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第三十話「王子の決意」
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「すき。好きなの」
「え……?」
両手で顔を覆い、さめざめと泣きながらユキノは狂ったように待ち望んだ言葉を言い続ける。
「好きなの、グレン。どんな姿でも関係ない。好き。大好き。好き。グレンが好きなの。だから、見捨てないでぇ……」
どうして俺がユキノを見捨てるのか。そんなことは未来永劫ありえないというのに。
自分の想いを否定された気がして、顔を覆うユキノの手を無理やり剥がす。
とめどなく流れる涙を舐めとり、真意を問うた。
「落ち着いて。どうして俺がユキノを見捨てるの? ありえないでしょ」
「だ、だって、ずっとこんな気持ち抱えさせて、苦しませて……。なのに、私ばっかりっ、私っグレンを満足させられない」
一瞬理解が遅れ、理解したと同時に笑いがこみ上げてきた。
「ふっふふ……ははははっ!」
我慢できずに笑ってしまった俺を睨んだユキノが口を開いた瞬間、突き上げた。
予想していなかった刺激にユキノは可愛い声で喘ぐだけ。
体中から溢れる歓喜に身を任せ、ユキノを蹂躙していく。
そして、我に返ったのは、彼女を本格的に泣かせてしまった後だった。
「グレンっ、こわい、あっゃ、こわいよ、ふぁあ……ぐすっ、やだって……言ってるのに……ひっく」
いつもの威勢はなく、ただただすすり泣くユキノに焦り、壊れ物を扱うように彼女を掻き抱いた。
「ごめん。調子に乗った」
謝罪を口にすると、ゆっくりと深呼吸をするユキノに、自分はなんて最低な事をしたのかと罪悪感に苛まれた。
これではただの獣だ。
よほど絶望的な顔をしていたのだろう。
優しく頬に手を添えられ、息を飲んだ。
二度と触れられなくてもおかしくない行為をしてしまったのに、彼女はまだ触れてくれるのか。
「いつ戻ったの?」
そう問われ、自身の身体が戻っていることに気が付いた。
「回復魔法使った辺りには魔力制御が出来るようになったから……」
魔力制御が出来なければ魔法すら使えない。そのためその辺りで間違いはないはずだが、いかんせん記憶が定かではない。
「……だいぶ前、よね?」
「そうだね。ユキノから想いを口にされて調子に乗った。本当にごめん」
こんな軽い謝罪で許してくれるとは思ってはいないが、俺にできるのは誠心誠意謝ることだけだ。
「次から気を付けてくれたら……それでいいよ」
だから、ユキノがこの場で許してくれるなんて、夢にも思っていなかった。
「! ありがとう!」
ユキノを抱きしめる腕に力が籠もる。
やはりユキノしかいない。
ユキノなしでは生きていけないほどに、溺れている。
「仕切り直し、して?」
「……いいの?」
本当にいいのだろうか。
そんな俺の戸惑いが伝わったのか、ユキノは絶対に抗えない言葉を口にした。
「うん。もっとグレンを感じたい。今度は優しく、ね?」
「っ、仰せのままに」
ユキノは優しく微笑み、
「グレン。愛してる」
と畳み掛けてきた。
言い表すことの出来ない感情が渦巻いて、泣きそうになりながら返事をする。
「俺も愛してる。ユキノだけだ、ずっと」
どちらからともなく唇を重ねる。
触れるだけの可愛らしいお子様な口づけ。
そんな子どもっぽい行為に、額同士をくっつけて笑い合った。
◇◆◇
大事な話があると身を固くして寝台に座るユキノ。
昨夜は初めて彼女が想いを口にしてくれたが、それと何か関係があるのだろうか。
緊張するユキノを話しやすくするため、自身の話からすることにした。
上体を起こし、ユキノと視線を合わせる。
