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第十六話「逃げ足」
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第十六話「逃げ足」
グレンの束縛から逃げるため計画を練って一週間。
ついにその時が来た。
城下から少し離れた、何故かここ最近税収が下がっているという町の視察に行くため、グレンが一日だけ城から離れるのだ。
むしろ今しかチャンスはないだろう。
そして今、私は質のいいワンピースに袖を通し、一人で城下町へと降りてきていた。
世界最強設定の私にとって、城の警備はいないも同然。
簡単に抜け出すことが出来た。
久しぶりの町に心が踊る。
いつもは暑いと愚痴を零す天高く照り付ける太陽も今は全く気にならない。
城下町は活気に溢れ、行き交う人々は皆生き生きとした表情をしている。
私の元いた国では、こんな活気はなかった。
これは純粋な国力の差……?
そんな疑問を持ちつつも、美味しそうな匂いに釣られてふらふらと屋台へと辿り着く。
にこやかに店員が声をかけてきた。
「おう、お嬢ちゃん。何にする?」
「えっと、これは……?」
垂直にそびえ立つ肉の塊。
食欲をそそられる香りはこの肉から漂っていたのだろう。
まんまケバブだ。いや、流石に名前までは……。
「これかい? ケバブだよ。パンに挟んで食べるんだ」
「へぇ、そうなんですね」
店員の回答ににっこりと笑顔を作り頷く。
ズッコケなかった私を誰か褒めて。
流石はエロゲーというか、日本で作られたゲーム。
食べ物の名称も全てが日本に存在する物だ。
城下で買い食いや、自身で買い物をした事がなかったから知らなかった。
「では、それを一つお願いします」
「はいよ。銅貨五枚ね」
この日の為に用意した銀貨を一枚渡す。
そうすれば銅貨が八枚返ってきた。
「? お釣り間違っていませんか?」
銅貨五枚なら、お釣りは銅貨五枚になるはずだ。
困惑していると、店員は大きなため息をついて頭を掻いた。
「……お嬢ちゃん、お忍びだろ? 言われたまま金は出さない方が身のためだぜ。普通は高すぎだっつって値切るもんだ」
「……気を付けます」
金貨では買い物は不可能だと薄々気付いていた。
しかし、値切るのが普通という感覚は全く理解出来ない。
そもそも値切るなんて、した事ないもの。
「気をつけな。今のお嬢ちゃんはネギ背負ったカモだぜ」
「ご忠告、痛み入ります」
感謝の意を伝え、手渡されたケバブサンドを持って屋台を後にした。
食事を手に入れた私は屋台の近くにあったベンチに腰掛けて休む事にした。
大きな口を開けて、タレを零さないように齧り付く。
淑女らしくないが美味しい食べ方なのだから仕方がない。
これからどうしようかしら。
城から抜け出す算段は立てられても、城下に何があるのか知らない私は行きあたりばったりの計画を練るしかなかったのだ。
そのため、城下に降りた今は完全にノープランである。
何かあった時の為、金貨は持って来ているし、換金できそうな装飾品も持っている。
ノープランではあるが、準備に抜かりはないはずだ。
「さて、テキトーにウィンドウショッピングでもしますか」
自由になったら一番やりたかった事だ。
食べ終わった包みをゴミ箱へ捨て、私は服や装飾品を取り扱う店へと足を向けた。
◇◆◇
夕闇が浅い水面のような青みを残し、空には夕日が絵の具のように滲んでいる。
買い物に夢中になりすぎてしまったようだ。
この時刻であれば、グレンは帰城しているだろう。
空を見上げポツリと呟く。
「……怒られそうね」
見つかれば大目玉を食らうのが目に見えている。
「でもまぁ、私が本当に大切なら追い掛けて来そうなものだけど……」
攻略対象だから、作られた感情を私に向けている。
そう思わずにはいられない。
それもこれも、自分に自信がないからだ。
ヒロインに生まれ、容姿に恵まれても中身は一般的なOL。
どれだけ外見を褒められようと、自分ではないと感じられ、外見が好きなだけじゃないかと勘繰り、試すような事をしてしまう。
グレンからの愛は本物なのか、偽物なのか。
今回の事で愛想をつかれるならそれまでだった。ただそれだけ。
それだけのはずなのに──
「っ、あ!?」
「やりぃ!」
いつの間にか立ち止まっていたようで、手に持ちっぱなしの財布を奪われてしまった。
呆気にとられている間に小さくなる犯人。
我に返った私は足の裏に力を入れて大きく一歩を踏み出した。
グレンの束縛から逃げるため計画を練って一週間。
ついにその時が来た。
城下から少し離れた、何故かここ最近税収が下がっているという町の視察に行くため、グレンが一日だけ城から離れるのだ。
むしろ今しかチャンスはないだろう。
そして今、私は質のいいワンピースに袖を通し、一人で城下町へと降りてきていた。
世界最強設定の私にとって、城の警備はいないも同然。
簡単に抜け出すことが出来た。
久しぶりの町に心が踊る。
いつもは暑いと愚痴を零す天高く照り付ける太陽も今は全く気にならない。
城下町は活気に溢れ、行き交う人々は皆生き生きとした表情をしている。
私の元いた国では、こんな活気はなかった。
これは純粋な国力の差……?
