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第二章 辺境伯領での生活とゴブリンの襲撃
森を抜け、道を少し進んだ先には、城壁に囲まれた大きな町があった。
「うわあ、建物がたくさんある!」
「ここが私たちが住んでいる町、ホーエンハイム辺境伯領です」
オリビアさんが僕たちを門の前に連れていく。
門番が町に入る人の身元をチェックしているけど、僕もリズも身分証なんて持ってないよ。
「お兄ちゃん、どうしよう」
リズと顔を見合わせて困ってしまう。スラちゃんもふるふると震えて不安そうだ。
「大丈夫よ、手続きは任せて」
うーん……ここはエマさんにお願いしよう。
門番がこちらを向いた。
「エマ様とオリビア様、お戻りになったのですか……おや、お連れの子たちは?」
「森に捨てられちゃったそうなの。このことで騎士団長に相談をしたくて……」
「なるほど、すぐに取り次ぎます。冒険者ギルドと教会の者にも声をかけましょう。しかし、なんとも嘆かわしいことですな」
おやおや? なんだかあっという間に話がまとまって、通行を許可された。
そして、門の近くの、鎧を纏った兵士がたくさんいる詰所に連れていかれた。
もしかして、事情を聞かれる?
リズも少し緊張しているのか、僕の手をギュッと握ってきた。
そんな様子を見て、エマさんとオリビアさんがクスッと笑う。
「アレク君とリズちゃんは何も心配しないで……実は私たち、ここの領主の娘なの」
「そうです。それに、二人は私たちのヒーローなんですから」
そう言うと僕たちの手を引き、部屋のドアを開ける。
きっちりした雰囲気の部屋だ。応接室だろうか。
「さあ、座りましょう」
オリビアさんに促され、僕とリズはソファの真ん中に腰かけた。
スラちゃんはリズが抱いていて、腕の中でふよふよと揺れている。
両端にはエマさんとオリビアさんがそれぞれ座った。
「よう! エマ様、オリビア様、なんか急ぎの用だって?」
急に部屋のドアがドンッと開き、立派な鎧を着た男の人が入ってきた。
大きな音に驚いて、僕とリズは思わず体をすくめる。
茶色い短髪のその人は、かなり背が高い。
「もう! いきなりドアを開けるから、アレク君たちが怖がっているじゃない!」
「そうです。ビックリしているじゃないですか!」
エマさんとオリビアさんが抗議してくれた。
男性は向かいのソファにどっかりと座る。
「ハハハッ、驚かせてすまんな、坊主。この町の騎士団長、ガンドフだ」
豪快に笑いながら謝って、自己紹介をしてきた。
慌てて僕たちも挨拶をする。
「えっと、僕の名前はアレクサンダーと言います。こっちはエリザベスです」
「リズだよ! こんにちは!」
「お、礼儀正しい坊主だな。それに嬢ちゃんは元気いっぱいだ」
ガンドフさんは気さくにニコニコしているけど、なんとなく強さが滲み出ている。
「お待たせしました!」
「すまんのう、遅くなって」
ガンドフさんと挨拶を交わしたすぐ後、青髪のおかっぱ頭の女性と、司祭服を着た白髪の老人が部屋に入ってきた。
「エマ様とオリビア様と……こちらの子がお客様かしら? 私は冒険者ギルドで副マスターをしている、マリーと申します」
「儂は教会の司祭をしておるヘンドリクスじゃ」
「初めまして、アレクサンダーです」
「リズです! 初めまして!」
マリーさんとヘンドリクスさんが向かいに座ると、エマさんが話し始める。
「アレク君たちとは森で出会ったの。二人とも捨てられちゃったみたいで……」
エマさんが僕たちと出会った経緯を説明する。
エマさんの話によると、彼女とオリビアさんは、忙しいお父さんにベリーをあげるため、森に摘みに来たそうだ。
ところが、森に入ってすぐのところでゴブリンに襲われてしまい、そこに僕たちが駆けつけた。
エマさんが事情を明かすと、大人たちが深刻そうな表情になった。
「確認しないといけないことが出てきたぞ。まず、坊主たちが森に捨てられたのは間違いないか?」
ガンドフさんの質問に、僕は頷く。
「はい。三日前に突然知らない人たちに攫われて、森の中に置いていかれたんです。実は少し前に、家の人たちが僕とリズを追い出そうとしているのを聞いていて……」
幼い頃から書斎に隔離されていたことや、リズとは実の兄妹じゃないことは隠しながら話す。
「ふむ……幼い子どもが捨てられる事件は珍しくない。坊主たちは家に帰りたいか?」
「嫌です、多分また捨てられちゃいます」
「森にポイッてされちゃうよ」
僕の言葉にリズが続ける。
ガンドフさんは僕たちが森の中を道なりに歩いてきたことを確かめ、顎に手を当てた。
「そうか。方角からするとバイザー伯爵領だな……」
えっ、今、「バイザー」伯爵領って言った……?
