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第1章 突然のさよならから
第5話 運が悪かっただけ
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「舐めて」
思わず目を見張る。
藍達くんは自分の指を平然と差し出した。
わたしは小さくかぶりを振る。
「で、できない……」
「どうして? 早く舐めてよ」
「嫌だ……。は、恥ずかしいし……その……」
こちらを向いているスマホのほうをちらりと横目で見る。気になって気になって仕方がない。あそこにすべてが収められているかと思うと……そんなことはできるわけなどなかった。
目を伏せて黙り込む。そんなわたしを見て、彼はふうっと息を吐き出した。
「羽村さんはまだわかってないみたいだね」
「……え……?」
「できるできないじゃない、やるんだよ。君に拒否権はないんだから。わかったら、とっとと――」
藍達くんは目を細め、地を這うような低く恐ろしい声で言った。
「――舐めろよ」
その一言が合図となり、彼の指がわたしの口腔内へ勢いよく入ってきた。
藍達くんの指は、細くて、長くて、冷たい。舌を摘まれ、くにくにと捏ねられると、その感覚がすべて伝わる。
喉奥まで突っ込まれ、涙を溢しながら何度も嘔吐く。
「……ッ! おえ、ぇ……んぐ……っ!」
彼の左手はわたしの後頭部を押さえつけ、右手はわたしの口腔内を犯すように暴れている。
抵抗などできない。吐いてしまいそうになるほど苦しい。
「ああ、羽村さんすごく苦しそう。……興奮する」
熱を持った彼の声に、微かに甘さが含んでいる。もうやめてほしいと、必死に目で訴える。それでも、わたしの口腔内を犯す指の動きは止まらない。それどころか、いっそう強くなる喉奥への刺激に、溢れ出る涙が止まらない。
しばらくして、わたしの咥内を蹂躙していた彼の指がやっと引き抜かれた。てらてらと光る唾液が口の端からはしたなく垂れる。藍達くんは唾液で汚れた指をわたしの頬になすりつけた。
は、は、と短い呼吸を繰り返す。彼はそんなわたしの頭のてっぺんから爪先までに這うような視線を送る。
「うん、いいね。羽村さん、すごく綺麗だよ」
耳に届くだけで体の芯がぞわぞわと痺れるような声色だった。そしてその言葉にはたっぷりと熱が孕んでいる。
綺麗だなんて言われても全然嬉しくなかった。こんなに惨めで恥ずかしい姿をクラスメイトの前で晒して、いっそのこと消えてしまいたいとさえ思うのに。
「よだれでベチョベチョ。ほら見て」
濡れた指をわたしに見せつけたあと、藍達くんは艶かしい表情で自分の指に舌を這わせ、わたしの唾液を舐め取る。
それから再びわたしの正面へと屈み、見上げる視線を向けた。
「次は、たっぷり濡れたこの指を君の膣内に挿れてあげる」
嫌だ。力なく、ふるふると小さくかぶりを振る。抵抗したいのに、なにかを言う気力はもう残っていなかった。そんなわたしを見て、藍達くんは愉しげにくすりと笑う。
先ほどまでわたしの腔内を犯していた長い指で、湿った女陰をにちゅにちゅと擦る。しっとりと淫液で指を濡らしたあと、そのままゆっくりと蜜口の中へ挿入する。ひんやりとした感覚が、熱い濡壁を強く擦り掻き回す。
「ふ、あぁ……ッ! んや、あ、あふ……っ! あ、あぁ……」
「ああ……ぬるぬるだ。僕の指を飲み込むみたいに吸いついてくる」
ひくつく内壁の中を、彼の指がいやらしく動く。とろとろでぐじゅぐじゅの淫孔を掻き回されるたびに、腰がびくびくと反応してしまう。快感と羞恥のはざまに立たされ、気が狂ってしまいそうだった。
藍達くんはそんなわたしの反応を見つつ、中でなにかを探るような動きをする。そして、彼の指の腹が上壁のある部分に触れた瞬間だった。
「! ひ、ぁ――……ッ」
「……あった。ここだね」
雷に打たれたみたいに、全身に甘い痺れがびりびりと駆け抜ける。
彼はニッと笑みを見せると、その部分だけを集中的に刺激した。何度も、何度も、指で押し上げる。
「ふ、や、ああっ! やだ、だ、めぇっ……そこ、あん、やぁぁ……!」
「どうしたの? なにが嫌? どんなふうに感じるの?」
「なんかっ……んぅ、あつい、ぃぃ……っ!」
初めての感覚だった。
突然我慢できないほどの尿意を感じ漏らしてしまいそうになる。
体中の血が煮えたぎり下肢に集まってくる。指を突っ込まれている蜜壺から、じゅん、と愛液が溶け出すとともに、抑えきれないなにかが上ってくる。
ただ子どものように泣きじゃくりながら、その感覚に必死に耐える。
「Gスポット、好き?」
「あ、ああッ! 好きじゃな――は、あん! ひぃ……やだ、やだ、ぁ……それだめ、いやああぁぁ! おかしく、なっちゃうのぉ……! んぅ、なに……これぇぇぇっ!」
