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2巻

2-2

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 お屋敷に帰った僕は、おばさんから預かった手紙をヘンリー様に見せた。
 僕とリズ、スラちゃんが規格外であることを知っているヘンリー様だけど……さすがに驚いたのか、苦笑いを浮かべた。

「ははは、またすごいことをやったね」
「えっへん」

 リズとスラちゃんはなぜかドヤ顔だけど。

軍務卿ぐんむきょうと陛下には私から伝えておく。次に会った時に、何か言われるかもしれないね」
「……素直に事情を話します」
「まあ、アレク君なら大丈夫だろう」

 僕の隣で、リズたちはいまだに得意そうにしている。この一人と一匹に説明を任せるのはちょっと無理だ。
 面倒な説明をするのは、お兄ちゃんである僕の役目かな。


  ◆ ◇ ◆


 あっという間に約束の第一の日がやってきた。
 ダガーを受け取るべく、僕とリズとスラちゃんは武器屋さんに来た。
 朝だけど、店内は多くの冒険者であふれ返っている。多分、これから依頼を受けに行くんだろう。
 店内には、顔見知りの冒険者もいた。

「お、アレクたちもこの店を知ったか!」
「はい、ギルドの方から紹介してもらって」
「ここは冒険者の御用達ごようたしなんだ。ギルドの売店じゃなくて、こっちで武器を買うようになれば……初心者を卒業するのも間近だな」
「おお、そうなんだ!」

 リズがはしゃいでこぶしにぎった。顔見知りの冒険者たちは声をかけたついでと言わんばかりに、僕たちの頭を撫でていく。
 どうもこのお店、一見いちげんさんお断りのところだったらしい。
 だから、ギルドの武器屋のおじさんは紹介状を書いてくれたのか……
 お店から人がほとんどいなくなった頃、ようやく僕たちの番が来た。

「お待たせ、頼まれてたダガー二振りだよ。しっかり打ち直したからね」

 カウンターから出てきたおばさんが、僕に品物を渡す。
 受け取ったダガーを確認すると……

「わあ、お兄ちゃんのお名前がある!」
「ふふふ、名入れはサービスだよ。久々の大仕事だからって、弟子と一緒に旦那も張り切っててねぇ」

 ダガーの柄には僕の名前、そして親方の名前が刻まれていた。もともとシンプルな作りをしていた武器だけど、なんだか今まで以上にしっくりくる。
 隣で覗き込んでいたリズも大喜びだ。

「ごめんね。他のはまだ時間がかかりそうなのよ」

 おばさんの言葉に、スラちゃんがしょんぼりとうつむいた。リズのファルシオンとショートソード、スラちゃんのロングソードは今も打ち直し中らしい。

「ギルドに行って、武器屋のおじさんに報告しないと。リズ、少し寄ってもいい?」
「うん。『ありがとう』って言わないと!」

 ダガーを受け取った僕たちは、ギルドに向かうことにした。


 ギルドに着くと、依頼に向かう人でとっても混雑していた。人混みを掻き分けて、僕とリズは武器屋のおじさんのところに行く。

「おじさん、ありがとうございました」
「お兄ちゃんのダガーができたよ!」
「よしよし。いろいろ話は聞いたぞ。あの気難しい親方が『たまげた』とまで言うとはなぁ。やるじゃないか」

 すでに親方から話があったみたい。武器屋のおじさんは他の人にバレないよう、具体的な内容をぼかしながらめてくれた。
 ひとまずこれで一安心。そう思った時だった。

「ははは、お前らがいるとちっともひましないな」
「そんなこと言っては駄目よ、ジン。二人とも、またとんでもないことをしたのね」
「ジンさん、カミラさん!」

 後ろから声をかけてきたのは、剣士のジンさんと魔法使いのカミラさんだった。後ろからはよくみんなでパーティーを組んでいるレイナさんとルリアンさん、ナンシーさんもやってくる。
 この五人は、ここホーエンハイム辺境伯領でも有数の腕利うできき冒険者。なんでも王立学園に通っていた時の同級生らしく、僕とリズに目をかけてくれているのだ。
 王族の血を引いていることだったり、バイザー伯爵家のゴタゴタだったり……何かと隠し事が多い僕たちだけど、この五人はその事情をすっかり知っている。それでも態度を変えないでいてくれるので、とてもありがたい。
 ここ最近、ジンさんたちはずっと指名依頼を受けていた。
 ちなみに指名依頼とは、依頼主いらいぬしが担当してもらう冒険者を指名する制度のこと。彼らは僕とリズの事情を知っているので、バイザー伯爵家の騒動そうどうについて、ヘンリー様からいろいろお仕事を任されていたんだ。
 今日は、その指名依頼の報酬ほうしゅうを受け取りに来たのだという。
 せっかくだから、みんなで食堂に移動してお話しすることにした。


