転生令嬢は逃げ出したい 〜絶倫ルート回避したはずなのに、何故か別の絶倫ルートに入ったんですが!?〜

稲雀あや

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第二十八話「絶望に抗え 中編」

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第二十八話「絶望に抗え 中編」
 月の休息日を知られている。つまり妊娠しやすい日も把握されているということ。
 頭の中で素早く逆算して、愕然とした。
 セクトの後ろに控えているヒルダを見れば、気まずそうに視線を逸らされる。

「ねぇ、どうして僕が見え透いた時間稼ぎに付き合っていたと思う?」
「国境へ向かったグレンに少しでも報告を遅らせるためじゃないの? 私がかどわかされたって聞いたらすぐにでも転移魔法で来るに決まってるでしょうし」
「不正解。いや、半分正解ってところかな」
「半分? じゃあ、あとの半分は? まさか私を手籠めにする気?」

 グレンから私を奪うため一番手っ取り早いのは私を抱くことだ。
 夫以外の男性に暴かれてしまえば、竜との誓いを破ることとなり私は裁きを受けるだろう。
 そして、裁きがその場での死であればグレンは番を失い、魔力暴発を起こしてしまう。

 魔力暴発=グレンの死だ。

 しかし、それなら月の休息日を把握する意味は全くない。
 セクトの考えが読めず訝しげな視線を向ければ、彼はにやにやと笑う。

「そりゃあ、ねぇ? もうそろそろ効いてくるはずだよ」

 効いてくる? 何が?

 意味がわからず思考を巡らせる。
 セクトが姿を現してから漂う甘ったるい匂いと関係があるのだろうか。

 どくりと心臓が跳ねた。
 いきなり熱くなる体。空気が触れるだけでピリピリと快感を拾う。

 これはっ――!?

 エロゲーにつき物の媚薬。
 即効性の効力の薄いものではなく、遅効性の効力が高いもの。
 知識としてはあるが、まさか……。

 まさかこんなところで使われるなんてっ……!

 焦りだした私をにやにやと見るセクトを睨む。

「やっと効いてきたみたいだね? これは王家に伝わる古の媚薬」
「なに、それ……古の媚薬って……」

 まさにゲームのアイテムですと言わんばかりの名前。

 待って。本当にこれはシナリオではないの? 絶対あってもおかしくないイベントに感じるんだけど……?

 ナーシャ曰くシナリオは終わっている。
 つまりこれは、シナリオでもなんでもない、ただの謀反だ。
 グレンを貶めるためだけに、王家の所有物を持ち出すセクト。到底許された所業ではない。

「僕達王族は竜の血を継いでるからね、人間との間に子供が出来にくい」
「……まさか」

 その言葉に嫌な予感がした。
 それであれば、わざわざ月の休息日を把握している意味もある。

「そう。排卵近くに使えば、強制的に排卵させることが出来る劇薬だよ。すごいでしょ?」
「私にあなたの子を孕ませるつもり?」
「それじゃあ意味ないでしょ」
「じゃあどういう……」

 言いかけて、口を噤んだ。
 乱暴な足音が複数聞こえる。
 これから起こるであろう事態を想像して、血の気が引いた。

「僕と子を成しても、それじゃあ王家の血を引いた子に変わりはない」
「馬鹿な真似をっ!」
「僕はね、絶望に打ちひしがれる兄様が見たいんだよ。そのためならなんだってするさ」

 いつの間にかいなくなった私が子を孕んで帰ったとしても、十月十日は誰の子か分からない。
 そして産み落とした瞬間に罪が分かる。
 なんて残酷な事だろう。
 待ち焦がれた我が子が、自分の子ではないなんて。

 そして不貞を働いた私はグレンが戦争で居ない間に城から抜け出し、平民と関係を持ったとして断罪されるだろう。
 断罪するのはもちろん、グレンだ。
 愛する番を自身の手で殺さなければならなくなったグレンの心境は……。

 セクトがこのような手を使う理由は、竜の裁きが不貞を犯した瞬間に即死するわけではないと知っているからではないだろうか。

「あなた、本当に人の心がないのね」
「なんとでも?」

 でも、これはチャンスではないだろうか。
 行為をする時は流石にセクトはどこかへ行くだろう。
 そうなれば、残るは魔法の使えない平民。魔封具さえ外せばどうにでもなる。
 従順なふりをして油断させればいい。

「おい、坊っちゃん。そこの女か?」

 下衆びた笑みを浮かべ、五人の男達が顔を見せる。
 服装を見るに盗賊といったところだろう。

「あぁ、そうだ。好きにするといい」

 そう言い放ったセクトは我関せずといった様子で、壁へともたれかかった。
 予想に反して行為の最中もいるつもりらしい。

 え、強姦な上に、視姦も?