「なにその反応。まさかと思うけど、羽村さん、潮吹いたことないの?」
意外だとでもいうように藍達くんが聞く。
わたしは余裕のない声と表情で返す。
「あ、あん、あっ、あ……そんなのな――きゃうん! あふ、んんんーっ……! やぁぁ……っ」
「あ、そう。じゃあ吹いてみよっか」
平然と答える藍達くん。
わたしは、やだ、むり、と小さい声で反論する。しかし、その声は届かない。
必死の抵抗も虚しく、Gスポットと呼ばれる敏感な部位を刺激する指の動きはどんどんスピードを早め、力強くわたしの中を掻き乱していく。
「きゃあ、ああ、んんんーッ! は、あぅぅ、ん゙ぁぁ……っ!」
「今日は羽村さんの初潮吹き記念日だね」
「そ、んな……っ! やだ、や、んやぁ、ああ――っ!」
羞恥と快楽が交互に入り乱れて、頭がどうにかなってしまいそうだ。津波のように押し寄せる淫猥な感覚に飲み込まれてしまわないよう、必死にかぶりを振って堪える。
「どう? 羽村さん、気持ちいい?」
「ひぃ、あん、ゔゔゔーッ! ぅ、よく……ないっ、……気持ちよくなんて、ぁ、んん! ないぃぃ……っ!」
今にも漏らしてしまいそうな、尿意のような愉悦に耐える。だけど、そんなことを彼が許してくれるはずはない。口角を薄く釣り上げて、藍達くんはぼそりと呟く。
「強情だね。じゃあもっと掻き回しちゃおうかな」
「ひっ……!」
「ラストスパートだよ」
その一言が合図となり、今までにはないほどにわたしの中を熱く掻き乱す。そうなれば、わたしにはこれ以上の我慢なんてできるはずもない。
全身に、一瞬にして甘い電気が駆け抜けた。
「――! きゃ、ッあ、あぅ、あ゙あ゙あああ――!」
強いオーガズムが訪れる。それと共に、耐えていたぶん勢いよく熱い透明な潮がぴゅ、ぴゅうっ、と何度も溢れ出した。椅子も、床も、制服も、吹き出した液体で汚れてしまった。
……やってしまった。そう頭ではわかっていても、今はただ肩で息をすることしかできない。頭が重くて、顔を上げることもままならない。
「ん、ぅ……っ、はあ……は、あ……っ」
ぽたり、ぽたりと、手から滴る液体を眺める彼。
それから、その視線はゆっくりとこちらへ向けられる。
藍達くんの冷淡な眼差しが刺さるように痛い。
「あーあ。これ見てよ、羽村さん」
まるで鉛のように重たい頭をゆっくりと上げ、視線を藍達くんのほうへと向ける。伸ばされた腕には、制服に濡れたしみがところどころついていた。
「汚れちゃったんだけど」
「ご、ごめ……なさ――あっ」
手にかかった液体を拭うように、わたしの頬や首筋になすりつける。潮や唾液のせいで顔も下半身もべたべただ。
藍達くんは、ふっと息を吐いた。
「羽村さんって本当に天邪鬼だね。嫌だなんて反抗的な態度をとりながら簡単にイッちゃって、その上潮まで吹いて。挙げ句の果てに、僕の制服もこんなに汚してさ。どう責任とってくれるのかな」
責任などと言われても困る。
わたしはふるふると首を左右に振った。
「そ、そんな……だって、これは……」
「僕のせいって言いたいの?」
「っ、あぁぁ……っ!」
藍達くんはわたしの髪の毛を鷲掴みし、強引に顔を自分のほうへと向けさせた。痛みで表情が歪む。
「犯されて感じるほうが悪いに決まってるでしょ。――羽村さんの淫乱」
ぞく、と体の芯が震えた。
なにも言えない。言い返せない。
だって、そのとおりだと思った。
あんなに泣いて騒いで、解放してほしいと喚いていたくせに。あんなに感じて、よがって、絶頂にも至ってしまって。……自分で自分が嫌になる。
涙が頬を伝う。彼はそんなわたしをじっと見つめると、突然髪を掴む手を離した。
「本当、君はすぐ泣くね」
泣かせているのはそっちだ、と心の中で悪態をつく。
わたしだって泣きたいわけじゃない。朋哉に振られて、藍達くんに襲われて、ずっと泣き続けているのに涙は枯れない。
ふいに藍達くんが、わたしを縛り上げているロープに手をかけた。今度はなにをされるのだろうと、体がびくりと反応する。一瞬手を止めた藍達くんは、再びロープを握り――解き始めた。
「今日は終わり。今ロープを解くから」
「……え?」
思いもしなかった言葉に目を丸くする。
少しずつ自由が戻っていく体に、ほっとする反面、困惑した。
……本当にこれで終わりなのだろうか。意地悪をされすぎたばかりに、その言葉を信じられないでいる。
「え、ってなに。なにか不満でもあるの?」
「そ、そうじゃなくて……だって藍達くん、さっき……」
気を失うまで何度もイカせると言っていたはず――と言いかけてやめた。はっとして口を閉じる。
そんなわたしを見て、彼はゆるりと首を傾げ、口の端を吊り上げた。
「もしかして、もっとされたかった?」