 それぞれが席に着き、一つのテーブルを囲む。
 注文した飲み物が届くと、ジンさんが口火くちびを切った。

「しかし、バイザーの一件が片付いてよかったな! アレクとリズ、大活躍だったんだろ? それぞれ単独でゴブリンキングを倒すなんて……しかも魔法で一撃いちげきとはな」
「カミラさんたちが特訓してくれたおかげです」
「私としても、指導の成果が出てよかったわ。アレク君もリズちゃんもスラちゃんも、優秀な生徒だったし……しっかり教えた甲斐かいがあったわね」

 僕たちがゲインたちを捕まえられたのは、間違いなくカミラさんたちの魔法講習のおかげだ。あの講習を受けたから、魔力の制御せいぎょがうまくなった。
 僕もリズも、より高火力の魔法をコントロールできるようになったんだから。

「剣に魔力を込めたら、材質を変えちまったんだってな」

 どうやらジンさんたちは、ヘンリー様から話を聞いたらしい。僕たちが普通の鉄の剣を魔鉄に変えたことも教えられたみたいで、とても驚いていた。
 僕はダガーを取り出してテーブルの上に置く。

「うーん、確かに魔鉄でできていますね」
「親方の名前までってある。相当気合が入っているわ」

 ルリアンさんとナンシーさんが苦笑した。

「リズが魔力込めるとこ、見る? 他の素材ならどうなるかなー」

 しばらく話をしていると、ジュースを飲んでいたリズがボソッと呟いた。
 とんでもない爆弾発言ばくだんはつげんだ。

「ちょっと、リズ! それは――」
「面白そうだな。時間もあるし、試してみるか!」

 僕が止めるより早く、ジンさんが乗り気になってしまう。
 ギルドの売店で安い武器をいくつか買い、いろいろ実験することになった。
 とはいえ、人目につく場所でやるわけにはいかない。
 そこでジンさんたち同様、僕とリズの秘密を知っている冒険者ギルドのマスター、ベイルさんに頼んで、訓練場を借りることにしたんだけど……

「へえ、武器の強化を……俺も興味がある。ぜひ見学させてくれ」
「私も奇跡きせきの瞬間を見たいわ」

 なんと、ベイルさんと副マスターのマリーさんも「監視かんし」という名目で見に来ることに。
 ベイルさんは武器マニアだそうで、ワクワクした顔で訓練場の人払ひとばらいを済ませてくれた。

「やるぞー!」

 早速訓練場に入り、まずはリズが挑戦。鉄でできたナイフに魔力を通していく。
 キラリーン!
 リズが集中すると、すぐに刀身が光り輝いた。あっという間に特製ナイフの完成だ。
 出来上がったものを、リズはベイルさんに渡す。
 切れ味を確認するために、彼は分厚ぶあつい木の板を持ち込んでいた。
 ナイフを板に当てると、まるで紙を切っているかのようにすんなりと刃が通る。

「おい、マジかよ!」

 ベイルさんが声を上げた。全然力を込めていないのに、物凄い切れ味だ。

「なんか、想像以上にとんでもないな……」
逸品いっぴんといっても差しつかえないわね」

 ジンさんとレイナさんも、ナイフの性能にビックリしている。
 次は、木製の武器に魔力を込められるか試す。金属じゃないけど……果たしてどうなるか。
 僕はジンさんから短めのマジックロッド……魔法使い用の杖を受け取り、気合を入れる。