「俺さ、あの姿のこと調べてたんだ。そしたら、一人だけ同じ症状に悩む王子が居たことが分かったんだ。その王子どうなったと思う?」
「え? ……処刑された、とか?」
「うん、正解」
あっさりと答えを口にしたユキノは愕然とした表情を浮かべる。
どうやら当てずっぽうで正解にたどり着いたようだ。
「その王子の日記と王の日記が保管されていてね。たまたま読む機会があったんだ。その王子は先祖返りだと突き止めていたが、周りは受け入れられなかった。王子を産んだ王妃は化け物を産んでしまったと自害し、王妃を失った王は錯乱し王子を処刑した」
「……悲惨な結末」
「うん、そうだね。幼かった俺はそれを読んで怖くなった。打ち明ければ、家族が壊れると思っていた……いや、今もそう思っている」
本心を口にすれば、ユキノが寄り添うように身を預けてきた。
慰めているつもりだろうか。そんな可愛らしい行動に笑ってしまう。
「私はグレンがどんな姿になっても、好きでいるよ。たとえ本当の竜になったとしても」
「ふっ、殺し文句だね」
いつからだろう。いつの日か己が本物の竜になると怯えなくなったのは。
日々恐怖と隣合わせで、自分など人間ではない化け物だと思い込んでいた。弟のセクトが羨ましくてたまらなかった。
王の座が一番近いと言われようが、自分は人間ではない。化け物だ。
誰も愛することは出来ないし、愛されることもない化け物だと……。
それは浅はかな思い込みであった。
俺の中に、ちゃんと王族の血は流れている。
番を見つけるという本懐を成すことが出来た。それはシエロニア王族にとってもっとも尊い事。
「む、信じてないわね? 本当なんだから!」
「そんなことない。疑ったりしてないよ。あの姿の俺とシただろ?」
「……判断基準には納得出来ないけど、まぁ信じてくれるなら……」
唇を突き出してむくれるユキノに口づけを贈る。
一瞬驚きに目を見開いたがすぐに目を閉じ受け入れられた。
彼女にはわからないだろう。たったこれだけの仕草で、愛されていると自覚できる、なんて。
軽い口づけを終えれば、ユキノは覚悟を決めた顔で俺と目を合わせた。
「私、前世の記憶があるの」
「うん。それで?」
「え? えっと、前世では私三十代で……」
「今は違うんだから、関係ない」
精神の成熟は早いほうが良いに決まっている。落ち着いて話のできる相手は貴重だ。
俺の反応が意外だったのか、困惑しきった顔で続く言葉を探している。
「一夫多妻制が嫌なのも、私の前世では恋愛婚が主流で、一夫一婦制だったからなの」
「願ったり叶ったりだね。唯一の番を見つけたんだ。目に入れても痛くないお嫁さんは一人でいい」
簡単な言葉で頬を赤く染める姿が愛おしい。
生涯一人だけを慈しみ愛すなんて、簡単なことだ。
それよりも彼女が今まで俺の想いに答えなかった根幹を話してくれている事実に、震えそうだ。もちろん歓喜でだが。
「え、えっとね、私ね、前世で母に愛されてなくて……一生幸せになれないよう祈ってるって言われるほどで、母から愛する人を奪ってしまった私は自分でも幸せになるべきじゃないって思ってたの」
「奪ったって、寝取ったわけでは……なさそうだね?」
「そんなことしないよ。ただ、交通事故で……私だけ生き残ってしまったから」
「そうか」
愛する人を失う前は愛していたはずの子を、愛する人を失ったら憎む……。人間とは自分勝手な生き物だ。
慰めも、同情もいらないだろう。ユキノの悲しみは彼女だけのものだ。
俺は何も言うべきではないと相づちを打つ事に徹した。
「それで、私は創作物に逃げたの。友人に貸してもらったゲーム……ゲームっていうのは、小説みたいな? えっと、難しいなぁ……架空の登場人物と疑似恋愛を楽しむものが娯楽であってね? 乙女ゲームって言うんだけど」
「……うん? わかるような、わからないような……。とりあえず続けて」
