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河童騒動の後始末
72 黒崎と橋本1
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河童から解放された、黒崎里奈と橋本あゆみ…。
池の向こう端まで泳いでゆき、潜って底を確認し、水中の通路の入口を見つけた。
水面に浮かび上がって、助けてくれた河童に再度頭を下げる。そうして、十分息を吸って潜り、通路へ入った。
黒崎が先で、橋本が続く。二人とも、泳ぎは途轍もなく上達していた。
百メートルあるという通路を一気に抜け、黒崎は頭上に赤く和かな光を確認した。
…夕日。
外の世界!
渕の底に出られたのだ。
嬉々として、振り返って通路の出入り口を見る。が、橋本がこない!
い、いや、橋本の手が…。彼女は、あと少しのところで力尽きていた。
慌てて黒崎は戻り、橋本の手を掴み、引っ張り出して、明るい渕の水面を目指す。
苦しい…。
気が遠くなりそう……。
も、もう少し・・・。
ザブッと音を立てて、黒崎は顔を出し、激しくせき込みながら大きく息を吸った。
だが、ゆっくりしていられない。橋本が意識を失っている。すぐに近くの岩場に引っ張り上げて、水を吐かせる。
息をしていない…。
マウスツウマウスの人口呼吸を試みる。八年一緒に河童に捕らわれていた、大切な仲間だ。絶対に失いたくない。
少しして、橋本は「ゴフッ!」と水を吐き、息を吹き返した。
「ゲフ…。ゴホッ、ゴホッ……。
あ、有難う、クーちゃん……。あなたは、命の恩人よ」
「何言うのよ。お互い様よ。
あの河童さんはハッシーのことを気に入って助けてくれたのよ。私はオマケ。
ハッシーがいなかったら、さっきの尻子玉の話じゃないけど、私はハラワタを抜かれて食べられていたわよ」
クーちゃんと言うのは黒崎の愛称。橋本がハッシーだ。
とにもかくにも、この渕は河童の隠れ里の出入り口であり、八年前に自分たちが簀巻きにされて投げ込まれた場所。こんなところに長居はしたくない。
二人は泳いで移動することにした。…腰蓑を着けただけで上半身裸のままなので、陸に上がって移動する訳にもゆかないのだ。
少し進むと浅くなってしまい、泳げずに歩いて進む。
普通であれば、長く水中に居れば体温を奪われてしまう。しかし、河童の精を受け続けてきたためが、水中の方が調子良い。あの隠れ里では大丈夫だったが、外の風に長く体を曝すと、カサカサ乾いて肌が鱗みたいになり、辛かった。
月明かりの中、歩いたり泳いだりしながら、一晩掛けて川を下る。すると、こぢんまりとした湖に出た。
ダムだ。
このままでは、これより下流に行けない。
それに、下流に下ったところで、舞衣の所には辿り着けないだろう。そもそも、自分たちが何処に居るのかも分からないのだ…。
徐々にではあるが、辺りは明るくなってくる。
朝…。
これでは、人に見つかってしまう。
「あ、あれ!電話ボックスじゃない?」
ダムの横に駐車場のようなところがあり、今時珍しい電話ボックスが見えた。ダム見学に来る人の為の物らしい。
黒崎が指差すのを橋本も確認した。
「あそこから、誰か助けを呼べないかな?」
「助って言ったって、クーちゃん。私たち、この姿なのよ…」
水面に映る自分たちの姿を確認する。
…緑色の醜い肌。その上、腰蓑だけで何も着ていなく、乳房も丸出しだ。
「北野なら、どうかな…」
北野照子…。
隅田川乙女組時代の後輩で、彼女らの腰巾着のような存在だった。
舞衣に下剤を盛った時も一緒に居たが、後に細田美月によって犯行が暴露された際、彼女の名前は表に出なかった。
北野があの事件に関係していたことは、まだ一般に知られていないだろう。だから、それをネタに強請ることが出来そうだ。
「でも、私たち、お金持ってないよ…」
橋本が悲し気に黒崎を見る。
そう、電話するにも金が無い。どこか神社でもあれば、賽銭を失敬してとも考えられるが、山奥で集落もなく、神社もなさそうだった。
「あ、あそこに人がいる…」
その橋本の呟きに、黒崎は橋本の視線を追った。
確かに人だ。こちらは見ていない。若い女のようだ。
まだ、日の出前の早朝。こんな時間に一人…。
そして、どうも、様子が不自然だ。
「ねえ、ハッシー。あいつ、自殺するつもりじゃない?」
靴を脱いでいる。間違いない!