そんな疑問を持ちつつも、美味しそうな匂いに釣られてふらふらと屋台へと辿り着く。
にこやかに店員が声をかけてきた。
「おう、お嬢ちゃん。何にする?」
「えっと、これは……?」
垂直にそびえ立つ肉の塊。
食欲をそそられる香りはこの肉から漂っていたのだろう。
まんまケバブだ。いや、流石に名前までは……。
「これかい? ケバブだよ。パンに挟んで食べるんだ」
「へぇ、そうなんですね」
店員の回答ににっこりと笑顔を作り頷く。
ズッコケなかった私を誰か褒めて。
流石はエロゲーというか、日本で作られたゲーム。
食べ物の名称も全てが日本に存在する物だ。
城下で買い食いや、自身で買い物をした事がなかったから知らなかった。
「では、それを一つお願いします」
「はいよ。銅貨五枚ね」
この日の為に用意した銀貨を一枚渡す。
そうすれば銅貨が八枚返ってきた。
「? お釣り間違っていませんか?」
銅貨五枚なら、お釣りは銅貨五枚になるはずだ。
困惑していると、店員は大きなため息をついて頭を掻いた。
「……お嬢ちゃん、お忍びだろ? 言われたまま金は出さない方が身のためだぜ。普通は高すぎだっつって値切るもんだ」
「……気を付けます」
金貨では買い物は不可能だと薄々気付いていた。
しかし、値切るのが普通という感覚は全く理解出来ない。
そもそも値切るなんて、した事ないもの。
「気をつけな。今のお嬢ちゃんはネギ背負ったカモだぜ」
「ご忠告、痛み入ります」
感謝の意を伝え、手渡されたケバブサンドを持って屋台を後にした。
食事を手に入れた私は屋台の近くにあったベンチに腰掛けて休む事にした。
大きな口を開けて、タレを零さないように齧り付く。
淑女らしくないが美味しい食べ方なのだから仕方がない。
これからどうしようかしら。
城から抜け出す算段は立てられても、城下に何があるのか知らない私は行きあたりばったりの計画を練るしかなかったのだ。
そのため、城下に降りた今は完全にノープランである。
何かあった時の為、金貨は持って来ているし、換金できそうな装飾品も持っている。
ノープランではあるが、準備に抜かりはないはずだ。
「さて、テキトーにウィンドウショッピングでもしますか」
自由になったら一番やりたかった事だ。
食べ終わった包みをゴミ箱へ捨て、私は服や装飾品を取り扱う店へと足を向けた。
◇◆◇
夕闇が浅い水面のような青みを残し、空には夕日が絵の具のように滲んでいる。
買い物に夢中になりすぎてしまったようだ。
この時刻であれば、グレンは帰城しているだろう。
空を見上げポツリと呟く。
「……怒られそうね」
見つかれば大目玉を食らうのが目に見えている。
「でもまぁ、私が本当に大切なら追い掛けて来そうなものだけど……」
攻略対象だから、作られた感情を私に向けている。
そう思わずにはいられない。
それもこれも、自分に自信がないからだ。
ヒロインに生まれ、容姿に恵まれても中身は一般的なOL。
どれだけ外見を褒められようと、自分ではないと感じられ、外見が好きなだけじゃないかと勘繰り、試すような事をしてしまう。
グレンからの愛は本物なのか、偽物なのか。
今回の事で愛想をつかれるならそれまでだった。ただそれだけ。
それだけのはずなのに──
「っ、あ!?」
「やりぃ!」
いつの間にか立ち止まっていたようで、手に持ちっぱなしの財布を奪われてしまった。
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