「その乙女ゲームにえっちなやつがあるんだけど、そのゲームに、その、グレンが出てくるの」
飛躍した話に目をパチクリとさせていれば、焦ったユキノが早口でまくし立てる。
「グレンだけじゃなくて私も出てくるの、主人公として。第一王子も出てくるし、えっとね、それがゲームの筋書きで、物語なの! 決められた物語で……」
「ちょ、落ち着いて」
「……その物語の主人公である私は、物語通りになりたくなくて、逃げてたの。学園でなぜか痴態を晒してしまうのも物語で決められていた事だから。それに第一王子から婚約破棄されたのも想定内だった。ただ、グレンから愛されるなんて思ってもみなかった」
もじもじと気まずそうに手遊びをしながら俺の様子を伺うユキノ。
決められた物語? 上等。そのおかげでユキノを手に入れられたのなら、ゲームとやら様々だ。
隣に座るユキノを引き寄せ、腕の中に閉じ込める。
彼女の綺麗な白髪に口づけを落とす。
「それのおかげでユキノと出会えたのなら、俺は幸せ者だね」
「……決められた物語、だよ?」
「それが何? 今、俺がユキノを好きだって気持ちは変わらない」
「……その気持ちすら決められたものだとしても?」
「関係ないね。それがどんな物語だったかは俺には分からない。だけど、俺がユキノを愛するという事実は覆らない。ユキノが俺の事を想ってくれている、って自覚があるから今まで待てが出来てたけど……」
「けど?」
もしもユキノがこの溢れんばかりの恋情に答えてくれていなかったら……。
考えただけで怒り狂いそうになる。
「監禁してでも自分のものにしていただろうね?」
にっこりと笑って言えば、ユキノの体が強張った。
そして、
「あぁぁぁあ!!」
思い出したと言わんばかりに絶叫した。
近くで絶叫されたものだから、耳がキーンとする。
「どうしたの?」
「お、思い出した……」
脱力して両手で顔を覆いため息をついたユキノに、何を思い出したのかを問う。
彼女はわからないかもしれないけど、と前置きをして話し始めた。
「そのゲーム、アブノーマルなプレイの多いゲームでね。愛なんてなかったの。それで、グレンは隠しキャラで、愛し愛されのルートだと勘違いしてた……。グレンは自身が抱えきれないほどの愛情を主人公へ贈るけど、同じだけ返されない事に怒って、監禁陵辱ルート……だったような……」
「へぇ。その物語の俺はなかなか強引だね」
「なんで『俺もやるところだった』みたいな顔してるの!?」
「いや、そもそも酔いつぶれたユキノを抱いて自分の物にしてる時点でって感じじゃないか?」
そうだった! と言わんばかりに頭を抱えるユキノ。
その様子が可愛くて、抱きしめる腕に力を込めた。
「確かにあの時、ユキノが『私だけを愛して』と言わなければ、既成事実を作って逃さないつもりだったしな」
「怖いこと言わないでよ」
「本当だよ。だから、覚えていないって言われた時は、どうやって分からせようか考えたものだ」
「……鬼畜」
「なんとでも? でも、それだけ必死だったんだよ。ユキノを逃したくない一心で」
そうしおらしく言えば、まんざらでもなさそうな顔をしたユキノが体を預けてきた。
どれだけ俺を喜ばせれば気が済むのだろう、ユキノは。
こんな一歩間違えれば狂気にも変わる愛情を受け止めてくれる。
それがどれほど難しいことか、わかっていないのだろう。
「愛してるよ。ずっと、ユキノだけを」
「わ、私も、愛してるよ」
「もう逃さないよ」
言い慣れないのか少し吃りながらも答えてくれるユキノが愛おしい。
「物語通りになりたくなかったから逃げてただけ、だもの。もう逃げないよ……たぶん」
「えー本当かなぁ?」
「ほ、ほんとだもん!」
幼い子どものような反応。前世で三十代だったなんて嘘みたいだ。