僕が身を硬くしたのはバレなかったみたい。ガンドフさんが話題を変える。
「次はエマ様たちだが……森の近くに本当にゴブリンが出たのか?」
「そうなの。いつもは全然魔物が現れない場所なのに、ビックリして」
「しかもたくさんでした!」
エマさんに続いてオリビアさんが答えると、ガンドフさんは腕を組んで考え込んでしまった。
「あの、僕たち、さっき倒したゴブリンの耳を持っています。証拠になりますか?」
「本当か? 坊主」
「はい、耳以外はスラちゃんが吸収しちゃったんですが……」
「スラちゃん……ああ、連れている従魔のことか? 耳があれば十分だ。ここに出してくれ」
ガンドフさんがテーブルの上に布を敷いたので、僕は魔法袋からエマさんたちを襲ったゴブリンの耳を次々と取り出す……ええっと、大体このくらいだったはず。
こんもりと山になった耳を見て、ガンドフさんが驚いた顔をする。
「坊主たち、こんなにゴブリンを倒してきたのか!?」
「幼いのにとても強いのね! それにしてもこの数……ギルドの冒険者を招集するレベルね……」
「教会としても、対応を検討しないといけませんな」
僕が出した耳を見て、マリーさんとヘンドリクスさんも難しい顔になる。
「エマお姉ちゃんたちを助ける前にも、ゴブリンがたっくさんいたよ! ね、お兄ちゃん?」
「何? それは本当か?」
僕が首を縦に振ると、ガンドフさんが新たな布を取り出した。
テーブルに敷かれたそれに、倒したゴブリンの耳をすべて出す。
「マリー、司祭様、これだけ証拠があればもう十分だな。討伐隊を出す必要があるぞ」
「はい。たった二日間でこれだけの数……冒険者ギルドの規定にも達します」
「明日ギルドマスターが帰ってきたら、すぐ会議をせねばな」
ガンドフさんの問いかけに、マリーさんとヘンドリクスさんが答えた。
どうやらゴブリンの討伐のための緊急会議が決定したみたいだ。
「さて、アレク君よ。君はどうしたいのじゃ? 孤児院を紹介できるがその場合、受け入れ人数の問題でリズちゃんとは別の施設に……」
「リズと別れるのは嫌です! 僕たち、魔法が使えます。子どもだけど冒険者になれませんか?」
ヘンドリクスさんの提案を慌てて断った。するとオリビアさんが言う。
「マリーさん。アレク君たちの身分証をギルドで作ってもらえないでしょうか?」
「もちろんです。ゴブリンとウルフの討伐に、今回の大量発生の報告も、きちんと功績として残しておきます……アレク君、字は書ける? 冒険者登録は書類を書くだけで複雑なものじゃないけれど、必要なら代筆するわ」
よかった、リズと離れ離れにならなくて。それに書類を書くだけなら、僕の本名がアレクサンダー・バイザーであることは隠せそうだ。
「ありがとうございます、マリーさん。自分でできます」
リズと一緒に、ぺコリと頭を下げる。
「アレク君とリズちゃんはとっても賢くて大人びているのね。冒険者ギルドには二人のような幼い子がいるけれど、君たちほどしっかりした子は見たことがないわ……きっと、今まで苦労をしたのね。でもあまり無理せず、ギルドを頼って。当面の住む場所も、こちらが用意するから」
マリーさんがくすっと笑って、僕とリズの頭を撫でる。
僕たちの事情は、信用できる人に相談したい。なんとなく、この人たちはいい人な気がするけど……バイザー伯爵家の関係者だとバレてしまって、万が一にもゲインとノラに連絡がいくのはまずい。
それに、リズと離れ離れになりたくない。
本当に信頼に値する人たちか、少し様子見させてもらおう。
「明朝、森を騎士団の兵に巡回させる。午後には結果が分かるだろう」
「ギルドマスターも明日の朝には戻っているはずなので、伝えておきますね」
「教会からは、儂が会議に出よう。時間が決まったら教えてくだされ」
大人たちの話がまとまったみたいだ。
「では、アレク君たちはこのまま冒険者ギルドに連れていき、冒険者登録と身分証……ギルドカードの発行を行います。今日はギルド併設の宿屋に泊まってもらいましょう」
話し合いも終わったので、僕たちはマリーさんと冒険者ギルドに向かうことになった。
「アレク君たちをよろしくね、マリーさん。それにしても、ベリーが採れなかったのは残念だなぁ」
「仕方ないですよ、エマ。命のほうが大事です」
エマさんとオリビアさんの話を聞いて、リズが魔法袋の中をゴソゴソと漁る。
「このベリー、エマお姉ちゃんとオリビアお姉ちゃんにあげるね」
「え、いいの? リズちゃん」
「うん。いっぱいあるから大丈夫!」
リズは優しいから、困っているのを見過ごせなかったんだろうな。
せっかくなので、二人にベリーをたくさん分けてあげた。
「では、行きましょうか」
マリーさんに声をかけられ、僕とリズは立ち上がった。
「また明日ね、アレク君、リズちゃん!」
「今日は本当にありがとうございました!」
僕たちは、エマさんとオリビアさんに手を振りながら応接室を出た。
「うわぁ! 人がたくさんだ!」
「そうね。この町は大きいから、住人の数が多いのよ」
マリーさんに手を引かれながら、人通りの多い道を歩いていく。
通りにはさまざまな屋台が出ている。
そこかしこから商人の威勢のいい呼び込みが聞こえてきて、僕もリズもキョロキョロしてしまう。
「はい、到着です。ここが冒険者ギルドよ」
門から歩いて五分ほどで、目的地であるギルドに到着した。
