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第三章 ブルーノ侯爵領

第七十六話 人神教会と人神教国

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 俺達の宿泊手続きが終わったところで、トルマさんは商会に帰ることに。

「トルマさん、色々ありがとうございました。明日また宜しくお願いします」
「いえ、こちらこそサトー様にはお世話になりました。懇意にしている宿を救っていただき、感謝申し上げます」

 三軒隣だけど、目の前があのワース商会だ。
 無事に商会の中に入るまで、俺達もトルマさんの事を見送った。
 その間にオリガさんとマリリさんが馬車を移動しているので、俺も外に出たついでに建物の裏手にいく。
 厩舎とかが少し汚れていたので、生活魔法で綺麗にしておく。
 それから馬を厩舎に入れて、桶に飼い葉と水を入れる。
 うーん、厩舎に馬の逃走用の棒があるけど、この宿の防犯対策を考えると馬にも協力してもらいたい。
 あっ、ちょうどミケがこっちにきたから、馬との通訳をしてもらおう。

「ミケ、ちょっといいか?」
「なあに、お姉ちゃん」
「暫くはその呼び名か。馬に逃走用の棒をしなくても逃げないかと、万が一の時にならずものを捕まえられるか聞いてみて」
「了解だよ」

 ちなみに馬は俺の声が女性のものに変わっているのを見て、目を丸くさせていた。
 この馬もそんな表情するのかよ。

「お姉ちゃん、棒なくても大丈夫だって。俺達をなめるなって言っていたよ。後はさっきリンお姉ちゃんとエステルお姉ちゃんが倒したならずものをみたから、何かあったらやっつけるって」
「まあ元からこの馬は頭が良いから、そこまでは気にしてなかったが。ならずものをやっつけるときは、必ず生かしておけよ」
「「ヒヒーン」」

 魔法を覚えてから暴走気味の馬だけど、今はその力に期待しよう。
 さてと、一旦中に入って部屋の割り振りをしないと。

「只今戻りました」
「おかえりなさい、サトーさん」

 宿に戻ると、リンさんが迎えてくれた。
 ビアンカ殿下と何か話をしている。

「馬車と厩舎の方は終わりました。念の為に、馬にトラブル時は対応するように言ってあります」
「お疲れさまです、あの馬なら大抵のならずものなら余裕ですね」
「はは、馬と思って余裕と思うやつらには、少し同情するのじゃ」

 ビアンカ殿下も苦笑するが、防犯面では申し分のない強さだ。
 念の為にタラちゃんにも声をかけておこう。

「すごい……」
「さっきもお母さんの病気を治療をしていたし、何でもできるんだ」

 厨房では、うちの料理長スラタロウが夕食の準備をしていた。
 その様子を後ろから旦那さんと娘さんが、驚愕の表情でスラタロウの料理を見ていた。
 旦那さんと娘さんでも作れるように、色々な具材を使ったビザトーストとサラダとスープ。
 どれもこの街の市場で手に入る食材だが、特にピザトーストは簡単にできるとあって熱心に調理方法を見ていた。

「これは様々な食材を使うことができるし、何より具材が揃えば簡単に調理ができる」
「アレンジもできるし時間もかからずにできるから、お客さんを待たせなくていいね」

 旦那さんと娘さんは、既にピザトーストのアレンジメニューを考えているようだ。
 うん、奥さんの病気の心配が無くなったから、やっと宿のことを考えられる余裕が出てきたみたいだ。

「旦那さん、娘さん。スラタロウは暫く宿のボディーガードとして置いておきます。見ていただいた通り様々な魔法を使えますし、奥さんの治療も行えます。料理上手なので、新しい料理も教えてくれますよ」
「いやあ、最初はなんでスライムが? って思っていましたが、本当にすごいですね」
「私、頑張ってお料理を覚えます。お客さんにもお母さんにも食べてもらいたいです」

 みんなでスラタロウの作ったピザトーストを食べながら、旦那さんと娘さんは決意を述べていた。やる気が出てきて何よりだ。
 あのならずもの以外にも何をやってくるか分からないので、スラタロウをボディーガードに置いていけば戦力としても十分だ。
 どうもスラタロウの方は、調理を頑張る方にやる気が出ているようだが。

 夕食後は俺の部屋に集まって、今日のまとめや明日以降の捜査に関して確認をすることに。
 ちなみに客室の割り振りは、俺とミケ、ビアンカ殿下とエステル殿下、リンさんとルキアさん、オリガさんとマリリさんという無難な配置に。

「私がサトーと相部屋に!」
「いいえ、私です!」

 二人ほど部屋の割り振りに不満が上がったようだが、ここは無視しておく。
 俺の心の平穏のためだ。

「はあ、ブルーノ侯爵領についたばっかりだというのに色々イベントがあったよ」
「まあその分、調査範囲も絞りやすくなりましたね」
「私もここまで酷いとは思いませんでしたが、逆に逆転のチャンスがあると思いたいです」

 俺のため息に、リンさんとルキアさんが同調してくれた。
 特にルキアさんは実家の領の惨状にびっくりしていたが、改善の余地が沢山あると割り切ってきたようだ。
 しかしこの数時間で色々とキーワードが出てきたぞ。
 その前に監視した結果の報告があるそうだ。

「さっきみなさんが治療をおこなっている時ですが、やはりワース商会から視線を感じました。暫くしたら消えたのですが、要警戒ですね」
「ならずものは教会に入った後にワース商会に入ったよ。なんかコソコソ話していたよ」
「ありがとうございます。もうこれは人神教会とワース商会は黒でいいですね」
「うむ、重点的に監視する必要があるのじゃ」