かあっと頬が赤くなるのがわかる。
案の定だと思った。絶対そう言うと思っていた。
だから言いたくなかったのだ。
わたしがあんなに嫌がっていたのをわかっているくせに、冗談でもどうしてそんなことが言えるのだろう。
……あんなこと、二度とされたいわけがないのに。
「お望みならいくらでも続きをしてあげるよ」
「ち、違う! されたいわけない……!」
「そう。残念だなあ」
ふふ、と笑う彼。
わたしの体を拘束していたロープはすべて解かれ、手錠も外された。もう自由に動ける。いつでも逃げ出せる。
――だけど。
「…………」
本当に終わりなのだろうか。
あの藍達くんのことだ。なにか考えているに違いない。
彼の言葉を信じてこの場を離れたりでもしたら、いつどのタイミングでどんなひどい仕打ちがやってくるかわからない。……油断できない。
「……羽村さん」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
「どうして逃げないの? もう自由に動けるよ」
「……う、うん……」
「なにしてるの。普通は拘束を解かれた瞬間に走って逃げると思うんだけど」
わかっている。
もう体は自由になった。わたしは今この場所から、この人から、すぐに逃げることができる。
それなのにできないのは、わたしはもう彼に屈服してしまっているということだ。
勝手に逃げたら、あとでどんなことをされるかわからない。どうせ逃げたってすぐに捕まるのは目に見えている。お仕置きと称してまたひどいことをされるのならば、最初からおとなしく言うことを聞いているほうがまだマシだ。
「……そう、だけど……怖いから……」
「怖い?」
「だって……わたしが逃げたら、あなたはまたわたしに意地悪するでしょう? ……嫌なの。痛いのも、怖いのも、嫌。……だから、藍達くんの言うことを聞いてるの……」
目を見張り、こちらを見る彼。
その反応に狼狽える。
どうしてそんな顔をするのだろう。
「……あの……?」
「……順応するのが早すぎない? こんな短時間で君がここまで僕に従順になるとは思わなかった」
藍達くんは頬を掻く。わたしは目を伏せた。
わたしだって、逃げられるものなら今すぐにでも逃げ出したい。だけど、わたしをこんなふうにしたのは藍達くんだ。よくそんなことが言える。
「お仕置きは終わり。……もうなにもしないよ」
「……そんなのわからない」
「安心して。本当になにもしないから」
そう言って、わたしに背を向ける彼。
それからぽつりと、
「……ごめん」
と小さな声で呟いたのが聞こえた――ような気がした。
耳を疑った。だって彼が謝るとは思えない。……空耳だろうか。
藍達くんの背中を見つめる。あんなひどいことをされたのだから、彼に対して嫌悪や憎悪を感じるのが当然だ。
……それなのに、なんだか寂しそうに見えた。
藍達くんは今までずっと独りだった。今日まで声すらまともに聞いたことがなかった。クラスのみんなが楽しそうに笑い声を上げる中、いつも教室の隅で本を読んでいて。
……もしかして藍達くんは、愛を求めているのだろうか。
だからこんなことを――。
「藍達くん、寂しい……?」
彼が振り返る。
わたしを見るその目は、驚いたように丸くなっていた。
「……どうしてそんなことを聞くの?」
「あ、ご、ごめん。いきなり失礼だよね。だけど、なんていうか……藍達くんの背中がそんなふうに見えて……ごめんなさい」
何度も謝ってしまう。
謝罪をしてほしいのはこっちなのに。
そんなわたしの言葉を聞き、藍達くんは呆れたようにため息をつく。
「僕が寂しそうだったら、なに?」
「え、ええと……なんていうか……なにか困ってることがあるなら、助けてあげたいと思って……」
「助ける? 笑えるね。僕にあんなことをされておいて、よくそんなことが言えるな。お人好しにもほどがあるよ」
わたしはもう一度「……ごめんなさい」と謝った。
彼の言うことは最もだ。あんなことをされたのに、助けたいだなんて……どうかしてる。
少し間を置いて、藍達くんが小さな声で言う。
「羽村さんって不思議な人だね。……ずっと前から見ていたけど、本当に不思議な人だ」
――ずっと前から見ていた。
その言葉が胸に引っ掛かる。一体どういう意味なのだろう。ただのクラスメイトなだけで話したことは一度もないし、関わりだって今までまったくなかった。
……それなのに。
藍達くんは書架の前まで足を運ぶと、わたしが暴れたときに落ちた本を拾い、丁寧にほこりを払って元にあった場所へと戻した。
わたしは、その様子を静かに見つめる。
その視線に気がついたのか、彼はちらりとわたしに目を向けた。思わずどきりと胸が鳴る。
「……なに?」
「あ、ええと……その……」
