月の影に隠れしモノは

しんいち

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帰還、そして出産

53 米の飯3

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 まきでご飯を炊くのは、そんなには時間がかからない。火力が強いからだ。
 但し、蒸らしの時間があるので、その間に味噌汁の準備をする。

 慎也が田のあぜに行って取ってきたせりを、祥子が洗って刻む。こういった作業は、祥子は得意だ。何しろ千年間一人で調理もしていたのだ。ただ、仙界と、こちらでは野菜が違う。祥子にとっては、芹も珍しい物だ。

 味噌汁の調理には、ガスを使った。
 ガスの火が付くのを見て、また祥子は驚いた。
 彼女にとっては初めてのモノばかり。仙界から宝珠を使って、こちらの世界のことを色々見てきている。だから、自動車や電車、それに飛行機のことも知っていた。しかし、日常、普通に現代人が使っている物でも、知らないことが多い。知っていても、実物を見るのは初めて。驚くことばかりのはずだ。
 昨日こちらへ先に戻り、外に出なかったのは、一人で外へ行くのが怖かったからなのだ。

 味噌汁用の出汁を取り、祥子が刻んだ芹をたっぷり入れる。…芹の良い香り。
 一ヶ月留守にした後のことで、他に使える食材がない。とりあえず、今日の具は芹のみだ。
 ちなみに、慎也が飼っていた鳥小屋の鶏は、可哀想に餓死してしまっていた。誰も面倒見てくれるものが居なかったから、仕方ない…。

 味噌汁に使う味噌は、慎也自家製。中部地方独特の、色の濃い豆味噌。
 …蒸した大豆を潰しておにぎり状に丸め、藁で編んで軒に吊るしてカビ付けをする。それを砕き、塩と水で漬けるという、昔ながらの本格的な作り方だ。
 仕込んで浅いとカビ臭いので、三年くらい経たないといけない。

 味噌を溶くのも慎也。手際よく進めて行く。
 祥子は、慎也のすることから目を離さない。多分、祥子は慎也のしている調理を、すぐ覚えてしまうだろう。
 その慎也と祥子を、少し離れて眺めていた舞衣は思った。

(ご飯の用意は、今後、この二人に任せることにしよう)

 実は、彼女、料理が大の苦手だったのだ。下手に作ってボロを出しても詰まらない。得意なことは、得意な人たちにしてもらうのが一番だ。

 味噌汁ができ、梅干しも用意された。梅干しも、庭の梅を採って漬けたもの。
 蒸らし終わったご飯を、茶わんに大盛りにする。味噌汁も、お椀に。

「いただきます」

 祥子はすぐに箸を取り、ご飯を頬張った。

「なんとも美味じゃ~! こんな味だったかのう? とてつもない旨さじゃ」

 舞衣は、味噌汁をまず一口。

「うわ、芹の香り、すごい! 私、芹のお味噌汁なんて初めて! それに、この味噌も、色が濃いけど美味しい!」

 慎也は笑いながら梅干しをご飯に乗せ、食べた。
 おかずも無い、ご飯と味噌汁と梅干だけという質素な食事であったが、六合炊いたご飯は、あっという間になくなってしまった。
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