきた、憎い人物のはずだ。
 舞衣なら、助けるというスミレを止めることも出来たはず。なのに、スミレの決断に一切口を挿まなかった。

 しかし・・・。
 よくよく考えてみれば、あの二人の起こした下剤事件がなければ……。

 あの事件がなければ、舞衣はアイドルを続けていた。トップアイドルのままだったろう。
 とすると、長野の家に帰ることは無かった。
 富士山・石川の金剱宮・四国の剣山を結ぶ結界内に入らねば、巫女には選ばれない。つまり、舞衣が『選択の巫女』に選ばれること自体が無かったことになる。
 当然、美月も舞衣を探しに長野へ行く必要は無くなり、『神子の巫女』になることが無かったから、死ぬことも無かった。

 だけれども、そうなると、慎也はどうなっていたのか…。

 『龍の祝部』候補となって神隠しになった慎也。舞衣がいなければ、おそらく祝部には選ばれずに、龍に喰われていただろう。
 いくら命の恩人といっても、初対面の男の為に体を張ってかばってくれるような無鉄砲で度胸のある女性は、そうそう居ない…。
 つまり、黒崎・橋本が起こした事件がなければ、慎也は、今、この世に存在しないのだし、舞衣と一緒になることも無かった。
 当然、他の妻たちとの出会いも今も、無かったのだ。

 舞衣も、そのことは分かっていただろう。
 美月には悪いが、これは、仕方ないこと…。
 歴史に「もし」は無く、過去には戻れない。その代わりに、未来には無数の可能性がある。
 過去は悔やむ為のモノでは無く、未来へ進む為の知識であり、道標だ。過去を生かして輝かしい未来を切り開くことが重要なのだ。

 これは、黒崎・橋本にとっても言えること。
 過去を深く反省し、改心して、世の為人の為に働くなら…。
 この後、経験した特殊な体験を生かして、社会の為に大いに貢献してくれるのなら…。
 だからスミレは二人を助けたのだろうし、舞衣もそれを理解できたから憎しみを抑え込んで、スミレの決断を認めたのだろう。


 はたから見れば、慎也たちの家族関係は普通では無い。というか、途轍もなく変な関係だ。スミレに指摘されるまでも無く、慎也自身も十分自覚している。
 しかし、人にどう思われようと、そんなことはどうでも良い。
 他人の価値観など関係ないし、余計なお世話…。自分たちがこれで幸せだと思っているのだから、これで良いのだ。

 これから先も、この頼もしい妻たちと一緒に皆で協力し合って、より幸せな未来にしてゆきたい。いや、してゆかなければならない。
 慎也は、心から、そう思った。


 そんなことを考えていた慎也の額を、舞衣が人差し指でチョンと軽く突いた。

 舞衣は、さっきまでと違い、満面の笑顔・・・。
 そして、慎也と舞衣の周りには、他の七人の妻たちの、舞衣同様の笑顔が並んでいた。

 ……師走には珍しい穏やかな風が、水仙の優しい香りをふんわり運んできてくれる中でのことであった。
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