「大きい! 広ーい!」
リズがはしゃぐ気持ちもよく分かる。
大きい町だけあって、ギルドは三階建ての広い建物だ。中から多くの人の声が聞こえてくる。
ギルドに入ると、武器を携えた冒険者が男女問わずたくさんいた。
このギルドは宿屋だけでなく食堂も併設されているようで、大勢が食事をしていた。
「ここが受付よ。まずは冒険者登録をしましょうね」
「スラちゃんってどうしたらいいですか?」
「一緒に従魔登録を済ませましょうか」
書類の説明を受けながらサラサラと必要事項を書いていく。僕とエリザベスのファミリーネームは書かず、スラちゃんの主はリズにして……っと。
そんな様子を見て、マリーさんが目を丸くした。
「あら、アレク君は字が綺麗ね」
「お兄ちゃんはとっても頭がいいんだよ。計算もできるの!」
「それは凄いわね! さて、二人とも今度はこの水晶に手を置いてね」
「「はーい!」」
「うん、大丈夫です。では、ちょっと待っていてね。人も呼んでくるから」
これで手続き終了みたいだ。
リズの頭を撫でつつ、僕がギルド内を見回していると、とっても強そうな冒険者っぽい男女が近づいてきた。
ちょうどそこにマリーさんが戻ってくる。
「お待たせ……あら? ジンとレイナ、早かったわね。さっき使いを出したばかりよ?」
「ちょうどギルドに帰ってきたところだったんだ。入り口で聞いたが、用があるんだろ?」
冒険者の一人……ジンさんと呼ばれた人が尋ねた。赤い短髪の精悍な顔つきをした男性で、大きな両手剣を背中に担いでいる。
隣に立つレイナさんは長い赤髪をポニーテールにした女の人で、こちらは腰に剣を下げていた。
「ここではなんだから、個室に移りましょう。アレク君とリズちゃんもついてきてね」
「「はーい」」
僕たちが返事をするのを見て、ジンさんが怪訝な顔をした。
「マリーさん、子どもも一緒でいいのか?」
「ええ。というか、この子たちは関係者なの」
マリーさんの案内で僕たちはギルドの個室に移動した。
「さあ、ソファに座ってね。アレク君たちは私の隣に来てくれる?」
僕とリズ、マリーさんの向かい側に、ジンさんとレイナさんが着席する。
「まずは簡単に自己紹介をしましょうか。この二人はアレクサンダー君とエリザベスちゃん。この町を出てすぐのところの森に、捨てられてしまったそうなの」
「またかよ、まったく嫌になるぜ」
「二人はうまく森を抜け出せたのね。はあ、それにしたって……」
僕たちの事情を聞いて、ジンさんたちがため息をついた。
「アレク君、リズちゃん。こちらはジンとレイナ。二人とも凄腕の冒険者なの。まだ二十歳なのに、もうAランクの冒険者なのよ」
「おー! 二人とも強いの!?」
冒険者ギルドの副マスターであるマリーさんが凄腕と紹介するくらいだ。リズとスラちゃんのテンションがとっても上がって、話を聞きたそうにそわそわし始めている。
「さて、ジンとレイナを呼んだ理由を簡単に説明するわね。実はこのアレク君たち、森に捨てられてからここに来る間に、ゴブリンを四十体以上倒してきたのよ」
「マジかよ!? 小さいのによくそんなに倒したな……って、あの森にゴブリンがそんなにいたのか? 本当に?」
「本当よ。討伐証である耳も、私と騎士団長と司祭様とで確認したわ」
「そのメンバーでチェックしたなら、確実ね。いつ討伐隊を出すの?」
凄腕の冒険者だから、マリーさんの説明ですぐに自分たちが呼ばれたわけを察したみたいだ。
「明日朝にマスターが帰ってくるから、午後には関係者を集めて会議になるわ。午前中に兵が調査する予定よ。ギルドからは、ジンとレイナにもその会議に参加してもらいたいの」
「しばらく依頼を受けない予定だったが……うん、問題ないぞ」
「この町の安全に関わることだもの。もちろん参加するわ」
ジンさんたちも会議に出るってことは、それだけ信頼されているんだな。
そんなことを思っていたら、ジンさんが僕とリズをジロジロと観察し始めた。
「アレクとリズって言ったな?」
「はい」
「そうだよ!」
「ふむ、かなりの魔力を持っているな……」
「そうね。それに一緒にいるスライムは、希少なハイスライムでしょう? これならゴブリンを倒せるのも納得ね」
おお、さすがは凄腕の冒険者……僕たちの実力を測っている。
レイナさんは、【鑑定】を使わずにスラちゃんの種族を言い当てた。
希少と言われたスラちゃんは、ちょっと自慢げにふるふると震える。
「ええ。この二人、すっごく大人びていて実力がある子たちだけど……まだ幼いわ。ギルド全体で見守りながら、この町での暮らしに慣れていってもらいたいの」
マリーさんの言葉に、ジンさんたちが頷いた。
「それが一番だな。力は凄くても駄目になったやつは山ほどいる」
「子どもは健やかに成長することが第一だもの。冒険者として活動するようなら、私たちが面倒を見ましょう」
僕もリズも知らないことがいっぱいなので、いろいろ教えてもらえるのはとても助かる。
「さて、これが二人の身分証になるギルドカードよ……私はアレク君たちの宿を取らないといけないから、これで解散ね」
「それなら俺たちがやるよ。どうせ俺らもここの宿を使うし」
「宿を取ったら、一緒にご飯を食べましょう。せっかくだから、他の冒険者も紹介してあげる」
……ということで、マリーさんとはここで別れることになった。
ギルドのご飯ってどんなものだろう?
