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第一章 新人冒険者

第一話 日常が一変した夜

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「じゃあ、お先に失礼しまーす」
「おう、気をつけて帰れよ」
「「「お疲れ様です」」」

 四月に入って少し経ったある日の夜、私は駅前の居酒屋のバイトを終えて帰宅の途に着いた。

 ピュー。

「うう、四月に入っても夜はまだ寒いなあ」

 私は寒風に身を縮こませながら、交差点の信号待ちをしていた。
 私こと進藤舞(しんどう まい)は、花の大学三年生の乙女だ。
 誕生日が早いので、四月に入ってそんなに経たないのに既に二十一歳になっている。
 女性にしては身長は高く、少し茶色気味のセミロングヘアをアップ気味のポニーテールにしている。
 幼い頃からポニーテールにしていたので、私の一種のトレードマークになっていた。
 そして、うん、スレンダー体型と言っておきましょう。
 周囲の女子が羨ましかった時もあったが、今はこれも個性と割り切っていた。

「先輩、お疲れ様です。今日も『王子様』って言われていましたね」
「あはは、もう諦めているよ……」

 私の隣には、同じ居酒屋のバイトを終えた後輩の女子がいた。
 後輩が少しからかいながら私の事を「王子様」と言ったのには、もちろんちゃんとした理由があった。

「酔っ払って従業員にセクハラをしたおじさんを、あっという間に組み伏せるなんて。先輩は本当にとってもカッコいいです!」

 私としては目の前で困っている女性を助けただけなのだが、後輩はキラキラした目で私を見ていた。
 実は、私の家には何故か武道の道場があって、幼い頃から今は亡き祖父に様々な武道を叩き込まれた。
 空手に柔道に少林寺拳法と、何で祖父はこんなに武道を知っているのだろうと子どもながらに不思議に思っていた。
 実際の道場の経営は父がおこなっていて、祖父は主に子どもの相手をしていた。
 お陰様で大層な護身術が身につき、特に高校の時には女子に不埒な事をする男子を組み伏せては「王子様」と呼ばれていた。
 大学に入ってもその傾向は変わらず、女子にモテるが男子からは敬遠される日々を送っていた。
 というのも実家から通える範囲の大学に通う事と両親から厳命されたので、泣く泣く徒歩で通える距離にある大学に進学した。
 もちろん私の「王子様」という噂は消えておらず、寧ろ拍車をかけてる様にも思えた。
 この状況に、私は若干諦めもしていた。
 まあ、自業自得な面もあるけどね。
 自分なりにそこそこ乙女じゃないかなって思っても、残念ながら周囲の状況が許さなかった。
 今年から就職活動も始まるから、少しは状況が変わることを期待したい。

 チカチカチカ、チカ。

「あっ、信号が変わっちゃいました。先輩、名残惜しいですけどまた次のバイトで」
「ええ、気をつけてね」

 私は笑顔で手を振る後輩を見送ってから、自宅に向かって歩き始めた。
 自宅までは歩いて十分、今日は寒いから途中で自動販売機で温かい飲み物を買おう。
 でもいま温かい飲み物を買ったら家に着くまでに冷めちゃうから、五分程歩いた所にある駐車場にある自動販売機で温かい飲み物を買おっと。

 カツンカツン。

 すっかり人気の無くなった夜道を歩く。
 昔からの癖で周りの気配を気にしながら歩いているが、この辺りは治安も良いので全く問題ない。

「おっと、通り過ぎる所だった。えっと、今日は何にしようかな?」

 私は財布から硬貨を手にとって、自動販売機の飲み物をしげしげと眺めていた。
 そんなどこにでもありそうな日常の風景が、突如として変わる事に。

 チカ、チカチカチカ、チカチカチカチカ。

「えっ、なになになに、どういう事? 何が起こったの?」

 突然周囲の街灯が点滅を始めて、私は驚きながら周りを見回した。
 一基だけの街灯の故障ならあり得るかもしれないが、周囲にあった街灯が全ておかしい点灯の仕方をしていた。
 突然の事に驚いていたら、更に驚愕の出来事が起きた。

 シューン。

「えっ、今度は地面が光っている。一体どういう事?」

 続いて私の足元を中心にして、地面が光りだしたのだ。
 何かの模様の形に光っているが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
 誰がどう見ても、明らかにおかしい事になっている。
 そして、私は別の状況に気がついた。

「あっ、足が、足が動かない。えっ、えっ?」

 この場から逃げようとしても、足が全く動かなかった。
 足どころか体も全く動かない。
 パニックになっている間に、足元の謎の光が徐々に眩しくなってきた。

「ま、眩しい……」

 シューン、シュイーン!
 チャリン、チャリン。

 そして目も開けられない程に地面が眩しく光った瞬間、突然光が消え去り激しく点灯していた街灯も元通りに点灯した。
 しかし自動販売機の前では、二枚の硬貨が地面に転がっているだけだった。

 ヒュー、ガサガサ。

 辺りには夜の静寂が戻り、まるで何も起きていなかったかの様だった。
 ただ、四月の夜の寒風が、落ち葉を運んでいただけだった。
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