 オリガさんとタラちゃんの報告を受けて、早速重要監視と捜査の対象が決まった。
 結局はやはりワース商会が絡んでいたか。
 そういえば人神教って何だろう。

「まずポイントとなるのが、人神教とワース商会ですね。ビアンカ殿下、申し訳ないですが人神教について教えてもらえますか?」
「うむ、この国の国教は命あるもの全て神の子と教えている。それに対して人こそが神の子で、それ以外は獣人やエルフにドワーフも含めて悪魔の化身だと言っておる」
「かなり極端な人種差別ですね」
「だが、それでも一定の信者がおる。そしてその本部があるのが人神教国じゃ。国としての面積は小さいがかなりの力を持っておる」

 前世でも宗教本部が国を成していたパターンがあるが、それに近いのだろう。
 宗教というのは、人によっては思考を固めてしまう事もあるし、宗教間の対立で紛争も起きていたな。

「人神教国はランドルフ伯爵領にある大河を挟んだ向かい側じゃ。最近特に人神教の教会が力を増してきてのう、父上も調査していたのじゃがまさかここで繋がるとはのう」
「もしかしたら、闇ギルドは人神教の暗部の可能性が高いですね」
「そして資金源の方法としての違法奴隷と人身売買じゃ。人神教国は人間の奴隷も多いという。もしかしたら宿の娘は奴隷として売られるところだったのかもな」

 単純な考え方として、人神教国は国と接するランドルフ伯爵領とブルーノ侯爵領での影響力を強めようとしたのだろう。
 だが、この国を乗っ取ると判断するのはまだ早い。
 この辺りは国王陛下とかの首脳部の判断になるだろうな。

「騎士団にも人神教を信仰する人が増えてきて、対応に苦慮しているの。騎士団や軍部には獣人やエルフにドワーフもいるから軋轢が生じているの。お兄ちゃんも対応に苦慮していたよ」
「そういう人は排除出来ないのですか?」
「よりによって貴族の子弟なんだよ。だからなかなか排除するのも難しくてね。今は問題ない部署に配置するくらいだね」
「貴族主義と重なる部分もあるんでしょうね。これは結構厄介な問題だな」

 エステル殿下の補足では、軍部にも人神教が増えているという。それはアルス殿下も苦労するわけだ。
 でもいくら人神教信者とはいえ、貴族の子弟だと手が出しにくい。貴族主義と絡んで、根が深い問題だぞ。

「ここら辺はビアンカ殿下から陛下に連絡してもらおう。明日からは各所の監視と捜査ですね。ワース商会、人神教会、それに国教会も怪しい。後は領主邸と市民の噂や兵士も調べないといけませんね。あの門番もちょっと気にかかります」
「うむ、ゴロツキが兵士をやっているようなもんじゃ。普通ではないぞ」
「訓練を受けている訳でもなさそうですね」
「だが、そこを考えると意外と兵は簡単に制圧できるかも」

 ゴロツキ兵士がどの位使い物になるかも含めて、本当に色々調査をしないとな。
 一旦俺の意見をみんなに聞いてみよう。

「明日のシフト案なんだけど、意見あったら指摘してほしい。俺はオース商会に一日いて、色々情報を集めてみる。先ず従魔の布陣だけど、領主邸は外からの監視でヤキトリに、できればポチも一緒にいてほしい。ワース商会はタラちゃんとタコヤキで、地下牢がある可能性が高いので併せて調査を。ショコラとフランソワで城門の兵士の調査を行う。ホワイトとサファイアは宿でスラタロウと一緒に宿屋の家族の護衛だ」
「先ずはその辺りで問題なかろう。領主邸の中の調査は教会とかの調査が終わってからじゃろう。妾達は基本二人一組で行動じゃな」
「はい、それでいいかと思います。ミケはシルとリーフと一緒に行動で、できれば市場とかの調査をしてほしい。買ってもいいから値段とか新鮮さも見てくれ」
「分かったよ! ミケにお任せだよ」
「後は毎日髪型と変装は変えておこう。足跡を追われないようにね」

 とりあえずの方針が決まったので、ビアンカ殿下が陛下に報告を始めると何だか外から声が聞こえた。
 そっと外を覗いてみると、旦那さんと娘さんに絡んだならずものがいた。
 きっと何か悪いことをするつもりだ。懲りないんだから。

「はあ、何をやるつもりなのか。タラちゃん、あのバカ三人組を眠らせてくれる? それで、フランソワとポチでぐるぐる巻きにしておいてね。馬が起きていたらワース商会の前に運んでおいてくれる?」
「分かったよ。一度やられても懲りないんだね」

 タラちゃん達も呆れていたけど、窓の隙間からスルスルと外に降りていった。
 一分後には、馬に引きずられるバカ三人組が窓から見えた。
 えーっと、こちらも不意打ちしたといえ弱くないかな。

「サトーよ、父上から返信があったぞ。あの王都にいった子ども達は無事についたそうだ。流石に疲れているようだが、二、三日すれば元気になるじゃろう」
「それはよかった。一日かけての移動なので、疲れるのはどうしようもないですね」

 ビアンカ殿下より、陛下から返信があったがその中に子ども達のことが書いてあった。
 ちなみに人神教に対しては、王都の教会にも内偵を送るらしい。
 と、窓からタラちゃん達が帰ってきた。

「ただいま。せっかくだからワース商会の軒下にぶら下げておいたよ、人間ミノムシだね」
「お疲れ、タラちゃん。ご苦労様。さあ、俺達ももう休もう」

 直ぐに帰ってきたタラちゃんから、バカ三人組の対応が終わったと聞いた。
 ついでにワース商会に気の利いたプレゼントをしたようだ。
 明日朝になったら、きっとワース商会は大騒ぎだろうな。
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