月の影に隠れしモノは

しんいち

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帰還、そして出産

87 伊勢名物1

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 昼食は、祥子リクエストの伊勢うどん。それに、やはり伊勢名物の手捏てこね寿司の、セットの予定。
 普通に店に入ると、騒ぎになるのは目に見えていたので、先に沙織が店を貸し切り状態にしていた。
 もちろん、公安からの口添えで可能になったこと。権力の力、恐るべし…。あ、いや、それなりの迷惑料も支払っているのであって、特段問題になることも無いか…。

 沙織からの電話で場所をき、指定の店に入った。
 警備関係者も、ここで昼食。
 奇異の目を向けられるのを気にしなくてよいのは有難い。

「ところで、祥子さんは初めての伊勢だけど、みんなは、どうなの?」

 慎也の問いに、まず舞衣が興奮気味に答える。

「私も初めて!すごかったよね。さっきの!」

「いや、あれは、特別でしょうに! あんなの、普段じゃ、絶対ありませんからね! で、私たちは、今回が二度目です」

 沙織が答えた。

「私は何回かあるよ~。家、神社だし~」

 恵美の答えに真奈美もうなずいている。

「ということは、舞衣さんは、伊勢うどんも初めてなわけだ」

「そうですよ。でも、うどんでしょ? 何か違うの?」

 舞衣以外の、みんなが、ニヤッと笑った。
 悪戯心いたずらごころが湧いてくる。
 祥子も食べるのは初めてだが、どういうものか知っている。
 標的は舞衣だ。

「うどんの概念がひっくり返るわよ~」

 ニヤニヤしながら言う恵美に、皆、うなずいて同意する。
 すぐに『うどん』が運ばれてきて、舞衣の前に置かれた。

「な、ナニコレ! 太いし、具は葱だけ? おつゆは?」

 皆の前にも運ばれてくる。

「正妻殿。つゆは、あるぞよ。この下じゃ」

 祥子が箸で麺を少しどけると、麺の下に真っ黒のドロッとした黒い液体が溜まっていた。
 見せられた舞衣は絶句した。

(うっ、どうやって食べるのこれ? こんな濃いつゆ、からくないの?)

 舞衣の、言葉にならない疑問を察知して、
「ほれ、こうして、混ぜて食べるということじゃぞ。お先に失礼」

 祥子が、うどんを混ぜてつゆ(というか、タレ)をからめ、一啜ひとすすりする。

「お~う、美味い!」

 祥子を見て、舞衣も、うどんを混ぜる。皆に注目されて食べにくそうにしながら、一啜りした。

(…う、軟らかい…。ブヨブヨで腰が無い…)
「こ、これうどんですか? うどんの命、腰がないんですけど…」

「これが伊勢うどんだよ。日本一、腰の無いうどん。昔、伊勢参りの人に、すぐ出せるように茹でて用意していたんだって。温めてタレをかけるだけで、すぐ出せる。おまけに軟らかくて、長旅に疲れた人の胃にも優しい」

 舞衣の定番反応に満足し、慎也が説明した。

「うどんとは認めたくないけど…。これはこれで美味しいかも」

 舞衣も、まあ、気に入ったようだ。もちろん、祥子も。
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