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恵美と河童
46 帰れない!2
しおりを挟む――― 人界の慎也宅 ―――
神子たちと恵美を送り出して三年経ち、こちらは、かなり賑やかになっていた。
別居していた妻たちが戻ったばかりか更に増え、その上、子供も産まれていたからだ。
まず、あの別れの日から程ない頃、舞衣と祥子が妊娠した。
十一月には奇妙な結婚式があって、その日から美雪と早紀も同居。
年改まり二月の中旬には、すったもんだの騒ぎの末に沙織・杏奈・環奈が帰還。
八月に舞衣と祥子が出産。
十月に沙織が妊娠。
その翌年九月に沙織が出産。
つまり現在、妻七人と子供三人の十一人家族という状態だ。
因みに、祥子と沙織が産んだ子は女の子だったが、真っ先に生まれた舞衣の子は男の子。慎也にとっては有難~い同性で、嫡男だ。
それから、美雪が現在妊娠三ヶ月。美雪の妊娠が遅いのは、学生の内は避妊していたから。
早紀がまだというのも同じ理由であって、卒業して生でして貰えるようになっても妻が多ければ、精液は薄くなって妊娠しにくくなる…。
なお、杏奈と環奈は、まだ学生なので避妊継続中。……医学部は六年……
家族の人数増加の他の変化としては、杏奈と環奈の異能力顕現があった。
この二人が祥子に引き出してもらったのは、二人の間での通信能力だけだった。あの時点では、その能力の芽しか無かったのだ。
しかし、この異能力というのは、それで打ち止めということでは無い。成長してゆく段階で、他の能力が芽生える可能性もあるのだ。
その顕現の原動力となるのは、『必要性』と『強い願い』。本人に必要な力と、それを得たいという強い思いが、異能力を顕現させる。
杏奈と環奈は亜希子の研究所で医療に関わっている。研究所の評判が広まるにつれて、特殊で悲惨な患者が増えていった。
それを、慎也が治してゆく。が、慎也も忙しい。
苦しむ患者を励ましながら、慎也の到着を待つ…。
自分たちも、あの治癒の能力を使えれば…あの能力が欲しい!と強く思った。
これが、『必要性』と『強い願い』だ。
さらには・・・。
こともなげに治す慎也を見ていると、あのトンデモナイ能力が普通のモノのようにも思えてくる。
慎也だけでなく、祥子も持っている治癒の能力なのだ。自分たちにも出来るんじゃないかと、何となく思ってしまった…。
これは、言うなれば究極の『勘違い』。治癒の能力は、通常では絶対あり得ない驚愕の異能だ。だがそれも、日常的に接していれば当り前のモノに感じてしまうというのが人なのだ。
そして、この『勘違い』が、能力顕現のハードルをグッと押し下げた。
結果、二人にも治癒の能力が発現したのだ。
・・・とはいえ、慎也の力には遠く及ばない。
ちょっとした怪我なら時間を掛ければ一人でも治せるが、重症患者となると二人掛かりででも簡単には行かない。
結局は、慎也の研究所通いは無くなっていない。
余談であるが、この能力顕現の逆のパターンが、祥子に見られる。
彼女は賀茂一族の女として、本来であれば恵美のような千里眼を持っていてもオカシクは無い。
千年を超えて生き、多様な異能を顕現させたのに、彼女が真っ先に顕現させて良いはずのこの能力が無いのは、最初から宝珠を使っていたからだ。
宝珠があれば同じことが出来るので、必要性を感じなかった。それ故、この能力の芽が消えたのだ。
宝珠を仙界に置いてきてしまって、祥子はこの能力を完全に失った状態だ。
長く宝珠を使って色々なモノを見てきた祥子には、この能力には宝珠が不可欠という思いが染みついてしまっている。これがハードルを上げ、恐らく祥子には、この先も千里眼の能力は出現しないであろう。
また、能力に関して、もう一つ、発覚したことがある。
それは早紀の異常聴力。彼女は、それを『地獄耳』と称している。
これは、早紀が皆に会う前に、既に顕現していたものだ。
彼女自身はそれを異能力とは認識していなかった。しかし、遠く離れた針の落ちる音をも聞き分けるその聴力は、明らかな異能力だ。単に耳が良いというのではなく、意識して耳を凝らした時に発現するものであるから・・・。
どうやら、一人山中で鳥の写真を撮ったりしていて、鳥の声に耳を澄ませていたことから得たものらしい。
もしかすると、彼女はこの他にも自力で他の能力を顕現させていってしまうかもしれない。何しろ、性別を超越しかけた聖女だ。
しかし、まあ、いずれにせよ、家族と異能力が増えたということで、問題になることは何もない。
慎也の家はバカデカイのだから、大人数の方が有効に使える。
平穏無事。にぎやかに楽しく暮らしていた。
そんな慎也の家族が揃って家に居る、日が沈んで夜となった時刻のことであった。
「オギャー オギャー ……」
外は暗くなっているのに、庭の方から、赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる…。
最初に気付いたのは、地獄耳の早紀だ。特に能力を行使したわけでは無いが、やはり、耳が良い。
早紀の指摘で、みんな耳を澄ます・・・。
確かに聞こえる。しかし、この家の子三人は、ちゃんと室内にいる。
不審に思った慎也と舞衣が外に出ると、月明かりの中、庭のアジサイの木の根元に、生まれて間もない赤ちゃんが置かれているではないか。
「え!?捨て子?」
二人で慌てて駆け寄り、舞衣が抱き上げた。
