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2章 半身と番【つがい】
魂を分かち合う者
しおりを挟む身体を包み込む、布とは違うあたたかな感触。
私の身体を覆い隠すように包んで、まるでもう片時も離さないと言いたげな、小さくも力強い翼。
きっとそれは間違いじゃないんだ、だって私達は23年間もずっと離れ離れで。
漸く会えた今も、もしかしたら夢なんじゃないか…眠ってしまって、朝になったらいつもと変わらない日常なんじゃないかって、不安で。
だからお互いに眠れずにいても、声はかけずに。
ただお互いに身体を寄り添わせる。
首筋に触れる鱗の感触に身じろぎしながら、私はその首にぎゅっと腕を回した。
*
「ええっと…レーンルイハルベルトって、呼んだらダメなのよね?真名だし…」
「そうだね。僕もなつなと呼びたいけれど…他の誰にも教えたくはないから。」
「んー…」
お互いに見つめ合って、私は問題に頭を捻る。
行儀は悪いけど、そのままベッドに腰を落ち着かせたまま、彼を見下ろす。
そんな彼は私の太股に乗せられて、怒るどころかとても嬉しそうに笑っている。
「ねえ、聞いてもいい?」
「なんだい?」
「ここはあなたの部屋なの?」
「そうだよ、僕の居室だ。ここには限られた者しか入ってこられない。それに、今は夜も更けた…もう誰も近寄ることはない。」
「てっきり、『龍王』って言うくらいだから…誰か召使い?みたいな人が傍にいるんじゃ…」
「僕は、あまり仰々しいことが好きじゃないんだ。自分のことくらい自分で出来るから…従者は必要な時しか呼ばないんだ。」
そう言って目を伏せた彼の体を思わず撫でると、彼は心地良さそうに体を寄せてくる。
「君は驚かないんだね。」
「え?」
「君が今まで、何処でどんな生活を送っていたか分からないから、何とも言えないけど…少なくとも、この部屋の造りや雰囲気には驚くものじゃないかな?」
「あー…まあ、確かに。」
その問いかけに納得して、私は部屋の中を見渡す。
やわらかな灯りが灯されて見渡せるようになった部屋は、落ち着いた中にも気品だったり、絢爛さを感じられる。
家具だって、私が知るレベルより遥かにいいものなんだろうし…このベッドだってふかふかだ。
「でも、ここに来る前に…この世界を少し見せて貰ったから、ここがお城の中なんだってこと、分かってるし。だから驚かないのかも。」
「…世界を?」
「うん、この人……私の世界の神様なんだけど、彼に色々と教えて貰ったの。」
「神…」
「だから、納得っていうか別世界過ぎて受け入れざるを得ないっていうか…」
隣りで丸くなっている銀色の毛並みを撫でながらそう言葉を続けていると、不意に太股の上から重さが消えて。
ふわりと空気が動く気配がして視線を向ければ、額に触れる少しだけ冷たい鱗の感触。
突然のことに後ずさりしようとすると、それを防ぐように、私の身体をすっぽりと彼の両翼が包み込んだ。
「なに…?」
「少しだけ、君に触れることを許して。」
そう静かに呟いて、彼は瞼を伏せる。
彼の見た目は、所謂絵本とかに出てくる西洋のドラゴンに近い。
白銀の鱗が全身を覆い、緑色の大きな瞳が私を映す。
身体は柴犬くらいの大きさなのに、翼を広げると私の上半身くらい難なく包み込めてしまう。
でも、不思議と怖くないんだ。
こうやって額同士が触れ合っていても、触れ合うところから感じる体温は温かい。
鱗だって痛くないし、それどころか少しくすぐったい。
そして、私も瞼を伏せる。
何故だかそうしなきゃいけない気がして。
「…!」
そうすると、不意に頭に流れ込む景色。
まるで自分の記憶の中にある思い出を思い返すような、そしてそれよりも色鮮やかな光景たち。
並ぶ2つの玉座。
白銀の小さな身体が座る傍らの玉座には、誰もいない。
震える身体。
響く咆哮。
その隣りには、誰もいない。
玉座の前を滑らかな階段が下り、そこに片膝をついて跪く人影。
深い青色の髪。
悲しげに歪むサファイアを思わせる瞳。
必死な表情で何かを訴えかけるその人の方を、決して『彼』は見ない。
一体『彼』には、何が見えているんだろう。
それとも、何も見えていないのだろうか…見ようと、していないのだろうか。
場所が変わり、景色が変わっても。
変わらぬ2人の姿。
どこにいても、彼は泣いている。
私を、求めて。
眦を舐められる感触に、瞼を開く。
少しぼやけた視界に映り込む緑色の瞳は、優しげに細められていて。
「——やっぱり君は、僕の半身だ。」
「今の…は…?」
「僕達の魂は繋がっている。そして僕達にだけ出来ること…それが今証明された。」
「…?」
「僕達は、こうして額を触れ合わせることで…過去の記憶を読み取れるんだ。これは、龍王とその半身にしか出来ない。」
「!」
「君の過去を知りたかった…今まで何処にいて、どんな暮らしをしていたのか。断らずに、勝手なことをしてごめんね。」
そう言って、また眦に這わされる柔らかな感触。
それが彼の舌で、そして自分が泣いていたことに漸く気づいた。
「じゃあ、今のはあなたの…記憶なの?」
「そう。きっと泣いてばかりだったよね?男なのに情けないな…」
「そんなことない!そんなことないよ…!あなたにばかり悲しい思いをさせて、ごめんね。ごめんなさい…」
「泣かないで。なつなは何も悪くないよ。悪いのは…」
そう言った彼の口から、不意に漏れる唸り声。
低く獰猛なそれに、びくりと肩を震わせるけれど、それを向けられたのは私じゃなくて。
交わり合う、視線と視線。
緑色と紫色の瞳が、剣呑なそれへと変わる。
「全てお前達の仕業か、神。」
“否定はしないよ。でも、僕だけを責めるのはどうかな?”
何やら、バックヤードの話がバレたみたいです。
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