「早く帰ったほうがいいよ。もう暗いし、家族も心配するでしょ。……僕もそろそろ帰るから」
彼が近づいてくる。
レイプまがいの――否、レイプそのものをされたわたしの中には、すっかり彼への恐怖心が植えつけられてしまった。
……藍達くんが近づくと、無条件で体が強張り、動けなくなる。
目の前まできた藍達くんは、突然わたしへと手を伸ばしてきた。またなにかされるのではと、考えたくない考えが脳裏をよぎり、まぶたをぎゅっと閉じる。
「……もうなにもしないって言ったでしょ」
小さく聞こえてきた彼の言葉に、そっとまぶたを開く。
すると彼はぐちゃぐちゃに乱れたわたしの制服を綺麗に直し始めた。掛け外れたボタンを留め、捲れた裾を直し、スカートのほこりを手で払う。
……一体なんだというのだろう。
さっきまでは、あんなに冷酷な瞳でわたしを見下して、信じられないようなひどいことをしてきたというのに。今、こんなふうに優しく接してくるのは、もしかしたら謝意のつもりだろうか。
制服を整えてくれたあとには、わたしの乱れた髪までも直し始める。撫でるように髪に触れ、彼は小さな声で言った。
「綺麗な髪。肌も、目も、……全部綺麗だ」
この人は、どうしてこんなふうにできるのだろう。さっきあった出来事なんで、まるでなかったみたいに過ごす。藍達くんの気持ちがわからなかった。
くちびるをきゅっと噛む。
「ねえ、羽村さん」
名前を呼ばれる。そっと視線を上げると、眼鏡の奥の瞳と目があった。
行為に及ぶときの彼の瞳は、まるで野獣みたいだった。恐ろしくて、目も合わせられないほど。……だけど今は、とても優しい目をしている。慈愛に満ちたまなざしをわたしに向け、そっと頬に手を当ててくる。
「僕はさっき、君に対していろいろしたけれど、特別な感情があるわけじゃないから」
頬に当てた手は、そっと下に降りてきて、その指先はわたしのくちびるを優しく撫でる。
特別な感情がないのなら、どうしてわたしに触れたのだろう。
「それならなぜあんなことをしたの、って言いたげな顔だね。……それは、たまたま。偶然、君が僕の前に現れたから。運が悪かっただけなんだよ、残念だけど」
ご愁傷さまとでも言うように、冷たい笑顔を見せてくる。
なんなのだろう。一体なんだって言うのだろう。……わたしがこんなに怖い思いをしたのも、つらい思いをしたのも、痛かったのも、苦しかったのも――全部偶然だったというのだろうか。
そんなの納得できるわけがない。じわりと眦に涙が滲む。
「……まあ、君を襲ったのは偶然ではあったけど、羽村さんに対する気持ちは変わったよ」
「……わたしに対する気持ち……?」
「うん」
小さく頷くと、彼はわたしの髪をすくい、そっと口づけた。
「羽村さんって、すごくいい声で啼いてくれるんだね。それから、僕の望みどおりの反応を見せてくれる。とても気に入ったよ」
図書室の中は薄暗く、しっかりとは見えなかったけれど……わたしを見る彼の瞳は、やけに艶かしく熱を帯びているような気がした。
「見た目が派手だから、こういうことは結構慣れてると思ったんだけど……意外に純粋だね。実際、そんなに経験ないでしょ」
「あ、藍達くん……!」
「あはは、図星」
優しく髪を撫でていた彼の手は次第に下がって、頬にいき、首筋にいき……最後は、そっとくちびるの輪郭をなぞる。意識なんてしていないはずなのに、自然と呼吸が乱れ始め、体の芯からぞくぞくと震えを起こす。
「ふ、ぅん、……っ」
感じる部分には触れていないのに、明らかに反応を見せるわたしに、藍達くんがくすりと笑った。
「この短い時間で、羽村さんの体、すごく敏感になっちゃったね」
「……っ」
はっきりと否定をすることができなかった。
事実、わたしも同じように思ってしまったのだ。実際に、藍達くんに髪や頬を撫でられただけで、子宮がきゅんと疼く。
嫌なのに。彼のことを好きなわけではないのに。
……わたしが好きなのは朋哉たった一人だけなのに。
「かわいいね、羽村さん」
彼はまた、わたしに優しく口づける。
「帰ろうか。ここ、戸締まりするから」
「あ、……うん」
二人で図書室を出て、昇降口に行き、外へ出る。日はすっかり落ちていて、空には大きな月が輝き、たくさんの星が光っていた。
校門まで無言で歩く。藍達くんの隣に並んでいるのが不思議だ。数時間前――朋哉に振られる前には、考えもしなかった光景だから。
「それじゃあ気を付けて帰ってね」
「う、うん……藍達くんも」
「また明日」
そう。また明日会うのだ。
明日だけではない。あさっても、しあさっても――わたしたちは同じクラスなのだから。
秋の夜風が頬に当たる。とても冷たくて、火照った体を気持ちよく冷やしてくれた。
「……朋哉……」