「えい!」

 キラキラーッとした魔力の光が、マジックロッドを薄く覆う。

「うん? 見た目は同じに見えるが……」
「いやいや、とんでもないわよ!」

 ベイルさんはあまり変わっていないと思ったようだけど、カミラさんが首を横に振った。
 マジックロッドを受け取った彼女は、訓練場のまとを目掛けて【ファイアボール】を放つ。
 これは初歩的な火属性魔法……のはずが、的に当たった途端、火の玉がぜてすさまじいほのおを上げた。

「この杖……魔法の威力いりょくを増幅するわ。使い手の練度れんどを問わない武器ね」

 カミラさんいわく、魔法使いにとってゆめのような武器らしい。
 リズとスラちゃんもマジックロッドの強化を試した結果、物凄い杖は合計三本もできてしまった。

「うーん……どうもアレク君たちが魔力を込めると、あらゆる武器の性能を向上させそうだね」
「間違いなく、とんでもない能力です。もしもこのことがバレたら……アレク君たちに危険が迫ります」

 ナンシーさんの推測に、ルリアンさんが同意を示す。大人のみんなは真顔でうなずいた。
 正直、僕も同感だ。
 これ以上はやめておこう。そう思っていたのに、リズが余計なことを言い出した。

「お兄ちゃん! お兄ちゃんとリズとスラちゃんで一緒にやってみようよ! 強い杖ができるかも!」

 ベイルさんは「もうおなかいっぱい」という顔をしていたけれど……リズがぐずりかけたので、渋々しぶしぶ許可を出してくれた。
 もし彼が駄目だと言ったところで、リズはあきらめなかっただろう。こっそりやられるくらいなら、大人がそばにいるうちに試したほうがマシ、と判断したみたいだ。
 ということで、僕たち三人はマジックロッドに手をえる。
 号令を担当するのは、凄く張り切っているリズだ。

「いくよ! せーの!」

 キラキラキラー!


 その瞬間、杖がひときわ強い光を発した。
 先に試したものと違って、僕たちが魔力を込め終わった後も派手に光り輝いている……ただの杖だったよね、これ? 
 僕だけに見えている幻覚げんかくだと思いたい。
 出来上がったマジックロッドで、カミラさんに魔法の試し打ちをしてもらう。

「ふふふ……素人でもこの国有数の大魔法使いになれる、まさに国宝級こくほうきゅう代物しろものだわ……」

 引きった笑みを浮かべ、カミラさんが使用感をコメントした。
 うわあ、国宝級って……!
 カミラさんは早々に僕に杖を返してきた。こんな杖、おっかなくて持っていられない……ということらしい。
 見た目は安っぽいマジックロッドなのに、オーラが神々こうごうしいんだよね。

「アレク、この杖は性能がよすぎる。一個人が所有していると、目を付けられかねん」
「はい、僕もそう思います。これは王家の人に差し上げます」
「そうするといい」

 かくして、僕たちの魔力が詰まったマジックロッドは、ベイルさんの推薦すいせんで王家に献上けんじょうすることになった。
 ちょうどエレノアの誕生日が近い。彼女へのプレゼントにしよう。
 その他、特製ナイフはレイナさんへ、三本の杖はカミラさんたちにゆずることにした。

「俺はいらんぞ。こんな武器、絶対に持ちたくない! 使い方を間違えたらどうなることか……」

 ジンさんはそう言って、僕たちが作った武器をがんとして受け取ろうとしなかった。
 Aランク冒険者である彼がここまで警戒するんだから、本当にあぶないんだろう。

「リズ、スラちゃん。とっても危険だから、武器に魔力を込めるのは禁止ね。僕が『いい』って言う時以外、力を使っちゃ駄目だよ」

 すぐに僕はリズたちに注意した。

「えー! この前買った木剣ぼっけんは駄目?」
「あれは練習用だからいいけど……ほどほどにしてね」

 いろいろ試したことで、ひとまず満足したみたいだし……二人とも、言われたことは守るはず。

「ベイルさん、ヘンリー様には僕が伝えておきます」
「俺もあとで手紙を書いておく。お前たち! 今日のことは絶対に言い触らすなよ」

 ベイルさんがみんなに箝口令かんこうれいいた。その言葉に、マリーさんとジンさんが頷く。

「怖くてしゃべれませんよ。国家機密に相当しますもの」
「同感だ。アレクたちと出会ってから、秘密ばっかり増えていく……」

 僕も不用意に誰かに話すつもりはない。言うとしても、ティナおばあ様くらいかな。
 国宝級と言われたマジックロッドは、王家に献上するまで木箱に入れて保管しておこう。


 ちなみに……屋敷に帰った僕が今日の出来事を報告すると、ヘンリー様は無言で通信用の魔導具を取り出し、王城に連絡した。
 案の定、陛下から僕とリズに緊急招集きんきゅうしょうしゅうがかかる。
 当初の予定をげ、僕たちは明日の朝イチで王城に行くことになったのだった。