ちょっとワクワクしながら、僕とリズはジンさんとレイナさんの後をついていく。
「ここがギルド併設の宿屋だ。ちょっと待ってろ」
まずは、今日泊まる宿屋にやってきた。
結構大きめの建物だけど、多くの冒険者で賑わっている。
「ちょうど俺らの隣の部屋が空いているみたいなんだが、二人で一部屋でもいいか?」
「うん! お兄ちゃんとスラちゃんと一緒なの!」
リズが元気よく答えると、ジンさんは頷いた。
「よし、じゃあギルドカードを出してくれ」
ジンさんにカードを渡すと、受付をしてくれた。
「とりあえず一泊だな。料金は払っておいたから心配するな」
「「ありがとうございます!」」
ジンさんがお金を出してくれたので、僕とリズはペコッとお辞儀をした。
僕たち、相変わらずお金はまったく持ってないんだよね……早いところ、ウルフの毛皮を買い取ってもらわなくちゃ。
「さて、飯にしよう。真面目な話をしたら腹が減った」
「まったく、ジンらしいわね」
苦笑するレイナさんだが、僕とリズもお腹がペコペコだ。
レイナさんに手を引かれながら、賑わっているギルドの食堂へ向かう。
「おーい! こっちだよ!」
「あら、その子たちは?」
「うわあ、小っちゃくて可愛いですね!」
魔法使いっぽいローブを着ている三人の女性が、先に席を取っておいてくれたみたい。
もともとジンさんたちと約束していたのかな。
僕とリズは、席に座るとペコリとお辞儀をする。
「初めまして、アレクサンダーです」
「エリザベスです! リズって呼んでほしいです!」
僕たちが挨拶すると、三人の女性はニコッと笑った。
緑色のロングヘアのお姉さんが口を開く。
「挨拶ができて偉いね。私はカミラ。こっちはナンシーとルリアンよ」
カミラさんに紹介され、他の二人が頭を下げる。ナンシーさんが濃いピンク色のボブヘアで、ルリアンさんが赤みがかった金髪のセミロングのお姉さんか。
僕たちは代わる代わるカミラさんたちに頭を撫でられる。
なんだかくすぐったい……と思っていたら、三人が少し真剣な眼差しになった。
ジンさんが問いかける。
「どうだ? 凄いだろう」
「凄いって言葉じゃ足りません。才能の塊です!」
「これは将来が楽しみだね」
ルリアンさんとナンシーさんが口々に答えているけど……もしかして、僕たちの頭を撫でただけで何かが分かったの?
首を傾げていたら、カミラさんがこちらに気づいた。
「私たち、こう見えてもこの町ではトップクラスの魔法使いなの。だから、あなたたちの実力が分かるわ」
ちなみに、ジンさんとレイナさん、カミラさんたちはみんな同じ王立学園の同級生だったそうで、冒険者として活躍する今でも仲がいいらしい。
「そうだったんですね。僕たち、あまり他の魔法使いを知らなくて……」
「お姉ちゃん、凄い、凄ーい!」
リズが興奮しているけど、僕だってはしゃぎたい。
魔法使いとしてきちんと活動している人に会うのは、これが初めてだ。
「話が盛り上がっているところにすまないね。日替わり定食八つ、お待たせ! こっちは坊やたちお子様用と従魔の分だよ。たんとお食べ」
……と、ここでウエイトレスのおばさんが夕食を持ってきてくれた。
プレートの上にステーキとパン、サラダが載っている。
僕とリズ、スラちゃんのために、小さく切り分けたものも作ってくれたみたいだ。
さらにジンさんたち大人組の前にビールが、僕たちの前にジュースが置かれた。
みんながグラスを持ち上げる。
「「「「「「「乾杯!」」」」」」」
僕とリズはカットされたステーキを一口食べ、顔を見合わせた。
「おいしーい! お兄ちゃん! このお肉、とってもおいしいよ!」
「そうだね。柔らかくて、口の中ですぐ溶けちゃうよ」
久々のお肉というのもあるだろうけど……このステーキ、本当においしいな。
「リズ、口の周りがソースだらけだよ」
リズがバクバクとステーキを食べ進めているので、口の端についたソースを拭いてあげた。
僕たちの様子を見て、女性陣がなんだかとってもいい笑みを浮かべている。
「いい食いっぷりだな、どんどん食べろよ」
お酒ですでに顔が赤いジンさんも、ニコニコした笑顔を見せた。
久々のちゃんとした食事で、僕たちのお腹はいっぱいだ。
「おお、綺麗に食べたね。これはご褒美だよ」
おまけに、食器を片付けにきたおばさんからアイスをいただいてしまった。
「ありがとうございます、おばさん!」
甘いものはやっぱりおいしいな。
他の人も食べ終わったので、お会計のことを聞いてみる。
「ジンさん、ご飯代はいくらですか? 今はお金がないけど……今度払います!」
「子どもは黙って奢られておけ」
「そうよ、気にすることないわ。ジンが払ってくれるから」
ジンさんとレイナさんに断られてしまった。
「すみません、ごちそうさまでした」
ジンさんが食事代まで出してくれて申し訳ないけど、ここは厚意に甘えよう。
「私たちは別の宿だから、ここでお別れね」
「ばいばーい、カミラさんたち!」
リズが大きく手を振った。
カミラさんたちと別れて、僕とリズは宿に向かう。
宿泊する部屋に着くと、ジンさんが鍵を渡してくれた。
「ほら、これが鍵だ。明朝、受付に返せばいいからな」
「何かあったら遠慮なく呼んでね」
「はい、本当にありがとうございます」
二人にお礼を言って、部屋に入る。
今日は本当にいろいろあったので、なんだか疲れてしまったな。
僕は、自分とリズ、スラちゃんを【生活魔法】で綺麗にした。
「ゆっくり寝られるね、お兄ちゃん!」
「ベッドで寝るのも久しぶりだからね……」
枕元では、もうスラちゃんが夢の中だ。
僕とリズはベッドに潜り込み、いつものように抱き合いながら眠った。
森を抜け、道を少し進んだ先には、城壁に囲まれた大きな町があった。
「うわあ、建物がたくさんある!」
「ここが私たちが住んでいる町、ホーエンハイム辺境伯領です」
オリビアさんが僕たちを門の前に連れていく。
門番が町に入る人の身元をチェックしているけど、僕もリズも身分証なんて持ってないよ。
「お兄ちゃん、どうしよう」
リズと顔を見合わせて困ってしまう。スラちゃんもふるふると震えて不安そうだ。
「大丈夫よ、手続きは任せて」
うーん……ここはエマさんにお願いしよう。
門番がこちらを向いた。
「エマ様とオリビア様、お戻りになったのですか……おや、お連れの子たちは?」
「森に捨てられちゃったそうなの。このことで騎士団長に相談をしたくて……」
「なるほど、すぐに取り次ぎます。冒険者ギルドと教会の者にも声をかけましょう。しかし、なんとも嘆かわしいことですな」
おやおや? なんだかあっという間に話がまとまって、通行を許可された。
そして、門の近くの、鎧を纏った兵士がたくさんいる詰所に連れていかれた。
もしかして、事情を聞かれる?