今日別れた元カレの名前を一人そっと呟いてみる。
その声は、秋の夜空に溶け込むようにして消えていった。
思わず目を見張る。
藍達くんは自分の指を平然と差し出した。
わたしは小さくかぶりを振る。
「で、できない……」
「どうして? 早く舐めてよ」
「嫌だ……。は、恥ずかしいし……その……」
こちらを向いているスマホのほうをちらりと横目で見る。気になって気になって仕方がない。あそこにすべてが収められているかと思うと……そんなことはできるわけなどなかった。
目を伏せて黙り込む。そんなわたしを見て、彼はふうっと息を吐き出した。
「羽村さんはまだわかってないみたいだね」
「……え……?」
「できるできないじゃない、やるんだよ。君に拒否権はないんだから。わかったら、とっとと――」
藍達くんは目を細め、地を這うような低く恐ろしい声で言った。
「――舐めろよ」
その一言が合図となり、彼の指がわたしの口腔内へ勢いよく入ってきた。
藍達くんの指は、細くて、長くて、冷たい。舌を摘まれ、くにくにと捏ねられると、その感覚がすべて伝わる。
喉奥まで突っ込まれ、涙を溢しながら何度も嘔吐く。
「……ッ! おえ、ぇ……んぐ……っ!」
彼の左手はわたしの後頭部を押さえつけ、右手はわたしの口腔内を犯すように暴れている。
抵抗などできない。吐いてしまいそうになるほど苦しい。
「ああ、羽村さんすごく苦しそう。……興奮する」
熱を持った彼の声に、微かに甘さが含んでいる。もうやめてほしいと、必死に目で訴える。それでも、わたしの口腔内を犯す指の動きは止まらない。それどころか、いっそう強くなる喉奥への刺激に、溢れ出る涙が止まらない。
しばらくして、わたしの咥内を蹂躙していた彼の指がやっと引き抜かれた。てらてらと光る唾液が口の端からはしたなく垂れる。藍達くんは唾液で汚れた指をわたしの頬になすりつけた。
は、は、と短い呼吸を繰り返す。彼はそんなわたしの頭のてっぺんから爪先までに這うような視線を送る。
「うん、いいね。羽村さん、すごく綺麗だよ」
耳に届くだけで体の芯がぞわぞわと痺れるような声色だった。そしてその言葉にはたっぷりと熱が孕んでいる。
綺麗だなんて言われても全然嬉しくなかった。こんなに惨めで恥ずかしい姿をクラスメイトの前で晒して、いっそのこと消えてしまいたいとさえ思うのに。
「よだれでベチョベチョ。ほら見て」
濡れた指をわたしに見せつけたあと、藍達くんは艶かしい表情で自分の指に舌を這わせ、わたしの唾液を舐め取る。
それから再びわたしの正面へと屈み、見上げる視線を向けた。
「次は、たっぷり濡れたこの指を君の膣内に挿れてあげる」
嫌だ。力なく、ふるふると小さくかぶりを振る。抵抗したいのに、なにかを言う気力はもう残っていなかった。そんなわたしを見て、藍達くんは愉しげにくすりと笑う。
先ほどまでわたしの腔内を犯していた長い指で、湿った女陰をにちゅにちゅと擦る。しっとりと淫液で指を濡らしたあと、そのままゆっくりと蜜口の中へ挿入する。ひんやりとした感覚が、熱い濡壁を強く擦り掻き回す。
「ふ、あぁ……ッ! んや、あ、あふ……っ! あ、あぁ……」
「ああ……ぬるぬるだ。僕の指を飲み込むみたいに吸いついてくる」
ひくつく内壁の中を、彼の指がいやらしく動く。とろとろでぐじゅぐじゅの淫孔を掻き回されるたびに、腰がびくびくと反応してしまう。快感と羞恥のはざまに立たされ、気が狂ってしまいそうだった。
藍達くんはそんなわたしの反応を見つつ、中でなにかを探るような動きをする。そして、彼の指の腹が上壁のある部分に触れた瞬間だった。
「! ひ、ぁ――……ッ」
「……あった。ここだね」
雷に打たれたみたいに、全身に甘い痺れがびりびりと駆け抜ける。
彼はニッと笑みを見せると、その部分だけを集中的に刺激した。何度も、何度も、指で押し上げる。
「ふ、や、ああっ! やだ、だ、めぇっ……そこ、あん、やぁぁ……!」
「どうしたの? なにが嫌? どんなふうに感じるの?」
「なんかっ……んぅ、あつい、ぃぃ……っ!」
初めての感覚だった。
突然我慢できないほどの尿意を感じ漏らしてしまいそうになる。
体中の血が煮えたぎり下肢に集まってくる。指を突っ込まれている蜜壺から、じゅん、と愛液が溶け出すとともに、抑えきれないなにかが上ってくる。
ただ子どものように泣きじゃくりながら、その感覚に必死に耐える。
「Gスポット、好き?」
「あ、ああッ! 好きじゃな――は、あん! ひぃ……やだ、やだ、ぁ……それだめ、いやああぁぁ! おかしく、なっちゃうのぉ……! んぅ、なに……これぇぇぇっ!」
「なにその反応。まさかと思うけど、羽村さん、潮吹いたことないの?」
意外だとでもいうように藍達くんが聞く。
わたしは余裕のない声と表情で返す。