まぁ、彼女がどんなに年を食っていたとしても関係はないが。
「でもまぁ、逃さないけどね。絶対に」
「え……?」
両手で顔を覆い、さめざめと泣きながらユキノは狂ったように待ち望んだ言葉を言い続ける。
「好きなの、グレン。どんな姿でも関係ない。好き。大好き。好き。グレンが好きなの。だから、見捨てないでぇ……」
どうして俺がユキノを見捨てるのか。そんなことは未来永劫ありえないというのに。
自分の想いを否定された気がして、顔を覆うユキノの手を無理やり剥がす。
とめどなく流れる涙を舐めとり、真意を問うた。
「落ち着いて。どうして俺がユキノを見捨てるの? ありえないでしょ」
「だ、だって、ずっとこんな気持ち抱えさせて、苦しませて……。なのに、私ばっかりっ、私っグレンを満足させられない」
一瞬理解が遅れ、理解したと同時に笑いがこみ上げてきた。
「ふっふふ……ははははっ!」
我慢できずに笑ってしまった俺を睨んだユキノが口を開いた瞬間、突き上げた。
予想していなかった刺激にユキノは可愛い声で喘ぐだけ。
体中から溢れる歓喜に身を任せ、ユキノを蹂躙していく。
そして、我に返ったのは、彼女を本格的に泣かせてしまった後だった。
「グレンっ、こわい、あっゃ、こわいよ、ふぁあ……ぐすっ、やだって……言ってるのに……ひっく」
いつもの威勢はなく、ただただすすり泣くユキノに焦り、壊れ物を扱うように彼女を掻き抱いた。
「ごめん。調子に乗った」
謝罪を口にすると、ゆっくりと深呼吸をするユキノに、自分はなんて最低な事をしたのかと罪悪感に苛まれた。
これではただの獣だ。
よほど絶望的な顔をしていたのだろう。
優しく頬に手を添えられ、息を飲んだ。
二度と触れられなくてもおかしくない行為をしてしまったのに、彼女はまだ触れてくれるのか。
「いつ戻ったの?」
そう問われ、自身の身体が戻っていることに気が付いた。
「回復魔法使った辺りには魔力制御が出来るようになったから……」
魔力制御が出来なければ魔法すら使えない。そのためその辺りで間違いはないはずだが、いかんせん記憶が定かではない。
「……だいぶ前、よね?」
「そうだね。ユキノから想いを口にされて調子に乗った。本当にごめん」
こんな軽い謝罪で許してくれるとは思ってはいないが、俺にできるのは誠心誠意謝ることだけだ。
「次から気を付けてくれたら……それでいいよ」
だから、ユキノがこの場で許してくれるなんて、夢にも思っていなかった。
「! ありがとう!」
ユキノを抱きしめる腕に力が籠もる。
やはりユキノしかいない。
ユキノなしでは生きていけないほどに、溺れている。
「仕切り直し、して?」
「……いいの?」
本当にいいのだろうか。
そんな俺の戸惑いが伝わったのか、ユキノは絶対に抗えない言葉を口にした。
「うん。もっとグレンを感じたい。今度は優しく、ね?」
「っ、仰せのままに」
ユキノは優しく微笑み、
「グレン。愛してる」
と畳み掛けてきた。
言い表すことの出来ない感情が渦巻いて、泣きそうになりながら返事をする。
「俺も愛してる。ユキノだけだ、ずっと」
どちらからともなく唇を重ねる。
触れるだけの可愛らしいお子様な口づけ。
そんな子どもっぽい行為に、額同士をくっつけて笑い合った。
◇◆◇
大事な話があると身を固くして寝台に座るユキノ。
昨夜は初めて彼女が想いを口にしてくれたが、それと何か関係があるのだろうか。
緊張するユキノを話しやすくするため、自身の話からすることにした。
上体を起こし、ユキノと視線を合わせる。
「俺さ、あの姿のこと調べてたんだ。そしたら、一人だけ同じ症状に悩む王子が居たことが分かったんだ。その王子どうなったと思う?」
「え? ……処刑された、とか?」
「うん、正解」
あっさりと答えを口にしたユキノは愕然とした表情を浮かべる。