展望場の柵を乗り越え、飛び込んだ。
水に落ち、暫くして浮き上がり、バシャバシャ苦しそうに藻掻いている。
自分で飛び込んだくせに「助けて!助けて!」と叫びながら…。
黒崎と橋本は、自分たちの姿のことを忘れて救助に向かった。
二人の泳ぎは人間のレベルを超える域に達している。先に黒崎が女に近づき、正面から手を延ばした。
だが、これは、絶対してはならない危険な行為だ。
溺れる者は藁をも掴む。しがみ付かれ、逆に黒崎も溺れそうになった。どんなに泳ぎが上手くても、溺れる者に前から近づいてはダメなのだ。
少し遅れて橋本が辿り着き、溺れる女の後ろから、衣服の首根っこを掴んで、首を水面に出させた。
黒崎もしがみ付かれているのを振りほどき、女の足を掴んで横にさせ、そのまま二人で岸まで水面を引いて行った。
岸に引き上げると、女は飲んだ水をゲホゲホ吐く。そうしながら、女は初めて自分を助けてくれた二人の異形に気が付いた。
「ヒ、ヒ~! か、河童!」
「ヒ~じゃないわよ!
あんたバカじゃない? 何、飛び込んでるのよ!」
「そ、それは・・・」
女は怯えながらも、ポツポツと理由を話した。自分は大学生で、付き合っていた彼氏を、一番の親友に寝取られたと…。
「そんなことで、死のうとしたの? ホントバカよね。
世の中の半分は、男なのよ。別のを見つければ、いいじゃない」
「そもそも、何で、こっち側に飛び込んだのよ」
そう、この女子大生が飛び込んだのは、水が満々と溜まっているダム湖の方。逆側に飛び込めば、岩に叩き付けられて、確実に死んでいただろう。
「だって、あっちに飛び込んだら、下まで距離があり過ぎるし、痛そうだったから…」
河童モドキ二人は、大いに呆れた。本当に死ぬ気だったとは、到底思えない。
池の向こう端まで泳いでゆき、潜って底を確認し、水中の通路の入口を見つけた。
水面に浮かび上がって、助けてくれた河童に再度頭を下げる。そうして、十分息を吸って潜り、通路へ入った。
黒崎が先で、橋本が続く。二人とも、泳ぎは途轍もなく上達していた。
百メートルあるという通路を一気に抜け、黒崎は頭上に赤く和かな光を確認した。
…夕日。
外の世界!
渕の底に出られたのだ。
嬉々として、振り返って通路の出入り口を見る。が、橋本がこない!
い、いや、橋本の手が…。彼女は、あと少しのところで力尽きていた。
慌てて黒崎は戻り、橋本の手を掴み、引っ張り出して、明るい渕の水面を目指す。
苦しい…。
気が遠くなりそう……。
も、もう少し・・・。
ザブッと音を立てて、黒崎は顔を出し、激しくせき込みながら大きく息を吸った。
だが、ゆっくりしていられない。橋本が意識を失っている。すぐに近くの岩場に引っ張り上げて、水を吐かせる。
息をしていない…。
マウスツウマウスの人口呼吸を試みる。八年一緒に河童に捕らわれていた、大切な仲間だ。絶対に失いたくない。
少しして、橋本は「ゴフッ!」と水を吐き、息を吹き返した。
「ゲフ…。ゴホッ、ゴホッ……。
あ、有難う、クーちゃん……。あなたは、命の恩人よ」
「何言うのよ。お互い様よ。
あの河童さんはハッシーのことを気に入って助けてくれたのよ。私はオマケ。
ハッシーがいなかったら、さっきの尻子玉の話じゃないけど、私はハラワタを抜かれて食べられていたわよ」
クーちゃんと言うのは黒崎の愛称。橋本がハッシーだ。
とにもかくにも、この渕は河童の隠れ里の出入り口であり、八年前に自分たちが簀巻きにされて投げ込まれた場所。こんなところに長居はしたくない。
二人は泳いで移動することにした。…腰蓑を着けただけで上半身裸のままなので、陸に上がって移動する訳にもゆかないのだ。
少し進むと浅くなってしまい、泳げずに歩いて進む。