「あ、あん、あっ、あ……そんなのな――きゃうん! あふ、んんんーっ……! やぁぁ……っ」
「あ、そう。じゃあ吹いてみよっか」
平然と答える藍達くん。
わたしは、やだ、むり、と小さい声で反論する。しかし、その声は届かない。
必死の抵抗も虚しく、Gスポットと呼ばれる敏感な部位を刺激する指の動きはどんどんスピードを早め、力強くわたしの中を掻き乱していく。
「きゃあ、ああ、んんんーッ! は、あぅぅ、ん゙ぁぁ……っ!」
「今日は羽村さんの初潮吹き記念日だね」
「そ、んな……っ! やだ、や、んやぁ、ああ――っ!」
羞恥と快楽が交互に入り乱れて、頭がどうにかなってしまいそうだ。津波のように押し寄せる淫猥な感覚に飲み込まれてしまわないよう、必死にかぶりを振って堪える。
「どう? 羽村さん、気持ちいい?」
「ひぃ、あん、ゔゔゔーッ! ぅ、よく……ないっ、……気持ちよくなんて、ぁ、んん! ないぃぃ……っ!」
今にも漏らしてしまいそうな、尿意のような愉悦に耐える。だけど、そんなことを彼が許してくれるはずはない。口角を薄く釣り上げて、藍達くんはぼそりと呟く。
「強情だね。じゃあもっと掻き回しちゃおうかな」
「ひっ……!」
「ラストスパートだよ」
その一言が合図となり、今までにはないほどにわたしの中を熱く掻き乱す。そうなれば、わたしにはこれ以上の我慢なんてできるはずもない。
全身に、一瞬にして甘い電気が駆け抜けた。
「――! きゃ、ッあ、あぅ、あ゙あ゙あああ――!」
強いオーガズムが訪れる。それと共に、耐えていたぶん勢いよく熱い透明な潮がぴゅ、ぴゅうっ、と何度も溢れ出した。椅子も、床も、制服も、吹き出した液体で汚れてしまった。
……やってしまった。そう頭ではわかっていても、今はただ肩で息をすることしかできない。頭が重くて、顔を上げることもままならない。
「ん、ぅ……っ、はあ……は、あ……っ」
ぽたり、ぽたりと、手から滴る液体を眺める彼。
それから、その視線はゆっくりとこちらへ向けられる。
藍達くんの冷淡な眼差しが刺さるように痛い。
「あーあ。これ見てよ、羽村さん」
まるで鉛のように重たい頭をゆっくりと上げ、視線を藍達くんのほうへと向ける。伸ばされた腕には、制服に濡れたしみがところどころついていた。
「汚れちゃったんだけど」
「ご、ごめ……なさ――あっ」
手にかかった液体を拭うように、わたしの頬や首筋になすりつける。潮や唾液のせいで顔も下半身もべたべただ。
藍達くんは、ふっと息を吐いた。
「羽村さんって本当に天邪鬼だね。嫌だなんて反抗的な態度をとりながら簡単にイッちゃって、その上潮まで吹いて。挙げ句の果てに、僕の制服もこんなに汚してさ。どう責任とってくれるのかな」
責任などと言われても困る。
わたしはふるふると首を左右に振った。
「そ、そんな……だって、これは……」
「僕のせいって言いたいの?」
「っ、あぁぁ……っ!」
藍達くんはわたしの髪の毛を鷲掴みし、強引に顔を自分のほうへと向けさせた。痛みで表情が歪む。
「犯されて感じるほうが悪いに決まってるでしょ。――羽村さんの淫乱」
ぞく、と体の芯が震えた。
なにも言えない。言い返せない。
だって、そのとおりだと思った。
あんなに泣いて騒いで、解放してほしいと喚いていたくせに。あんなに感じて、よがって、絶頂にも至ってしまって。……自分で自分が嫌になる。
涙が頬を伝う。彼はそんなわたしをじっと見つめると、突然髪を掴む手を離した。
「本当、君はすぐ泣くね」
泣かせているのはそっちだ、と心の中で悪態をつく。
わたしだって泣きたいわけじゃない。朋哉に振られて、藍達くんに襲われて、ずっと泣き続けているのに涙は枯れない。
ふいに藍達くんが、わたしを縛り上げているロープに手をかけた。今度はなにをされるのだろうと、体がびくりと反応する。一瞬手を止めた藍達くんは、再びロープを握り――解き始めた。
「今日は終わり。今ロープを解くから」
「……え?」
思いもしなかった言葉に目を丸くする。
少しずつ自由が戻っていく体に、ほっとする反面、困惑した。
……本当にこれで終わりなのだろうか。意地悪をされすぎたばかりに、その言葉を信じられないでいる。
「え、ってなに。なにか不満でもあるの?」
「そ、そうじゃなくて……だって藍達くん、さっき……」
気を失うまで何度もイカせると言っていたはず――と言いかけてやめた。はっとして口を閉じる。
そんなわたしを見て、彼はゆるりと首を傾げ、口の端を吊り上げた。
「もしかして、もっとされたかった?」
かあっと頬が赤くなるのがわかる。
案の定だと思った。絶対そう言うと思っていた。
だから言いたくなかったのだ。
わたしがあんなに嫌がっていたのをわかっているくせに、冗談でもどうしてそんなことが言えるのだろう。
