転生令嬢は逃げ出したい 〜絶倫ルート回避したはずなのに、何故か別の絶倫ルートに入ったんですが!?〜

稲雀あや

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第二十六話「薔薇庭園での茶会」

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第二十六話「薔薇庭園での茶会」
 式から一ヶ月経ったある朝。

 今日が晴れで良かった。

 と思う反面、照りつける太陽が恨めしい。
 私は今、大きな分岐点にいるのだと感じていた。
 なぜなら、結婚式の披露宴で一方的な自己紹介をしたナーシャをお茶会へと招いたからだ。
 幸い彼女はこの国の公爵家のご令嬢で、呼び出すのは容易かった。
 あっけらかんと言ってのけた転生者という言葉。それについて話を聞かなければならない。

 この日のためにあつらえた庭園の妖精を思わせる薄緑のマーメイドドレスに身を包み、大輪の薔薇が咲き乱れる庭園へと足を踏み入れる。
 すでにナーシャはガゼボにおり、優雅にティーカップに口をつけているところだった。
 一瞬いるのか目視出来なかったのは仕方のないことだろう。
 ナーシャの特徴的な真っ赤な髪も、この薔薇庭園ではあたりの風景と同化してしまうのだから。
 王族の妻という肩書に恥じぬようカーテシーを行う。

「お待たせ致しました」
「いえ、こちらも先程ついたところですの。本日はお招き頂き光栄ですわぁ」

 ナーシャも優雅に立ち上がりカーテシーを返し、私が座った事を確認したあとに座る。
 あの時、わざと教養のないふりをしたのだろう。今日の彼女からは非常識な令嬢の雰囲気は全くない。
 給仕された紅茶に口をつける。

「本日のドレスも素敵ですね。まさに庭園から飛び出てきた妖精ですわ」
「いえいえ、そんなことは……。でも、ありがとうございます」

 にこにこ。にこにこ。

 効果音が出るならまさにこうだ。
 腹のさぐりあいなんて得意分野ではない。

 グレンならそつなくこなすのだろうけど……。ってなんで今グレンの顔が浮かぶのよ。

 邪念を振り払う。
 意を決して私は人払いをした。当たり前と言うべきかヒルダや護衛はいい顔をしなかったが、渋々従ってくれた。それでも、目の届く範囲には控えている。
 今は私達の会話が聞こえなければそれでいい。

「さて、本題に入りましょう? 転生者ってどういう事かしら?」

 直球ストレート勝負だ。
 私にまどろっこしい真似は必要ない。
 じっとナーシャを見つめればふっと令嬢らしくない笑みを浮かべた。

 えっ……?

 その表情に既視感を感じた。
 私のよく知る人物と顔がダブる。

「薔薇とねこ。あたし達のPNよね。それをあんた、勝手に使っちゃって……」
「え、え、え? ちょっと待って?」
「あ、前世の名前は言わないで頂戴。ナーシャって名前気に入ってるのよ」
「う、うん。ってなんでナーシャちゃんまでここにいるの!?」

 頭が混乱してついてこない。
 そんなパニックに陥ってる私を見てますます笑みを深くするナーシャ。

「忘れたの? あの日あたし達は一緒にいたでしょう? イベントの帰りに電車の事故で……」
「へ? そ、そうだっけ……ごめんあんまり覚えてない」
「その方がいいわ。で、本題。あんた見事隠しルートクリアしたのね。吃驚しちゃった。恋も愛もいらないって言ってたのに」

 その事に触れられるとは思わず、ぎくりと体をこわばらせてしまった。
 しかし、私にあのエロゲーを貸してきたのはまごうことなき彼女なのだ。言われないはずがない。

「そ、それは……グレンが一方的に……」
「あー、はいはい。言うと思った。それで作られた感情なんて信じられないってところかしらね?」
「うっ」
「図星ね。相変わらずわっかりやすいこと」
「だっ、だってぇ」

 実の姉のように慕っていた幼馴染には隠し事など出来るはずもなく、一度も曝け出した事のない心をあっさりと暴かれてしまう。

「あなたの旦那様は、絶対に裏切らないわよ」
「どうしてそんな事が言えるの。人の心は移り変わるんだよ。じゃなきゃお父さんは出て行かなかった!」
「人間はそうね。でも、彼は普通の人間とは違う。生涯を通してあなただけを愛してくれるわ」

 そう言い切るナーシャは何か大事なことを知っているのではないだろうか。私の知らない何かを……。

 設定資料集が出ていて、それを熟読していた、とか……?