  ◆ ◇ ◆


 翌朝。【ゲート】を繋ぎ、僕とリズとスラちゃんは王城に向かった。
 転移した先……ティナおばあ様の私室には、苦笑する部屋の主と真顔の陛下が待ち構えていた。

「すぐ終わる」

 そう言うと、陛下は僕の手を引いて部屋を出た。リズのことはティナおばあ様とスラちゃんに任せよう。
 廊下ろうかを歩きながら、こっそり陛下を見上げる。その横顔にはくっきりとくまが浮かんでいた。
 部屋を出発してからというもの、陛下はずっと無言だ。
 これは……武器の件でしかられるのかなぁ。
 やがて応接室に辿り着いた。早速中に入る。
 僕がソファに座ると、陛下はため息をついた。

「ヘンリーから話は聞いた。とんでもないものを作ったそうだな」
「ごめんなさい。こんなことになるとは思ってなくて……」

 僕が頭を下げると、陛下は首を横に振った。

「怒るつもりはないゆえ、そう落ち込まなくていい……怖がらせてしまったな、すまない。最近いろいろと忙しくてな、余裕をくしていた」

 逆に謝られたので困ってしまう。バイザー伯爵夫妻のやらかしの後始末をお願いしているわけだし、陛下も大変なのかも。
 そんなことを思っていると、陛下が少し口角を上げた。

「お前たちは本当に天才だな。大量の魔力を込め、素材の材質を変えることができるなんて……今回の件で我が国の魔法研究はいっそう進むだろう。国立アカデミーでも研究するよう指示を出したのだ。それでだ、ひときわ性能が高いものをエレノアの誕生日プレゼントにするつもりだと聞いたが……どんなものだ?」

 王立学園の上位組織である国立アカデミーで調査するほど、これって凄いことだったのか……
 僕は魔法袋から木箱を取り出した。箱をけてマジックロッドを差し出すと、陛下がひかえていた侍従を手招てまねきする。
 侍従はマジックロッドを手に取り、【鑑定】をかけた。

「へ、陛下、ホーエンハイム辺境伯様からのご報告通りです! このマジックロッド、一見するとただの木の杖ですが、まさに国宝級の性能をめております!」

 とんでもなく驚いたのか、侍従は額に汗をかいている。
 陛下はマジックロッドに視線をやり、眉根を寄せた。

「うーむ……そうなると、幼いエレノアに扱いきれるのか不安だな。もっと性能を落としたプレゼントにしたほうがよさそうだ」
「僕やリズだけの魔力を込めた杖なら、パワーは落ちます。あとは……魔法袋なんてどうでしょう?」

 僕たちが作る魔法袋は、他の魔法使いが作るものより高性能だ。容量は底なしに近いから、あって困ることはないはず。

「それがいいだろう。あのマジックロッドは王家に対する献上品として受け取るが、しばらくは誰にも使わせまい。追々扱いを決めていこう」
「はっ、承知いたしました、陛下。このマジックロッドは宝物庫に運びましょう」

 陛下の言葉に、侍従がかしこまって答えた。
 三人で作ったマジックロッドは厳重に封印されることになってしまった。陛下の言う通り、エレノアには僕の魔力を込めたマジックロッドと、リズとスラちゃんが作った魔法袋をあげよう。
 これで話はおしまいみたい。
 僕は応接室を出て、リズとスラちゃんのもとへ向かう。どうやら二人はティナおばあ様と共に勉強部屋に向かったらしい。
 部屋に着くと、リズが飛びついてきた。