……あんなこと、二度とされたいわけがないのに。
「お望みならいくらでも続きをしてあげるよ」
「ち、違う! されたいわけない……!」
「そう。残念だなあ」
ふふ、と笑う彼。
わたしの体を拘束していたロープはすべて解かれ、手錠も外された。もう自由に動ける。いつでも逃げ出せる。
――だけど。
「…………」
本当に終わりなのだろうか。
あの藍達くんのことだ。なにか考えているに違いない。
彼の言葉を信じてこの場を離れたりでもしたら、いつどのタイミングでどんなひどい仕打ちがやってくるかわからない。……油断できない。
「……羽村さん」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
「どうして逃げないの? もう自由に動けるよ」
「……う、うん……」
「なにしてるの。普通は拘束を解かれた瞬間に走って逃げると思うんだけど」
わかっている。
もう体は自由になった。わたしは今この場所から、この人から、すぐに逃げることができる。
それなのにできないのは、わたしはもう彼に屈服してしまっているということだ。
勝手に逃げたら、あとでどんなことをされるかわからない。どうせ逃げたってすぐに捕まるのは目に見えている。お仕置きと称してまたひどいことをされるのならば、最初からおとなしく言うことを聞いているほうがまだマシだ。
「……そう、だけど……怖いから……」
「怖い?」
「だって……わたしが逃げたら、あなたはまたわたしに意地悪するでしょう? ……嫌なの。痛いのも、怖いのも、嫌。……だから、藍達くんの言うことを聞いてるの……」
目を見張り、こちらを見る彼。
その反応に狼狽える。
どうしてそんな顔をするのだろう。
「……あの……?」
「……順応するのが早すぎない? こんな短時間で君がここまで僕に従順になるとは思わなかった」
藍達くんは頬を掻く。わたしは目を伏せた。
わたしだって、逃げられるものなら今すぐにでも逃げ出したい。だけど、わたしをこんなふうにしたのは藍達くんだ。よくそんなことが言える。
「お仕置きは終わり。……もうなにもしないよ」
「……そんなのわからない」
「安心して。本当になにもしないから」
そう言って、わたしに背を向ける彼。
それからぽつりと、
「……ごめん」
と小さな声で呟いたのが聞こえた――ような気がした。
耳を疑った。だって彼が謝るとは思えない。……空耳だろうか。
藍達くんの背中を見つめる。あんなひどいことをされたのだから、彼に対して嫌悪や憎悪を感じるのが当然だ。
……それなのに、なんだか寂しそうに見えた。
藍達くんは今までずっと独りだった。今日まで声すらまともに聞いたことがなかった。クラスのみんなが楽しそうに笑い声を上げる中、いつも教室の隅で本を読んでいて。
……もしかして藍達くんは、愛を求めているのだろうか。
だからこんなことを――。
「藍達くん、寂しい……?」
彼が振り返る。
わたしを見るその目は、驚いたように丸くなっていた。
「……どうしてそんなことを聞くの?」
「あ、ご、ごめん。いきなり失礼だよね。だけど、なんていうか……藍達くんの背中がそんなふうに見えて……ごめんなさい」
何度も謝ってしまう。
謝罪をしてほしいのはこっちなのに。
そんなわたしの言葉を聞き、藍達くんは呆れたようにため息をつく。
「僕が寂しそうだったら、なに?」
「え、ええと……なんていうか……なにか困ってることがあるなら、助けてあげたいと思って……」
「助ける? 笑えるね。僕にあんなことをされておいて、よくそんなことが言えるな。お人好しにもほどがあるよ」
わたしはもう一度「……ごめんなさい」と謝った。
彼の言うことは最もだ。あんなことをされたのに、助けたいだなんて……どうかしてる。
少し間を置いて、藍達くんが小さな声で言う。
「羽村さんって不思議な人だね。……ずっと前から見ていたけど、本当に不思議な人だ」
――ずっと前から見ていた。
その言葉が胸に引っ掛かる。一体どういう意味なのだろう。ただのクラスメイトなだけで話したことは一度もないし、関わりだって今までまったくなかった。
……それなのに。
藍達くんは書架の前まで足を運ぶと、わたしが暴れたときに落ちた本を拾い、丁寧にほこりを払って元にあった場所へと戻した。
わたしは、その様子を静かに見つめる。
その視線に気がついたのか、彼はちらりとわたしに目を向けた。思わずどきりと胸が鳴る。
「……なに?」
「あ、ええと……その……」
「早く帰ったほうがいいよ。もう暗いし、家族も心配するでしょ。……僕もそろそろ帰るから」
彼が近づいてくる。
レイプまがいの――否、レイプそのものをされたわたしの中には、すっかり彼への恐怖心が植えつけられてしまった。