リズも少し緊張しているのか、僕の手をギュッと握ってきた。
そんな様子を見て、エマさんとオリビアさんがクスッと笑う。
「アレク君とリズちゃんは何も心配しないで……実は私たち、ここの領主の娘なの」
「そうです。それに、二人は私たちのヒーローなんですから」
そう言うと僕たちの手を引き、部屋のドアを開ける。
きっちりした雰囲気の部屋だ。応接室だろうか。
「さあ、座りましょう」
オリビアさんに促され、僕とリズはソファの真ん中に腰かけた。
スラちゃんはリズが抱いていて、腕の中でふよふよと揺れている。
両端にはエマさんとオリビアさんがそれぞれ座った。
「よう! エマ様、オリビア様、なんか急ぎの用だって?」
急に部屋のドアがドンッと開き、立派な鎧を着た男の人が入ってきた。
大きな音に驚いて、僕とリズは思わず体をすくめる。
茶色い短髪のその人は、かなり背が高い。
「もう! いきなりドアを開けるから、アレク君たちが怖がっているじゃない!」
「そうです。ビックリしているじゃないですか!」
エマさんとオリビアさんが抗議してくれた。
男性は向かいのソファにどっかりと座る。
「ハハハッ、驚かせてすまんな、坊主。この町の騎士団長、ガンドフだ」
豪快に笑いながら謝って、自己紹介をしてきた。
慌てて僕たちも挨拶をする。
「えっと、僕の名前はアレクサンダーと言います。こっちはエリザベスです」
「リズだよ! こんにちは!」
「お、礼儀正しい坊主だな。それに嬢ちゃんは元気いっぱいだ」
ガンドフさんは気さくにニコニコしているけど、なんとなく強さが滲み出ている。
「お待たせしました!」
「すまんのう、遅くなって」
ガンドフさんと挨拶を交わしたすぐ後、青髪のおかっぱ頭の女性と、司祭服を着た白髪の老人が部屋に入ってきた。
「エマ様とオリビア様と……こちらの子がお客様かしら? 私は冒険者ギルドで副マスターをしている、マリーと申します」
「儂は教会の司祭をしておるヘンドリクスじゃ」
「初めまして、アレクサンダーです」
「リズです! 初めまして!」
マリーさんとヘンドリクスさんが向かいに座ると、エマさんが話し始める。
「アレク君たちとは森で出会ったの。二人とも捨てられちゃったみたいで……」
エマさんが僕たちと出会った経緯を説明する。
エマさんの話によると、彼女とオリビアさんは、忙しいお父さんにベリーをあげるため、森に摘みに来たそうだ。
ところが、森に入ってすぐのところでゴブリンに襲われてしまい、そこに僕たちが駆けつけた。
エマさんが事情を明かすと、大人たちが深刻そうな表情になった。
「確認しないといけないことが出てきたぞ。まず、坊主たちが森に捨てられたのは間違いないか?」
ガンドフさんの質問に、僕は頷く。
「はい。三日前に突然知らない人たちに攫われて、森の中に置いていかれたんです。実は少し前に、家の人たちが僕とリズを追い出そうとしているのを聞いていて……」
幼い頃から書斎に隔離されていたことや、リズとは実の兄妹じゃないことは隠しながら話す。
「ふむ……幼い子どもが捨てられる事件は珍しくない。坊主たちは家に帰りたいか?」
「嫌です、多分また捨てられちゃいます」
「森にポイッてされちゃうよ」
僕の言葉にリズが続ける。
ガンドフさんは僕たちが森の中を道なりに歩いてきたことを確かめ、顎に手を当てた。
「そうか。方角からするとバイザー伯爵領だな……」
えっ、今、「バイザー」伯爵領って言った……?