「お兄ちゃん、お話終わった?」
「終わったよ。エレノア、誕生日プレゼントを楽しみにしていてね」

 リズと一緒に勉強していたエレノアにも声をかける。彼女は満面の笑みを浮かべた。

「アレクお兄ちゃん、ありがとー!」

 こうして、僕たちのとんでもない武器作りはひとまず解決したのだった。


 勉強を終えると、すっかり昼食の時間だった。

「卵がふわふわでおいしいね!」
「もっといっぱい食べられるの!」

 もぐもぐもぐ。
 今日の昼食はオムライス。リズとエレノアは僕の両隣に座り、おいしそうにご飯を頬張ほおばる。
 向かい側に座っているエレノアの腹違いの兄姉けいし……ルーカスお兄様とルーシーお姉様もおいしそうにオムライスを食べていた。

「ふふ、おかわりをしてもいいのよ」

 僕たちのことを、ティナおばあ様がにこやかに見つめる。
 新たなトラブルは、食堂でランチをしている時に起こった。
 ガチャ。

「ふう、疲れたな」
「そうですな。この件ばかりはなかなか……エレノア様のことも考えねばなりませんから」

 食堂の扉が開き、陛下とニース宰相さいしょうが入ってきた。
 どうやら会議があったらしく、かなりお疲れモードだ。

「父上、どうしたんですか?」
「いや何、ちょっと急ぎのことがあってな」

 ルーカスお兄様の質問を陛下がごまかす。ただ、息子に答える声には覇気はきがない。
 朝会った時よりさらに疲れた顔をしているような……「最近忙しい」って言っていたし、それがらみかな。
 あるいは、何か新しいトラブルが発生したのかも。
 僕が思いを巡らせていると、ここで勘のいいリズが鋭い質問をする。

「エレノアってことは、もしかして今度の誕生日パーティーのお話? 何かあるの?」
「そうだ。やみギルドの襲撃が計画されていたとあっては、会場警備の見直しが……あっ」

 愚痴ぐちのようなその言葉を、全員がはっきりと聞いてしまった。
 エレノアの誕生日パーティーで、闇ギルドの襲撃が計画されている?
 闇ギルドとは、非常に悪名高い犯罪組織だ。禁止されているはずの奴隷どれいを売買したり、各地で紛争ふんそうを起こしたり……悪い人たちの集まりだと聞く。それがどうして?
 とんでもない失言をした陛下に、ニース宰相が愕然がくぜんとしている。陛下は水の入ったコップを持ったまま身をかたくし、分かりやすく「しまった!」という顔をした。
 ティナおばあ様は、あちゃー! と頭を抱えていた。どうやら大人たちはこのことを知っていたみたいだ。

「襲撃って……一体どういうことですか!?」
「危ない人が来るんですか?」
「悪い人が来るの?」
「それならリズがやっつけるよ!」
「分かった、分かった! 説明するから落ち着け!」

 椅子を飛び下り、ルーカスお兄様、ルーシーお姉様、エレノア、リズが一斉に陛下に詰め寄る。
 子どもたちの勢いに負け、陛下は観念かんねんしたみたいだ。
 質問攻めに乗り遅れた僕とスラちゃんとしても、この件はとっても興味がある。

「バイザー伯爵――ゲインが連れていた護衛の男を尋問じんもんしたのだ。すると彼奴きゃつは『エレノアの誕生日パーティーで襲撃を計画している』ときおった」

 形だけではあるものの、ゲインは闇ギルドの幹部かんぶだった。彼とその妻であるノラに仕えていた護衛は、組織の暗部を知っていたらしい。

「大変じゃないですか! 父上、なんでそんなに大切な話をだまっていたんですか?」
「……子どもに話すようなことではないからだ」

 陛下がルーカスお兄様の頭をポンポンと撫で、答える。確かにこれは大事おおごとだ。
 でも……僕としては事前に教えてほしかったな。
 自分たちにも関わることを、「子どもだから」と教えてもらえないのは嫌だ。幼いけれど王家の一員としての自覚があるルーカスお兄様とルーシーお姉様、エレノアだってそうだろう。
 もし何かあった時、覚悟ができているのといないのとじゃ、全然違うと思うよ。

「おばあちゃん……リズ、なんとかしたいの。エレノアは大切なお友達だもん。嫌な思いをしてほしくない……」

 涙目なみだめうったえるリズ。僕も同じ気持ちだ。
 椅子を下りて、ティナおばあ様に近づく。


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