 信じられないとセクトに視線を向ければ、ハッと鼻で笑われた。
 少しイラッとしてしまったのは仕方のない事だと思う。

 私の考える事はお見通しってわけ。

 セクトの隣に佇むヒルダへと視線を向ける。
 彼女に至っては、顔面を蒼白にして今にも泣き出しそうだ。

 これじゃあどっちが強姦されそうなのか、分かったもんじゃないわね。

 私を舐めまわずように見た盗賊の頭っぽい男が、

「こりゃあ上玉じゃねぇか!」

 と声を上げる。

「それじゃあ遠慮なく」
「早くしろよ。後がつっかえてんだからよ」

 下半身に脳を支配された男達は厭らしい顔でドカドカとムードのかけらもなく近づいてくる。
 反射的に後ずさるが、すぐに背中が壁についてしまった。
 私の横にはセクトが投げたナイフが突き刺さっている。
 あと数歩で寝台に辿り着くというところで声をかけた。

「ねぇ、一人ずつじゃ駄目なの?」

 潤んだ瞳で見上げる。
 主人公ヒロインの破壊力を思い知れ。

 途端に男達がたじたじとしだす。

 正直この狭い部屋に屈強な男が五人もいるとむさ苦しい。
 それに、反撃しようにも上手く動けない可能性が高い。リスクは排除すべきだ。

「ああ? なんだぁ? えらく協力的じゃねぇか」
「私だって、体が熱くて仕方がないの……我慢できない。でも、たくさんの人に見られるなんて耐えられないわ。ほら、秘事って言うじゃない?」
「でもよお」
「お・ね・が・い」

 可愛こぶって懇願すれば、男が折れた。

「わーたわーた。おいお前ら、一人ずつだ!」

 勝った! と内心ガッツポーズをする。
 素直に聞き入れた盗賊達に、セクトは呆れていたが何も口を出さなかった。
 魔封具を付けた私など、驚異に値しないと判断しているのだろう。

 一人だけとなった男は寝台へと上り荒い手付きで私を押し倒した。
 イヤリングが寝台に当たりチャリッと音を立てる。

 乙女ゲームならここで助けが来るんでしょうね。でもここはエロゲーの世界。助けは入らない。
 私だけでなんとかしないと、本当に強姦されてしまう。
 それだけは絶対回避しなければ。

 学園で私が無事でいられたのはグレンが目をかけてくれていたからだ。私一人ではどうにもならなかったイベントもある。
 腕で男を押し返そうとすれば、置かれた枕を押しのけるよう魔封具を施された両手を縫い付けられた。
 ただそれだけでビリビリと快感を拾うのだから救えない。
 その快感は許しを請い、咽び泣きたくなるほどで。

「っ!?」

 手に当たった冷たい感触。
 肌に当たった鍵のような形の物に我に返った。
 あるはずのない物に驚いてしまうが、どうやら怪しまれなかったようだ。
 身を捩るふりをし、それを手に取った。

 どうしてこれが……。ヒルダ……?

 口づけをしようとする頭から顔を背け、ヒルダに目を向ける。
 祈るように両手を組み、目をギュッと瞑る彼女に自然と口角が緩んだ。

「何を笑っている?」

 この状況で笑った私に苛立ちを見せたセクト。

 なぜヒルダがセクトに手を貸したかは分からないが、今の彼女を見れば分かる。
 進んで手を貸したわけではない、と。

「少しばかりお粗末ではないかしら?」
「なにッ!?」

 味方の掌握は必須条件だ。それが出来ていない時点で、セクトの思い通りにはならない。
 私を押し倒している男の急所を両足で蹴り上げる。

「ぐぇっ!?」

 痛みに悶絶した男が私にのしかかりそうになったところを転がることで避けた。
 肌が少し触れるだけで甘い刺激を拾う体に鞭を打ち、気取られないよう素早く立ち上がる。

 少しばかり私を舐め過ぎだ。
 この世界で私の右に出る者はいない。

 手に握り込んだ鍵を両足を拘束する魔封具の鍵穴へと差し込んだ。
 差し込むだけで外れるタイプでよかった。
 派手な金属音を立てて魔封具が外れる。

「なっ!? ヒルダ!! 裏切ったな!?」
「長年一緒に暮らしてきた私と、弱みを握っただけのあなた。どっちに信頼があるのかなんて、明白だと思うけど?」

 鼻で笑いながら魔力を魔封具へ込める。すると魔封具はバキッと音を立てて崩れ落ちた。

「魔封具を破壊、だと!? 化け物かよ」

 私の魔力量の多さが役に立った。
 魔封具一つだけでは封じられないほどの膨大な魔力。
 完全に魔力を封じられてしまっていたら使えない荒業だ。
 確かに魔封具は対魔法使い用ではあるし、便利な道具だ。しかし、封じられないほどの魔力を込めれば役に立たなくなる。
 崩れ落ちた魔封具がいい例だろう。