僕が身を硬くしたのはバレなかったみたい。ガンドフさんが話題を変える。
「次はエマ様たちだが……森の近くに本当にゴブリンが出たのか?」
「そうなの。いつもは全然魔物が現れない場所なのに、ビックリして」
「しかもたくさんでした!」
エマさんに続いてオリビアさんが答えると、ガンドフさんは腕を組んで考え込んでしまった。
「あの、僕たち、さっき倒したゴブリンの耳を持っています。証拠になりますか?」
「本当か? 坊主」
「はい、耳以外はスラちゃんが吸収しちゃったんですが……」
「スラちゃん……ああ、連れている従魔のことか? 耳があれば十分だ。ここに出してくれ」
ガンドフさんがテーブルの上に布を敷いたので、僕は魔法袋からエマさんたちを襲ったゴブリンの耳を次々と取り出す……ええっと、大体このくらいだったはず。
こんもりと山になった耳を見て、ガンドフさんが驚いた顔をする。
「坊主たち、こんなにゴブリンを倒してきたのか!?」
「幼いのにとても強いのね! それにしてもこの数……ギルドの冒険者を招集するレベルね……」
「教会としても、対応を検討しないといけませんな」
僕が出した耳を見て、マリーさんとヘンドリクスさんも難しい顔になる。
「エマお姉ちゃんたちを助ける前にも、ゴブリンがたっくさんいたよ! ね、お兄ちゃん?」
「何? それは本当か?」
僕が首を縦に振ると、ガンドフさんが新たな布を取り出した。
テーブルに敷かれたそれに、倒したゴブリンの耳をすべて出す。
「マリー、司祭様、これだけ証拠があればもう十分だな。討伐隊を出す必要があるぞ」
「はい。たった二日間でこれだけの数……冒険者ギルドの規定にも達します」
「明日ギルドマスターが帰ってきたら、すぐ会議をせねばな」
ガンドフさんの問いかけに、マリーさんとヘンドリクスさんが答えた。
どうやらゴブリンの討伐のための緊急会議が決定したみたいだ。
「さて、アレク君よ。君はどうしたいのじゃ? 孤児院を紹介できるがその場合、受け入れ人数の問題でリズちゃんとは別の施設に……」
「リズと別れるのは嫌です! 僕たち、魔法が使えます。子どもだけど冒険者になれませんか?」
ヘンドリクスさんの提案を慌てて断った。するとオリビアさんが言う。
「マリーさん。アレク君たちの身分証をギルドで作ってもらえないでしょうか?」
「もちろんです。ゴブリンとウルフの討伐に、今回の大量発生の報告も、きちんと功績として残しておきます……アレク君、字は書ける? 冒険者登録は書類を書くだけで複雑なものじゃないけれど、必要なら代筆するわ」
よかった、リズと離れ離れにならなくて。それに書類を書くだけなら、僕の本名がアレクサンダー・バイザーであることは隠せそうだ。
「ありがとうございます、マリーさん。自分でできます」
リズと一緒に、ぺコリと頭を下げる。
「アレク君とリズちゃんはとっても賢くて大人びているのね。冒険者ギルドには二人のような幼い子がいるけれど、君たちほどしっかりした子は見たことがないわ……きっと、今まで苦労をしたのね。でもあまり無理せず、ギルドを頼って。当面の住む場所も、こちらが用意するから」
マリーさんがくすっと笑って、僕とリズの頭を撫でる。
僕たちの事情は、信用できる人に相談したい。なんとなく、この人たちはいい人な気がするけど……バイザー伯爵家の関係者だとバレてしまって、万が一にもゲインとノラに連絡がいくのはまずい。
それに、リズと離れ離れになりたくない。
本当に信頼に値する人たちか、少し様子見させてもらおう。
「明朝、森を騎士団の兵に巡回させる。午後には結果が分かるだろう」
「ギルドマスターも明日の朝には戻っているはずなので、伝えておきますね」
「教会からは、儂が会議に出よう。時間が決まったら教えてくだされ」
大人たちの話がまとまったみたいだ。
「では、アレク君たちはこのまま冒険者ギルドに連れていき、冒険者登録と身分証……ギルドカードの発行を行います。今日はギルド併設の宿屋に泊まってもらいましょう」
話し合いも終わったので、僕たちはマリーさんと冒険者ギルドに向かうことになった。
「アレク君たちをよろしくね、マリーさん。それにしても、ベリーが採れなかったのは残念だなぁ」
「仕方ないですよ、エマ。命のほうが大事です」
エマさんとオリビアさんの話を聞いて、リズが魔法袋の中をゴソゴソと漁る。
「このベリー、エマお姉ちゃんとオリビアお姉ちゃんにあげるね」
「え、いいの? リズちゃん」
「うん。いっぱいあるから大丈夫!」
リズは優しいから、困っているのを見過ごせなかったんだろうな。
せっかくなので、二人にベリーをたくさん分けてあげた。
「では、行きましょうか」
マリーさんに声をかけられ、僕とリズは立ち上がった。
「また明日ね、アレク君、リズちゃん!」
「今日は本当にありがとうございました!」
僕たちは、エマさんとオリビアさんに手を振りながら応接室を出た。
「うわぁ! 人がたくさんだ!」
「そうね。この町は大きいから、住人の数が多いのよ」
マリーさんに手を引かれながら、人通りの多い道を歩いていく。
通りにはさまざまな屋台が出ている。
そこかしこから商人の威勢のいい呼び込みが聞こえてきて、僕もリズもキョロキョロしてしまう。
「はい、到着です。ここが冒険者ギルドよ」
門から歩いて五分ほどで、目的地であるギルドに到着した。