どうやら当てずっぽうで正解にたどり着いたようだ。
「その王子の日記と王の日記が保管されていてね。たまたま読む機会があったんだ。その王子は先祖返りだと突き止めていたが、周りは受け入れられなかった。王子を産んだ王妃は化け物を産んでしまったと自害し、王妃を失った王は錯乱し王子を処刑した」
「……悲惨な結末」
「うん、そうだね。幼かった俺はそれを読んで怖くなった。打ち明ければ、家族が壊れると思っていた……いや、今もそう思っている」
本心を口にすれば、ユキノが寄り添うように身を預けてきた。
慰めているつもりだろうか。そんな可愛らしい行動に笑ってしまう。
「私はグレンがどんな姿になっても、好きでいるよ。たとえ本当の竜になったとしても」
「ふっ、殺し文句だね」
いつからだろう。いつの日か己が本物の竜になると怯えなくなったのは。
日々恐怖と隣合わせで、自分など人間ではない化け物だと思い込んでいた。弟のセクトが羨ましくてたまらなかった。
王の座が一番近いと言われようが、自分は人間ではない。化け物だ。
誰も愛することは出来ないし、愛されることもない化け物だと……。
それは浅はかな思い込みであった。
俺の中に、ちゃんと王族の血は流れている。
番を見つけるという本懐を成すことが出来た。それはシエロニア王族にとってもっとも尊い事。
「む、信じてないわね? 本当なんだから!」
「そんなことない。疑ったりしてないよ。あの姿の俺とシただろ?」
「……判断基準には納得出来ないけど、まぁ信じてくれるなら……」
唇を突き出してむくれるユキノに口づけを贈る。
一瞬驚きに目を見開いたがすぐに目を閉じ受け入れられた。
彼女にはわからないだろう。たったこれだけの仕草で、愛されていると自覚できる、なんて。
軽い口づけを終えれば、ユキノは覚悟を決めた顔で俺と目を合わせた。
「私、前世の記憶があるの」
「うん。それで?」
「え? えっと、前世では私三十代で……」
「今は違うんだから、関係ない」
精神の成熟は早いほうが良いに決まっている。落ち着いて話のできる相手は貴重だ。
俺の反応が意外だったのか、困惑しきった顔で続く言葉を探している。
「一夫多妻制が嫌なのも、私の前世では恋愛婚が主流で、一夫一婦制だったからなの」
「願ったり叶ったりだね。唯一の番を見つけたんだ。目に入れても痛くないお嫁さんは一人でいい」
簡単な言葉で頬を赤く染める姿が愛おしい。
生涯一人だけを慈しみ愛すなんて、簡単なことだ。
それよりも彼女が今まで俺の想いに答えなかった根幹を話してくれている事実に、震えそうだ。もちろん歓喜でだが。
「え、えっとね、私ね、前世で母に愛されてなくて……一生幸せになれないよう祈ってるって言われるほどで、母から愛する人を奪ってしまった私は自分でも幸せになるべきじゃないって思ってたの」
「奪ったって、寝取ったわけでは……なさそうだね?」
「そんなことしないよ。ただ、交通事故で……私だけ生き残ってしまったから」
「そうか」
愛する人を失う前は愛していたはずの子を、愛する人を失ったら憎む……。人間とは自分勝手な生き物だ。
慰めも、同情もいらないだろう。ユキノの悲しみは彼女だけのものだ。
俺は何も言うべきではないと相づちを打つ事に徹した。
「それで、私は創作物に逃げたの。友人に貸してもらったゲーム……ゲームっていうのは、小説みたいな? えっと、難しいなぁ……架空の登場人物と疑似恋愛を楽しむものが娯楽であってね? 乙女ゲームって言うんだけど」
「……うん? わかるような、わからないような……。とりあえず続けて」
「その乙女ゲームにえっちなやつがあるんだけど、そのゲームに、その、グレンが出てくるの」
飛躍した話に目をパチクリとさせていれば、焦ったユキノが早口でまくし立てる。