 足らない頭をフルに活用しても出てくるのはありきたりな答えだけだ。

「あっ、ちなみにシナリオは終わってるわよ。あなたがここで蜜月を過ごしてハッピーエンド」
「そ、そうなんだ……」

 いきなり現れて、私の欲しかった情報をすんなりと教えてくれる。

 このぶんだと、私がグレンの気持ちに答えられていないのすら見透かされていそう。

「早めに気持ちを決めなさい。もう答えは出ているでしょう?」

 ほらやっぱり。
 でも一つだけ違う。

「私は、グレンの事好きなのかすら分からないんだよ。そんな中途半端な答えはグレンに失礼だと思わない?」
「馬鹿ねぇ。あなた、好きでもない人と体を重ねられるの? あたしはそんな娘だと思ってないのだけれど?」
「……それは」
「ほら、彼を想像してみなさいな」
「なんでよ」
「いいから、さっさとやる」

 ナーシャの無茶振りに逆らえず、私はグレンを想像する。
 笑った顔。困った顔。優しくこちらを見つめる顔に情欲にまみれた顔。
 色々な表情を思い浮かべれば、胸が温かくなる。

「見なさい」

 ナーシャの方を見れば、いつの間にか用意していた手鏡が向けられており、自身と目が合った。

 頬を赤く染め、期待に胸を膨らませ、恋をした少女のような顔。

 自分の顔とは思えない表情に唖然とする。

「こーんな可愛い顔をしておいて、好きじゃない……なんて無茶じゃなくて?」

 したり顔のナーシャ。
 そして、突然の理解にパニックの私。

 え、え? 待って?
 なんでこんな顔? 私が、グレンを好き……?
 そんな事、え? は? 意味分かんない。

 パニックの私に追い打ちをかけるようにナーシャが畳み掛けてくる。

「彼から目が離せないのも、彼と営みを出来るのも、外見がどストライクって理由だけで出来るわけじゃないの。やっぱり恋してないとね」
「恋愛上級者の意見はよくわからない……」
「あら、もう分かってるくせに。ユキノは失うのが怖いだけでしょう?」
「っ、だって!」
「だから、彼は絶対にユキノを裏切らないわ」
「どうしてそう言い切れるのよ!」

 真剣なナーシャの瞳と視線がかち合い、口からでまかせではないと理解出来た。
 でも、理解出来る事と納得出来るかは別物だ。

「理由はちゃんと彼から聞きなさい。……ほら、お迎えが来たわよ。愛されているわね」

 ふわりと後ろから抱きしめられ、甘い匂いに包まれる。

「そろそろ時間だよ」

 外交用の胡散臭い笑みを湛えたグレンが私の手を引き、立ち上がらせる。

「タタン令嬢も今日は妻の為にありがとう」

 立ち上がったナーシャが綺麗なカーテシーをしてグレンに挨拶を返す。

「いえ、こちらこそお招き頂き光栄でしたわ。最後に一言だけユキノ様と言葉を交わしても?」
「もちろんです」

 本来であればナーシャから近づかなければならないが、私から近づいた。
 そうすればナーシャは内緒話をするように、私の耳に口を寄せた。

「いいこと? あのゲームは確かにクソゲーよ。でもね、ここはゲームじゃない。割れた陶器が元に戻ることがないように、人も失えばもう戻ることはないの。コンティニューなんて出来ない。だから、早く自分の気持ちに素直にならないとこの先後悔しても知らないわよ」

 言い終わると同時に、大きな赤色の信号弾が上がった。
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