「大きい! 広ーい!」
リズがはしゃぐ気持ちもよく分かる。
大きい町だけあって、ギルドは三階建ての広い建物だ。中から多くの人の声が聞こえてくる。
ギルドに入ると、武器を携えた冒険者が男女問わずたくさんいた。
このギルドは宿屋だけでなく食堂も併設されているようで、大勢が食事をしていた。
「ここが受付よ。まずは冒険者登録をしましょうね」
「スラちゃんってどうしたらいいですか?」
「一緒に従魔登録を済ませましょうか」
書類の説明を受けながらサラサラと必要事項を書いていく。僕とエリザベスのファミリーネームは書かず、スラちゃんの主はリズにして……っと。
そんな様子を見て、マリーさんが目を丸くした。
「あら、アレク君は字が綺麗ね」
「お兄ちゃんはとっても頭がいいんだよ。計算もできるの!」
「それは凄いわね! さて、二人とも今度はこの水晶に手を置いてね」
「「はーい!」」
「うん、大丈夫です。では、ちょっと待っていてね。人も呼んでくるから」
これで手続き終了みたいだ。
リズの頭を撫でつつ、僕がギルド内を見回していると、とっても強そうな冒険者っぽい男女が近づいてきた。
ちょうどそこにマリーさんが戻ってくる。
「お待たせ……あら? ジンとレイナ、早かったわね。さっき使いを出したばかりよ?」
「ちょうどギルドに帰ってきたところだったんだ。入り口で聞いたが、用があるんだろ?」
冒険者の一人……ジンさんと呼ばれた人が尋ねた。赤い短髪の精悍な顔つきをした男性で、大きな両手剣を背中に担いでいる。
隣に立つレイナさんは長い赤髪をポニーテールにした女の人で、こちらは腰に剣を下げていた。
「ここではなんだから、個室に移りましょう。アレク君とリズちゃんもついてきてね」
「「はーい」」
僕たちが返事をするのを見て、ジンさんが怪訝な顔をした。
「マリーさん、子どもも一緒でいいのか?」
「ええ。というか、この子たちは関係者なの」
マリーさんの案内で僕たちはギルドの個室に移動した。
「さあ、ソファに座ってね。アレク君たちは私の隣に来てくれる?」
僕とリズ、マリーさんの向かい側に、ジンさんとレイナさんが着席する。
「まずは簡単に自己紹介をしましょうか。この二人はアレクサンダー君とエリザベスちゃん。この町を出てすぐのところの森に、捨てられてしまったそうなの」
「またかよ、まったく嫌になるぜ」
「二人はうまく森を抜け出せたのね。はあ、それにしたって……」
僕たちの事情を聞いて、ジンさんたちがため息をついた。
「アレク君、リズちゃん。こちらはジンとレイナ。二人とも凄腕の冒険者なの。まだ二十歳なのに、もうAランクの冒険者なのよ」
「おー! 二人とも強いの!?」
冒険者ギルドの副マスターであるマリーさんが凄腕と紹介するくらいだ。リズとスラちゃんのテンションがとっても上がって、話を聞きたそうにそわそわし始めている。
「さて、ジンとレイナを呼んだ理由を簡単に説明するわね。実はこのアレク君たち、森に捨てられてからここに来る間に、ゴブリンを四十体以上倒してきたのよ」
「マジかよ!? 小さいのによくそんなに倒したな……って、あの森にゴブリンがそんなにいたのか? 本当に?」
「本当よ。討伐証である耳も、私と騎士団長と司祭様とで確認したわ」
「そのメンバーでチェックしたなら、確実ね。いつ討伐隊を出すの?」
凄腕の冒険者だから、マリーさんの説明ですぐに自分たちが呼ばれたわけを察したみたいだ。
「明日朝にマスターが帰ってくるから、午後には関係者を集めて会議になるわ。午前中に兵が調査する予定よ。ギルドからは、ジンとレイナにもその会議に参加してもらいたいの」
「しばらく依頼を受けない予定だったが……うん、問題ないぞ」
「この町の安全に関わることだもの。もちろん参加するわ」
ジンさんたちも会議に出るってことは、それだけ信頼されているんだな。
そんなことを思っていたら、ジンさんが僕とリズをジロジロと観察し始めた。
「アレクとリズって言ったな?」
「はい」
「そうだよ!」
「ふむ、かなりの魔力を持っているな……」
「そうね。それに一緒にいるスライムは、希少なハイスライムでしょう? これならゴブリンを倒せるのも納得ね」
おお、さすがは凄腕の冒険者……僕たちの実力を測っている。
レイナさんは、【鑑定】を使わずにスラちゃんの種族を言い当てた。
希少と言われたスラちゃんは、ちょっと自慢げにふるふると震える。
「ええ。この二人、すっごく大人びていて実力がある子たちだけど……まだ幼いわ。ギルド全体で見守りながら、この町での暮らしに慣れていってもらいたいの」
マリーさんの言葉に、ジンさんたちが頷いた。
「それが一番だな。力は凄くても駄目になったやつは山ほどいる」
「子どもは健やかに成長することが第一だもの。冒険者として活動するようなら、私たちが面倒を見ましょう」
僕もリズも知らないことがいっぱいなので、いろいろ教えてもらえるのはとても助かる。
「さて、これが二人の身分証になるギルドカードよ……私はアレク君たちの宿を取らないといけないから、これで解散ね」
「それなら俺たちがやるよ。どうせ俺らもここの宿を使うし」
「宿を取ったら、一緒にご飯を食べましょう。せっかくだから、他の冒険者も紹介してあげる」
……ということで、マリーさんとはここで別れることになった。
ギルドのご飯ってどんなものだろう?
