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エピローグ
しおりを挟む「で、辺境伯に近付き内部調査をしていたセクト殿下は騙すなら身内からって事でお咎め無し。竜が領地に現れ恐れおののいた辺境伯は自首。……まぁ誰もその竜がグレン殿下だとは思わないでしょうね。そしてめでたくユキノはハッピーエンドを迎えたと」
あの事件から三ヶ月。
やっと国内が落ち着き、ナーシャをお茶会へと招待することが出来た。
全てが片付き肩の荷が下りた私の心のように空は澄み渡り、絶好のお茶会日和だ。
「まさか辺境伯が奴隷や違法薬物にも手を出していたとは思わなかった」
ハッピーエンドには突っ込まず、前者の返答だけを返す。
繋がりのあったのがヒルダの実家だったのも予想外だ。
実家が取り潰しになったヒルダは貴族ではなくなったが、シエロニアは能力さえあれば平民でも関係なく仕事に就ける。
遠目に見えたヒルダの姿に温かい気持ちに包まれた。
彼女は私の命令通り、見習い侍女からやり直している最中だ。
「あれが貴女のお気に入りね。本当、情け深いこと」
「私らしいでしょ?」
「ふふ。そうね。って、話を逸らさないで頂戴」
「えぇ……。ナーシャちゃんから振ってきた話題だよ」
「あら、そうだったかしら? ユキノが名残惜しそうに見ているから気になったの」
よく見ている。
彼女の言葉に苦笑するしかない。
「話を戻すけれど、あなた達のせいで竜神が辺境に姿を現したって驚きよ。国中パニックよ。パニック! おわかり?」
ごもっともな指摘に項垂れる。
「わ、分かってるよぉ。ナーシャちゃん」
「そのおかげで辺境伯が自首したのは良いことだとしても、国の被害を考えなさいな」
「はぁい」
「いくら竜信仰の国だとはいえ、やりすぎよ!」
「仰る通りです……」
どうして私が怒られなければならないのか。
そんな感情が顔に溢れ出ていたのか、ナーシャが手に持っていた扇をビシッと私に向けた。
「グレン殿下の番でしょう!? ちゃんと制御するのが、あなたの務めでしょうが」
「えぇ……」
そんな無茶な。
あの切れ者のグレンを制御する? 出来る気がしない。
「頑張りなさい」
「……善処します」
「よろしい。そうそう、辺境伯余罪がボロボロ出てきているようね。悪事に手を染めるなら骨までも。みたいな考えは悪役の性なのかしらね? 仮にも辺境伯なのだから、火遊び程度なら目も瞑られたでしょうに」
「うーん。なんでだろうね? まぁ、辺境伯は息子に位を譲ったし、監視も付いたんだからもう何も出来ないはず」
そう言い切って茶菓子をつまみ、口に放り込んだ。
にやにやとした淑女らしくない顔で、ナーシャは笑う。
「それでぇ? グレン殿下のこと、本当に好きになっちゃったのね?」
唐突な言葉にゲホゲホとむせ返った。
茶菓子が気管に詰まるかと思った。
温かい紅茶に口をつけ、喉を潤してから返答をする。
「もー! いきなり何?」
「ごめんごめん。でも、あのグレン殿下よ? ヤンデレ監禁陵辱ルートの」
やっぱりか。という気持ちと、よかった。という安心が入り交じる。
私の反応に首を傾げたナーシャの真っ赤な髪が揺れる。
「なによ、その反応。気になるじゃない」
「いや、ね? 見ての通り監禁なんてしてないし、りょ、陵辱だってされてないのね?」
「えぇ。そうね」
「だから、キャラが変わったんじゃないかって思うの。私、すごく愛されてる自覚あるもの」
「なぁに? 惚気ぇ?」
「ちっ違くないけど、違うの! でね、隠しルートのグレンってどんなキャラだったのか気になって」
私の言葉にナーシャは考え込んでしまった。
考え込まなければならない話を振ってしまっただろうか。
彼女の返事を待つために、もう一つ茶菓子をつまむ。
赤い髪が風に攫われるのを眺めながらふと気になった事を呟いた。
「そういえば、ナーシャちゃんの見た目って、すっごく悪役令嬢って感じだよね」
「えぇ、悪役令嬢だもの」
は? 今、なんて?
言葉も出ず固まった私を無視してペラペラと喋り始める。
「実はね、あのエロゲー続編が出たのよ。なんだかんだ人気が出てさ。それで、続編に出てくる悪役令嬢が私ってわけ」
ドヤッと胸を張って威張るナーシャ。豊満な胸がますます強調される。
「いや、威張ることじゃない……」
「でももうシナリオ終わったでしょう?」
「? どういうこと?」
「セクト殿下が暴走して辺境伯と手を組むっていうシナリオが終わったから、続編終了よ。続編のグレン殿下ルート見事攻略~パチパチ~」
やる気のない拍手をしたナーシャに、思考が完全に停止する。
出てくるのは意味のない言葉ばかりだ。
「……へ?」
いつの間にか続編に突入していて?
いつの間にか続編グレンルート終了?
いや、そんな馬鹿な。
え、嘘でしょ?
困惑を隠せない私を見て、ナーシャは笑った。
「時期がだいぶズレているし、確信はあまりないのだけれど、きっともう大丈夫よ」
「なにが、大丈夫なの?」
「敷かれたレールはここでおしまい。ってことよ」
優しい顔で言われ、どう答えようかと視線を彷徨わせる。
「えっとね、今までも、決められた物語だと思っていたのね」
「ユキノが考えそうなことね。それで?」
「でも、ナーシャちゃんに教えてもらった隠しルートのグレンはもっと残酷で、私の気持ちなんて無視するような人間だったと思うの」
「ふふふ。まぁそうね。あのゲームはそういう残酷なシチュエーションが好きな人向けの、マニアックなゲームだもの」
ナーシャはそう言ってクスクスと笑う。
私も釣られて笑いながら、言葉を続けた。
「でもグレンは私の気持ちを大切にしてくれた。私がグレンの気持ちに答えられなくても、待ってくれた。これって、ゲームではありえなかったことでしょう?」
「まぁありえないわね。……でも、ここは現実だもの。ゲームと違って当たり前だわ」
感慨深く呟かれた言葉に頷く。
「ちなみに、隠しルートでは選択肢を一つ間違えるだけでバッドエンドに向かうようなキャラだったわ」
「……興味本位で聞くけど、バッドエンドになると私どうなってたの?」
「死亡ね」
「ひぇ。死ななくてよかった!」
お互い顔を見合わせて吹き出した。
「ユキノ!」
「グレン。来るなら言ってくれればいいのに」
グレンは立ち上がった私を抱きしめ、頬に口づけをする。
親友の前でされるスキンシップに気恥ずかしさを感じるが、二人は全く気にしていないようだ。
「タタン令嬢。ユキノが世話になった」
「もうお迎え? 過保護ねぇ」
からかうような口調に少し頬を膨らませる。
しかし反応がないナーシャを不審に思い、彼女の視線の先を追えば、グレンの後ろに控える見知らぬ侍女。
「あら、続編ヒロインじゃない」
ぼそりと呟かれた言葉。
その小声で紡がれた言葉に一瞬固まるが、すぐさま立て直す。
冗談じゃない。続編ヒロインがなんだ。
シナリオ通りに進んでやるもんか。
こうなったら逃げてやる。逃げることは大得意だ。
今度はグレンと一緒に、どこまででも!
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