普通であれば、長く水中に居れば体温を奪われてしまう。しかし、河童の精を受け続けてきたためが、水中の方が調子良い。あの隠れ里では大丈夫だったが、外の風に長く体を曝すと、カサカサ乾いて肌が鱗みたいになり、辛かった。
月明かりの中、歩いたり泳いだりしながら、一晩掛けて川を下る。すると、こぢんまりとした湖に出た。
ダムだ。
このままでは、これより下流に行けない。
それに、下流に下ったところで、舞衣の所には辿り着けないだろう。そもそも、自分たちが何処に居るのかも分からないのだ…。
徐々にではあるが、辺りは明るくなってくる。
朝…。
これでは、人に見つかってしまう。
「あ、あれ!電話ボックスじゃない?」
ダムの横に駐車場のようなところがあり、今時珍しい電話ボックスが見えた。ダム見学に来る人の為の物らしい。
黒崎が指差すのを橋本も確認した。
「あそこから、誰か助けを呼べないかな?」
「助って言ったって、クーちゃん。私たち、この姿なのよ…」
水面に映る自分たちの姿を確認する。
…緑色の醜い肌。その上、腰蓑だけで何も着ていなく、乳房も丸出しだ。
「北野なら、どうかな…」
北野照子…。
隅田川乙女組時代の後輩で、彼女らの腰巾着のような存在だった。
舞衣に下剤を盛った時も一緒に居たが、後に細田美月によって犯行が暴露された際、彼女の名前は表に出なかった。
北野があの事件に関係していたことは、まだ一般に知られていないだろう。だから、それをネタに強請ることが出来そうだ。
「でも、私たち、お金持ってないよ…」
橋本が悲し気に黒崎を見る。
そう、電話するにも金が無い。どこか神社でもあれば、賽銭を失敬してとも考えられるが、山奥で集落もなく、神社もなさそうだった。
「あ、あそこに人がいる…」
その橋本の呟きに、黒崎は橋本の視線を追った。
確かに人だ。こちらは見ていない。若い女のようだ。
まだ、日の出前の早朝。こんな時間に一人…。
そして、どうも、様子が不自然だ。
「ねえ、ハッシー。あいつ、自殺するつもりじゃない?」
靴を脱いでいる。間違いない!
展望場の柵を乗り越え、飛び込んだ。
水に落ち、暫くして浮き上がり、バシャバシャ苦しそうに藻掻いている。
自分で飛び込んだくせに「助けて!助けて!」と叫びながら…。
黒崎と橋本は、自分たちの姿のことを忘れて救助に向かった。
二人の泳ぎは人間のレベルを超える域に達している。先に黒崎が女に近づき、正面から手を延ばした。
だが、これは、絶対してはならない危険な行為だ。
溺れる者は藁をも掴む。しがみ付かれ、逆に黒崎も溺れそうになった。どんなに泳ぎが上手くても、溺れる者に前から近づいてはダメなのだ。
少し遅れて橋本が辿り着き、溺れる女の後ろから、衣服の首根っこを掴んで、首を水面に出させた。
黒崎もしがみ付かれているのを振りほどき、女の足を掴んで横にさせ、そのまま二人で岸まで水面を引いて行った。
岸に引き上げると、女は飲んだ水をゲホゲホ吐く。そうしながら、女は初めて自分を助けてくれた二人の異形に気が付いた。
「ヒ、ヒ~! か、河童!」
「ヒ~じゃないわよ!
あんたバカじゃない? 何、飛び込んでるのよ!」
「そ、それは・・・」
女は怯えながらも、ポツポツと理由を話した。自分は大学生で、付き合っていた彼氏を、一番の親友に寝取られたと…。
「そんなことで、死のうとしたの? ホントバカよね。
世の中の半分は、男なのよ。別のを見つければ、いいじゃない」
「そもそも、何で、こっち側に飛び込んだのよ」
そう、この女子大生が飛び込んだのは、水が満々と溜まっているダム湖の方。逆側に飛び込めば、岩に叩き付けられて、確実に死んでいただろう。
「だって、あっちに飛び込んだら、下まで距離があり過ぎるし、痛そうだったから…」
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