ちょっとワクワクしながら、僕とリズはジンさんとレイナさんの後をついていく。
「ここがギルド併設の宿屋だ。ちょっと待ってろ」
まずは、今日泊まる宿屋にやってきた。
結構大きめの建物だけど、多くの冒険者で賑わっている。
「ちょうど俺らの隣の部屋が空いているみたいなんだが、二人で一部屋でもいいか?」
「うん! お兄ちゃんとスラちゃんと一緒なの!」
リズが元気よく答えると、ジンさんは頷いた。
「よし、じゃあギルドカードを出してくれ」
ジンさんにカードを渡すと、受付をしてくれた。
「とりあえず一泊だな。料金は払っておいたから心配するな」
「「ありがとうございます!」」
ジンさんがお金を出してくれたので、僕とリズはペコッとお辞儀をした。
僕たち、相変わらずお金はまったく持ってないんだよね……早いところ、ウルフの毛皮を買い取ってもらわなくちゃ。
「さて、飯にしよう。真面目な話をしたら腹が減った」
「まったく、ジンらしいわね」
苦笑するレイナさんだが、僕とリズもお腹がペコペコだ。
レイナさんに手を引かれながら、賑わっているギルドの食堂へ向かう。
「おーい! こっちだよ!」
「あら、その子たちは?」
「うわあ、小っちゃくて可愛いですね!」
魔法使いっぽいローブを着ている三人の女性が、先に席を取っておいてくれたみたい。
もともとジンさんたちと約束していたのかな。
僕とリズは、席に座るとペコリとお辞儀をする。
「初めまして、アレクサンダーです」
「エリザベスです! リズって呼んでほしいです!」
僕たちが挨拶すると、三人の女性はニコッと笑った。
緑色のロングヘアのお姉さんが口を開く。
「挨拶ができて偉いね。私はカミラ。こっちはナンシーとルリアンよ」
カミラさんに紹介され、他の二人が頭を下げる。ナンシーさんが濃いピンク色のボブヘアで、ルリアンさんが赤みがかった金髪のセミロングのお姉さんか。
僕たちは代わる代わるカミラさんたちに頭を撫でられる。
なんだかくすぐったい……と思っていたら、三人が少し真剣な眼差しになった。
ジンさんが問いかける。
「どうだ? 凄いだろう」
「凄いって言葉じゃ足りません。才能の塊です!」
「これは将来が楽しみだね」
ルリアンさんとナンシーさんが口々に答えているけど……もしかして、僕たちの頭を撫でただけで何かが分かったの?
首を傾げていたら、カミラさんがこちらに気づいた。
「私たち、こう見えてもこの町ではトップクラスの魔法使いなの。だから、あなたたちの実力が分かるわ」
ちなみに、ジンさんとレイナさん、カミラさんたちはみんな同じ王立学園の同級生だったそうで、冒険者として活躍する今でも仲がいいらしい。
「そうだったんですね。僕たち、あまり他の魔法使いを知らなくて……」
「お姉ちゃん、凄い、凄ーい!」
リズが興奮しているけど、僕だってはしゃぎたい。
魔法使いとしてきちんと活動している人に会うのは、これが初めてだ。
「話が盛り上がっているところにすまないね。日替わり定食八つ、お待たせ! こっちは坊やたちお子様用と従魔の分だよ。たんとお食べ」
……と、ここでウエイトレスのおばさんが夕食を持ってきてくれた。
プレートの上にステーキとパン、サラダが載っている。
僕とリズ、スラちゃんのために、小さく切り分けたものも作ってくれたみたいだ。
さらにジンさんたち大人組の前にビールが、僕たちの前にジュースが置かれた。
みんながグラスを持ち上げる。
「「「「「「「乾杯!」」」」」」」
僕とリズはカットされたステーキを一口食べ、顔を見合わせた。
「おいしーい! お兄ちゃん! このお肉、とってもおいしいよ!」
「そうだね。柔らかくて、口の中ですぐ溶けちゃうよ」
久々のお肉というのもあるだろうけど……このステーキ、本当においしいな。
「リズ、口の周りがソースだらけだよ」
リズがバクバクとステーキを食べ進めているので、口の端についたソースを拭いてあげた。
僕たちの様子を見て、女性陣がなんだかとってもいい笑みを浮かべている。
「いい食いっぷりだな、どんどん食べろよ」
お酒ですでに顔が赤いジンさんも、ニコニコした笑顔を見せた。
久々のちゃんとした食事で、僕たちのお腹はいっぱいだ。
「おお、綺麗に食べたね。これはご褒美だよ」
おまけに、食器を片付けにきたおばさんからアイスをいただいてしまった。
「ありがとうございます、おばさん!」
甘いものはやっぱりおいしいな。
他の人も食べ終わったので、お会計のことを聞いてみる。
「ジンさん、ご飯代はいくらですか? 今はお金がないけど……今度払います!」
「子どもは黙って奢られておけ」
「そうよ、気にすることないわ。ジンが払ってくれるから」
ジンさんとレイナさんに断られてしまった。
「すみません、ごちそうさまでした」
ジンさんが食事代まで出してくれて申し訳ないけど、ここは厚意に甘えよう。
「私たちは別の宿だから、ここでお別れね」
「ばいばーい、カミラさんたち!」
リズが大きく手を振った。
カミラさんたちと別れて、僕とリズは宿に向かう。
宿泊する部屋に着くと、ジンさんが鍵を渡してくれた。
「ほら、これが鍵だ。明朝、受付に返せばいいからな」
「何かあったら遠慮なく呼んでね」
「はい、本当にありがとうございます」
二人にお礼を言って、部屋に入る。
今日は本当にいろいろあったので、なんだか疲れてしまったな。
僕は、自分とリズ、スラちゃんを【生活魔法】で綺麗にした。
「ゆっくり寝られるね、お兄ちゃん!」
「ベッドで寝るのも久しぶりだからね……」
枕元では、もうスラちゃんが夢の中だ。
僕とリズはベッドに潜り込み、いつものように抱き合いながら眠った。
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