赤ちゃんは、衰弱したりしているということは無い。元気に泣き声を上げている。
そして、手に紙を握りしめていた。
慎也がその紙を取って開いてみると、毛筆の走り書き。
「え・・・。恵美さんの赤ちゃん…」
それだけ言って、慎也は押し黙ってしまった。
「はあ? ナニ?」
舞衣が赤ちゃんを抱いたまま、紙を拡げて硬直している慎也の手にある物を覗き込む。
「な・・・。何よ、これ! 父親空欄で戸籍作れって、どういうことよ! 父親は、誰!!」
慎也宅は、大混乱に陥った。
皆広間に集まり、突然現れた赤ちゃんを中心に、難しい顔をする…。
分かっているのは、異界の門が上手く開かなくなり、恵美が戻れなくなってしまったということ。そして、目の前の赤ちゃんの母親が、恵美だということだ。
大問題は、赤ちゃんの父親が誰かということ・・・。
これは、恵美が「父親は慎也」と明記すれば問題にならなかったことだ。
しかし、恵美も焦っていたのだ。せめてこの子だけでも人界に戻さなければと……。
そして、出生届の父親を空欄にというのは、正妻の舞衣に遠慮してのことだった。
婚姻していなくても、認知することで父親名を記入できる。しかし、尾賀家としては、女系で家を継いでいくので、ハッキリ言って父親はどうでも良い。わざわざ認知してもらわなくても、父親不明の非嫡出子で結構だということだ。
完全に異界の門が開かなくなる前に赤ちゃんを送らねばと慌てていた為、恵美も説明不足になってしまった。
まあ、彼女の場合、そういう状況でなくても、あまり変わらなかったかもしれないが・・・。
妖界においては、神子しか正常な出産が出来ないはずである。
だが、恵美が自分の産んだ子だと明記している以上、恵美の子で間違いないであろう。
もしかすると、神子の中でも特殊な力を持つ里が何かして、無事出産させたのかもしれない…。
これは、誰もが思い考えたこと。
しかし、いきなり過ぎる事態に対する衝撃で、まさか恵美が三年掛かりで慎也の子を生んだとは誰も思わなかった。そして、恵美が心から慎也を好きだったということは、皆知っていた。
だから、一番先に疑われたのは、慎也だ。
どういうことかというと、恵美は密かに何度も人界に戻って来ていて、慎也と二人だけで内緒の「逢瀬」を重ねていたのだなどと・・・。
当然、慎也はそんなことをしていない。
恵美は自分を好きでいてくれていると思っていたのに、他の者との子を産んだ…と、裏切られた気がしていた。が、正式に結婚している間では無いので、文句も言えない。
ただただ、ショックという思いで居たのだ。
その上に、あらぬ疑いまで掛けられては堪ったものでは無い。
必死で否定する慎也に、「その慌て方が怪しい」と、さらに疑惑の目が集中した。
この家では、性行為は皆同席してするというのがルールだ。
複数の妻が隠し事せずに仲良くやってゆくためのルール。これを犯せば、不倫扱いされかねない。
以前にも、美雪から慎也はその追及を受けているのだ。
だが、今回の慎也の嫌疑は、直ぐに晴れた。
舞衣は心が読める。彼女にウソなどつけなく、慎也が本心でショックを受けていることは、即座に分かった。
となると、「父親は、鬼の誰か」という結論になってしまう…。そして、よりによって名前が、鬼に無残に殺された舞衣の後輩と同じ『美月』とは…。
ここに至って、妻たちの反応は三パターンに分かれた。
まず、怒り心頭型の、舞衣と美雪。恵美を『裏切者!』と顔を赤くして怒っている。
次に、慎也と同じ、ただただショックを受け、どうしたらよいか分からず、呆然というタイプ。こちらは、恵美の親友である沙織と、恵美を『姉様』と慕う杏奈と環奈だ。
剣呑な雰囲気で子供三人が泣き出してしまったのを幸いに、あやしてくると言って、この三人はそれぞれ一人ずつ子を抱き、別室へ逃げ出した。
あとは、何か事情があってのことだと考える冷静派。祥子と早紀の、高身長コンビだ。
早紀に関しては、恵美は鬼の窮地から自分を救ってくれた恩人という意識が強く、もともとクールな方でもあるから冷静でいられたのであろう。まあ、自身のことに関しては、ちょっとした妄想癖があるのだが・・・。
そして、祥子は、年の功ということか・・・。
その冷静派の早紀が、口を開いた。
「あ、あの・・・。取り敢えずですね、赤ちゃんには何の責任もありませんので、恵美さんの依頼の通りに出生届は出さないといけないと思いますが・・・」
「そ、そうだね…。それは、明日、亜希子さんにお願いして来るよ」
慎也が慌てて答えた。舞衣や美雪に先に発言させると、怒りのあまり何を言い出すか分からないから・・・。
早紀も舞衣たちに発言させないように、慌てて続ける。
「それから、恵美さんを放っておくわけにもいかないと思うんですよね。何とか助け出さないと・・・」
舞衣と美雪が、発言主の早紀をジロッと睨みつけた。
早紀は「ヒイッ…」と小さく声を上げ、縮こまる。
すかさず、祥子が助け舟を出した。
「そうじゃな。このままにしておくわけには行かぬじゃろ。
それにじゃな。ここで、この子の父親は誰かと詮索しておっても、そんなことは分かるはずがない。手っ取り早いのは、恵美を尋問することじゃ。
それには、連れ戻さぬことにはどうにもならぬ」
舞衣も、美雪も、渋い顔で頷いた。
・・・が。
連れ戻すと言っても、どうやって・・・。
全く当ても無い話…。
慎也は、頭を抱えるしかなかった。
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