「化け物だとして、それがどうしたの? こんな私でも愛してくれるのがグレンよ。器の違いを思い知るがいいわ」

 完璧すぎる主人公ヒロインに劣等感を抱き、陵辱することで自尊心を慰める攻略対象達。
 目の前のセクトはそんな攻略対象達と同じ穴のムジナだ。

 でも、グレンは違う。

「くっそ! おい、お前ら! 女を捕えろ!」
「ヒルダ! 今のうちに外へ逃げるのよ!」

 セクトの声に一度外へ出ていった盗賊が部屋に入ってくる。
 寝台でうずくまる男を視界に入れると、カッと頭に血が上ったのか激高し後先考えず殴りかかってきた。

 拘束の解かれた私に挑んでくるなんて……。

 振り降ろされた拳をヒョイッと避ける。この程度なら魔法がなくとも対処できる。
 勢いを殺しきれず壁に激突する男。

「私に敵うとでも?」

 不敵に笑って見下ろしてやれる。
 そうすれば、よほど屈辱だったのだろう、怒りに震えだす。

「ヤク漬けにした女一人まともに相手出来ないのか!? 女もだいぶ薬が回っているんだから、辛いはずだぞ!?」

 セクトの言葉に一人の男が手を前へと突き出した。
 意味のない行動を横目に盗賊掃討のため一歩踏み出した、その刹那。

 服の裾が燃え上がった。

「ッ!?」
「は、ははは!! 本当に魔法が使えたぞ!!」

 反射的に水魔法を使い、全身に水を浴びた。
 全身を駆け巡る快感に体を抱きしめる。

「うぁ……っく。こんなところで火の魔法を使うなんて! 自殺行為だわ!」

 そもそも何故貴族階級の人間しか使えないはずの魔法をなぜ平民が使っているのか。

 いえ、前にもこんな事があったはず……。

 違和感を確かめる時間は与えられず、次々と攻撃魔法が降ってくる。
 それは火であったり、風であったり、土であったりと様々だ。
 多勢に無勢。
 しかし、魔法を使いこなせない盗賊達の攻撃はぞんざいで、たまに肌を掠める程度の精度しかない。
 制御不能で現れた火が扉を燃やし尽くし、ちりちりと焦げ臭い煙を上げる。
 部屋を焼き尽くす前にと水魔法で消火しておく。

「くそっ! なんで当たらねぇんだ!!」
「なにを分かりきった事を……」

 ため息をつき、盗賊達が放つ魔法を無力化していく。
 元々、魔法を学んだことのない人間が扱える代物ではないのだ。

「そろそろ降参したら?」

 ちらりとセクトに視線を向ける。
 魔法を手足のように使えるのは何も私だけではない。セクトも使えるはずだが、何故か手出しをしてこない様に違和感を覚えた。

「僕が手を出す事を期待してる? 残念だけど、僕が直接手を出したら言い訳が立たないだろ? だから、手は出さない。……まっ、協力はするけど、ね!」

 燃え落ちた扉の裏に隠れていたであろうヒルダを目ざとく見つけたセクトが、お仕着せを力任せに引っ張り彼女を盗賊達へと投げつけた。

「おお?」
「ヒルダ!? 何故逃げなかったの!?」
「ユキノ様、申し訳ありません。裏切った私のことなど、捨て置いて下さいませ!」

 視界に入ってこないから、逃げたものだとばかり……。主失格だわ。

「その女の弱点だ。しっかり捕まえとけよ。ほら、お義姉ねえさん? どうする? 抵抗したらひとたまりもないかもね……?」
「っ、下衆が」

 私がヒルダを切り捨てられないと分かっているからこその行動に嫌気が差す。
 ため息をついて、言い放つ。

「わかった。もう抵抗しないから、彼女を解放して」
「それは出来ねぇ相談だわな」
「ユキノ様!」

 ヒルダの悲痛な叫びが聞こえる。

「私を囚われた従者を見捨てるような、情けない主にするつもり?」
「でもっ!」

 顔面蒼白なヒルダに笑いかける。私は大丈夫だと。
 形勢逆転した盗賊の頭がニタニタとした笑みで私に近づき、顔を掴んだ。

「ぁう」

 肌に触れられないようしてきただけに、刺激が強い。
 寝台へと乱暴に押し付けられ甘ったるい声が漏れてしまう。

「へへっ、好き放題してくれたからな。落とし前はきっちりこの体でつけてもらおうか」

 この後の情事を想像しているのかだらしない顔の男へと言い放つ。

「そんなの、まっぴら御免だわ!」

 男が反論しようと口を開き空気を吸い込んだ、一瞬にも満たないその間に、

 天井が弾け飛んだ。

「やっと見つけた」

 壊れた天井から、私のヒーローが現れた。
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