……藍達くんが近づくと、無条件で体が強張り、動けなくなる。
目の前まできた藍達くんは、突然わたしへと手を伸ばしてきた。またなにかされるのではと、考えたくない考えが脳裏をよぎり、まぶたをぎゅっと閉じる。
「……もうなにもしないって言ったでしょ」
小さく聞こえてきた彼の言葉に、そっとまぶたを開く。
すると彼はぐちゃぐちゃに乱れたわたしの制服を綺麗に直し始めた。掛け外れたボタンを留め、捲れた裾を直し、スカートのほこりを手で払う。
……一体なんだというのだろう。
さっきまでは、あんなに冷酷な瞳でわたしを見下して、信じられないようなひどいことをしてきたというのに。今、こんなふうに優しく接してくるのは、もしかしたら謝意のつもりだろうか。
制服を整えてくれたあとには、わたしの乱れた髪までも直し始める。撫でるように髪に触れ、彼は小さな声で言った。
「綺麗な髪。肌も、目も、……全部綺麗だ」
この人は、どうしてこんなふうにできるのだろう。さっきあった出来事なんで、まるでなかったみたいに過ごす。藍達くんの気持ちがわからなかった。
くちびるをきゅっと噛む。
「ねえ、羽村さん」
名前を呼ばれる。そっと視線を上げると、眼鏡の奥の瞳と目があった。
行為に及ぶときの彼の瞳は、まるで野獣みたいだった。恐ろしくて、目も合わせられないほど。……だけど今は、とても優しい目をしている。慈愛に満ちたまなざしをわたしに向け、そっと頬に手を当ててくる。
「僕はさっき、君に対していろいろしたけれど、特別な感情があるわけじゃないから」
頬に当てた手は、そっと下に降りてきて、その指先はわたしのくちびるを優しく撫でる。
特別な感情がないのなら、どうしてわたしに触れたのだろう。
「それならなぜあんなことをしたの、って言いたげな顔だね。……それは、たまたま。偶然、君が僕の前に現れたから。運が悪かっただけなんだよ、残念だけど」
ご愁傷さまとでも言うように、冷たい笑顔を見せてくる。
なんなのだろう。一体なんだって言うのだろう。……わたしがこんなに怖い思いをしたのも、つらい思いをしたのも、痛かったのも、苦しかったのも――全部偶然だったというのだろうか。
そんなの納得できるわけがない。じわりと眦に涙が滲む。
「……まあ、君を襲ったのは偶然ではあったけど、羽村さんに対する気持ちは変わったよ」
「……わたしに対する気持ち……?」
「うん」
小さく頷くと、彼はわたしの髪をすくい、そっと口づけた。
「羽村さんって、すごくいい声で啼いてくれるんだね。それから、僕の望みどおりの反応を見せてくれる。とても気に入ったよ」
図書室の中は薄暗く、しっかりとは見えなかったけれど……わたしを見る彼の瞳は、やけに艶かしく熱を帯びているような気がした。
「見た目が派手だから、こういうことは結構慣れてると思ったんだけど……意外に純粋だね。実際、そんなに経験ないでしょ」
「あ、藍達くん……!」
「あはは、図星」
優しく髪を撫でていた彼の手は次第に下がって、頬にいき、首筋にいき……最後は、そっとくちびるの輪郭をなぞる。意識なんてしていないはずなのに、自然と呼吸が乱れ始め、体の芯からぞくぞくと震えを起こす。
「ふ、ぅん、……っ」
感じる部分には触れていないのに、明らかに反応を見せるわたしに、藍達くんがくすりと笑った。
「この短い時間で、羽村さんの体、すごく敏感になっちゃったね」
「……っ」
はっきりと否定をすることができなかった。
事実、わたしも同じように思ってしまったのだ。実際に、藍達くんに髪や頬を撫でられただけで、子宮がきゅんと疼く。
嫌なのに。彼のことを好きなわけではないのに。
……わたしが好きなのは朋哉たった一人だけなのに。
「かわいいね、羽村さん」
彼はまた、わたしに優しく口づける。
「帰ろうか。ここ、戸締まりするから」
「あ、……うん」
二人で図書室を出て、昇降口に行き、外へ出る。日はすっかり落ちていて、空には大きな月が輝き、たくさんの星が光っていた。
校門まで無言で歩く。藍達くんの隣に並んでいるのが不思議だ。数時間前――朋哉に振られる前には、考えもしなかった光景だから。
「それじゃあ気を付けて帰ってね」
「う、うん……藍達くんも」
「また明日」
そう。また明日会うのだ。
明日だけではない。あさっても、しあさっても――わたしたちは同じクラスなのだから。
秋の夜風が頬に当たる。とても冷たくて、火照った体を気持ちよく冷やしてくれた。
「……朋哉……」
今日別れた元カレの名前を一人そっと呟いてみる。
その声は、秋の夜空に溶け込むようにして消えていった。
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