月の影に隠れしモノは ~人魚と河童の事件編~

しんいち

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沙織

28 沙織の帰還2

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 沙織が落ち着くのを待って、亜希子が権兵衛を応接室へ通した。他の皆も、それに従って入室し、慎也から順に自己紹介をしていった。
 権兵衛からは、東京での沙織の状態と事件のことが話され、母親の許しが得られないため、沙織を地元秘書として慎也たちとたまに会えるようにしたことが説明なされた。

 説明後、権兵衛は、居並ぶ慎也と妻たちを改めて見渡した。一人の男に多数の妻という、この奇妙な家族を…。

 目の前で旦那との濃厚な接吻せっぷんを見せつけられても、とがめるどころか笑顔で抱きしめて「おかえり」と妾に言う正妻…。
 いがみ合うことなど全く無く、協力して、皆一つ屋根の下で暮らす…。
 夜、寝るのも、一つの大部屋で、皆一緒…。
 妾となると、弱い立場に決まっていると考えていたが、正妻も含め、皆平等に扱われているという…。

(うん? いや、ここまで何人もの妾がいれば、逆に、妾の立場の方が強くなってしまいそうだ…)

 そう思うと、何だか笑いが込み上げてきた。

「慎也君。舞衣さん。そして、皆さん。これからも、沙織を宜しくお願いします」

 権兵衛は立ち上がり、皆に向かって頭を下げた。
 五年も一緒に仲良く暮らしてきたのを、本人の意思に反して引き裂くというのは、やはりむごいことだ。そう、み感じて…。

 慎也・舞衣・祥子・美雪・早紀も立ち上がり、礼を返した。
 取り敢えずの処置ということで、元のように沙織も同居とは、まだ行かない。
 しかし、権兵衛はこの家族を認めてくれたのだ。普通に考えればあり得ないことであり、有難いことだ。
 …が、他の面々と少々異なり、不安そうにしている二人が居た。

「あ、あの、お爺様…」
「私たちも、良いのですよね…」

 小声で、おずおずと祖父にうかがいを立てる、その二人。…杏奈と環奈だ。

「うん? おお、そうだな。杏奈と環奈のことも、お願いします」

 姉のオマケであっても何でも構わない。結果が良ければ、それで良いのだ。二人もハイタッチして喜んだ。
 そんな二人を見て、また皆、笑顔になったのだった。


「さて、では、私はそろそろ、おいとまするかな」

 少しの歓談の後、権兵衛は腰を上げようとした。
 慌ててそれを、沙織と亜希子が制止する。

「ダメ、お爺様!診察がまだ!」
「そうよ、お父様。逃がしませんよ。義兄さんからも言われてますからね」

 沙織の、父から厳命された大事な任務だ。取り逃がすわけには行かないし、亜希子も、当然これに同調した。
 渋い顔を浮かべながら、権兵衛は二人に左右の手を取られ、診察室へ連行されてゆく。実は、どさくさ紛れに逃げようと考えていたのだ。
 権兵衛の医者嫌いは筋金入りである。医者と言っても、今回診てくれるのは実の娘なのだが…。
 いや、だからこそ、なお嫌だということもあるかもしれない。
 娘の亜希子には会いたかったが、診察となると二の足を踏む。来るまでは診察を受けるつもりであっても、イザとなると、やはり逃げだしたくなったということだ。

 祖父の医者嫌いを知っている杏奈と環奈は苦笑いしていた。しかし、一緒に診察室には行かず、慎也たちと応接室に残った。
 ここでアルバイトしている身としては、本来は一緒に行くべきかもしれないが、彼女らは自分の欲望に従うことにした。…慎也と少しでも一緒に居たい。いや、舞衣とか…。
 そして徹も、亜希子に任せることにして残った。彼は、父娘の語らいの邪魔をしない様、気を利かせたのだ。


 少しして…。
 診察をしているはずの亜希子が、難しい顔で応接室に戻って来る。沙織と権兵衛は、まだ診察室のようだ。診察が終わったということではないらしい。

「どうしました? 亜希子さん」

 慎也の問いかけに、困ったような顔のまま亜希子はうなずく。

「ええ、ちょっと…。ここにはCTもMRIも無いから…」

 亜希子の怪しい視線が、隅の方にいる美雪を捕らえた。
 目が合い、首をかしげた美雪を、亜希子が手を合わせて拝む。

「美雪さん。お願い!」

 これは、美雪の特殊能力で透視して診察して欲しいと言うこと…。
 美雪にも、この一言で、その意味することは理解できた。

「あのですね…。私じゃ、見たって分かんないんですから……」

「そう言わずにお願い!手っ取り早いし、一番確実なんだから!」

 美雪は、前にスミレと早紀を診察した時、なんとなく嫌な予感がしていたのだ。その予感は見事的中だ。亜希子にあっという間に捕縛ほばくされ、抵抗むなしく拉致されていってしまった。
 確かに、何の設備も要らないから一番手っ取り早く、内部を細かく鮮明に見ることが出来るのだから確実だ。残念ながら、これからも美雪は当てにされてしまいそう。
 同室の面々は、苦笑するしかなかった。

 高性能人間MRIが出動すれば、診察は正確かつ迅速に済むだろう。診察後、沙織は権兵衛の自宅へ行き、そこから尾張賀茂神社へ送ってもらうということだった。
 一旦お別れだが、これからは、沙織と時々会うことが出来ると思うと皆の表情も明るい。その気になれば、慎也宅に泊まりに来るということも不可能では無いのだ。
 今度は杏奈と環奈が、ヤキモチを焼くことになりそうな予感がしないでもない。彼女らは自宅生活なのだから、気軽に外泊など許されない…。今までは自分たちの方が良い思いをしておきながら、そうなればこの二人は絶対に文句を言うだろう。

 しかし…。
 沙織の、この予定。「その通り」には行かなくなってくることになる。
 この時点では、そうなることを、誰も思ってもみなかった。
 そしてその、予想外の事態は、直ぐに到来する…。


 強制連行から一〇分程し、美雪は無事解放されて応接室にトボトボと戻ってきた。
 美雪の顔色は良くない。人体内部を透視させられたのだ。気持ち良いモノで無いのは当然だと思った。その場の皆…。
 だが、そういうことだけでは無かった。
 美雪が神妙な顔で告げる。

「亜希子さんが、来て欲しいと言っています。皆さん、全員。
 その……。がんみたいなんです」

「え? 癌?」

 聞き直した慎也に、美雪はうなずいた。
 杏奈と環奈が、目を見開いて、口に両手を当てている。自分たちの祖父のこと。衝撃を受けずには居られない。
 慎也たちは、あわてて診察室へ移動した。
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