「グレンだけじゃなくて私も出てくるの、主人公として。第一王子も出てくるし、えっとね、それがゲームの筋書きで、物語なの! 決められた物語で……」
「ちょ、落ち着いて」
「……その物語の主人公である私は、物語通りになりたくなくて、逃げてたの。学園でなぜか痴態を晒してしまうのも物語で決められていた事だから。それに第一王子から婚約破棄されたのも想定内だった。ただ、グレンから愛されるなんて思ってもみなかった」
もじもじと気まずそうに手遊びをしながら俺の様子を伺うユキノ。
決められた物語? 上等。そのおかげでユキノを手に入れられたのなら、ゲームとやら様々だ。
隣に座るユキノを引き寄せ、腕の中に閉じ込める。
彼女の綺麗な白髪に口づけを落とす。
「それのおかげでユキノと出会えたのなら、俺は幸せ者だね」
「……決められた物語、だよ?」
「それが何? 今、俺がユキノを好きだって気持ちは変わらない」
「……その気持ちすら決められたものだとしても?」
「関係ないね。それがどんな物語だったかは俺には分からない。だけど、俺がユキノを愛するという事実は覆らない。ユキノが俺の事を想ってくれている、って自覚があるから今まで待てが出来てたけど……」
「けど?」
もしもユキノがこの溢れんばかりの恋情に答えてくれていなかったら……。
考えただけで怒り狂いそうになる。
「監禁してでも自分のものにしていただろうね?」
にっこりと笑って言えば、ユキノの体が強張った。
そして、
「あぁぁぁあ!!」
思い出したと言わんばかりに絶叫した。
近くで絶叫されたものだから、耳がキーンとする。
「どうしたの?」
「お、思い出した……」
脱力して両手で顔を覆いため息をついたユキノに、何を思い出したのかを問う。
彼女はわからないかもしれないけど、と前置きをして話し始めた。
「そのゲーム、アブノーマルなプレイの多いゲームでね。愛なんてなかったの。それで、グレンは隠しキャラで、愛し愛されのルートだと勘違いしてた……。グレンは自身が抱えきれないほどの愛情を主人公へ贈るけど、同じだけ返されない事に怒って、監禁陵辱ルート……だったような……」
「へぇ。その物語の俺はなかなか強引だね」
「なんで『俺もやるところだった』みたいな顔してるの!?」
「いや、そもそも酔いつぶれたユキノを抱いて自分の物にしてる時点でって感じじゃないか?」
そうだった! と言わんばかりに頭を抱えるユキノ。
その様子が可愛くて、抱きしめる腕に力を込めた。
「確かにあの時、ユキノが『私だけを愛して』と言わなければ、既成事実を作って逃さないつもりだったしな」
「怖いこと言わないでよ」
「本当だよ。だから、覚えていないって言われた時は、どうやって分からせようか考えたものだ」
「……鬼畜」
「なんとでも? でも、それだけ必死だったんだよ。ユキノを逃したくない一心で」
そうしおらしく言えば、まんざらでもなさそうな顔をしたユキノが体を預けてきた。
どれだけ俺を喜ばせれば気が済むのだろう、ユキノは。
こんな一歩間違えれば狂気にも変わる愛情を受け止めてくれる。
それがどれほど難しいことか、わかっていないのだろう。
「愛してるよ。ずっと、ユキノだけを」
「わ、私も、愛してるよ」
「もう逃さないよ」
言い慣れないのか少し吃りながらも答えてくれるユキノが愛おしい。
「物語通りになりたくなかったから逃げてただけ、だもの。もう逃げないよ……たぶん」
「えー本当かなぁ?」
「ほ、ほんとだもん!」
幼い子どものような反応。前世で三十代だったなんて嘘みたいだ。
まぁ、彼女がどんなに年を食っていたとしても関係はないが。
「でもまぁ、逃さないけどね。絶対に」
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