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恵美と河童

39 治太夫と死神2

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 その日、治太夫は父の村主すぐりから奴隷の引き渡しを受けていた。
 父は、あと二ケ月で村主を引退することを発表している。その後を継ぐのは、治太夫だ。
 その引退に先立って、父の所有する奴隷が引き渡されたのだ。

 奴隷は、皆、ヒト。若いメスが三匹、オスが二匹。
 そして、老婆…、『死神』とよばれる不吉な奴だ。

 奴隷の処分は治太夫に一任された。今日以降は治太夫の自由になる。
 オスは労役に使うので、そのまま使用することにした。

 若いメスは、父親の慰み者だった。
 身分上は奴隷といっても、着物を着せられ、役人待遇されている。
 外に連れ出すようなことは無く邸宅内から出ることは許されない身であるから、分不相応な待遇に苦言を呈する者もいないだろう。
 ここ数年は何もせず放置していたようだが、過去に父親とイタシテいた奴と同じことをするのは、どうも・・・。
 だから、このメス三匹は、喰うことにする。

 ヒトは、オスよりメスの方が美味い。
 瘦せた者よりは太った者が上等。但し、太りすぎている者は脂ぎっていて美味くない。肉を喰うには、標準体型より少しふっくらしているのが良いとされる。
 だが、この奴隷のメスは長く河童の精を受けていたせいで、皮膚は緑色になり、肉は硬くなっている。
 三匹とも本来であれば肉を喰うには上等な体つきだが、もはや、肉の方は喰えたものではないだろう。
 しかし、ヒトの一番美味い部位は、ハラワタだ。
 ハラワタは、もともと脂の付きやすい部位。だから、ハラワタのみに関しては、標準体型よりも少し引き締まった体型のモノが最上級となる。体をよく動かしていて引き締まった体型の若いメスのハラワタは最高だ。
 この三匹は、その最上級には当たらない。閉じ込められている奴隷の身だ。そうそう、自由に運動も出来ないので仕方なかろう。
 それでもまあ、太りすぎず痩せすぎずで、上級の部類に入れても良い体型を保っている。これは楽しみだ。

 さて、問題なのは『死神』だ。
 この奴隷は、父親も祖父から受け継いだものだという。
 祖父も、曾祖父から…。いったい、いつからいるのか?
 ずっと薄暗い牢に閉じ込めたままだ。

 が、閉じ込めていると言っても、それほど悪い環境にもしていないようだ。
 十分食料も与え、牢内も清潔にしている。それに、牢といっても特別仕様で、かなり広い。
 身分上は奴隷ということになっているが、上等な着物も着せられているから、上級役人待遇だ。

 治太夫は、引き渡しを終えた父が立ち去った後、改めて死神の牢の前に来た。すると、その死神が話しかけてきた。

「御曹司。村主すぐりに就任されるとのこと、おめでとうございます」

 丁寧に頭を下げてくるが、年代物の梅干しの様な皺くちゃ老婆で、気味が悪い。

「御曹司。私は長くここで暮らさせてもらいました。現村主様からは御曹司の為にも働けと仰せつかりましたが、間もなく寿命が尽きるようです。
 おそらく、御曹司が次期に就任される前に……」

 治太夫は驚いた。奴は死期を予言する不吉なものとして『死神』と呼ばれているのだ。その死神が、自らの死期を予言した…。

「私は今から二百年ほど前、この地へ来ました。十歳くらいの時でした。
 私には普通の人には無い力、人の寿命が分かる力があり、『死神』と恐れられて渕へ投げ込まれたのです。それを救ってもらい、ここへ来ました」

 今でも同じように呼ばれて恐れられているが、ヒトの世でも同じ扱いを受けて捨てられたとは哀れな話である。

「他にも、不思議な力があります。自分のことは分からないのですが、他人が思っていることと、それの答えが見えることがあるのです。
 その力のおかげで、ここで良い生活させてもらうことが出来ました」

「な、なんと・・・」

「何でもかんでも分かるというものでもありません。気まぐれのようなもので、何かを見よと命じられても、それに関して見るということは出来ません。
 ですから、それほど便利な能力でも無いのですが…」

 そうは言っても、その能力は凄いモノだ。それに、寿命も分かるというのだから…。
 そんな者を歴代村主は放置できず、ここに閉じ込めて自分専用に使っていたのだ。

「御曹司に関して見えたことがございます。それをお伝え致します」

 自分に関して見えたこと…。気味悪いが治太夫は頷き、牢の格子外である、その場に坐って聞き耳を立てた。

「まず、鬼の住む島について。名前は鬼ヶ島。村の名称は月影村。
 少し前に疫病が流行り、現在の人口は、赤子を別として二十名と少し。その中にはヒトも含まれます。ヒトが指導者として来ているようです。ヒトと良好な関係を築いているようですな。
 場所は、ここからまっすぐ東北方向です」

「な、なんと・・・。そのヒトと鬼たちは、どうやって人界へ行き来しているのだ?」

 ヒトとの交流があるということは、人界へ行く手段を持っているということだ。治太夫は、それを手に入れたい。
 しかし、死神の返答は、満足できるものでは無かった。

「さあ、それは…。私に分かったのは、そこまで。質問されましてもお答えできない、不便な能力です」

 死神は、治太夫に深々と頭を下げた。

「そ、そうか。そうであったな。すまぬ」

 実は、前に入手した書付に、その方法は書いてあった。治太夫は、それが本当の事なのか確認したかったのであるが、分からないのならば仕方ない。死神の能力は、万能では無いのだ。

「それからです。貴方様は河童族には珍しい、特殊能力を秘めておられるようで…」

「な、何?」

 特殊能力とは何か? それを自分が持っている?
 治太夫は、大きく興味をひかれ、身を乗り出した。

「通常は、長く生きることで顕在化してくるのが特殊能力です。寿命の短い河童族には出現しにくい力です。ですが、私の寿命を見る能力同様、まれに若くして顕現してくることもあるのです。
 貴方様に芽生えている能力は鎌鼬かまいたちの力。空間上にやいばを発生させ、相手を切り刻むことが出来ます。
 そして、私が二百年という長い間生きて顕在化させたもう一つの能力が、『他人の秘めた能力を引き出すことの出来る力』です。私は貴方様の能力を引き出せるのですが・・・」

 鎌鼬…。その力があれば、離れた相手を攻撃できる。人魚は金縛りの能力も持つという。それに対抗できるかもしれない。是非、欲しい。
 治太夫は、牢の格子に手を掛け、顔を近づけて死神を凝視した。

「ですが・・・。それを引き出すには、大きな問題があります」

「?」

「私と、口づけをしなければならないのです。
 出来ますか? この皺枯れ婆と・・・」

 ニヤッと死神が笑う。

 この老婆と口づけ…。ゾッとする。こんな老婆と…。更には、「死神」と忌み嫌われている者だ。口づけなどしたくない。ハッキリ言って、イヤだ。

 ・・・が、鎌鼬の能力は断然欲しい。

 交われと言われれば、無理というしかないだろう。絶対にたない。が、口づけだけなら、覚悟さえ決めれば可能なことだ。

 鎌鼬を手に入れるため・・・。
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